図書棟

文字数 3,387文字

 朝の眩しい光が顔にあたって、オウカは目を覚ました。

「きゅるるる~」

 顔のすぐ横に、ケサランパサランのランがいて、オウカの起きたての顔にすりすりと毛玉の体を押し付ける。

「きゃはは、くすぐったいっ。おはよう、ランちゃん」
「きゅるる~」

 白い毛玉は嬉しそうに鳴くと、オウカの肩に乗った。

「さて、今日から本格的に鉄鋼虫を探さないとね」

 ランに話しかけると、上の階から翼のはためく音がして、オウカの部屋の露台におりた。

「オウカ、起きてるか。飯の時間だ。広場へ降りて来いよ」

 昨日すこし話をしたタクスがオウカを食卓へと迎えに来た。

「私、精霊だから花の蜜しか食べられないんだけど、大丈夫かしら……」
「たまに精霊族の使者がくることもあるから、それくらいの用意はある」

 タクスは偉そうに腕を組んでオウカに言う。

「それなら良かったわ。有翼種族は肉をよく食べるんでしょう?」
「ああ。狩りをして肉を食う。オウカたちはよく花の蜜なんかで腹が膨れるなあ」

 不思議そうにタクスは感心した。

「この下に大きい広場がある。そこで肉を焼いてるんだけど、花の蜜は俺が用意してやる。いっしょに来い。羽があるなら飛べるだろ」

 そう言うなり、タクスはバサッと翼を広げて下へ飛んでいく。
 オウカも精霊の羽を広げてタクスが降りた広場へと、飛んだ。

 シャンヨーク城の朝は、とても活気があった。
 朝一番の食事を採るのに、火をおこして肉をやく。
 肉と一緒に野菜も焼かれ、それらを集まった有翼種たちがもろもろ食べるのだ。

 朝から肉をやく香ばしい香りが煙とともに天にのぼっていく。
 有翼種族は、肉食で朝と夕の二食が習慣だった。

 しかし、メルフィオル王が食卓に着くまでは、みんな食事に手をつけなかった。
 メルフィオル王が朝食の席につく。彼が食事の挨拶をすると同時にみんなで肉にかぶりついた。
 オウカはタクスに作ってもらった蜜水を飲んだ。
 賓客あつかいなので、メルフィオル王と近い席に座っていると、彼から声を掛けられる。

「オウカ。今日から鉄鋼虫を探すのに協力させる、パオシュとタクスだ。君のたすけになるように、彼らには動くように言ってある」

 そう言うと、王の向かいに座っていた白い髪の背の小さな男が、ぺこりとお辞儀をした。背が小さくても、メルフィオル王と同じくらいの歳に見える。

 体格の良いメルフィオル王と比べると、翼もとても貧弱に見えた。

「初めまして、オウカ。わたしはパオシュ。あなたの手伝いを任されたものです」

 とても穏やかに言うと、それを聞いてタクス少年が声をあげた。

「パオシュさまはとても頭がいいんだ。俺とパオシュさまで、鉄鋼虫なんてすぐに見つかるさ」

 胸を張ってそういう様には、タクスがパオシュのことをとても信頼しているのがうかがえた。

 パオシュはタクスに少しほほ笑むと、オウカに話しかける。

「鉄鋼虫、とは私はみたことがありません。とても珍しくて、あまり聴かない虫です。でも、シャンヨークの図書棟になら、その記述があるかもしれませんね。食事が終わったら行ってみましょうか」

「賛成! そうですよね、パオシュさま。それが一番いい方法だと思います」

 あの傍若無人なタクス少年が、子犬のように懐いている。
 
 穏やかな雰囲気のパオシュは、タクスにとってとても尊敬する相手なのだろう。
 オウカも失礼のなにようにしなくちゃな、と心に刻んだ。
 
「はい。それが良いと私も思います。パオシュさん」

 オウカが答えると、タクスがムッとした表情でオウカに叫んだ。

「パオシュ

だ、オウカ。パオシュさまはメルフィオル王の兄君でいらっしゃるのだからな!」

 オウカにふんぞり返るタクスは、いちいちうるさいのだった。
 年齢で言えば、きっと精霊であるオウカの方がパオシュとタクスよりも上だと思うが、メルフィオル王の兄君というのなら、やはり呼び方に気を遣った方がいいかもしれない。
 そう思ったが。

