「彼女がパイロットスーツに着替えたら!!」

文字数 4,638文字

 ~~~新堂助(しんどうたすく)~~~


  
「……こちとらマスコミ対応で忙しいんですよね。あなたたちのバカ騒ぎが聞こえてくると、いろいろ困るんですよね。わかります? わかりますよね?」 

 カヤさんは怒ってた。一見笑顔だけど怒ってた。
 口もとをひくひくさせながら聞いてきた。

 妙子とコクリコが、その遥か後ろ、電撃に巻き込まれないような位置からこちらを覗き込んでいた。

 ついさっきまで3人は、庭先でちょっとした記者会見のようなものをやっていた。
 報道陣に対して、今回のケルンピア行きと星穹舞踏会(せいきゅうぶとうかい)参加の件を説明していた。
 クロスアリアとペトラ・ガリンスゥの協調関係をアピールするという名目で、3人ともパイロットスーツを着こんで。

「わからないならわかるようにするまでですが……どうします?」

 カヤさんはにっこり。

「わかった! わかったのじゃ! もうしない! 騒がない! 口にチャックしておとなしくしてるのじゃ!」

 シロは慌てて飛びすさり、

「なんだかんだで私も被害者のような気がするが! ここは全面的にシロに同意だ!」

 御子神が続いた。

 え。
 なんでおまえらはフツーに動けるの?
 なんなの? 魔法耐性とかあるの?

 いまだに痺れて身動きできぬ俺は、俊敏に動けるふたりを不思議に思った。

「ふっふーん、そのパイロットスーツは大工房製のスペシャルにゃ」

 コクリコが得意げに説明を始めた。

「抜群の気密性に加え、体温、気圧の調整機能付き。防刃防弾防水。耐火耐電。紫外線防護。超光速通信機能搭載で、遠くにいる仲間といつでも連絡がとれるにゃ」

 スペックを指折り数える。

 なるほど、耐電性のおかげでふたりへは電撃の効きが弱かったのか。
 俺ひとりだけ私服だったことが災いしたと。

「なあんだ……じゃあ本気でやっても支障なかったんですね。最初から言ってくれればそうしましたたのに……」

 さも残念そうにカヤさんは言うと、さっきよりも大きな電撃を掌に出現させた。

 あ、これダメなやつだ。

「い、いや、本気はさすがにヤバいにゃ。カヤ・メルヒの本気は死人が出るにゃ。お願いだからやめてほしいのにゃ」

 コクリコの頬を冷や汗が伝う。

「えっと俺も、基本生身なので、そこまで本気じゃなくてもフツーに死にます」

 俺は苦労して言葉を紡ぎ、どうにかこうにか命乞いをした。

「……」

 カヤさんはしばし俺とコクリコを見つめ、

「ちっ」

 あからさまに不機嫌そうに舌打ちした。

 コクリコがうちに来て以来、この人の素が出てきたというか、凶暴さが日に日に増している気がする……。
 そのうち天気が悪いとか味噌汁がしょっぱいとかでもキレ出すんじゃなかろうか……。


 
 そんな微妙な空気の中──

「ごほん、さーらーに、にゃ」

 コクリコが気を取り直すように咳払いして、なおも先を続けた。
 俺がガリオン号について芳しくない感想を漏らした件が尾を引いてるのか、彼女はこうして、時に強引なまでに、自分の仲間たちの功績を誇ってくる。

「ちょいちょいちょいにゃっ」
 
 コクリコが袖口についているブレスレットのようなものを操作すると、輪っか状に広がった首回りからブゥンッと光の膜が現れ、頭部全体をバイザーのように覆った。 
 
「おおお!? なんじゃそれ!? なんじゃそれ!?

