「その瞬間は近づいてきている!!」

文字数 3,234文字

 ~~~小山妙子(こやまたえこ)~~~



「……どういうことだ。小山」

 ひとり廊下を歩くあたしに、御子神が追いついた。

「さっきのあれは、いったいなんだっ」

 噛みつくような口調で聞いてきた。

「PTSD」
「……は?」

 あたしの答えに、御子神は訝しげに眉をひそめた。

「だからあれは、PTSDの発作だよ」

「……PTSDだと?」

「わかんないなら説明してやろうか? 心的外傷後ストレス障害。戦争帰還兵とか、大災害の被災者の人とかがなるやつで……」

「バカにするな。どんな病気かぐらい知ってる。どんな人がなる病気かも。だけど、あの(・ ・)新堂タスクだぞ? 無茶で無鉄砲で、どんな敵にも臆さず立ち向かう。勇気の塊みたいな男だぞ?」

「はいはーい、ノロケ乙ー」

「ちょ……違うっ! そうじゃない! これはあくまで客観的な見方であって……!」

 真っ赤な顔して必死に弁解する御子神に、あたしはひらひらと手を振った。

「逆に聞くけどさ。あたしほどじゃないにしても、あんただってタスクとは長いつき合いだろ? 今まで一度もなかったか? タスクの、ああいうの」

「……わからん」

「……マジかよ鈍すぎんだろ」

「や、その……っ」

 御子神は、慌てたようにわたわたと手を振った。

「なくはない……と思う。言われてみれば立ち合い稽古の時に、不意に棒立ちになる瞬間があったかもしれない。けど……だって……そこは、立ち合いだから……」

 ……なるほど。

「隙あり貰ったー、とばかりに容赦なく打ち据えたと。だからそれとは気づかなかったと」

 あたしはジト目で御子神を見た。

「隅々まで気のきく、たいした嫁候補だこと」

「だ……だって! そんなのわかるわけないじゃないか! あの(・ ・)新堂タスクだぞ!?

 うん、まあ。

「……わからないとは、言わねえよ」

 あたしはぽりぽりと頭をかいた。

「しかたねえ、教えてやる」

 嘆息した。

「昔話だ。ちょうどあいつのご両親がいなくなった頃の話だ」

「……(カラミティ)の最中だな?」

 御子神が慎重に確認してくるのに、あたしも重く首肯した。

「手形山のクレーターは知ってるか?」

「手形山……たしか県南の……」

「斜面に鬼の手形みたいな跡があるから手形山。昔はそう呼ばれてた。だけど今はそんな風には誰も呼ばない。手形山のクレーター。もしくは単にクレーター」

 周囲に民家のひとつもない、本気で何もない山中で、その戦いは行われた。
 多元世界人同士の、あるいは多元世界人と地球の古来種との戦い。
 それはとにかく激烈なぶつかり合いで、最終的に地形をも変えた。
 山がひとつ丸ごとなくなり、代わりにクレーターが出来た。
 直径400メートル級の、巨大なクレーター。

「かつて──その中心で、ひとりの男の子が発見された。他には誰もいなかった。政府の思惑もあって、情報は隠蔽されてるけど」

「それが旦那様だと……?」

「そうだ。そしてそれ以来、あいつのご両親は見つかっていない」

「それは……その……つまり……っ」

 御子神は真っ青になった。

「その時のことを、あいつはまったく覚えていない。けどそれ以降、あいつのあの発作は起こるようになった。それが事実だ」

 あたしはため息をついた。

 御子神は、答えの代わりに肩を震わせた。

「……そういうのはさ、成長と共に薄れてくもんだと思ってた。いつか時が経てば解決するもんなんだって。だけどそうじゃなかった。あいつはいまだに傷ついていて、ふとした拍子ににじみ出る」

「……どうすればいい?」

「抗うつ薬、抗不安薬などの安定薬の投与。だけどそれは、しょせんその場しのぎだ。根本を断つのがもっとも早い。持続エクスポージャー療法──問題に向き合わせて乗り越えさせる」

「向き合わせる……」

