終
文字数 2,747文字
あれから、数日後ーー
オウカが精霊王執務室へ向かって歩いていると、ディーヤと出会った。
ディーヤは少し苦手だと思うオウカだったが、今日は妙に機嫌がよさそうだ。
「おはようございます、オウカ」
「おはようございます、ディーヤ」
同じように挨拶をすると、一緒にサイハナ城の廊下を歩く。
行くところは同じ精霊王執務室だからだ。
「少し、話をしませんか」
「……はなし?」
「ええ。歩きながらで十分ですので」
そう前置きをしたと思ったら。ディーヤは言い放った。
「俺は貴女がとても嫌いでした」
「……は……」
オウカは目が点になる。もともとあまり好かれてはいないだろうと思っていたが、出会って挨拶そうそう嫌いだと言われて。
二の句が継げずにいると、ディーヤはおどけた調子で言葉をつづけた。
「なぜなら、とても羨ましかったから」
そう言われる。
「羨ましい? どこが?」
納得できずに問うと、ディーヤはにこりと笑う。笑顔がこわい。
しかし、なんにせよオウカがディーヤの笑顔をみたのは、これが初めてだった。
「精霊王一番の部下である俺よりも優秀で、そして王の信頼を一身に受けていて」
「かいかぶりすぎ。私は優秀じゃないわよ」
少しムキになったオウカにディーヤは首を振った。
「今回の毒消し薬の仕事を見ても、貴女は優秀です」
「……だから、私がキライだったの?」
やっぱり納得いかない、とディーヤに詰め寄ると、彼はまた少し考える。
「それだけじゃないですよ。シュレイユさまに凄く好かれてるところも」
「は?」
「俺はシュレイユさまが、王としてだけでなく好きです」
「……」
「でも、シュレイユさまは貴女がとても好きなようです」
「……」
初めて知ったディーヤの気持ちに、返事ができず彼の言葉を聞くことしか出来ない。
「ならば、仕方がない。応援するしかありません」
「あ、ありがとう……」
オウカが言うと、ディーヤはくるっとオウカに向き直った。
「でも、シュレイユさまの足を引っ張ったり、害になることをしたら、俺が黙ってないですからね!」
「は、はい……」
「もし、そんなことをしたら、俺がシュレイユさまを取ってしまいますから」
「えーッ! それはダメ!」
本気でむきになったオウカを見て、ディーヤはプッと噴き出した。
「何、冗談だったの?!」
「いいえ、本気ですよ。ですから、シュレイユさまを大事にしてくださいね。さあ、精霊王執務室につきました。どうぞ、中へ」
話をしているうちに執務室の前に来ていた。ディーヤが入口の布をめくってくれる。中はいろいろな花や植物があふれた部屋で。その中央の机にシュレイユが座っていた。
「ディーヤ、オウカ。今日は随分と仲がいいね。いつもそうだといいのだけど」
入り口の布をオウカのためにめくったディーヤをみて、シュレイユはそう言った。
ディーヤとオウカは一瞬顔を見合わせて、心の中で叫ぶ。
(だれのせいだと思っているんですか!!)
と。
あれから、パオシュとカグラがどうなったのかというと。
パオシュは実際に月水花を投げ入れたわけではないので、メルフィオル王は罪には問わなかった。
しかし、いままでのように一緒に生活もできない。パオシュはメルフィオルのことがねたましいのだ。それが分ってしまった今、メルフィオルはパオシュと一緒にいることはできなかった。だから、図書棟の管理人という役職をあたえて、そこで生活させることにした。その方がパオシュのためだと思ったからだ。メルフィオルは、自分の近くにいるよりも、離れた場所で生活する方が、パオシュがこころ穏やかに暮らせると判断した。
デラールには厳重注意をして、また同族間でいさかいを起こしたら、罪に問うと申し渡した。
カグラは――
鬼王シロガネにサユリをたくし、ダイシンリンの外へと旅立った。
里の中では、亡くなったと噂がたっているらしい。
人間の世界へ旅立っていくカグラを見送って、サユリは別れるさいに、悲しくてとても泣いたという。言葉があまり話せない分、気持ちを十分に伝えられなくて、とても苦しかっただろう。
「あとの面倒はシロガネどのがみるそうだ。シロガネどのは、責任重大だと言っていたよ」
シュレイユはまじめな顔で話を締めくくった。
つい最近まで、シュレイユはシロガネとメルフィオルと共に、この騒動の後始末をしていたところだった。
ソウテン湖の方の後始末は、湖の主であるニアが取り仕切り、そこにオウカとディーヤも手伝いに行った。
月水花の除草は、もうほぼ終わっており、春なので新しい芽がソウテン湖に芽吹いていた。
ソウテン湖の生物は、魚を放流したり、あたらしい水草の苗を植えたりして、すこしづつまた元の姿をとりもどしつつある。
「そういえば、今日からソウテン市場が再開するそうですよ」
ディーヤがシュレイユに言った。
