オウカ ソウテン湖へ
文字数 2,725文字
精霊の住む東のサイハナの森には、白壁に緑のつたが這う、サイハナ城という、精霊たちの城があった。
サイハナ城は、庭園や、中庭、内部まで、地植えの植物や鉢植えがおいてある、植物が多い城だ。
陽の光がさんさんと入るこの城は、植物にとって最高の環境である。
多くの精霊たちは、ここで心地よい日光を浴びながら、色々な仕事をして、わりと自由にくらしていた。
城にいない精霊は、サイハナの森できままに暮らしている。
草木や万物のものは、長くあると命を宿す。
それが精霊だった。
精霊は、長く生きた木や、草花、石などに宿りやすい。
だから、精霊たちは自分のもとになった、『元体 』というものをもっていた。
そんな城の一角、庭園のよこで、桃色の長髪を頭頂で一本に結ったオウカは、朝の散歩をしながら、そこに生える大木の観察をしていた。
大木の根本をしげしげと見てくるりと一周し、そして背中から桃色の羽をだして、木の上まで飛び上がる。精霊族には飛ぶための羽があった。普段は背中にしまってあり、動くのに支障がないようになっている。
たくさんのごつごつした枝を広げた大木は、上から見るともうすぐ花が咲くのが分かるくらい、桃色のつぼみが膨らんでいた。
「うん、今年もつつがなく花が咲きそうね」
大木の様子を見て終わると、今度は庭園に植えてある花畑を見て回る。
桃色の髪を揺らして、庭園を歩くと。
そこでは、ミツバチがぶんぶんと音をたてて飛んでいた。
今は春。
ミツバチは、花をつけて蜜をたくさん蓄えた花たちに群がり、蜜をとって巣箱へ運ぶ。
その様子をオウカはにこりと笑って見守った。
ミツバチが蜜を運ぶ巣は、オウカたち植物研究所のものが用意した、養蜂のための箱だった。
精霊たちは花の蜜しか口にしない、特殊な種族なのだ。
だから、こうして色々な花の咲く春から秋までに一年分の蜜を集めるのだ。
そして、オウカが所属している植物研究所は、その蜜を効率よく採取するための、植物に関する研究をしている城の中の研究所だった。
研究所では、花の品種改良、植物の育てかた、新種の花、花の色の調整、などを日々研究している。
精霊族は、植物に関しての商売を、西の有翼種族と南の鬼族を相手におこなっていた。
そのための研究所だった。
オウカは巣箱を少し覗いてみる。小さな蜂たちが、せっせと蜜を運んでくるから、中はおいしそうな蜜でいっぱいだった。
それを確認して、朝の散歩を終えようとしたとき。
後ろから穏やかで優しげな声がかけられた。
「オウカ、やっぱりここにいたね。さっき窓からここに君がいるのが見えたから」
どきりとして振り向くと、オウカよりもずっと背の高い水色の髪の佳人がたっていた。
オウカが憧れる、精霊王シュレイユだ。隣に金髪の部下、ディーヤを連れて、ケサランパサランという白い毛玉のような使い魔を肩にのせていた。
「シュレイユ様! 呼んで下さればお部屋までうかがったのに。どうしたんですか、私へ頼みって」
「今日、君がソウテン市場へ行くと、人づてに聞いたから。だから頼まれてくれないかな」
彼は手に何かを持っていた。
このサイハナの森の主、精霊王シュレイユはオウカを見て人好きのする笑顔を浮かべる。
その仕種だけでも、そこに透明な花が咲いたような華やかな気配が漂った。
「この花の種と、虫を交換してきてほしいんだ」
「虫、ですか」
オウカは不思議そうに繰りかえす。
「そう。薬をつくりたいんだ」
そういうことかと、オウカは笑顔になった。
乾燥させた虫は、植物と混ぜて薬になる。
薬は、ダイシンリンで共通して使われる数種類の丸薬で、このサイハナ城で出荷しているのだ。
薬は精霊王シュレイユを中心に、その部下ディーヤたちが作っていて、ソウテン湖のソウテン市場で取引されていた。
「頼まれてくれますか?」
ディーヤもオウカにうかがいをたてた。
「このような虫を調達してきてほしいのですが」
ディーヤは虫の名前を箇条書きにした紙をオウカにわたす。
それを見ると、オウカは大きく頷いた。
「任せて下さい! いいものを手に入れてきますよ。ところで、この種は何の種なんですか?」
オウカはシュレイユの手の中の種をしげしげと眺める。
「ああ、これはね……むらさきぽぽだよ。薬効があるし、貴重なものだからどこかで花咲けばいいと思って」
