デラール
文字数 2,178文字
朝起きると、やはりタクスがオウカを朝食の席へ呼びに来てくれた。
昨日と同じようにビスカスの蜜水をもらい、メルフィオル王のそばちかくの席へと座る。
「オウカ、昨日の成果は何かあったか?」
重々しい声でオウカに話しかけたのはメルフィオル王だった。隣には昨日みた奥方と子供がいる。
「昨日はパオシュさまの提案で罠を仕掛けたのですが、そこに鉄鋼虫は入っていませんでした。今日は、また新しい方法を考えます」
すると、メルフィオル王の向かいに座っていたパオシュが口をひらく。
「新しい罠を張ってみたらどうかと思っています。餌を変えて」
「なるほど。兄上がそういうのなら、それが一番いい方法なのだろう」
パオシュはメルフィオル王からも信頼が厚いのが、この会話で伺えた。
「では、そのように進めてくれ。できるだけ早く鉄鋼虫を捕まえたい」
「はい。フィオ、任せてください」
パオシュは真剣な顔でうなずく。メルフィオル王も無言でうなずいた。
オウカはパオシュがメルフィオル王のことをフィオ、と愛称で呼んだことに、兄弟の絆を感じた。
その日は、シャンヨーク城の作業場でまた罠を作ると、パオシュは餌に魚の燻製を使ってみようと言った。水辺にいる虫なのだ。獣の肉よりも、魚の肉の方が好みだろうと。
罠を作りおえて、それを三人でもって、川へと向かう。
そして、きのう罠を仕掛けた場所へまた仕掛けた。
「さて、これで夕方まで待ちましょう」
パオシュが二人に声をかける。
「この後はどうしましょうか?」
オウカが聞くと、パオシュはにこやかに笑った。
「またシャンヨーク城へ戻って、昨日のようにもう少し罠をつくりましょう。沢山あった方が、鉄鋼虫もかかりやすいですしね」
「そうですね、それがいいです」
そうやって作業をしていると、上流の方から、つよい声が三人にかけられた。
「やあ、また会いましたね、パオシュさま。ごきげんうるわしゅう」
くすくすと笑いながら慇懃無礼な言葉を吐いたのは、顔をゆがめて笑う、体格のいいデラールだった。
「何しに来たんだ」
厳しい声をだしたのは、タクスだ。オウカも昨日の様子を思い出して緊張する。パオシュも身を固くした。
「鉄鋼虫? は取れましたか?」
嘲笑うようにパオシュを見て聞きながら、一つの罠を拾いあげて中を覗く。
「へえ。なんかいるけど、これがそうなのかな」
興味深げに言うと、パオシュにそれを見せるように罠を掲げた。
「邪魔をしないでください。それを置いて城へ帰ってください」
パオシュがそう言うと、デラールはその虫の入った罠を、川へと放り投げる。
「何するんだ!」
タクスが叫んだが、せっかく作って仕掛けた罠の一つは、川の下流へと流れて行ってしまった。
見かねたパオシュも声を荒げた。
「貴方はこのダイシンリンがどうなってもいいんですか?! 貴重な毒消しになる虫を捕まえる罠なのに!」
「どうなってもいいかって? ああ、どうなってもいいね。こんな世界」
パオシュをさげすむような眼をしながら、デラールは言い放った。
「何故です」
「オマエだってそう思ってんじゃないのか? 弟に王位を取られたお兄ちゃん」
パオシュはあまりの悪意に言葉を失った。
「ははは! 何にも言えねえのかよ。反論もなしか? 臆病者が! 殴られるのがコワいか。そうだよなあ、俺とオマエじゃ、絶対にオマエは勝てないからな」
ハハハッと大きな高笑いが、シャンヨークの森に響いた。
「タクス、オウカ、行きましょう」
「はい」
「ええ」
パオシュの言葉で三人はいそいでその場から、罠を残して立ち去ろうとした。
「逃げるのか? やっぱり腰抜けだな!」
挑発するデラールをしり目に、パオシュは無言でタクスとオウカの二人の手を引いて、翼をつかってシャンヨーク城へと飛び立つ。
「あの野郎……ぜってーもっと大きくなって殴ってやる」
タクスが歯噛みしながら吠えた。
「もっと肉食って、肩幅だって広くなって、背も高くなって、腕っぷしもあげて! ぜってーいつかなぐる!!」
「……放っておきなさい、タクス。あまり彼と関わらない方がいい」
オウカは、さきほど手を引いてくれたパオシュの手が、ふるふると震えていたことに気が付いた。上空を飛びながら心配で下から顔を覗いてみると、無表情でありながらも彼の目は怒りに燃えている。怒りをこらえて彼は震えていた。
そのころ、デラールはパオシュをさんざん挑発して、自分の前から追い払ったけれど、まだイライラしていた。
彼は幼い日に両親に先立たれた過去をもっていた。そのときに、王族は何もしてくれなかった。デラールは幼い頃、生きるために物乞いをし、種族の中でもさげすまれた存在だった。
しかし、父親の血のせいか、彼は身体も翼も大きくなった。
有翼種族は体の大きいもの、強いものが何事にも優位になる。それが種の存続に直結するからだ。
そうして力で得た仲間と一緒に、彼は有翼種族の中で居場所をみつけた。
しかし、その居場所は、あまり心地よくなかった。
みんな、デラールの顔色ばかりうかがって、面白くない。
そして。
小さくて弱いくせに、王族ということでなにひとつ不自由のなく暮らすパオシュが、デラールはことのほか嫌いだった。
「みんな、みんな、滅 んじまえばいいのに……」
