毒の水草と童話
文字数 2,934文字
その日の夕方にサイハナ城に帰ってきたオウカは、精霊王の執務室へと向かい、ソウテン湖での様子を語った。
「――というわけです」
大方の事情を聞いて、ソウテン湖のあるじであるニアからの書簡を読んだシュレイユは、厳しい顔で口をひらく。
「そうか……。ご苦労だったね。それで、虫の方は調達できたのかな」
「はい。シュレイユさまに頼まれた虫は、こちらに」
オウカは紙袋に包まれた乾燥した虫を差し出した。
シュレイユは中を確認して、少し笑む。
「たいへんなことが起こっている最中に、これだけ揃えるのは大変だっただろうに。良く集めてきてくれたね」
「いえ、ほかならぬシュレイユ様のお使いですからね」
朗らかに笑うオウカに、シュレイユも笑顔になる。
明るい笑顔にシュレイユのこころも少しだけ晴れた。
「でも……この虫はみんな毒消しの材料になる虫ですよね」
「そうだね。今日の朝、サイハナ城の裏庭の小川で、すこし異変があったとの報告があがっていた。報告の内容から、毒の可能性があったんだ。だから、オウカに毒消しの薬に使う虫を頼んだ。そのあと、細かく調査したら、やはりある種の毒が原因のようだった。今考えると、それはソウテン湖から流れてきた、その水草の可能性が高いね」
「そうですね。例の水草の標本を持ち帰ってきたので、私はそれをもう少し調査して、どの毒消しが効くか、調べたいと思います」
「小川から毒の成分を出す根が見つかった。その根と、ソウテン湖の水草の比較も頼むよ。おそらく同じ種類の水草だと思うが」
「はい」
「どの薬が効くのかわかれば、薬はわたしたちがつくろう」
「お願いします」
オウカは植物の研究が専門、シュレイユやディーヤたちは薬を作ることに長けていた。
サイハナ城では、次の日からそれぞれが協力して、この水草の毒を消す研究が始まった。
次の日、オウカはサイハナ城の植物研究室へと向かった。
色々な植物の鉢植えが置いてあり、緑にあふれた部屋だ。入ると研究所の同僚であり、オウカの親友のサフィニアが、花々にみずをやっている最中だった。
「おはよー、オウカ。ソウテン湖で何か大変なことが起こっていたみたいね」
ゆるく波打つ濃い青色の髪を後ろで束ねた、背の低い精霊だ。彼女の元体 は、小さな青い花だとオウカは前に聞いたことがある。
ちなみにオウカの元体は、春になると薄桃色の小さな花を一斉に咲かせる、老木だった。
しかし、精霊たちはあまり自分の元体のことは、話さない。元体を壊されてしまったら、自分が死んでしまうからだ。
精霊とは、長い間存在する
言い換えると、長い間存在できる条件のそろったものから生まれるので、その環境が壊されなければ、精霊はずっと存在できる。
だから、精霊は自分の元体である草木などを大事にしているので、その場所は口外しないのが普通だった。
「サフィニア、もうソウテン湖のことを知っているの」
オウカが聞くと、サフィニアは苦笑いする。
「まさかぁ。シュレイユさまにオウカから聞くようにって言われたんだよ。私が知っているのは、ソウテン湖で何かがあったということだけ」
「そう……。実は結構大変なことになってるのよ」
オウカは、昨日シュレイユに話したことと同じことを、サフィニアに話した。
そして、昨日採取した毒の水草の入った試験管三本を、手袋をはめて机においた。
「これが、例の水草なんだけどね」
「へえー……。なんか、なんの変哲もない水草にみえるけど……これの毒がダイシンリン全体にまわってきているってこと?」
「そう。今は、まだ微量の毒だけど、それは、この水草がきちんと成長してないからだと思う」
「……花が咲くくらい成熟してきたら……いろいろ危ないってこと?」
「まだ、想像の範疇だけだけど……ね」
オウカとサフィニアは頭をそろえて、机の上の水草に魅入った。
「……取り敢えず、どんな種類の水草なのか、資料をあたろうよ。どこかに、この水草に関しての、資料がのこっているかもしれない」
サフィニアは水草を見ながらつぶやく。
「そうね。サイハナ城の図書室で調べましょう」
オウカとサフィニアは、その見慣れない毒の水草の手がかりを求めて、図書室へと向かった。
その毒草の記述があったのは……研究書でもなく、標本集でもなく、一冊の童話だった。
サフィニアが資料探しに疲れて偶然手に取った童話。そこに、記述があった。
「これって……信憑性としてはどうなのかなぁ」
サフィニアが困った顔で童話のページに魅入る。
開かれたページには、あの水草と同じものが湖に広がっている挿絵が描かれていた。