「いいのですよ、タクス。彼女はお客様なのだし、呼び方などなんでも」

 パオシュが穏やかにタクスを制した。

 タクスは年齢が低い分、突っ走りやすく、気性も荒いのだろう。

 オウカは少し気が滅入った。
 気を落ち着かせるために、あまい蜜水をゆっくりと味わって飲むことにした。



 食事が終わって、オウカはパオシュとタクスに案内されて、シャンヨーク城の図書棟にきた。図書棟は木の上にできた小屋であるが、竹簡(ちくかん)(竹に文字がかかれた本)なのでサイハナ城の紙の本よりも保存状態は良かった。竹簡で保存したのは、森の湿気を考えてのことだろう。

「では、資料をあたってみましょう。虫関係で、鉄鋼虫、という名前なら、この辺でしょうか」

 パオシュが小屋の棚に横になっておいてある竹簡を、ざっと見渡す。

「だいたい、このあたりが希少種の虫に関する本です」

 パオシュが手で指した部分には、たくさんの竹簡がおいてある。

「これを全部あたらないといけないんですね」

 気の遠くなる作業だったが、そもそも鉄鋼虫という虫がどのような虫なのかが分からないと、探しようがない。
 その記述をもとめて、パオシュとタクス、オウカたちは竹簡を見て回った。

「なあ、オウカ、あったか」
「まだ見つからない」

 タクスに声をかけられて、オウカは返事をかえした。

「パオシュさまの方はどうですか」
「なかなか鉄鋼虫の記述は見つかりませんね」

 あっという間に時間はすぎて、図書棟の小屋に夕日が差してきた。
 無駄に一日をすごしてしまった気がして、オウカは焦る。

「もうすぐメシの時間だな。今日はここら辺できりあげるか」

 タクスが伸びをしてあくびをした。
 竹簡を眺めながらパオシュが静かに彼の言葉に答える。

「いえ、一刻も早く記述をみつけなければなりません。私はここで残って調べますから、タクスは食事へ行ってください」
「私もいまはいいわ。せめて鉄鋼虫の記述のある竹簡をみつけるまでは」

 竹簡さがしに夢中になっているふたりを見て、タクスは居心地がわるくなる。腹がすいたのは本当だけど、二人をおいて自分だけ食事にはいけなかった。
 しぶしぶとまた新しい竹簡をひらいて確かめようとして、パオシュに声をかけられる。

「タクス。広場へ行って、私たちの食事を少しでいいのでここへもってきれくれませんか。今は手が離せません」
「は、はい。パオシュさま」
「ついでにタクスはそこで夕食をいただいてきなさい」
「はい!」

 遠慮がちでありながら、力がこもった返事だったのは、食事にありつけるという悦びからだろう。
 書簡を閉じていそいそと席をたつと、タクスは翼をつかって、あさ食事をした広場へと飛んでいった。

「本当にお腹がすいて仕方がなかったようですね」

 オウカが苦笑交じりに言うと、パオシュも微笑む。

「タクスはいま伸び盛りの子供です。一番食べるときですから、お腹がすいて仕方がないのでしょう」
「私は花の蜜で栄養補給はすみますが、パオシュさまは食べなくても大丈夫なんですか?」
「いまは、ね。そのうちタクスが私の分の食事をもってきてくれるでしょう。根はやさしい子だから、貴女の分も持ってきてくれますよ」

 それからまたしばらくオウカとパオシュは資料をあたった。
 外はくらくなり、だいだい色のランプには羽虫が集まってきている。

 するとパオシュがおや、と声をあげた。

「ありましたか?」
「……おそらくこれが鉄鋼虫の記述だと思います」

 パオシュはその竹簡をオウカの元へと持ってきた。
 竹簡には、まさに鉄鋼虫、と表題があり、そこに虫の絵が描かれている。
 
「ありましたね! パオシュさま! ほっとしました~。今日はとりあえず眠れそうです」
「そうですね。明日この竹簡の内容を確認しましょう」

 パオシュがにこやかに作業の終わりをつげたころ、タクスが食事をもって図書棟へと帰ってきた。

「まだやってんだな。俺も手伝うよ」

 片手に蜜水の入った水筒と、もう片手にパオシュの弁当をもっていて、肉の香ばしい香りがただよっている。

「ちょうどいいところに帰って来ましたね」
「ほんと、私ものどが渇いたところだったわ」

 笑顔で迎えられ、タクスはハッとした。

「竹簡が見つかったんだな」
「はい。確認は明日にして、それをもとに鉄鋼虫をさがしましょう」
「賛成!」

 さすがにオウカもお腹がすいた。
 今日の作業はやめて、食事を採ることにした。 

 


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