「そうか。様子を見に行ってみるか?」
シュレイユがディーヤとオウカ二人に言うと、ディーヤはまた笑顔になった。
「俺は用事がありますから、お二人で行ってきてください」
「そうか。オウカ、行くか?」
シュレイユに言われ、オウカは「はい」と返事をする。
ディーヤの心遣いを無駄にしないように。
「行きましょう、シュレイユさま」
「じゃあ、ここの露台から飛んで行こう」
シュレイユが席を立って、仕切り布のむこうの露台へ行くと、オウカもそれについて行く。
露台に出ると、春のいい薫りとともに、サイハナ城の中庭が見渡せた。
花は咲き誇り、みどりは萌えていて。
中央にはオウカの木があるが、いまその木が満開の桃色の花をつけていた。
「ああ、とうとう咲いたね。いい香りがここまで漂 ってくる」
「今年もたくさん桃色の花が咲きました」
盛大に咲くオウカの木を見ながら、シュレイユとオウカは精霊の羽を出した。
氷のような水色の羽と、花のような桃色の羽を。
ディーヤの声が背中に聞こえた。
「行ってらっしゃい。楽しんできてください」
「視察をしに行くんだ。遊びで行くわけじゃないのだけど」
シュレイユが言い訳がましいことを言うが。
「どうみてもデートですよ」
ディーヤが片手を顎にあてて、苦笑した。
オウカは飛び立つ前に、ディーヤに礼を言う。
「ディーヤ、ありがとう」
「何に対して、ありがとうなのか、分かりません」
相変らず少し意地が悪い彼だったが、オウカは気にならなかった。
ディーヤはオウカに気を遣ってくれたのだから。
「じゃあ、行って来る」
「行ってきます」
シュレイユとオウカの声が重なる。二人は空へと向かって羽を広げた。
そして、水色の精霊王と桃色の精霊は、ソウテン湖へ向けて仲良く空をわたっていった。
おわり
※おまけページあります。この話のイラスト集なので、イラスト大丈夫なかた、ご覧ください。
オウカが精霊王執務室へ向かって歩いていると、ディーヤと出会った。
ディーヤは少し苦手だと思うオウカだったが、今日は妙に機嫌がよさそうだ。
「おはようございます、オウカ」
「おはようございます、ディーヤ」
同じように挨拶をすると、一緒にサイハナ城の廊下を歩く。
行くところは同じ精霊王執務室だからだ。
「少し、話をしませんか」
「……はなし?」
「ええ。歩きながらで十分ですので」
そう前置きをしたと思ったら。ディーヤは言い放った。
「俺は貴女がとても嫌いでした」
「……は……」
オウカは目が点になる。もともとあまり好かれてはいないだろうと思っていたが、出会って挨拶そうそう嫌いだと言われて。
二の句が継げずにいると、ディーヤはおどけた調子で言葉をつづけた。
「なぜなら、とても羨ましかったから」
そう言われる。
「羨ましい? どこが?」
納得できずに問うと、ディーヤはにこりと笑う。笑顔がこわい。
しかし、なんにせよオウカがディーヤの笑顔をみたのは、これが初めてだった。
「精霊王一番の部下である俺よりも優秀で、そして王の信頼を一身に受けていて」
「かいかぶりすぎ。私は優秀じゃないわよ」
少しムキになったオウカにディーヤは首を振った。
「今回の毒消し薬の仕事を見ても、貴女は優秀です」
「……だから、私がキライだったの?」
やっぱり納得いかない、とディーヤに詰め寄ると、彼はまた少し考える。
「それだけじゃないですよ。シュレイユさまに凄く好かれてるところも」
「は?」
「俺はシュレイユさまが、王としてだけでなく好きです」
「……」
「でも、シュレイユさまは貴女がとても好きなようです」
「……」
初めて知ったディーヤの気持ちに、返事ができず彼の言葉を聞くことしか出来ない。
「ならば、仕方がない。応援するしかありません」
「あ、ありがとう……」
オウカが言うと、ディーヤはくるっとオウカに向き直った。
「でも、シュレイユさまの足を引っ張ったり、害になることをしたら、俺が黙ってないですからね!」
「は、はい……」
「もし、そんなことをしたら、俺がシュレイユさまを取ってしまいますから」
「えーッ! それはダメ!」
本気でむきになったオウカを見て、ディーヤはプッと噴き出した。
「何、冗談だったの?!」
「いいえ、本気ですよ。ですから、シュレイユさまを大事にしてくださいね。さあ、精霊王執務室につきました。どうぞ、中へ」
話をしているうちに執務室の前に来ていた。ディーヤが入口の布をめくってくれる。中はいろいろな花や植物があふれた部屋で。その中央の机にシュレイユが座っていた。
「ディーヤ、オウカ。今日は随分と仲がいいね。いつもそうだといいのだけど」
入り口の布をオウカのためにめくったディーヤをみて、シュレイユはそう言った。
ディーヤとオウカは一瞬顔を見合わせて、心の中で叫ぶ。
(だれのせいだと思っているんですか!!)
