月氷花
文字数 3,386文字
オウカは、翌日シュレイユの執務室で、昨日の調査の成果を語った。
シュレイユは机について、指を組んでその毒の水草のことと、毒消しのこと、そして童話のことを聞いていた。
「なるほど……」
一通り話がおわると、シュレイユは思案顔で二人の顔をみる。
「取り敢えず、現在確認されている毒の水草の毒消しと、
「はい。それと、さきほど話をした童話、シュレイユさまはどう思われますか?」
「ああ。それも興味深い。その話は私も知っている」
「童話にあった月水花や月氷花は実際にあるのでしょうか? あるなら、シュレイユさまはみたことがありますか?」
「……月氷花なら見たことがあるよ」
ためらいがちに返されたシュレイユの返事に、オウカは目を見開いた。
月氷花は、毒消しの蜜を出す花だ。それが手に入れば、月水花の毒は消えると童話では書かれている。
「どこで見たのでしょうか、どんな花なんですか!?」
勢いこんで聞いたオウカに、シュレイユは難しい顔で執務机の上で指を組みなおした。
「昔々のことだ。そのときも、月水花が現れたことがあった。童話はそのときのことを題材に書かれたのだろう。童話にかかれているように、やはり月氷花の蜜で毒を消した。しかし、月水花の毒を消すには、月氷花の蜜と、もうひとつ、ある木の樹液が必要だと聞いたことがある」
「聞いたことがある……とは、シュレイユさまも人から聞いたんですね」
「ああ。前に月水花がはびこったのは、私が生まれる前のことだったらしい。そのことを私は先代の精霊王に聞いたんだ」
シュレイユは懐かしそうに昔を思い出した。
「ならば、はやくその木の樹液と月氷花の蜜を採取しなくては」
「悪いがオウカ、いまその木と月氷花がどこにあるのか、いくらオウカでも教えることができない」
苦し気にシュレイユは眉を寄せた。
「なぜですか! このダイシンリンの危機だというのに!」
シュレイユはこのダイシンリンがどうなってもいいと思っているのか。
そう思い、オウカは大きく声をあげてしまった。
解決できる手段が目の前にあるのに。
「何を恐れていらっしゃるのです!」
「オウカ……月氷花の蜜がほしいなら、私が採取してくる。しかし、月氷花が咲くのは、三つの月が満月になった夜だけだ。それまで待ってほしい。樹液も同様にそのときに採取する」
申し訳なさそうなシュレイユのことばに、オウカはハッとして口をつぐんだ。
「……シュレイユさまがそうおっしゃるのなら……。私もですぎた事を言ってしまいました……申し訳ありません」
オウカはシュレイユを責めてしまった自分が、急に恥ずかしくなった。
シュレイユはあくまで精霊王。王がそこまで隠す花である月氷花は、何かわけがある花なのだろう。その心情を汲まずに、一方的に責めたててしまった。
シュレイユの顔が見られず、オウカは後悔にさいなまれて下をむいた。
それに気が付いたシュレイユは、オウカをやさしく労わる。
「オウカ。今のやりとりは、私が悪いんだ。君が心を痛めることはない」
「いいえ……、きっと月氷花という花には深い事情があるんでしょう? それを考えずに私って思ったことをズバっと言ってしまって」
シュレイユはクスリと口元がゆるんだ。
「君は本当に心優しいね。今の話を聞いたら、他のものだったら怒って当然の話だよ」
「……そうでしょうか」
「そう」
自分のしたことを、まっすぐな心で後悔しているオウカに、シュレイユはにこりと笑顔を向けた。
シュレイユの言葉に、オウカは救われたような気がしてほっとする。
「じゃあ、これからの先のことをまとめようか。私は三つの月が満月になったら、月氷花の蜜と、木の樹液を採取してくる。あの水草が月水花だときまったわけではないけれど、試す価値はある。それまでは既存の毒の水草に効いていた毒消しを、あの水草に試してみるんだ」
「はい」
オウカとシュレイユは、サイハナ城をかけずりまわって毒消しの検証をした。
まず小川からシュレイユが採取していた水のなかの毒を放つ根が、やはりソウテン湖の水草であることを突き止めた。
