Interlude:In the Battlefield.
文字数 3,705文字
~~~古城一郎 ~~~
古城たちが招き入れられたのは四方に幕の張られた、戦国時代の野戦陣地のような場所だった。
城戸 が姿を見せると、中にいた男たちは全員立ち上がり、恭しく礼をした。
だが古城たちには露骨に敵意を向けてきた。中にはあからさまに舌打ちしたり、小石を蹴飛ばしてきたりする者もいた。
「小娘、そのへんに適当に座っていろ。あいにくとお茶もお菓子も出んがな」
「けっこうっすよ。敵方の振る舞いものに手をつけるほど平和ボケしちゃいねーっすから」
奈々は油断なく床几 を持ち上げ、子細に調べてから古城に座るよう促した。
「……奈々。御子神 と小鳥遊 はなんというか……ライバル関係みたいなもんなのか?」
言葉を選びながら訊 ねると、奈々はわずかにうなずいた。
「室町とか江戸とか、それぐらいの頃に戦争したことがあるらしいっす。まあでもいまは別に、せいぜい仲が悪いご近所様、ぐらいの関係っすかね」
「……仲が悪いくらいで苦無なんて投げたりするもんかね。雪玉じゃあるまいし」
奈々が止めてくれなければ、古城はあの時あの場で死んでいた。
顔の真ん中に苦無が突き刺さった自分の姿を想像して、古城は改めて身震いした。
「ん-……さっきのは、たぶん測ったんだと思うっす。奈々に同行してる先輩がどの程度の力を持った人なのか。警戒すべきなのか、弱点としてそこを突くべきなのか。測っただけとはいえ、まあ当たったら死ぬんですけど」
普通の日常会話でもしてるみたいに、あっけらかんと奈々は言う。
「さっきのことで、向こうはこう考えたはずっす。先輩は奈々にとってとてつもなく大事な存在である。もし先輩に傷ひとつでもつけようもんなら、小鳥遊との全面抗争になる。血で血を洗う戦が始まる……」
陰々 とした言葉とは裏腹に、奈々は軽やかに笑う。
「あ、もしそうなっても安心してください。先輩は奈々が守りますから。もし守り切れなかったら、後を追いますので。向こう で一緒になりましょう」
「なあ……それって愛なの?」
「もっちろん♪」
後輩の愛が重い。
ちなみに。
道すがらの奈々の説明によるならば、城戸の仕える御子神家というのは、古来より対魔対妖を生業としてきた一族なのだとか。
古式ゆかしい戦装束には、ケブラー繊維やセラミックプレートなどの現代技術の他に、破邪の呪言が刻まれていて、通常の刃物や弾丸はもちろん、魔術の類も通さない強度があるのだとか。
武器もまた、通常の品ではない。それぞれ名だたる妖刀や魔槍ばかりであり、肉や骨以外のものをも断ち切ることができるのだとか。
魔術を通さないってなんだよとか、肉や骨以外のものってなんだよと思ったが、古城はもう、いちいちつっこむのをやめにした。
昨夜の雛 の説明もたいがいだったが、奈々の家が御庭番だとかいうのも含めて、この世には彼の知らないことが多すぎる。一次情報も二次情報も少なすぎる。
(……しかたねえ。ひたすらこいつらにひっついて食らいついて、強引にでも選り分けて、真実を見つけていくしかねえか)
そんなことを考えて、遮二無二ついていくことを改めて決意して──なんだか、仕事を離れたほうがかえって記者らしいことをしている自分に気づいて、古城は自嘲した。
「それで? こんなとこまで連れて来て、奈々たちをいったいどうするつもりなんすか?」
返答次第ではただでおかない、というような口調で奈々。
城戸はわずらわしげに嘆息した。
「どうもこうもするものかよ。おまえらがあまりにうるさいもんだから、おとなしくさせようと連れて来たのだ。結界の中でぎゃーぎゃーぴーぴーわめかれたら、こちらの戦局にも関わるからな」
「はあぁ? 戦局ぅ?」
奈々が訝しげに眉をひそめたのと同時──
「丑 の組! 南南西1キロ地点の敵一個小隊と遭遇、交戦中!」
「子 の組、兎 の組! 南500メートル地点にて敵一個小隊を撃破! 周囲殲滅しつつ、 丑の組と合流する方針!」
20代と思しき若者がふたり、息せき切って駆けこんできた。
伝令役なのか、次々に報告しては駆け去っていく。
「……いまのはどういうことだ? 奈々」
「あぁー……なるほど」
奈々は状況を理解したのか、頭痛をこらえるようにこめかみを抑えた。
「ってことはあの人 もいるんすか。やだなあ……。奈々、あの人苦手なんすよねえ……」
やれやれとかぶりを振る奈々に、古城が言葉の意味を訊ねようとすると……。
──ド、ド、ドン!
