タクス、鉄鋼虫をとどける

文字数 2,167文字

 オウカがキザンの山に発った日、タクスも鉄鋼虫をもってサイハナの森へと発った。
 正直に言って、タクスは虫が苦手だった。なによりも気持ちが悪い。
 それが薬に入っているなんて、と内心では穏やかではない。

 大きな白い翼で力づよく空へはばたき、サイハナの森へは二刻でついた。
 サイハナ城は、緑の蔦がはう白壁の城だ。中に入って、植物が多いことに感心しながら、精霊王のもとまで案内される。タクスにとってシャンヨーク城は生活感満載であり機能的だと思うが、サイハナ城はどうも自分が住むのには不便な感じがした。

(ここに住むのは精霊だから、あんま関係ないのかな)

 ここでは肉を焼くための場所や、家畜を飼う為の場所などもない。隣の森なのに、浮世離れした夢の中のような世界だった。

 謁見の間までくると、すぐに精霊王は現れて、自分の前におかれた木でできた椅子に座った。

 タクスはこの精霊王も、夢の中のような方だなと思う。
 メルフィオル王はとても力強くて頼りになるが、精霊王はひたすら美しい方だった。

「あらかたのことは昨日オウカから聞いている。鉄鋼虫が手に入ったそうだね」
「はい。これで、ソウテン湖の匂いは消えますか?」

 勢いよく聞いたタクスに、シュレイユは真面目な顔で首をふる。

「まだ、材料がそろっていないから、薬の調合ができない。いまはその虫を下準備しておくくらいが精いっぱいかな」
「そうですか……」

 下準備……とは? とタクスは喉まで言葉が出かかったが、怖いので聴かない事にした。

 タクスはシュレイユに虫かごに入った鉄鋼虫を渡すと、シュレイユはそれを目線の位置にあげて、しげしげと眺める。
 
「こういう虫なのだね、鉄鋼虫とは」
「はい」
「こんなに早く用意してくれるとは思わなかった。精霊族を代表して礼を言う。ありがとう」
「こちらこそ、薬を作ってくれるなんて、とてもうれしいです」
「良く届けてくれたね。お茶を用意させるから、休んでから帰るといい」
「はい、そうします」

 タクスはシュレイユの気遣いで、サイハナ城ですこしだけ休んでいくことにした。



「これが鉄鋼虫ですか……」

 シュレイユから手渡された虫かごを凝視して、ディーヤはつぶやいた。
 鉄鋼虫はかさかさと音をたてて動いている。

「たしか、これを黒焼きにしておくんだったね」

 シュレイユが嫌そうな顔をして眉をひそめた。

「ええ、そうですね。本にはそう書いてありました。あ、シュレイユ様は暑いのがお嫌いなのでしたね」

 ディーヤはシュレイユの苦手を思い出してポンと手を打つ。

「嫌い、という次元の問題ではないんだけどね。しいて言えば苦手、なんだ」
「……同じに聞こえますが」
「全然違う」

 ムキになった精霊王に、ディーヤは少し笑みが浮かんだ。
 もともとの元体が氷の張る寒い場所にあるシュレイユは、暑さが苦手だった。
 火を焚くという作業も、苦手である。

「ああ、でもこれは人任せにはできない仕事だな。黒焼きか……早速作業を始めるか……オウカが、まだら白キノコを手に入れてきたときに、材料の黒焼きが出来てないなんて言い訳、死んでも出来ないからね……」
「俺が一人でやってもいいのですが」
「いや、私も一緒につくろう。薬を作るうえで大事な作業だから」

 無理はしなくてもいいですよ、とディーヤは喉まで出かかったが、言わないことにした。
 この精霊王は、無理はしてない、と無理な言い訳をするにきまっているからだ。

 それにしても、ディーヤはオウカの仕事の速さに舌をまいた。
 こんなに早く見つけてくるとは思わなかったからだ。

 (どこまでもオウカは要領がいい。たった二日で見つけてくるなんて)

 ディーヤは虫かごを胸に抱きながら、溜息をついた。 



 そのころ、タクスはサフィニアに香りの良いお茶を淹れてもらっていた。
 精霊族は基本的に蜜と水だけしか口に入れないので、お茶、という習慣はない。
 それでも、このサイハナ城にはお茶の材料になる植物はたくさんあったので、それをつかって作ったお茶だった。

「気分がすっきりするお茶です。飲むとすっとしますよ」

 そう言ってタクスに出されたお茶は、飲むと本当に口の中ですうっと清涼感が漂うお茶だった。それに花の蜜が入っているのだろうか、とても甘い。

「うまいなあ、なんてお茶なんですか」
「それが、良く判らないんだよぉ」
「……」

 よく分らないものを飲まされているのか、とタクスはお茶を飲む手がとまった。
 タクスの様子を見て、サフィニアはあわてて言い訳をする。

「あ、でも、美味しいお茶には変わりないと思うよー。お茶の本に書いてあった作り方だから」

 お茶を飲む習慣のない精霊族に、お茶の本が伝わっているのだろうか、という疑問は、とりあえずいまは気にしないことにした。
 じゃっかん不安だが、美味しいことには変わりないから、今はこのお茶の味を楽しもう、と。

「あ! あと、お茶うけに木の実もどうぞ」
「ありがとう、うん、うまい!」

 食べてしまってから、またはたっと気づく。
 蜜しか飲まない精霊族が、食べられる木の実を知っているのだろうか、と。

(ま、まあ美味しかったからいいか……)

 と思ったタクスだったが、気持ち的に苦笑いになってしまう。
 もてなしてくれているのは十分にわかるのだが。
 はやくシャンヨーク城に帰りたい、とタクスは思った。
 
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