「むらさきぽぽですか。ちいさな紫色のかわいい花ですよね。薬効のある花は確かに貴重ですね」
植物研究所に勤務のオウカでさえ、あまり見ない花だった。
「うん。根付くのは難しいから枯れてしまうかもしれないけど、もらったものの地で根付けば、と思って」
このダイシンリンで虫を交換してくれるのは、西のシャンヨークの森に住む有翼種族だった。
有翼種たちは、狩りを得意としていて、獣の肉や虫をソウテン湖のソウテン市場でやりとりしている。
「虫と交換なら、有翼種族たちと交渉するので、この種 はきっとシャンヨークの森に行くと思いますよ」
「ああ、そうだろうね。むらさきぽぽは、シャンヨークの森にはあまり咲いてないようだし、それに、この花は交換価値もそれなりに高い花だから取引も上手く行くと思う」
「はい、たくさんの虫を交換できると思います」
「よろしく頼むよ」
シュレイユはオウカの両手をとって、手のひらにむらさきポポの種をのせると、彼女の肩をかるく二回たたいた。その振動で、彼の肩に乗っていたケサランパサランがきゅいっと声をあげる。
「ではね、オウカ。ディーヤ、ラン、行こう」
シュレイユは隣の部下と、肩のケサランパサランに声をかけると、一人と一匹をつれて城の方へ歩き出す。
朝からシュレイユに逢えた。それだけでオウカはぽっと顔が赤くなってこころが浮き立った。
去っていく水色の長い髪を、オウカは名残惜しそうに見つめる。
(今日もシュレイユさまは聡明でお優しい……)
頬を染めながら、シュレイユから渡された花の種の入った袋を、大事にてのひらにつつむ。
(シュレイユさまに頼まれた買い物なのだから、質の良い乾燥虫を手に入れてこなくちゃね)
オウカは、ソウテン湖へ行く支度のために、サイハナ城の自室へと向かう。
買い物の当番のときは、もっと大々的に商隊たちが薬や蜜や花をソウテン市場で取引をするのだが、今回は個人的な買い物なので、一人なのだ。
久しぶりに買い物へいく。オウカはソウテン湖へ行くことが、とても楽しみだった。
ソウテン湖で毎日ひらかれているソウテン市場は、色々な店がたちならぶ、色々なものが売っている賑やかなところだからだ。
「お弁当をもって、出発しよう」
オウカは浮き立つ心そのままに、出発して行った。
サイハナ城は、庭園や、中庭、内部まで、地植えの植物や鉢植えがおいてある、植物が多い城だ。
陽の光がさんさんと入るこの城は、植物にとって最高の環境である。
多くの精霊たちは、ここで心地よい日光を浴びながら、色々な仕事をして、わりと自由にくらしていた。
城にいない精霊は、サイハナの森できままに暮らしている。
草木や万物のものは、長くあると命を宿す。
それが精霊だった。
精霊は、長く生きた木や、草花、石などに宿りやすい。
だから、精霊たちは自分のもとになった、『
そんな城の一角、庭園のよこで、桃色の長髪を頭頂で一本に結ったオウカは、朝の散歩をしながら、そこに生える大木の観察をしていた。
大木の根本をしげしげと見てくるりと一周し、そして背中から桃色の羽をだして、木の上まで飛び上がる。精霊族には飛ぶための羽があった。普段は背中にしまってあり、動くのに支障がないようになっている。
たくさんのごつごつした枝を広げた大木は、上から見るともうすぐ花が咲くのが分かるくらい、桃色のつぼみが膨らんでいた。
「うん、今年もつつがなく花が咲きそうね」
大木の様子を見て終わると、今度は庭園に植えてある花畑を見て回る。
桃色の髪を揺らして、庭園を歩くと。
そこでは、ミツバチがぶんぶんと音をたてて飛んでいた。
今は春。
ミツバチは、花をつけて蜜をたくさん蓄えた花たちに群がり、蜜をとって巣箱へ運ぶ。
その様子をオウカはにこりと笑って見守った。
ミツバチが蜜を運ぶ巣は、オウカたち植物研究所のものが用意した、養蜂のための箱だった。
精霊たちは花の蜜しか口にしない、特殊な種族なのだ。
だから、こうして色々な花の咲く春から秋までに一年分の蜜を集めるのだ。
そして、オウカが所属している植物研究所は、その蜜を効率よく採取するための、植物に関する研究をしている城の中の研究所だった。
研究所では、花の品種改良、植物の育てかた、新種の花、花の色の調整、などを日々研究している。
精霊族は、植物に関しての商売を、西の有翼種族と南の鬼族を相手におこなっていた。
