キザン

文字数 3,322文字

 サスケとその妻のマユが、部屋の中に入ってくる。
 鬼族は一様に黒髪に頭頂に二本の角をもった種族だった。
 サスケとマユもそのとおりに、黒々とした髪色だ。
 オウカのように桃色や、シュレイユのような水色の髪色のものはいない。
 そのなかで鬼王シロガネは、黒髪の中に銀色の房がいくつもあった。それゆえにシロガネと呼ばれているのかもしれない、とオウカは思った。

「ああ、この前の精霊さんだね。俺はサスケ、こっちが妻のマユっす」

 簡潔に言い、マユもよろしくと、オウカににこりと笑った。

「サスケ、巫女ばあのところへ行って、まだら白キノコのことをオウカに聞かせてやってほしい。そのついでにキザンの里を少し見て回って、夕方にはここへ戻せ。オウカはキザンの館で寝泊まりしてもらう」
「はい、承知しました、シロガネさま」

 サスケとマユが勢いよくシロガネに頭をさげた。

「ってことで、オウカさん、これから巫女ばあのところへ行こう」
「巫女ばあ?」
「ああ。村一番の物知りばあさんのところっす」
「分かったわ。あと、私のことはオウカ、でいいわよ」

 オウカがそういうと、サスケはニカッとわらって、そうだよなと言った。

「俺も堅苦しいのは苦手っす。俺のことも妻のことも呼び捨てでいいっすよ」

 サスケの大きな声が館に響いた。それにシロガネは眉をひそめる。

「相変らず大きな声だな。早くいけ」
「はい、シロガネさま。行って参ります」

 妻のマユがサスケのかわりに返事をする。
 
 オウカはサスケたちと一緒に、また木で出来た長い廊下をわたって、玄関を通り、カグラが立っている門まで戻ってきた。

 すると、カグラが、少女と遊んでいた。
 黒髪のおかっぱが可愛い子で、カグラとあそんでいるのが楽しいらしく、ニコニコしている。
 オウカは思わずカグラとその子に声をかけた。

「カグラ、おつかれさまです。楽しそうだね」
「ああ、オウカか。こっちは娘のサユリだ。よろしくな」

 そう言うと、サユリはぴょこっと頭をさげて、父親の後ろに隠れた。
 見た感じの年齢のわりには、こどもっぽい仕種だった。

「こんにちは」

 オウカが笑顔でサユリに言うが、サユリは父親のかげから出てこようとしない。
 カグラが申し訳なさそうに頭をかいた。

「サユリは言葉があまりしゃべれなくてな。母親ももう死んじまったから、俺しか面倒見るもんがいなくて。身体は大きいんだがまだまだ子供でな」
「そう……。サユリちゃん、これからしばらくキザンの里でお世話になるオウカよ。よろしくね」

 笑顔で言うと、サユリはすこしだけ父親のかげからでてきて、オウカの目をじっとみてきた。
 オウカは少し笑顔をつくり、サユリを安心させてやる。怖い者ではないのだと。

 すると、サユリはすこしだけ笑顔になった。
 その笑顔が、小さな角と口元にみえる小さな牙とともに、愛らしかった。

「オウカは、いま問題になってる毒をけす薬を探しているんだ。邪魔にならないようにな」
 
 サユリはうん、と大きく頷く。

 サスケが、じゃあ、とカグラに声をかけて、三人はキザンの館の門を通り過ぎた。



 門を出ると、大きな広場が見渡せる高台に出た。
 そこでは、斜面の下の方で小物を作る作業をしている鬼族たちがいた。
 鬼族は道具をつくることに優れている。それを仕事にしていて、ソウテン市場で道具を売っていた。オウカがサイハナの森でつかっている道具類も、ここから買ったものが多い。
 例えば、器、さじ、かご、など、木彫りや竹でできている。金物(かなもの)も少し扱っていて、カンカンと金物をたたく音も聞こえる。
 
 その様子を横目に見ながら、里の奥へ行くと、こじんまりとした一見の家がたっていた。そこに入って行くと、老婆が一人部屋の奥に座っていて、若い女性が台所で立ち働いていた。