「童話も、事実から作った話ってあるから。後世に教訓のようなものを残した話とか……この話があの水草のことなら、すごい助けになると思う」
オウカはその童話を馬鹿にせずに、読みだした。
それは、二輪の兄弟花の話だった。
月水花 と月氷花 という二輪の花の。
月水花は、この世界の三つの月の力で成長したあかつきに、芳香を放ちながら毒を吐き出す花で、
月氷花は、やはり三つの月のちからが最大限に増した満月のときに、毒消しの蜜を出す地上の奇跡の花だ。
月水花の精は、己の毒でみんなを苦しめてしまうことを、心苦しいと思っていた。
それを憂えた、兄である月氷花の精は、己の毒消しの力で月水花の毒を消し去ってやるという話だった。
「あの水草は、この話の月水花、だというの?」
サフィニアが半分呆れた声を出したが、オウカは考え込んだ。
「でも、あの水草に関する資料のなかで、一番それらしい話だわ」
水草の標本集に、ソウテン湖の草ではない、毒の水草のことも載っていた。
しかし、それとは葉の形も違うし、なによりソウテン湖の水草はにおいがするということ。この童話の月水花もおなじだ。
だから、こちらの童話にのっている水草の方が、オウカの知っているソウテン湖で見た水草に近いものだった。
芳香を放ちながら広がり、毒を出す。
オウカは有翼種族のタクスが、ソウテン湖の水がくさいと言っていたことを思いだす。
匂いの感じ方の美醜など、種族によってさまざまだ。
タクスには臭く感じられたのかもしれない。
「……シュレイユさまに、このことを言うの? この童話のことを?」
サフィニアは浮かない顔だった。
信じてもらえるのか……という心配があったが、これしか近しい資料がないのだから仕方がない。
「シュレイユさまは長く生きている精霊王なのだし、この童話のことも知っているかもしれない。それに、違う種類の毒の水草もあるのよ。ソウテン湖と同じ系統の毒の植物なら、同じ系統の毒消しが効くと思う。ならば、その毒消しを試せばいい。今時点で報告できることは、これくらいよ」
そのころには、もう日はくれて、夕方になっていた。
三つの月が顔を出してくる。
一番大きな蒼白い月、中くらいの赤い月、そして小さな黄色の月。
「今日も月がきれいね」
「うん」
オウカの言葉に、サフィニアが返事をかえす。
この世界の三つの月。
さきほどの花々も、この三つの月の影響を強く受けるのだと、思い出す。
そして、報告は次の日に回して、二人は仕事をきりあげることにした。
「――というわけです」
大方の事情を聞いて、ソウテン湖のあるじであるニアからの書簡を読んだシュレイユは、厳しい顔で口をひらく。
「そうか……。ご苦労だったね。それで、虫の方は調達できたのかな」
「はい。シュレイユさまに頼まれた虫は、こちらに」
オウカは紙袋に包まれた乾燥した虫を差し出した。
シュレイユは中を確認して、少し笑む。
「たいへんなことが起こっている最中に、これだけ揃えるのは大変だっただろうに。良く集めてきてくれたね」
「いえ、ほかならぬシュレイユ様のお使いですからね」
朗らかに笑うオウカに、シュレイユも笑顔になる。
明るい笑顔にシュレイユのこころも少しだけ晴れた。
「でも……この虫はみんな毒消しの材料になる虫ですよね」
「そうだね。今日の朝、サイハナ城の裏庭の小川で、すこし異変があったとの報告があがっていた。報告の内容から、毒の可能性があったんだ。だから、オウカに毒消しの薬に使う虫を頼んだ。そのあと、細かく調査したら、やはりある種の毒が原因のようだった。今考えると、それはソウテン湖から流れてきた、その水草の可能性が高いね」
「そうですね。例の水草の標本を持ち帰ってきたので、私はそれをもう少し調査して、どの毒消しが効くか、調べたいと思います」
「小川から毒の成分を出す根が見つかった。その根と、ソウテン湖の水草の比較も頼むよ。おそらく同じ種類の水草だと思うが」
「はい」
「どの薬が効くのかわかれば、薬はわたしたちがつくろう」
「お願いします」
オウカは植物の研究が専門、シュレイユやディーヤたちは薬を作ることに長けていた。
サイハナ城では、次の日からそれぞれが協力して、この水草の毒を消す研究が始まった。
次の日、オウカはサイハナ城の植物研究室へと向かった。
色々な植物の鉢植えが置いてあり、緑にあふれた部屋だ。入ると研究所の同僚であり、オウカの親友のサフィニアが、花々にみずをやっている最中だった。
「おはよー、オウカ。ソウテン湖で何か大変なことが起こっていたみたいね」
ゆるく波打つ濃い青色の髪を後ろで束ねた、背の低い精霊だ。彼女の
ちなみにオウカの元体は、春になると薄桃色の小さな花を一斉に咲かせる、老木だった。