そして、色々な毒消しを、小川の枯れかけた草へとほどこした。
しかし、いまいちかんばしくない。
シュレイユに頼まれてオウカが買ってきた虫を使って、何種類も毒消しを作ったけれど、うまく効いている様子はなかった。
研究所内の部屋で、二人は蜜水を飲んで一息入れる。
「やっぱり月水花には、月氷花を使った毒消しじゃないとだめなのかしら」
そうぼやいたところへ、シュレイユが声をかける。
「でも、月氷花は満月にならないと咲かない」
「ええ」
諦めかけたところへ、図書室からサフィニアとディーヤが大きな本をもってやってきた。
彼女たちは、もとからある別の種類の毒草――それの毒消しの材料が載っている本を探していた。そして、その本を見つけてきたようだ。
「オウカ、これ見てー」
サフィニアは茶色の皮表紙の分厚い本を机に置き、栞がはさんであるページを開く。
そこには、ソウテン湖のものとはちがう、毒水草が載っていた。
この前、オウカとサフィニアが調べたものだ。
「この毒水草は採取したソウテン湖の毒草とは別のものだけど、ここに毒消し薬の材料と製法が載ってる」
「ああ」
「本当だ」
シュレイユとオウカは本を覗いた。こんな分厚い本から、よくこの毒消しのページを見つけ出したと感心する。
「いまある毒消しがきかない、となれば、この水草の毒消しを作ろう。水草だというこどで、毒の種類が似てるかもしれない。材料は――」
シュレイユが材料を確認すると、ふむと唸り声をあげた。
「シュレイユさま。見慣れない薬草や虫のなまえが書いてありますね」
「うん。ベースはむらさきぽぽの毒消し、これはサイハナの森にある。あとは、まだら白キノコと鉄鋼虫、か。聞いたことのないキノコだ」
「まだら白キノコ、なんて私も聞いたことありません」
植物研究をしているオウカやサフィニアでも聞いたことのない植物だった。
「それに鉄鋼虫ですか。この虫はたしかシャンヨークの森に生息する珍しい虫だと記憶しておりますが」
ディーヤが顎に手をあてて考えながら発言した。
シュレイユが腕を組む。
「ならば、このまだら白キノコも、別の森や山にあるかもしれない。シャンヨークの森やキザンの山にね」
「……みつかるでしょうか……」
オウカは不安になってシュレイユを見つめた。
「満月はまだまだ先だ。それまでに出来るだけのことはしよう」
「ならば、私がシャンヨークの森とキザンの山へ行って、探してきます。やっぱり植物に詳しい者が行った方が良いと思うんです」
「あたしもいくよ」
サフィニアが声をあげたが、オウカは断った。
「これから、あのソウテン湖の毒が森に回ってきて、他の種類の薬も今後必要になるかもしれない。だから、詳しいものが残っていた方がいいわ」
「そう……わかったよ」
そのとき、急に強い風が扉から吹き付けてきてシュレイユ、オウカ、サフィニア、ディーヤの四人は、驚いてそちらを振り向く。
すると、ディーヤの部下である精霊が息を切らしながら必死の顔でシュレイユをみている。
「シュレイユさま!」
「どうしたんだ? そんなにあわてて」
ただ事ではない様子に、一同に緊張が走る。
「ソウテン湖から……急使がきています。至急精霊王に伝えたいと! ソウテン湖の生物が、水草の毒で死んでしまったと……!」
シュレイユは意識してこころを落ち着かせ、精霊に言う。
「いますぐに、その急使に会おう。ソウテン湖の様子を詳しく知りたい」
「は、はいっ」
――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
ちょっと込み入って分かりにくいので、補足です。
オウカたちは二種類の毒消し薬をつくろうとしています。
一つは『月氷花』と『ある木の樹液』をつかった、月水花に対しての解毒薬。
これは効き目抜群ですが、満月にならないと手に入りません。
なので、ソウテン湖の毒草と、おそらく同系統の毒水草の解毒薬をつくることにしました。
それが、本に書いてあった解毒薬です。
『むらさきぽぽ』をベースに、『鉄鋼虫』と『まだら白キノコ』を混ぜてつくる解毒薬です。
しかし、その材料をそろえるのは、大変なようです。