陣地から100メートルほどいった近くの森で、激しい爆音が鳴った。
鳥が羽ばたき、木々がざわめき、地響きがした。
「敵3個小隊殲滅! 機械兵3個体撃破ー!」
「当代ー! 戻られまーす!」
次々と伝令がやって来た。
「急げ! 当代を迎える準備を速やかに整えろ!」
城戸は素早く周囲の者たちに下知した。
ばさりと幕をくぐって現れたのは、30がらみの黒髪の女性だった。
湯気のようなものを体から放っている。手には抜き身の刀を下げていた。
全身血まみれだが、すべて返り血のようだった。
「水!」
床几にどっかと腰を降ろすと、女性は叫んだ。
すぐに、やかんごと水が運ばれて来た。
コップに注ぐことなく、女性はやかんに直接口をつけてワイルドに喉に流し込んだ。
唇からこぼれたのを拭ってふうーっと長い息を吐くと、女性は周りの者に告げた。
「3分休憩したらすぐに出るぞ! 次こそ本命だ! 全員、覚悟を固めろ!」
『応!』
男たちは一斉に答えると、各々給水したり補給食をとったりし出した。
曲がった刀を金槌で叩いて応急処置する者もいる。
血の止まらない傷口に、乱暴に包帯を巻く者もいる。
「奈々、この人は?」
「……御子神楪 。当代の御子神一刀 にして、御子神家の頭領にして、現代最高の剣士です」
奈々は緊張した面持ちで答えた。
「……現代の宮本武蔵が、肉弾戦の得意な退魔士たちを率いてるみたいなもんか?」
「だいたいそんな理解でいいと思うっす」
「……ん?」
そこに至ってようやく気が付いたのか、楪は初めて古城たちに目を向けた。
「あら、奈々ちゃんと田上 さんじゃないですか。どうしてこんなところに? 見慣れない方もいらっしゃるようですけど……」
にっこり微笑んだつもりなのだろうが、返り血のせいで恐ろしい形相になっていた。
「ご無沙汰です楪さん。あのー……これにはちょっとわけがありましてっすねー……」
手指をいじいじしながら話す奈々の脇に、古城は立った。
「古城と申します。普段は雑誌記者を務めておりますが、今日はプライベートです。理由 あって、エーテル溜 まりを探してます」
「ちょ、先輩っ?」
「ある方に伺いました。ソースは明かせませんが、信頼できる方です。その方が教えてくれました。遥けき昔よりあるもの。地球人がついに見つけ出せなかったもの。万能の力の媒質、エーテル。それはあらゆるところあらゆる次元に存在するが、時に滞留 する──」
「先輩……どうしてそんなこと知って……!? 誰から聞いたんすか!?」
「知っているのはごく一部の者だけだったそうですね。地球の古来種、かつて多元世界より渡り来た者たち。人に似て人に非 ざる者たち。彼らが昔から相争ってきたのは、つまりある種の水源争いのようなものだった」
「へえ……」
楪は楽しげに口元を歪めた。
「あの時もそうだった。地球を荒らしまわっていた多元世界人たちは、ただ無軌道に目標を定めているのではなかった。生き物が太陽を求めるように、水を求めるように、ごく自然にエーテルの濃い場所を求めた。だからこの地で争いが起こった。禍 史上最大の争乱の原因は、戦力が三つどもえ四つどもえに集中した結果だ」
「私に歴史の授業をしようってつもりですか?」
「見たいんです」
「何を」
「エーテル溜まりとやらを。オレの大切な人たちの命が奪われた理由を」
「ふうん……」
楪は目を閉じた。
古城の言葉を吟味するように、小さく二、三度、首を縦に振った。
──ドズゥゥゥン!