と。
あれから、パオシュとカグラがどうなったのかというと。
パオシュは実際に月水花を投げ入れたわけではないので、メルフィオル王は罪には問わなかった。
しかし、いままでのように一緒に生活もできない。パオシュはメルフィオルのことがねたましいのだ。それが分ってしまった今、メルフィオルはパオシュと一緒にいることはできなかった。だから、図書棟の管理人という役職をあたえて、そこで生活させることにした。その方がパオシュのためだと思ったからだ。メルフィオルは、自分の近くにいるよりも、離れた場所で生活する方が、パオシュがこころ穏やかに暮らせると判断した。
デラールには厳重注意をして、また同族間でいさかいを起こしたら、罪に問うと申し渡した。
カグラは――
鬼王シロガネにサユリをたくし、ダイシンリンの外へと旅立った。
里の中では、亡くなったと噂がたっているらしい。
人間の世界へ旅立っていくカグラを見送って、サユリは別れるさいに、悲しくてとても泣いたという。言葉があまり話せない分、気持ちを十分に伝えられなくて、とても苦しかっただろう。
「あとの面倒はシロガネどのがみるそうだ。シロガネどのは、責任重大だと言っていたよ」
シュレイユはまじめな顔で話を締めくくった。
つい最近まで、シュレイユはシロガネとメルフィオルと共に、この騒動の後始末をしていたところだった。
ソウテン湖の方の後始末は、湖の主であるニアが取り仕切り、そこにオウカとディーヤも手伝いに行った。
月水花の除草は、もうほぼ終わっており、春なので新しい芽がソウテン湖に芽吹いていた。
ソウテン湖の生物は、魚を放流したり、あたらしい水草の苗を植えたりして、すこしづつまた元の姿をとりもどしつつある。
「そういえば、今日からソウテン市場が再開するそうですよ」
ディーヤがシュレイユに言った。
「そうか。様子を見に行ってみるか?」
シュレイユがディーヤとオウカ二人に言うと、ディーヤはまた笑顔になった。
「俺は用事がありますから、お二人で行ってきてください」
「そうか。オウカ、行くか?」
シュレイユに言われ、オウカは「はい」と返事をする。
ディーヤの心遣いを無駄にしないように。
「行きましょう、シュレイユさま」
「じゃあ、ここの露台から飛んで行こう」
シュレイユが席を立って、仕切り布のむこうの露台へ行くと、オウカもそれについて行く。
露台に出ると、春のいい薫りとともに、サイハナ城の中庭が見渡せた。
花は咲き誇り、みどりは萌えていて。
中央にはオウカの木があるが、いまその木が満開の桃色の花をつけていた。
「ああ、とうとう咲いたね。いい香りがここまで
「今年もたくさん桃色の花が咲きました」
盛大に咲くオウカの木を見ながら、シュレイユとオウカは精霊の羽を出した。
氷のような水色の羽と、花のような桃色の羽を。
ディーヤの声が背中に聞こえた。
「行ってらっしゃい。楽しんできてください」
「視察をしに行くんだ。遊びで行くわけじゃないのだけど」
シュレイユが言い訳がましいことを言うが。
「どうみてもデートですよ」
ディーヤが片手を顎にあてて、苦笑した。
オウカは飛び立つ前に、ディーヤに礼を言う。
「ディーヤ、ありがとう」
「何に対して、ありがとうなのか、分かりません」
相変らず少し意地が悪い彼だったが、オウカは気にならなかった。
ディーヤはオウカに気を遣ってくれたのだから。
「じゃあ、行って来る」
「行ってきます」
シュレイユとオウカの声が重なる。二人は空へと向かって羽を広げた。
そして、水色の精霊王と桃色の精霊は、ソウテン湖へ向けて仲良く空をわたっていった。
おわり
※おまけページあります。この話のイラスト集なので、イラスト大丈夫なかた、ご覧ください。