シュレイユは机について、指を組んでその毒の水草のことと、毒消しのこと、そして童話のことを聞いていた。
「なるほど……」
一通り話がおわると、シュレイユは思案顔で二人の顔をみる。
「取り敢えず、現在確認されている毒の水草の毒消しと、
同じ系統の毒消しをソウテン湖の毒草に使って
様子を見る価値は、十分にあるね」「はい。それと、さきほど話をした童話、シュレイユさまはどう思われますか?」
「ああ。それも興味深い。その話は私も知っている」
「童話にあった月水花や月氷花は実際にあるのでしょうか? あるなら、シュレイユさまはみたことがありますか?」
「……月氷花なら見たことがあるよ」
ためらいがちに返されたシュレイユの返事に、オウカは目を見開いた。
月氷花は、毒消しの蜜を出す花だ。それが手に入れば、月水花の毒は消えると童話では書かれている。
「どこで見たのでしょうか、どんな花なんですか!?」
勢いこんで聞いたオウカに、シュレイユは難しい顔で執務机の上で指を組みなおした。
「昔々のことだ。そのときも、月水花が現れたことがあった。童話はそのときのことを題材に書かれたのだろう。童話にかかれているように、やはり月氷花の蜜で毒を消した。しかし、月水花の毒を消すには、月氷花の蜜と、もうひとつ、ある木の樹液が必要だと聞いたことがある」
「聞いたことがある……とは、シュレイユさまも人から聞いたんですね」
「ああ。前に月水花がはびこったのは、私が生まれる前のことだったらしい。そのことを私は先代の精霊王に聞いたんだ」
シュレイユは懐かしそうに昔を思い出した。
「ならば、はやくその木の樹液と月氷花の蜜を採取しなくては」
「悪いがオウカ、いまその木と月氷花がどこにあるのか、いくらオウカでも教えることができない」
苦し気にシュレイユは眉を寄せた。
「なぜですか! このダイシンリンの危機だというのに!」
シュレイユはこのダイシンリンがどうなってもいいと思っているのか。
そう思い、オウカは大きく声をあげてしまった。
解決できる手段が目の前にあるのに。
「何を恐れていらっしゃるのです!」
「オウカ……月氷花の蜜がほしいなら、私が採取してくる。しかし、月氷花が咲くのは、三つの月が満月になった夜だけだ。それまで待ってほしい。樹液も同様にそのときに採取する」
申し訳なさそうなシュレイユのことばに、オウカはハッとして口をつぐんだ。
「……シュレイユさまがそうおっしゃるのなら……。私もですぎた事を言ってしまいました……申し訳ありません」
オウカはシュレイユを責めてしまった自分が、急に恥ずかしくなった。
シュレイユはあくまで精霊王。王がそこまで隠す花である月氷花は、何かわけがある花なのだろう。その心情を汲まずに、一方的に責めたててしまった。
シュレイユの顔が見られず、オウカは後悔にさいなまれて下をむいた。
それに気が付いたシュレイユは、オウカをやさしく労わる。
「オウカ。今のやりとりは、私が悪いんだ。君が心を痛めることはない」
「いいえ……、きっと月氷花という花には深い事情があるんでしょう? それを考えずに私って思ったことをズバっと言ってしまって」
シュレイユはクスリと口元がゆるんだ。
「君は本当に心優しいね。今の話を聞いたら、他のものだったら怒って当然の話だよ」
「……そうでしょうか」
「そう」
自分のしたことを、まっすぐな心で後悔しているオウカに、シュレイユはにこりと笑顔を向けた。
シュレイユの言葉に、オウカは救われたような気がしてほっとする。
「じゃあ、これからの先のことをまとめようか。私は三つの月が満月になったら、月氷花の蜜と、木の樹液を採取してくる。あの水草が月水花だときまったわけではないけれど、試す価値はある。それまでは既存の毒の水草に効いていた毒消しを、あの水草に試してみるんだ」
「はい」
オウカとシュレイユは、サイハナ城をかけずりまわって毒消しの検証をした。
まず小川からシュレイユが採取していた水のなかの毒を放つ根が、やはりソウテン湖の水草であることを突き止めた。
そして、色々な毒消しを、小川の枯れかけた草へとほどこした。