そのための研究所だった。
オウカは巣箱を少し覗いてみる。小さな蜂たちが、せっせと蜜を運んでくるから、中はおいしそうな蜜でいっぱいだった。
それを確認して、朝の散歩を終えようとしたとき。
後ろから穏やかで優しげな声がかけられた。
「オウカ、やっぱりここにいたね。さっき窓からここに君がいるのが見えたから」
どきりとして振り向くと、オウカよりもずっと背の高い水色の髪の佳人がたっていた。
オウカが憧れる、精霊王シュレイユだ。隣に金髪の部下、ディーヤを連れて、ケサランパサランという白い毛玉のような使い魔を肩にのせていた。
「シュレイユ様! 呼んで下さればお部屋までうかがったのに。どうしたんですか、私へ頼みって」
「今日、君がソウテン市場へ行くと、人づてに聞いたから。だから頼まれてくれないかな」
彼は手に何かを持っていた。
このサイハナの森の主、精霊王シュレイユはオウカを見て人好きのする笑顔を浮かべる。
その仕種だけでも、そこに透明な花が咲いたような華やかな気配が漂った。
「この花の種と、虫を交換してきてほしいんだ」
「虫、ですか」
オウカは不思議そうに繰りかえす。
「そう。薬をつくりたいんだ」
そういうことかと、オウカは笑顔になった。
乾燥させた虫は、植物と混ぜて薬になる。
薬は、ダイシンリンで共通して使われる数種類の丸薬で、このサイハナ城で出荷しているのだ。
薬は精霊王シュレイユを中心に、その部下ディーヤたちが作っていて、ソウテン湖のソウテン市場で取引されていた。
「頼まれてくれますか?」
ディーヤもオウカにうかがいをたてた。
「このような虫を調達してきてほしいのですが」
ディーヤは虫の名前を箇条書きにした紙をオウカにわたす。
それを見ると、オウカは大きく頷いた。
「任せて下さい! いいものを手に入れてきますよ。ところで、この種は何の種なんですか?」
オウカはシュレイユの手の中の種をしげしげと眺める。
「ああ、これはね……むらさきぽぽだよ。薬効があるし、貴重なものだからどこかで花咲けばいいと思って」
「むらさきぽぽですか。ちいさな紫色のかわいい花ですよね。薬効のある花は確かに貴重ですね」
植物研究所に勤務のオウカでさえ、あまり見ない花だった。
「うん。根付くのは難しいから枯れてしまうかもしれないけど、もらったものの地で根付けば、と思って」
このダイシンリンで虫を交換してくれるのは、西のシャンヨークの森に住む有翼種族だった。
有翼種たちは、狩りを得意としていて、獣の肉や虫をソウテン湖のソウテン市場でやりとりしている。
「虫と交換なら、有翼種族たちと交渉するので、この
「ああ、そうだろうね。むらさきぽぽは、シャンヨークの森にはあまり咲いてないようだし、それに、この花は交換価値もそれなりに高い花だから取引も上手く行くと思う」
「はい、たくさんの虫を交換できると思います」
「よろしく頼むよ」
シュレイユはオウカの両手をとって、手のひらにむらさきポポの種をのせると、彼女の肩をかるく二回たたいた。その振動で、彼の肩に乗っていたケサランパサランがきゅいっと声をあげる。
「ではね、オウカ。ディーヤ、ラン、行こう」
シュレイユは隣の部下と、肩のケサランパサランに声をかけると、一人と一匹をつれて城の方へ歩き出す。
朝からシュレイユに逢えた。それだけでオウカはぽっと顔が赤くなってこころが浮き立った。
去っていく水色の長い髪を、オウカは名残惜しそうに見つめる。
(今日もシュレイユさまは聡明でお優しい……)
頬を染めながら、シュレイユから渡された花の種の入った袋を、大事にてのひらにつつむ。
(シュレイユさまに頼まれた買い物なのだから、質の良い乾燥虫を手に入れてこなくちゃね)
オウカは、ソウテン湖へ行く支度のために、サイハナ城の自室へと向かう。
買い物の当番のときは、もっと大々的に商隊たちが薬や蜜や花をソウテン市場で取引をするのだが、今回は個人的な買い物なので、一人なのだ。
久しぶりに買い物へいく。オウカはソウテン湖へ行くことが、とても楽しみだった。
ソウテン湖で毎日ひらかれているソウテン市場は、色々な店がたちならぶ、色々なものが売っている賑やかなところだからだ。
「お弁当をもって、出発しよう」
オウカは浮き立つ心そのままに、出発して行った。