強い想い
文字数 2,327文字
「はい。知っていました」
しん、と室内が静かになった。
あんな毒を出す植物だと知っていて、なぜ。
「どうしてそんなものを買ったんですか?」
オウカは震える声でパオシュに聞いた。
「それは。オウカさんも分かっていること。私が王族として、どうしようもない出来損ないだったからです」
パオシュは語り始めた。
昔、子供だったころの私は、普通の子と大差ない体格をしていました。
しかし、思春期をすぎたころから、小柄な母かたの影響なのか、あまり身体が大きくならなかった。翼も小さく、いくら肉を食べても成長はかんばしくなかったのです。
しかし弟のフィオは、思春期あたりからぐんぐん背が伸び、あっという間に私を追い越していきました。体格も立派で、力強い翼も申し分ありません。
有翼種は力強い身体と翼をもつものが優位になります。
一族を率いていくには、力強くなければみんなが不安になるからです。
一族のものはこぞってフィオを次の王に、と望みました。
そのころ、私には好きだった女性がいました。その人は妃になるために育てられた人で、私のいいなずけだった。私たちはうまくやっていると思っていたけれど。
体格の問題で王になれないとわかったとき、彼女は王になるフィオと一緒になることを決めました。
悔しかった。
しかし、どうしようもない。私にもどうしようもなかったことでしたが、妃になるために育てられた彼女にも、どうしようもないことでした。
フィオに紹介された彼女は、妃となり、子を産みました。
フィオと彼女、そして王子の幸せそうな姿を間近で見て。私は、とてもうらやましくて、そして悲しくなりました。
でも、それだけならまだ良かった。
私に毎日からんでくるデラールも、私のこころを深くえぐって行きました。
もう、むかしのことになった古傷を、私に何度も思い出させ、心から血をながさせた。
そんな日々を送っていたところに、カルケスが月水花の球根をもってきたのです。
彼は『つきみばな』だと言って、月のような花が咲く、と売っていました。
しかし、同じつづりで、読み方を変えると、『げっすいか』になる。そのことに、私はすぐに気が付きました。そして、『月水花』は、とても恐ろしい花だと、図書棟の竹簡で私は読んだことがあったのです。
そのとき。私は思ってしまったのです。
『この花で、世界がすべて滅んでしまえばいいのに』
って。そうして、カルケスから月水花の球根を買いました。
パオシュはここで一息ついた。
メルフィオル王が気まずい顔でパオシュをみる。
「マーテルは、兄上と付き合っていたのか……。考えれば当たり前だな。王位は初め兄上にあったのだから。俺が知らなかっただけだったのか……つらいおもいをさせて申し訳なかった」
メルフィオルがパオシュに頭を下げると、パオシュは初めて声をあららげた。
「謝らないでください!」
パオシュの瞳から大粒の涙が、頬をつたって床にぽたぽたとおちた。
「私がみじめになるじゃないですか! フィオは悪くない、分かってるんです、そんなこと!」
「……」
パオシュは自分の右手を胸にあてて、叫んだ。
「でも、ここが! とても痛いんです! ずきずき痛むんです! 私は有翼種、このダイシンリンの外では生きていけません。人間の世界でなど、生きていけないんです。そのダイシンリンで生きていけないのなら、私に生きる場所などない。私が生きることが許されないこの世界など、すべてが滅べばいいと思ってしまった。だから、私は月水花の誘惑に勝てなかった。そして、月水花の球根をなげるために、ソウテン湖へと行ったんです」
パオシュは涙で顔をぐしゃぐしゃにして、胸を押さえながら語った。
「夜でした。私は市場の隅で夜になるまで待っていたのです。もう、ソウテン市場は終わっていて、明日のためのいくつかの天幕がのこっている程度の、静かな晩でした。荷物に隠した月水花の球根を湖に投げるために手に取ると、心臓がまた痛いほど悲鳴をあげて、息がくるしくなってきて。そうしたら、後ろから声をかけられたのです」
「だれに声をかけられたんですか?」
オウカは静かにパオシュにきいた。
「タクスでした」
パオシュは嗚咽まじりに小さく声を出した。
「タクスが、『まだいらっしゃたんですね、一緒に帰りましょう』って言って」
パオシュの瞳から、また新たに涙がもりあがる。
「……ああ、私はこんなことろで何をしているんだろうって思って」
涙を手で拭いて、嗚咽を飲み込んだ。
「急に手の中の月水花が恐ろしくなりました」
「それからどうしたんだ?」
メルフィオル王の言葉にパオシュは静かに答えた。
「タクスと一緒にシャンヨークの森へ向かって歩き出しました。気分が悪くて、飛べなかったからです。タクスは私を気遣ってくれて、一緒に歩いてくれました。でも、荷物の中の月水花がどうしても気になってしまい、はやく処分してしまいたかった。そう思っていたら、ソウテン湖で焚火をして野宿している商人に出会ったんです。だから、私はその火で月水花の球根を焼いてしまおうと思いました。商人に火を貸してくれるように頼みましたが、花の球根だと分かると、商人はそれを譲ってくれ、と私に頼んできたのです」
「危険な植物だと知らなかったから、だろう」
シュレイユがぽつりという。
「ええ、そうでしょう。だから、私もどうしても焼いてしまいたいと言ったのですが、その商人も譲ってくれの一点張りで、話は平行線でした。私は一刻もはやくこの球根を手放したかった。だから、あとさきを考えずに、その商人にゆずったんです」
パオシュは涙をながしながら、自分がしたことをつまびらかに語り終えた。
