三つの月が満ちるとき

文字数 2,680文字

 白銀の月、赤い月、黄色の月。
 三つの月が満ちた。

 夜空には煌々と三つの月が浮かび上がり、空を飛ぶオウカは明るく大地を照らし出す月光を見上げた。
 月が満ちたから、月水花に変化が現れたのだ。
 空が赤紫色に光るソウテン湖へ、オウカは樹液をもってまっすぐに突き進んでいく。
 あまりの無気味さに、恐怖が全身を包む。
 しかし、それよりもこの状況が手の中の樹液で解決するのだと思うと、止まることなどできなかった。
 ソウテン湖の上空へつくと、オウカはその惨状に息をつめた。

 たくさんの月水花のつるがほうぼうに伸びて、その先に五枚の花弁をもつ青い花を咲かせていた。その先のしべが赤く光って―― 薄荷のような匂いと熱を発していた。湖の中で毒を出しているのだろう、水の色が花のしべの光を反射して赤く染まっている。もう、湖の中の生物がどうなっているのか、推して知るべしだった。

「ひどい……」

 どうしてこんなひどい植物があるのだろうか。
 こんな植物があるなんて、いままで聞いたこともない。

 花から放たれる熱気と薄荷のような匂いに、上空にいるオウカはくらくらしてくる。
 下方から声が聞こえてきて、オウカは意識を向けた。

「オウカ! そこから樹液を撒くんだ! 私も下から蜜を撒く! 私が霧状にして湖全体にいきわたらせる!」

 それは、シュレイユの声だった。


 数刻前。
 シュレイユがソウテン湖に着いたとき。
 ソウテン湖はすでに、青い月水花の花で覆われていた。
 花のしべが赤く光って、熱を発している。だから、周りが暑い。暑さが苦手な彼にはつらい場所となっていた。薄荷のような匂いも強い。シュレイユは袖で鼻を覆い、みんなを探した。

 すると、ほどなくソウテン湖にのこしたディーヤと、ここの除草作業をしていた鬼族たちを見つけた。
 鬼族とディーヤたちは、さきほどの毒消し薬のおかげで、毒にあたっている様子はないようだった。ほっと一安心して、シュレイユは周りをみた。

 このソウテン湖のありさまは、長く生きた精霊王である彼でも、見たことが無かった。
 ゆらゆらと、つたの先でゆれる青い花。熱を持つ赤い光。
 無気味なことこの上ない。
 この花を駆逐するには、どうしたらいいのだろう。

「ディーヤ、この広範囲に毒消しを行きわたらせるには、どうすればいい?」
「わかりませんが……精霊の力でなんとかならないでしょうか。霧状にして撒くとか」
「なるほど!」

 辺りは熱気につつまれて、霧などすぐに蒸発してしまいそうだ。
 しかし、きっと、この薬なら、月水花を根本まで根絶やしにできる気がする。
 それには、きっと月氷花の蜜だけでは心もとない。
 オウカの樹液を待てば、もっと強力な毒消しになると分かっているのなら、オウカの到着を待つべきだ。

 シュレイユはディーヤに振り向く。

「それで行けるかもしれない。ディーヤ、良く教えてくれた!」
「え……?」

 戸惑うディーヤににこりと笑うと、シュレイユは空をみあげた。
 
 オウカ、早く……!

 シュレイユが空を見上げると、桃色の光がみえた。
 ちょうどオウカがソウテン湖上空に到着したのだ。
 オウカは、この惨状にとても驚いている。
 それはそうだろう。無理もないと彼も思う。

 ならば、この惨状を一刻もはやく終わらせなければ。

 『オウカ! そこから樹液を撒くんだ! 私も下から蜜を撒く! 私が霧状にして湖全体にいきわたらせる!』



 オウカは聞こえてきた声にはっとなった。
 手もとにあるのは、器に一杯の樹液だけ。
 たったこれだけで、この広範囲の毒を中和できるのだろうか。
 しかし、もう、これしか手立てがない。
 オウカはシュレイユの言葉の通りに、樹液を思い切りソウテン湖へと向かって撒いた。

「シュレイユさま! 撒きました!」

 撒いたとたん、オウカは月水花の蔦に激しく体を打たれ、墜落した。

「オウカ!」

 下からシュレイユも器からさきほど採取した己の蜜を、ソウテン湖へ向かって撒いていた。
 それと同時にオウカが墜落した場所へと氷の羽を広げて飛んでいく。

 そこは、熱をもつ花が密集していて、とくに毒が強く出ている場所だった。

「オウカ……!」
「う…ん……」

 オウカは、半分意識をうしなっていた。
 シュレイユは口元を袖で覆って、オウカの体を片手でだきしめる。
 羽を出していては傷んでしまうので、背中にしまう。オウカの桃色の羽が、墜落した衝撃と毒で、変色をはじめていた。

「オウカ、羽をしまうんだ。毒でいたんでしまう……!」
「う…シュレイユさま……暑いとこ、だめなんじゃ……」
「私のことはいいから、羽をしまうんだ」

 オウカは羽がちりちりと音をたてていくところで、しゅるりと背中にしまった。

 しかし、シュレイユも暑さにやられ、その場でうずくまったまま、動けなくなってしまう。

 (せめてオウカが熱にやられないように――)
 
 シュレイユは青い花と薄荷の匂いと赤い色の熱にかこまれながら、オウカに覆いかぶさる。
 熱気で息が出来ない。苦しい。

 そのとき――。
 ぶわっと蜜と樹液の二つが霧状になり、空中で混ざり合った。
 シュレイユの力が満ちたのだ。
 その空中の中間から――
 黄金色の光がともり、それは柔らかい光となってゆっくりとソウテン湖にひろがっていく。

 いままでオウカたちをさいなんでいた熱気が、光と共にだんだんと薄れていく。
 まがまがしい赤い光を発していた青い花が、今度こそ、朽ちて水面に倒れた。
 月水花のつたも、伸びるのをやめて茶色く変色して、しおしおとソウテン湖の水面に落ちる。

 あたりは、金色の光に包まれて、夜なのにまるで早朝の陽の光をうけた森のようになった。

 シュレイユは息が苦しくなくなって、恐るおそる顔をあげる。
 腕の中のオウカもはっきりと意識がもどり、シュレイユとともに周りをみた。

「あ……私、今つたに打たれて気をうしなって……」
「……オウカ、羽は痛くないか?」

 半分意識が飛んでいたオウカは、気が付いて目の前にシュレイユの姿をみて、目をひらく。

「シュレイユさま……羽……すこし痛いです……でも……」

 オウカは周りを見渡し、枯れた月水花と黄金に色づくソウテン湖に目をとめた。

「終わったんですか……?」
「そうみたいだね」

 シュレイユの言葉に、オウカはほっと一息ついた。

「よかった……。これで、もう毒におびえることもないんですね」
「ああ。もう、きっと、ね」
「それにしても」
「うん」

 毒消しの霧に黄金の光が反射している。
 あたり一帯が、すべて金色の(うすぎぬ)をまとったように見えた。

「とても綺麗な光景ですね……」
「そうだね――」
 
 

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