デラールは暗い瞳で、川に映った己の眼を見つめた。
昨日と同じようにビスカスの蜜水をもらい、メルフィオル王のそばちかくの席へと座る。
「オウカ、昨日の成果は何かあったか?」
重々しい声でオウカに話しかけたのはメルフィオル王だった。隣には昨日みた奥方と子供がいる。
「昨日はパオシュさまの提案で罠を仕掛けたのですが、そこに鉄鋼虫は入っていませんでした。今日は、また新しい方法を考えます」
すると、メルフィオル王の向かいに座っていたパオシュが口をひらく。
「新しい罠を張ってみたらどうかと思っています。餌を変えて」
「なるほど。兄上がそういうのなら、それが一番いい方法なのだろう」
パオシュはメルフィオル王からも信頼が厚いのが、この会話で伺えた。
「では、そのように進めてくれ。できるだけ早く鉄鋼虫を捕まえたい」
「はい。フィオ、任せてください」
パオシュは真剣な顔でうなずく。メルフィオル王も無言でうなずいた。
オウカはパオシュがメルフィオル王のことをフィオ、と愛称で呼んだことに、兄弟の絆を感じた。
その日は、シャンヨーク城の作業場でまた罠を作ると、パオシュは餌に魚の燻製を使ってみようと言った。水辺にいる虫なのだ。獣の肉よりも、魚の肉の方が好みだろうと。
罠を作りおえて、それを三人でもって、川へと向かう。
そして、きのう罠を仕掛けた場所へまた仕掛けた。
「さて、これで夕方まで待ちましょう」
パオシュが二人に声をかける。
「この後はどうしましょうか?」
オウカが聞くと、パオシュはにこやかに笑った。
「またシャンヨーク城へ戻って、昨日のようにもう少し罠をつくりましょう。沢山あった方が、鉄鋼虫もかかりやすいですしね」
「そうですね、それがいいです」
そうやって作業をしていると、上流の方から、つよい声が三人にかけられた。
「やあ、また会いましたね、パオシュさま。ごきげんうるわしゅう」
くすくすと笑いながら慇懃無礼な言葉を吐いたのは、顔をゆがめて笑う、体格のいいデラールだった。
「何しに来たんだ」
厳しい声をだしたのは、タクスだ。オウカも昨日の様子を思い出して緊張する。パオシュも身を固くした。
「鉄鋼虫? は取れましたか?」
嘲笑うようにパオシュを見て聞きながら、一つの罠を拾いあげて中を覗く。
「へえ。なんかいるけど、これがそうなのかな」
興味深げに言うと、パオシュにそれを見せるように罠を掲げた。
「邪魔をしないでください。それを置いて城へ帰ってください」
パオシュがそう言うと、デラールはその虫の入った罠を、川へと放り投げる。
「何するんだ!」
タクスが叫んだが、せっかく作って仕掛けた罠の一つは、川の下流へと流れて行ってしまった。
見かねたパオシュも声を荒げた。
「貴方はこのダイシンリンがどうなってもいいんですか?! 貴重な毒消しになる虫を捕まえる罠なのに!」
「どうなってもいいかって? ああ、どうなってもいいね。こんな世界」
パオシュをさげすむような眼をしながら、デラールは言い放った。
「何故です」
「オマエだってそう思ってんじゃないのか? 弟に王位を取られたお兄ちゃん」
パオシュはあまりの悪意に言葉を失った。
「ははは! 何にも言えねえのかよ。反論もなしか? 臆病者が! 殴られるのがコワいか。そうだよなあ、俺とオマエじゃ、絶対にオマエは勝てないからな」
ハハハッと大きな高笑いが、シャンヨークの森に響いた。
「タクス、オウカ、行きましょう」
「はい」
「ええ」
パオシュの言葉で三人はいそいでその場から、罠を残して立ち去ろうとした。
「逃げるのか? やっぱり腰抜けだな!」
挑発するデラールをしり目に、パオシュは無言でタクスとオウカの二人の手を引いて、翼をつかってシャンヨーク城へと飛び立つ。
「あの野郎……ぜってーもっと大きくなって殴ってやる」
タクスが歯噛みしながら吠えた。
「もっと肉食って、肩幅だって広くなって、背も高くなって、腕っぷしもあげて! ぜってーいつかなぐる!!」
「……放っておきなさい、タクス。あまり彼と関わらない方がいい」
オウカは、さきほど手を引いてくれたパオシュの手が、ふるふると震えていたことに気が付いた。上空を飛びながら心配で下から顔を覗いてみると、無表情でありながらも彼の目は怒りに燃えている。怒りをこらえて彼は震えていた。
そのころ、デラールはパオシュをさんざん挑発して、自分の前から追い払ったけれど、まだイライラしていた。
彼は幼い日に両親に先立たれた過去をもっていた。そのときに、王族は何もしてくれなかった。デラールは幼い頃、生きるために物乞いをし、種族の中でもさげすまれた存在だった。
しかし、父親の血のせいか、彼は身体も翼も大きくなった。
有翼種族は体の大きいもの、強いものが何事にも優位になる。それが種の存続に直結するからだ。
そうして力で得た仲間と一緒に、彼は有翼種族の中で居場所をみつけた。
しかし、その居場所は、あまり心地よくなかった。
みんな、デラールの顔色ばかりうかがって、面白くない。
そして。
小さくて弱いくせに、王族ということでなにひとつ不自由のなく暮らすパオシュが、デラールはことのほか嫌いだった。
「みんな、みんな、
デラールは暗い瞳で、川に映った己の眼を見つめた。