凄まじい地響きが起きた。
足元が揺れた。
立っていられないほどの震動に、古城と奈々は思わず抱き合った。田上はふたりに覆いかぶさるようにした。
御子神家の男衆は血相を変えて刀の柄に手をかけたが、楪と城戸だけは微動だにしなかった。
「いいでしょう」
楪はぱちりと目を開いた。
「この戦い が終わったら、見せてさしあげましょう」
古城たちが招き入れられたのは四方に幕の張られた、戦国時代の野戦陣地のような場所だった。
だが古城たちには露骨に敵意を向けてきた。中にはあからさまに舌打ちしたり、小石を蹴飛ばしてきたりする者もいた。
「小娘、そのへんに適当に座っていろ。あいにくとお茶もお菓子も出んがな」
「けっこうっすよ。敵方の振る舞いものに手をつけるほど平和ボケしちゃいねーっすから」
奈々は油断なく
「……奈々。
言葉を選びながら
「室町とか江戸とか、それぐらいの頃に戦争したことがあるらしいっす。まあでもいまは別に、せいぜい仲が悪いご近所様、ぐらいの関係っすかね」
「……仲が悪いくらいで苦無なんて投げたりするもんかね。雪玉じゃあるまいし」
奈々が止めてくれなければ、古城はあの時あの場で死んでいた。
顔の真ん中に苦無が突き刺さった自分の姿を想像して、古城は改めて身震いした。
「ん-……さっきのは、たぶん測ったんだと思うっす。奈々に同行してる先輩がどの程度の力を持った人なのか。警戒すべきなのか、弱点としてそこを突くべきなのか。測っただけとはいえ、まあ当たったら死ぬんですけど」
普通の日常会話でもしてるみたいに、あっけらかんと奈々は言う。
「さっきのことで、向こうはこう考えたはずっす。先輩は奈々にとってとてつもなく大事な存在である。もし先輩に傷ひとつでもつけようもんなら、小鳥遊との全面抗争になる。血で血を洗う戦が始まる……」
「あ、もしそうなっても安心してください。先輩は奈々が守りますから。もし守り切れなかったら、後を追いますので。
「なあ……それって愛なの?」
「もっちろん♪」
後輩の愛が重い。
ちなみに。
道すがらの奈々の説明によるならば、城戸の仕える御子神家というのは、古来より対魔対妖を生業としてきた一族なのだとか。
古式ゆかしい戦装束には、ケブラー繊維やセラミックプレートなどの現代技術の他に、破邪の呪言が刻まれていて、通常の刃物や弾丸はもちろん、魔術の類も通さない強度があるのだとか。
武器もまた、通常の品ではない。それぞれ名だたる妖刀や魔槍ばかりであり、肉や骨以外のものをも断ち切ることができるのだとか。
魔術を通さないってなんだよとか、肉や骨以外のものってなんだよと思ったが、古城はもう、いちいちつっこむのをやめにした。
昨夜の
(……しかたねえ。ひたすらこいつらにひっついて食らいついて、強引にでも選り分けて、真実を見つけていくしかねえか)
そんなことを考えて、遮二無二ついていくことを改めて決意して──なんだか、仕事を離れたほうがかえって記者らしいことをしている自分に気づいて、古城は自嘲した。
「それで? こんなとこまで連れて来て、奈々たちをいったいどうするつもりなんすか?」
返答次第ではただでおかない、というような口調で奈々。
城戸はわずらわしげに嘆息した。
「どうもこうもするものかよ。おまえらがあまりにうるさいもんだから、おとなしくさせようと連れて来たのだ。結界の中でぎゃーぎゃーぴーぴーわめかれたら、こちらの戦局にも関わるからな」
「はあぁ? 戦局ぅ?」
奈々が訝しげに眉をひそめたのと同時──
「
「
20代と思しき若者がふたり、息せき切って駆けこんできた。
伝令役なのか、次々に報告しては駆け去っていく。
「……いまのはどういうことだ? 奈々」
「あぁー……なるほど」
奈々は状況を理解したのか、頭痛をこらえるようにこめかみを抑えた。
「ってことは
やれやれとかぶりを振る奈々に、古城が言葉の意味を訊ねようとすると……。
──ド、ド、ドン!