「やあ、サク。巫女ばあに逢いに来た」

 サスケが言うと、サクと呼ばれた女性は、心得ているという顔でオウカを見た。

「まだら白キノコでしょ。このところ連日それを聞きに来る人が多いからね」

 ゆっくりおっとりと話し出す。

「サク、巫女ばあ、久しぶり、元気にしてた? ねえ、サク。座ってもいい?」
「どうぞ」

 マユも二人に声をかけると、ちゃっかりと巫女ばあの前に座った。

「ほら、二人とも突っ立ってないで座んなさいよ」
「あ、ああ」
「ええ」

 テキパキとしたマユに手招かれて、サスケとオウカは巫女ばあの前に座る。
 巫女ばあは化石のような老女で、すこしも動かない。
 本来黒髪の鬼族の中でも老齢なために髪全体が白髪だった。
 顔じゅうに皺がきざまれ、樹木でいう年輪のようだ、とオウカは思った。

 「巫女ばあ、この人は精霊族のオウカって言って、毒消しを作ってるっすよ。ほら、まだら白キノコをさがしてるんだよ」

 サスケが言うと、巫女ばあはうっすらと目をあける。
 そして、口元を小さく開けて、しわがれた声をだした。

「ああ、ああ。まだら白キノコか。それはなあ、白いキノコに青い斑点があるやつでな。一見、毒キノコのようじゃが、薬になるらしいのう。大きな樹齢を重ねた木になっている場合がおおいらしいな」

 ゆっくりとそれだけ言葉を紡ぐと、またと目と口を閉じた。
 
「……ふーん、そういうキノコなのか。それをみんな探しているっすね」

 サスケが言うとオウカも頷いた。

「分かったわ。大きな木を探せばいいのね。私には羽があるから、空から大きな木は探せるわ」
「なるほど! 精霊族の羽って便利っすね!」

 サスケが相好を崩す。

「でも、ここ三日、鬼族の間でも探していたものだけど、いまのところ見つかってない」

 マユが思案顔になった。

「とりあえず、オウカの探し方で明日からやってみよう。俺たちとは違った探し方だから、見つかるかもしれないっす」
「ええ」
「……それにしてもさ、さっきから気になってたんだけど、オウカの肩にのってる、白くて丸いフワフワしたヤツ、なんなんだ?」

 サスケはオウカの肩にのったケサランパサランを指さして不思議そうに首を傾げた。

「ああ、これはね、私のともだち」
「へ、へえ」
「なでてもいい?」

 マユも笑顔になってランを撫でると、かわいいと喜んだ。

「ずっと気になってたんだ。ちょっと触ってみたかったのよねー!」

 マユの声に応えるようにしてランがないた。

「きゅるるるー」
「きゃあ、可愛い声ね! ますます可愛い! ふわふわのもこもこだし!」

 オウカも笑顔になってみんなに紹介する。

「ランちゃんっていうの。よろしくって言ってるわ」
「へえー精霊族のともだちかぁー。こちらこそ、よろしくね」


 それから、キザンの館に送ってもらったオウカは、館内に部屋を貰って、そこで休んだ。
 寝床は布団という床に直接しく寝具で、なかなか寝心地がいい。

 疲れていたが寝る前に、シュレイユへ連絡をと思う。
 通信機となった白い毛玉を通してオウカは話しかけた。

「シュレイユさま。今日キザンの山にある鬼族の里へと着きました」

 しばらくすると、ランを通じて声がかえってきた。

「ご苦労様。進捗はどうかな?」
「青いまだらの入った白キノコらしいです。大木に生えるらしいので、あした空からさがします」
「お願いする。そうそう、こちらも準備は整えている。鉄鋼虫は無事に黒焼きしておいたよ」

 なんでもない風に言ったシュレイユの言葉だったが、彼が暑いところが苦手というのをオウカは思い出した。

「暑いのは大丈夫でしたか?」
「な、何で知ってるんだ? 私が暑いのがダメなことを……」

 驚いた様子とバツが悪い雰囲気が伝わってきて、これは内緒のことだったっけと思う。
 けっこう有名な話だったような気がするが。

「ある人から聞いたことがあって……」

 本当はディーヤから聞いたのだが、ここで名前を出してディーヤが何か言われたら申し訳ないので、言葉をにごす。

「ま、まあいい。明日も頑張って。そして、体に気を付けて。特に毒には気を付けるんだよ」
「はい、シュレイユさま」

 通信を切ってランを見ると、白い毛玉はまた眠そうに身体をゆらゆらと揺らしていた。

 そのころシュレイユは、暑さに弱い自分をオウカが知っていたことが、たまらなく恥ずかしかった。
 オウカの前では格好つけていたかったから。

 

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