しかし、いまいちかんばしくない。
シュレイユに頼まれてオウカが買ってきた虫を使って、何種類も毒消しを作ったけれど、うまく効いている様子はなかった。
研究所内の部屋で、二人は蜜水を飲んで一息入れる。
「やっぱり月水花には、月氷花を使った毒消しじゃないとだめなのかしら」
そうぼやいたところへ、シュレイユが声をかける。
「でも、月氷花は満月にならないと咲かない」
「ええ」
諦めかけたところへ、図書室からサフィニアとディーヤが大きな本をもってやってきた。
彼女たちは、もとからある別の種類の毒草――それの毒消しの材料が載っている本を探していた。そして、その本を見つけてきたようだ。
「オウカ、これ見てー」
サフィニアは茶色の皮表紙の分厚い本を机に置き、栞がはさんであるページを開く。
そこには、ソウテン湖のものとはちがう、毒水草が載っていた。
この前、オウカとサフィニアが調べたものだ。
「この毒水草は採取したソウテン湖の毒草とは別のものだけど、ここに毒消し薬の材料と製法が載ってる」
「ああ」
「本当だ」
シュレイユとオウカは本を覗いた。こんな分厚い本から、よくこの毒消しのページを見つけ出したと感心する。
「いまある毒消しがきかない、となれば、この水草の毒消しを作ろう。水草だというこどで、毒の種類が似てるかもしれない。材料は――」
シュレイユが材料を確認すると、ふむと唸り声をあげた。
「シュレイユさま。見慣れない薬草や虫のなまえが書いてありますね」
「うん。ベースはむらさきぽぽの毒消し、これはサイハナの森にある。あとは、まだら白キノコと鉄鋼虫、か。聞いたことのないキノコだ」
「まだら白キノコ、なんて私も聞いたことありません」
植物研究をしているオウカやサフィニアでも聞いたことのない植物だった。
「それに鉄鋼虫ですか。この虫はたしかシャンヨークの森に生息する珍しい虫だと記憶しておりますが」
ディーヤが顎に手をあてて考えながら発言した。
シュレイユが腕を組む。
「ならば、このまだら白キノコも、別の森や山にあるかもしれない。シャンヨークの森やキザンの山にね」
「……みつかるでしょうか……」
オウカは不安になってシュレイユを見つめた。
「満月はまだまだ先だ。それまでに出来るだけのことはしよう」
「ならば、私がシャンヨークの森とキザンの山へ行って、探してきます。やっぱり植物に詳しい者が行った方が良いと思うんです」
「あたしもいくよ」
サフィニアが声をあげたが、オウカは断った。
「これから、あのソウテン湖の毒が森に回ってきて、他の種類の薬も今後必要になるかもしれない。だから、詳しいものが残っていた方がいいわ」
「そう……わかったよ」
そのとき、急に強い風が扉から吹き付けてきてシュレイユ、オウカ、サフィニア、ディーヤの四人は、驚いてそちらを振り向く。
すると、ディーヤの部下である精霊が息を切らしながら必死の顔でシュレイユをみている。
「シュレイユさま!」
「どうしたんだ? そんなにあわてて」
ただ事ではない様子に、一同に緊張が走る。
「ソウテン湖から……急使がきています。至急精霊王に伝えたいと! ソウテン湖の生物が、水草の毒で死んでしまったと……!」
シュレイユは意識してこころを落ち着かせ、精霊に言う。
「いますぐに、その急使に会おう。ソウテン湖の様子を詳しく知りたい」
「は、はいっ」
――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
ちょっと込み入って分かりにくいので、補足です。
オウカたちは二種類の毒消し薬をつくろうとしています。
一つは『月氷花』と『ある木の樹液』をつかった、月水花に対しての解毒薬。
これは効き目抜群ですが、満月にならないと手に入りません。
なので、ソウテン湖の毒草と、おそらく同系統の毒水草の解毒薬をつくることにしました。
それが、本に書いてあった解毒薬です。
『むらさきぽぽ』をベースに、『鉄鋼虫』と『まだら白キノコ』を混ぜてつくる解毒薬です。
しかし、その材料をそろえるのは、大変なようです。