陣地から100メートルほどいった近くの森で、激しい爆音が鳴った。
鳥が羽ばたき、木々がざわめき、地響きがした。
「敵3個小隊殲滅! 機械兵3個体撃破ー!」
「当代ー! 戻られまーす!」
次々と伝令がやって来た。
「急げ! 当代を迎える準備を速やかに整えろ!」
城戸は素早く周囲の者たちに下知した。
ばさりと幕をくぐって現れたのは、30がらみの黒髪の女性だった。
湯気のようなものを体から放っている。手には抜き身の刀を下げていた。
全身血まみれだが、すべて返り血のようだった。
「水!」
床几にどっかと腰を降ろすと、女性は叫んだ。
すぐに、やかんごと水が運ばれて来た。
コップに注ぐことなく、女性はやかんに直接口をつけてワイルドに喉に流し込んだ。
唇からこぼれたのを拭ってふうーっと長い息を吐くと、女性は周りの者に告げた。
「3分休憩したらすぐに出るぞ! 次こそ本命だ! 全員、覚悟を固めろ!」
『応!』
男たちは一斉に答えると、各々給水したり補給食をとったりし出した。
曲がった刀を金槌で叩いて応急処置する者もいる。
血の止まらない傷口に、乱暴に包帯を巻く者もいる。
「奈々、この人は?」
「……
奈々は緊張した面持ちで答えた。
「……現代の宮本武蔵が、肉弾戦の得意な退魔士たちを率いてるみたいなもんか?」
「だいたいそんな理解でいいと思うっす」
「……ん?」
そこに至ってようやく気が付いたのか、楪は初めて古城たちに目を向けた。
「あら、奈々ちゃんと
にっこり微笑んだつもりなのだろうが、返り血のせいで恐ろしい形相になっていた。
「ご無沙汰です楪さん。あのー……これにはちょっとわけがありましてっすねー……」
手指をいじいじしながら話す奈々の脇に、古城は立った。
「古城と申します。普段は雑誌記者を務めておりますが、今日はプライベートです。
「ちょ、先輩っ?」
「ある方に伺いました。ソースは明かせませんが、信頼できる方です。その方が教えてくれました。遥けき昔よりあるもの。地球人がついに見つけ出せなかったもの。万能の力の媒質、エーテル。それはあらゆるところあらゆる次元に存在するが、時に
「先輩……どうしてそんなこと知って……!? 誰から聞いたんすか!?」
「知っているのはごく一部の者だけだったそうですね。地球の古来種、かつて多元世界より渡り来た者たち。人に似て人に
「へえ……」
楪は楽しげに口元を歪めた。
「あの時もそうだった。地球を荒らしまわっていた多元世界人たちは、ただ無軌道に目標を定めているのではなかった。生き物が太陽を求めるように、水を求めるように、ごく自然にエーテルの濃い場所を求めた。だからこの地で争いが起こった。
「私に歴史の授業をしようってつもりですか?」
「見たいんです」
「何を」
「エーテル溜まりとやらを。オレの大切な人たちの命が奪われた理由を」
「ふうん……」
楪は目を閉じた。
古城の言葉を吟味するように、小さく二、三度、首を縦に振った。
──ドズゥゥゥン!
凄まじい地響きが起きた。
足元が揺れた。
立っていられないほどの震動に、古城と奈々は思わず抱き合った。田上はふたりに覆いかぶさるようにした。
御子神家の男衆は血相を変えて刀の柄に手をかけたが、楪と城戸だけは微動だにしなかった。
「いいでしょう」
楪はぱちりと目を開いた。
「