しん、と室内が静かになった。
あんな毒を出す植物だと知っていて、なぜ。
「どうしてそんなものを買ったんですか?」
オウカは震える声でパオシュに聞いた。
「それは。オウカさんも分かっていること。私が王族として、どうしようもない出来損ないだったからです」
パオシュは語り始めた。
昔、子供だったころの私は、普通の子と大差ない体格をしていました。
しかし、思春期をすぎたころから、小柄な母かたの影響なのか、あまり身体が大きくならなかった。翼も小さく、いくら肉を食べても成長はかんばしくなかったのです。
しかし弟のフィオは、思春期あたりからぐんぐん背が伸び、あっという間に私を追い越していきました。体格も立派で、力強い翼も申し分ありません。
有翼種は力強い身体と翼をもつものが優位になります。
一族を率いていくには、力強くなければみんなが不安になるからです。
一族のものはこぞってフィオを次の王に、と望みました。
そのころ、私には好きだった女性がいました。その人は妃になるために育てられた人で、私のいいなずけだった。私たちはうまくやっていると思っていたけれど。
体格の問題で王になれないとわかったとき、彼女は王になるフィオと一緒になることを決めました。
悔しかった。
しかし、どうしようもない。私にもどうしようもなかったことでしたが、妃になるために育てられた彼女にも、どうしようもないことでした。
フィオに紹介された彼女は、妃となり、子を産みました。
フィオと彼女、そして王子の幸せそうな姿を間近で見て。私は、とてもうらやましくて、そして悲しくなりました。
でも、それだけならまだ良かった。
私に毎日からんでくるデラールも、私のこころを深くえぐって行きました。
もう、むかしのことになった古傷を、私に何度も思い出させ、心から血をながさせた。
そんな日々を送っていたところに、カルケスが月水花の球根をもってきたのです。
彼は『つきみばな』だと言って、月のような花が咲く、と売っていました。
しかし、同じつづりで、読み方を変えると、『げっすいか』になる。そのことに、私はすぐに気が付きました。そして、『月水花』は、とても恐ろしい花だと、図書棟の竹簡で私は読んだことがあったのです。
そのとき。私は思ってしまったのです。
『この花で、世界がすべて滅んでしまえばいいのに』
って。そうして、カルケスから月水花の球根を買いました。
パオシュはここで一息ついた。
メルフィオル王が気まずい顔でパオシュをみる。
「マーテルは、兄上と付き合っていたのか……。考えれば当たり前だな。王位は初め兄上にあったのだから。俺が知らなかっただけだったのか……つらいおもいをさせて申し訳なかった」
メルフィオルがパオシュに頭を下げると、パオシュは初めて声をあららげた。
「謝らないでください!」
パオシュの瞳から大粒の涙が、頬をつたって床にぽたぽたとおちた。
「私がみじめになるじゃないですか! フィオは悪くない、分かってるんです、そんなこと!」
「……」
パオシュは自分の右手を胸にあてて、叫んだ。
「でも、ここが! とても痛いんです! ずきずき痛むんです! 私は有翼種、このダイシンリンの外では生きていけません。人間の世界でなど、生きていけないんです。そのダイシンリンで生きていけないのなら、私に生きる場所などない。私が生きることが許されないこの世界など、すべてが滅べばいいと思ってしまった。だから、私は月水花の誘惑に勝てなかった。そして、月水花の球根をなげるために、ソウテン湖へと行ったんです」
パオシュは涙で顔をぐしゃぐしゃにして、胸を押さえながら語った。
「夜でした。私は市場の隅で夜になるまで待っていたのです。もう、ソウテン市場は終わっていて、明日のためのいくつかの天幕がのこっている程度の、静かな晩でした。荷物に隠した月水花の球根を湖に投げるために手に取ると、心臓がまた痛いほど悲鳴をあげて、息がくるしくなってきて。そうしたら、後ろから声をかけられたのです」
「だれに声をかけられたんですか?」
オウカは静かにパオシュにきいた。
「タクスでした」
パオシュは嗚咽まじりに小さく声を出した。
「タクスが、『まだいらっしゃたんですね、一緒に帰りましょう』って言って」
パオシュの瞳から、また新たに涙がもりあがる。
「……ああ、私はこんなことろで何をしているんだろうって思って」
涙を手で拭いて、嗚咽を飲み込んだ。
「急に手の中の月水花が恐ろしくなりました」
「それからどうしたんだ?」
メルフィオル王の言葉にパオシュは静かに答えた。
「タクスと一緒にシャンヨークの森へ向かって歩き出しました。気分が悪くて、飛べなかったからです。タクスは私を気遣ってくれて、一緒に歩いてくれました。でも、荷物の中の月水花がどうしても気になってしまい、はやく処分してしまいたかった。そう思っていたら、ソウテン湖で焚火をして野宿している商人に出会ったんです。だから、私はその火で月水花の球根を焼いてしまおうと思いました。商人に火を貸してくれるように頼みましたが、花の球根だと分かると、商人はそれを譲ってくれ、と私に頼んできたのです」
「危険な植物だと知らなかったから、だろう」
シュレイユがぽつりという。
「ええ、そうでしょう。だから、私もどうしても焼いてしまいたいと言ったのですが、その商人も譲ってくれの一点張りで、話は平行線でした。私は一刻もはやくこの球根を手放したかった。だから、あとさきを考えずに、その商人にゆずったんです」
パオシュは涙をながしながら、自分がしたことをつまびらかに語り終えた。