「天を割る光!!」

文字数 2,883文字

 その日ケルンピアの夜空に、一筋の光が走った。
 空をふたつに割るように、くっきりと強い光の線が描かれた。

 今世紀最大と呼べる規模の天体現象に、年がら年中お祭りを行っているようなケルンピアの連中も、さすがに一瞬、静まり返った。
 
 人々の見守る中、光の線の中心から、炎の玉が生まれた。
 それは長く尾を引きながら降下を始めた。ケルンピアの上空を大きくゆっくり、旋回した。

「なんだありゃ!? 隕石!?
「バカ言え、旋回運動してるんだぞ!? そんな隕石があるか!」
「だったらなんだって言うんだよ! ……え、船!?
「そうだ! 船だ! 船! 船だよ! だけど今どこから来た!?」 
「次元の向こうからワープして来た……みたいな?」
「そんなことあるわけが……」

 群衆が騒ぐ間にも船は旋回を続け、徐々に高度を落としていく。

「おい! 宇宙港のほうに行くぜ! 寄港する気だ!」
「見に行こうぜ! 見逃したら損するぞ!」
「うおお! 商売じゃ! 稼ぎ時じゃー!」
「統制局はどうすんだ!? あいつら絶対出張って来るぞ!?
「んなもん構うな! ぶっ飛ばせー!」
「四の五の言うなら力ずくだ!」
「おうよ! じゃんっじゃん盛り上げるぞー!」

 群衆は歓声を上げながら、街の大通りを駆けて行く。
 行きつく先は宇宙港。
 ケルンピアの象徴たる、自由の港。





 ~~~ソニア・ソーンクロフト~~~



 ケルンピアの大統領官邸。
 執務室にふたりの女がいた。
 
 長い金髪に碧眼、モデルのように高い身長。男装地味た白いパンツスーツを身に着けた、現大統領のソニア・ソーンクロフト。
 人呼んで、彗星ソニア。
 女だてらに、かつて星々を駆け巡った冒険者だ。
 数々の伝説的な冒険と、商業的な成功とカリスマ性とが重なって、彼女を大統領の座へと押し上げた。
 年齢は40にもなるが、その美貌にはいささかの衰えもない。
 多くの宇宙(うみ)の多くの男たちを虜にした、あの頃のままだ。

 もうひとりは、奇妙な服装をしていた。
 足から首元まで覆う黒いドレスを着て、黒い手袋をして、黒い帽子をかぶっている。黒いベールの奥に隠れて、年齢も顔立ちもよくわからない。
 体形がほっそりしていることと、声が幼いということだけしかわからない。
 その名はグウィネビア・スレプト。
 開門世界(かいもんせかい)アーキア・ヴェルトラの王家の姫にして、『嫁』を務める女だ。
『嫁Tueee.net』への出場回数こそ少ないものの、一度たりとも負けたことのない強者でもある。 

「やーれやれ、うちのバカどもが、またぞろ何かおっぱじめやがったな? ホントに困ったやつらだぜ」

 ソニアは窓際に立ち、眼下に広がる街並みを眺めた。
 大通りを一方向へと突き進んでいく群衆たち。人の波。
 その行き着く先には、ケルンピアの誇る大宇宙港がある。

「……台詞のわりには楽しそうですわね。そういえばあの船(・ ・ ・)の着艦に関しては、ケルンピアの議会でも一部に反対意見があったと伺いましたが」

「お察しの通りさ。そして反対派を説き伏せたのはこのあたいだ」

「ずいぶんと肩入れなさるのですね。略奪世界ペトラ・ガリンスゥの次元破砕船(プレインズ・ブレイカー)。ゲートを介さず、自力で次元渡りを可能にする危険な船……。ソニア、その危険性をあなたがご存知ないとは思えないのですが」

 ソニアは歯を見せて、にかっと少年のように笑った。

「ご存知もご存知さ。だがここは自由世界の自由都市だ。危険だなんだとヒステリックに騒いで守りに入ってちゃ意味がねえ」

「失礼を承知で申し上げますが、それはずいぶんと……」

「幼い物言いだってか? 政治家らしくねえって? それも承知の上よ。だがそれでいいのさ。あたいらは昔から、こうやって生きてきたんだ。船に乗って海を渡り、飛行機に乗って空を渡り、宇宙船に乗って宇宙を渡り、様々な場所を冒険してきた。様々な民族に出会い、事象に触れてきた。旅の途中で海賊に襲われ、災害に見舞われ、病に倒れ、ずいぶんな数の人が亡くなった。それでも旅することをやめようとはしなかった。母港に帰れば英雄さ。乗組員を囲んで呑めや歌えの大騒ぎ。冒険譚や異国の品を肴にしてのどんちゃん騒ぎ。そんな光景が、昔はもっと頻繁にあった。懐かしくも麗しき時代──」

「……」

 グウィネビアは不満気に息を吐いた。

「そんなあたいらが、あの船をお断りする理由はねえだろうよ。むしろ喜んで迎え入れるさ。あんたらにとっては甚だ面白くない話ではあるんだろうがな」

「別に私は……ただペトラ・ガリンスゥの危険性を考えて……」

略奪世界(りゃくだつせかい)だからってか? 気質の荒い連中が何を企んでるかわかんねえって? それこそ望むところだよ」

「……自由と無秩序は違うものです」

 グウィネビアはぷいとそっぽを向いた。

「私どもが数年かけて整えた安定を、たった一隻の船如きに台無しにされるのは業腹(ごうはら)です」

「へえ」

 ソニアは口角を上げて笑った。

「だったらどうするってんだい? 秩序を乱す者には死をって、戦争でもふっかけてみるかい? それとも『嫁Tueee.net』で決闘するかい? どちらでもかまわねえぜ? 自由世界(あたしら)としちゃ、双方止める理由が無い。好きなようにすればいいさ。星穹舞踏会(せいきゅうぶとうかい)に向けたお祭り騒ぎの一環として、せいぜい楽しませてもらうよ」

「ふん」

 グウィネビアは面白くなさそうに息を吐いた。

「戦争? 決闘? 誰がそんな野蛮なことをするもんですか。見くびらないでくださいな」

 席を立つと、ぷいとそっぽを向いた。

「失礼、今日は気分を害しました。帰ります」

「あらそうかい。ろくなおもてなしも出来ず、悪かったね」

 去って行くグウィネビアの背に、ソニアはひらひらと手を振った。

 直後、携帯電話機に着信があった。

「客対応? いま終わったとこさ。んーで、どうしたい? ……ジーンから苦情? ……ああ? 港の船? なんで教えてくれなかったのかって?」

 騒ぎに乗り遅れたおてんば娘が激怒しているらしい。

「はん、こう言ってやんな。バカをお言いでないよってさ。ここをどこだと思ってるんだ。自由世界の自由都市だ。教えるも教えないも、あたいの胸先三寸さ。あんたに縁があるなら、あんたが自ら出会うだろうよ。そいつが運命。それだけの話だ」

 納得いかないとごねる娘との通話を一方的に切ると、ソニアは懐から錫製の携帯用酒器(スキットル)を取り出した。キャップを開け、ひと口口に含んだ。
 サボテンに似た植物から蒸留したギャリコ酒が、咽を焼くようにして胃の腑に落ちていく。

「門の一族の絶対権益を脅かす子供たち、か。こいつぁ面白くなりそうだねえ」

 ぐいと口元を拭うと、ソニアは楽しげに肩を揺すった。

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