しかし、精霊たちはあまり自分の元体のことは、話さない。元体を壊されてしまったら、自分が死んでしまうからだ。
精霊とは、長い間存在する
もの
から生まれるものだ。石や木や花などから。言い換えると、長い間存在できる条件のそろったものから生まれるので、その環境が壊されなければ、精霊はずっと存在できる。
だから、精霊は自分の元体である草木などを大事にしているので、その場所は口外しないのが普通だった。
「サフィニア、もうソウテン湖のことを知っているの」
オウカが聞くと、サフィニアは苦笑いする。
「まさかぁ。シュレイユさまにオウカから聞くようにって言われたんだよ。私が知っているのは、ソウテン湖で何かがあったということだけ」
「そう……。実は結構大変なことになってるのよ」
オウカは、昨日シュレイユに話したことと同じことを、サフィニアに話した。
そして、昨日採取した毒の水草の入った試験管三本を、手袋をはめて机においた。
「これが、例の水草なんだけどね」
「へえー……。なんか、なんの変哲もない水草にみえるけど……これの毒がダイシンリン全体にまわってきているってこと?」
「そう。今は、まだ微量の毒だけど、それは、この水草がきちんと成長してないからだと思う」
「……花が咲くくらい成熟してきたら……いろいろ危ないってこと?」
「まだ、想像の範疇だけだけど……ね」
オウカとサフィニアは頭をそろえて、机の上の水草に魅入った。
「……取り敢えず、どんな種類の水草なのか、資料をあたろうよ。どこかに、この水草に関しての、資料がのこっているかもしれない」
サフィニアは水草を見ながらつぶやく。
「そうね。サイハナ城の図書室で調べましょう」
オウカとサフィニアは、その見慣れない毒の水草の手がかりを求めて、図書室へと向かった。
その毒草の記述があったのは……研究書でもなく、標本集でもなく、一冊の童話だった。
サフィニアが資料探しに疲れて偶然手に取った童話。そこに、記述があった。
「これって……信憑性としてはどうなのかなぁ」
サフィニアが困った顔で童話のページに魅入る。
開かれたページには、あの水草と同じものが湖に広がっている挿絵が描かれていた。
「童話も、事実から作った話ってあるから。後世に教訓のようなものを残した話とか……この話があの水草のことなら、すごい助けになると思う」
オウカはその童話を馬鹿にせずに、読みだした。
それは、二輪の兄弟花の話だった。
月水花は、この世界の三つの月の力で成長したあかつきに、芳香を放ちながら毒を吐き出す花で、
月氷花は、やはり三つの月のちからが最大限に増した満月のときに、毒消しの蜜を出す地上の奇跡の花だ。
月水花の精は、己の毒でみんなを苦しめてしまうことを、心苦しいと思っていた。
それを憂えた、兄である月氷花の精は、己の毒消しの力で月水花の毒を消し去ってやるという話だった。
「あの水草は、この話の月水花、だというの?」
サフィニアが半分呆れた声を出したが、オウカは考え込んだ。
「でも、あの水草に関する資料のなかで、一番それらしい話だわ」
水草の標本集に、ソウテン湖の草ではない、毒の水草のことも載っていた。
しかし、それとは葉の形も違うし、なによりソウテン湖の水草はにおいがするということ。この童話の月水花もおなじだ。
だから、こちらの童話にのっている水草の方が、オウカの知っているソウテン湖で見た水草に近いものだった。
芳香を放ちながら広がり、毒を出す。
オウカは有翼種族のタクスが、ソウテン湖の水がくさいと言っていたことを思いだす。
匂いの感じ方の美醜など、種族によってさまざまだ。
タクスには臭く感じられたのかもしれない。
「……シュレイユさまに、このことを言うの? この童話のことを?」
サフィニアは浮かない顔だった。
信じてもらえるのか……という心配があったが、これしか近しい資料がないのだから仕方がない。
「シュレイユさまは長く生きている精霊王なのだし、この童話のことも知っているかもしれない。それに、違う種類の毒の水草もあるのよ。ソウテン湖と同じ系統の毒の植物なら、同じ系統の毒消しが効くと思う。ならば、その毒消しを試せばいい。今時点で報告できることは、これくらいよ」
そのころには、もう日はくれて、夕方になっていた。
三つの月が顔を出してくる。
一番大きな蒼白い月、中くらいの赤い月、そして小さな黄色の月。
「今日も月がきれいね」
「うん」
オウカの言葉に、サフィニアが返事をかえす。
この世界の三つの月。
さきほどの花々も、この三つの月の影響を強く受けるのだと、思い出す。
そして、報告は次の日に回して、二人は仕事をきりあげることにした。