 言葉の意味を考え、御子神は悲壮な表情になった。

 ……そうだ、知ってる。 
 あたしもあんたも、その意味を。

「でも、肝心の旦那様自身が当時のことを覚えていないんだろう? 向き合わせるもなにも……」

「──ITである自分を守ってくれてたご両親を失ったこと。加えてその現場。クレーター。それ以外に、いったい何の証拠が必要だ?」

「……っ」

 あたしの畳みかけるような言葉に、御子神は束の間、言葉を失った。

「なあ、わかるか? タスクの夢は、多元世界を股にかける冒険者になることだった。ご両親を探したいなんて、一度も口にしたことがない」

「……」

「でもそれは、決して執着がないってことじゃない。単純に目を逸らしてるだけなんだ。だから直接の目標じゃなく、近い目標を口にしてた。『いたらついでに見つけてやるさ』なんてスタンスでいた。いなかったら悲しいから。極度のマザコンのあいつには、それはきっと、どうにも耐えられないことだから」

 ここのところ、タスクの周りではいろんな出来事が立て続いてた。

 クロスアリアとの契約書の中で、あたしがご両親探しに触れた。
 御子神の口から、自らの出自についてを聞かされた。
 戦いの中でトワコさんの技を意識した。乗り越えるべき存在として認識した。

 かてて加えて、いよいよ間近に迫った多元世界での冒険の日々……。

「どんどんその瞬間(・ ・ ・ ・)は近づいてきてる。あいつは気づいた。本心の部分で自覚した。今度こそ、逃げ場はない──」

「……っ」

 御子神は拳を握り、ごくりとツバを呑みこんだ。

「……ふっ」

 その必死さがおかしくて、あたしはついつい笑ってしまった。

「誰にも言うつもりはなかったことだ。あたしのタスク。あたしだけのタスク。この秘密はずっと、死ぬまで抱えていようと思ってた」

「なぜ……私には教えてくれたのだ?」

 御子神が、ぽつりと聞いてきた。

「そりゃあ……あたしは戦えないし、常にあいつの傍にいてやれるとは限らないし……。それに何より……」

 おまえは仲間だから──
 なんて、こっ恥ずかしいことはさすがに言えず。

「……なんとなくだ」

 あたしは言葉を濁した。

「なんとなく……?」

 御子神は、一瞬きょとんとした顔になり──ぽん、と思い当たることでもあるかのように手を打った。

「……あーあーあーあー、そうか、なんとなくか。なるほどな、なんとなくか。なるほどなるほど」

「なんだよ……そんなに繰り返すなよ」

 御子神はニヤニヤと気持ち悪い笑いを浮かべた。

「いやいやいや、意味はない。意味はないんだ。繰り返したくなっただけ。そうそれこそ……なんとなく(・ ・ ・ ・ ・)

「くっ……こいつ!」

 どや顔の御子神を、あたしは鋭く睨みつけた。

 だけど御子神は笑ってばかりで。 
 心底楽しそうに、声を高くして笑って。
 そのせいで。
 まるであたしたちが、仲いい友達同士みたいに見えた。

 





 ~~~コクリコ~~~ 



「大丈夫か!? 大丈夫かタスク!?
「大丈夫だって! ただの長い立ちくらみだから!」
「ホントか!? そんな風には見えなかったぞ!? もっと深刻で、重大な……!」
「おまえの浪費癖よりは、よっぽど軽度の問題だよ!」 
「なんでここでそのことを持ち出すんじゃよー!?

 コクリコは居間に残っていた。 

 もみ合うタスクとシロ。
 ふたりを横目で見やるカヤ。
  
「ふぅん……なかなか複雑な事情がおありのようですにゃ……」

 3人の様子を楽し気に見守っていた。

「でも……ネコ族の聴力を舐めるのは感心しないにゃ」

 同時に、二階から聞こえる妙子と御子神の話を聞いてもいた。

 ゆっくりと内心で、ひとり静かに、舌なめずりしていた。

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