 シロが目を丸くして叫んだ。

「バイザー付き。ついでに酸素発生機能付きで、無酸素下でも10時間の活動が可能にゃ。他にもトイレが見つからない時のおむつ機能がついていて……って、なんで顔をしかめてるにゃ?」

 最後の機能はともかく、素晴らしい服だってことはわかった。
 実際、有能な連中であるのはたしかなのだ。
 ガリオン号にしたって、あれで試作機だったり見た目が金魚だったりさえしなければ……。

「どれだけ機能性が高いか知りませんがね。もう少し見た目どうにかできなかったんですか? ぴちぴちぱつぱつで、こんなのもう……恥もいいとこですよ。まったく……」

 カヤさんははっきりと苦情を訴えた。
 体にフィットする素材が気に入らないらしく、足をひねったり腰をねじったり肘を畳んだりと、盛んにあちこちを動かしている。

「こんなのいくらギャラをもらったって……」 

 おお……っ。
 俺は思わず、胸中で呻いた。
 床に寝そべったままのこのローアングルからだと、彼女たちの肢体がよく見える。

 ──細身のカヤさんは、全体的なボリューム感に乏しくて、ちょっと残念。

 そんな風に思ってた自分を殴ってやりたい。
 股の切れ込みや脇の下のわずかな隙間、おへそのくぼみといったデリケートな部分から漂う色香は、まぎれもない大人のものだ。
 そうだ。おっぱいやお尻なんていう分かりやすい部分にばかり目がいって、俺には大事なものが見えていなかった。
 女性とは陰りなのだ。
 普段は隠れて見えないところ、ひそかにたたずみ薫るもの。それこそが本質なのだ。
 それに気づかせてくれたのは、カヤ・メルヒその人が本来持つ美しさであり、またその動きだ。 
 着心地悪げに、わずかに恥じらうように体をよじるそのしぐさが、彼女の魅力を何倍にも引き立てる。
 ふくらはぎを張り、お尻を持ち上げ、わき腹をよじり、肩甲骨を開き、胸を潰す。髪の毛と隙間から、白いうなじをのぞかせるその動き──人体のねじれ、皺、陰り。
 それはまぎれもない革命だ。美のペレストロイカとでもいうべきものだ。

 ──ネコ耳少女なんて今どき流行らんでしょ。萌えのひとつもないよ。

 そんな風に思ってた自分に、延髄切りをくらわしてやりたい。
 コクリコのチャームポイントは体の後ろだ。とくに背中やお尻、腿の裏の筋肉が発達している。
 ガチムチというのともまた違う。一切のたるみなく、ただただしなやかに張り詰めている。 
 筋トレもステロイドも関与していない、自重と遺伝のみによって作り上げられた芸術品だ。
 自身が武道をやっていることもあり、筋肉の付き方にはうるさい俺だが、これにはさすがに唸らざるを得ない。
 さらに尻尾だ。
 ネコ族特有の体の部位は、今はパイロットスーツの下になって隠れている。腰の周りに一本ラインが入っているから、たぶんそこに巻き付けているのだろう。長い間パイロットスーツを着ていると、腰に尻尾のあとがついて大変だったりするに違いない。蒸れて痒いに違いない。
 ……わかっていただけるだろうか?
 アイドルみたいな美少女の体に、獣の部位が生えているアンバランス。
 それは役に立つばかりでなく、時にこうして邪魔にもなる。
 俺は別にケモナーじゃないけど、いまこの瞬間だけは、心の底から彼らに同意出来る。
 痒いところに手の届かないところがいいんだよ。な、そうだろ?

「のうのう、ギャラってなんじゃ?」

 俺のひそかな感慨をよそに、シロが不思議そうな顔で妙子に訊ねている。

「9連勝達成した驚異の新人って位置づけらしいからな、あたしたちは。次元破砕船のアピールにゃ絶好の素材なんだと。色々提供するから、広告塔として宣伝してほしいんだとさ」

 妙子は自分の成果を得意げに語った。

 ──曰く。甲・略奪世界ペトラ・ガリンスゥの外務長たるコクリコ・ゾランは、乙・祈祷世界クロスアリアの女衆頭たるカヤ・メルヒと、丙・信心(しんじん)(たばね)たるシロ・ハリアットに対し、次元破砕船の宣伝業務を委託せしめんことを──云々。
 
 ペトラ・ガリンスゥとの粘り強い交渉の末、妙子は様々な権利を勝ち取った。
 船のメンテナンス、修理サポート、座礁時の救難システム。
 中でも一番大きかったのがギャランティの発生だ。
 俺たちが様々な媒体に顔を出し、次元破砕船について発言することで、そのつど多大なギャラが入りこんでくる。
 星穹舞踏会開催の一ヶ月前に現地に乗り込むのも、そういった思惑があるんだとか。いろんなイベントや催しに参加して、濡れ手に粟のぼろ儲けを狙うんだとか。

 さすがは我がパーティーの知恵袋。
 しっかりしてるぜ。

「ふっ……」

 しっかりしてるけど、ボディのほうはまだまだ貧弱だな。
 俺は内心、ため息をついた。
 妙子はシロほどじゃないけど背が小さいし、全体的に肉付きが悪い。
 薄いお尻と、浮いたあばらと、なだらかな胸の起伏と、怒ったような目と……ん?

 妙子の目が、床に寝そべったままの俺に向いていた。
 明らかに不機嫌そうな顔になっている。

「……ちなみにあんた、いったいいつまでそうしてるつもりなんだ?」

「動けないんだよ。電撃のせいで」

「あれからずいぶん経ってるんだがな……」

「いやーなにせ強烈な電撃だったからなー。シロと御子神は、そりゃあパイロットスーツを着てたから平気だろうけど、なんせ俺は生身だろ? これこの通り、ボロボロさ」

「ふうん……」

「わかったか? だったらすぐにそこをどきなさいきみ。見えないじゃないか」

「ふん、やっぱりか」

「あれ? 俺いま、なにか言った?」

「貧弱なあたしの体を見てもしょうがないから、そこをどけって言った」

 ぎりっと、妙子の口の中で何かが鳴った。

「いやいやいや、言ってないよ。そこまで言ってないよ。たしかに近いことは言ったかもしれんけど、そこまで悪く思ってないよ。俺は俺なりに、おまえの美点を正しく評価してるよ」

「……ほう」

「おまえはたしかにバインボインなグラマラスガールじゃない。年齢的な様々な平均値を下回ってると思う。だけどそれがいいんだ。なんというかこう、マニアックな良さなんだ。十代の少女の、これから成長期に入ろうっていう瞬間の、独特の生硬さみたいなさ」

「…………ほう」

 妙子の目つきが鋭くなる。
 
「それが俺は、とてもいいと思う。オンリーワンなおまえの良さを、誇らしいとすら思う。でもおまえも女の子だし、どうしても周りに対して引け目を感じたり、気になるっていうんならさ。俺がなんとかしてやるよ」

 安心させようと、俺はにやりと笑みを投げかけた。

「なあ妙子。女の子の体の発育を促すのは女性ホルモンであり、その分泌を促すのは異性からの愛情だったりボディタッチだったりするんだってさ。だからさ、安心しろよ。他ならぬこの俺が、あとでたっぷり可愛いがってやるからさ。おまえの体を撫でて揉んで、バインボインにしてやるから」

「ぶっ殺す」

 喜んでくれるだろうと思って言ったのに、妙子はなぜか烈火の如く怒り出した。
 ドタドタと足音荒くどこかに行ったと思ったら、土のついたスコップを持って戻ってきた。

「ちょ、なにやってんの妙子。妙子さん? そのスコップで何をどうするつもりなの?」

「てめえを叩いて殺して埋める」

「ええー!? なんでそんなに怒ってるの!? 俺そんなに悪いこと言った!?

「気づいてねえところがなおさらムカつくんだよ! ほら、ジタバタせずに大人しく叩かれな!」

「やだよ! そのあと殺されて埋められちゃうじゃん!」

「うるせえ! 大人しくしろ!」

「助けて誰かー! 殺されるー!」
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