「神がかる!!」

文字数 3,798文字

 ~~~ハイデン~~~



「者ども出会え! 交渉決裂だ!」

 ハイデンは身を翻し、襖を蹴破り外に出た。

 出た先は枯山水の庭だ。
 まだ日の暮れる時間ではないというのに、外は一面暗かった。
 嵐の到来を予感させる黒雲が、低く分厚く空を覆っていた。

 玉砂利を蹴立てて振り返った。
 窮屈なダークスーツを引き裂くように脱ぎ捨てると、鎖の着込みが露わになった。

 腰の後ろに隠したナイフを2本、両手で抜き取った。
 防御担当の左は逆手、攻撃担当の右が順手。
 猫科の肉食獣がそうするように、低く身を沈めて構えた。

 (ゆずりは)は、平然と庭に降り立った。
 ちょっと散歩に出てくるとでもいうかのような風情で、まったく気負いというものが感じられない。
 伏兵の存在を示唆したにも関わらずだ。

「コクリコといい此奴といい……。本当に勝てる算段があるのか?」

 コクリコは頭のいい女だ。
 奴隷の中から這い上がり、瞬く間に文官としての頭角を現した。
 ハイデンの副官として、いまや確固たる地位を確保している。
 智謀に優れ、状況判断も的確。絶対に不利なほうにはつかない。

 この状況で裏切るということは、御子神を信ずるに足る確信があったか、あるいは本拠に何がしかの仕掛けをして待ち構えているのか。
 おそらく後者だろうと、ハイデンは踏んだ。
 反対派閥を抱き込んだのだろう。

「……よかろう。うるさいゴミどもを一掃するいい機会だ」

 さらなる戦いの予感に、ハイデンは口元を緩めた。

 血みどろの殺し合いを、ギリギリのせめぎ合いを制して奪う。
 彼ら一族にとって、それは甘美なひと時だ。
 スーツなど着てかしこまって、世界代表などと気取っていても、その本能だけは変わらない。

 ハイデンは思う。
 生物の本質は暴にある。
 強きが弱きを蹂躙する。
 それこそが唯一絶対の正義だ。

 にもかかわらず、多元世界代表者会議(ルーリングハウス)は彼らのあらゆる戦闘行為、略奪行為を禁止した。
 すべての民族は、文化的淑女的(・ ・ ・)に競い合うべし。
 違反者には、連合して制裁(・ ・)を加えると脅してきた。

 このままいけば、ペトラ・ガリンスゥはいずれ経済的に困窮し、滅亡の憂き目を見ることになるだろう。
 そうなる前に、彼らは打って出なければならない。
 完全実力至上主義。有無を言わせぬ『嫁tueee.net』という名の戦場へ。

 御子神の血筋は、そのためのいい足掛かりとなるはずだ。
 もはや友好的な関係など望むべくもないが、それでも構わない。
 楪でも(ほたる)でも構わない。女でさえあればいい。
 力でねじ伏せ言うことを聞かす。犯し、子を成す。
 地球圏代表を、無理やり創り出すのだ。

 幸いにも、屋敷の周囲数キロには民家ひとつない。
 多少の悲鳴や物音は、問題にもならない。
 監視の目も、ここまでは行き届くまい。

「皆の者! 我らがなぜ略奪世界と呼ばれるのか、その証左を見せつけろ! 多元世界人と地球人の合いの子どもを、ひと捻りに片付けよ! 奪え犯せ! すべてを我が物とせよ!」

 おう、一斉に声が返ってきた。
 森に潜ませていたペトラ・ガリンスゥの一隊が、瓦塀を乗り越え姿を現した。

 兜に面頬(めんほお)、鎖の着込み、手甲と脚絆を身につけている。
 手甲の裏には例の爪が装着されていて、勢いをつけて振ればシュコンと飛び出る仕組みになっている。

 ライデンには遥かに劣るが、それぞれが、地球人の特殊部隊の3個や4個は容易く片付けるほどの実力を持っている。
 それが30名。
 
「……盗人どもがギャアギャアと」

 楪は、小馬鹿にするように戦士たちを眺め渡した。

「あなたの弟さんならともかく、しょせんは雑兵でしょうが。塵芥(ちりあくた)どもが、御子神一刀(みこがみいっとう)をお舐めでないよ」

 眼光を鋭くし、逆にこちらを威圧してくる。

「混血ごときが何をほざく……!」

 楪のプレッシャーを跳ね返しながら、ハイデンは右眼に片眼鏡(モノクル)型のバトルスコアカウンターを装着した。

 彼我の戦力が、瞬時に数値で表される。
 ハイデンが700、戦士たちが600前後。
 対する御子神家の側仕えたちは20。楪自身は400。だが──

(……あてにはならんか)

 先ほど楪に片付けられた部下ふたりのことを考えれば、この数値がなんの意味もなさないことがわかる。
 彼女らの強さは、武により瞬間的に上下する。

「……くだらぬ」

 ハイデンは自嘲し、バトルスコアカウンターを地面に叩きつけた。

「あら、どういたしました?」

 ハイデンの行動に、楪が小首をかしげる。

「我が弟のざまを見てな。学習したのよ。数値など役に立たぬと」

「あらあらまあまあ」

 楪はにっこり微笑んだ。

「いい心がけですね。なんといっても、人に学び人を認めることこそが、対話の始まりですからね。まあ、いささか遅きに失したきらいはありますが……」

 ひとりごちながら、ついと目線を後ろに向けた。

「……城戸、手はず通りよ。わかってるでしょうね?」

 白髪の老人に下知し、側仕え全員を退がらせた。
 
 槍に薙刀、刺股(さすまた)に投網などの武器を構えたまま、側仕えたちは慎重に屋敷の奥へと消えていく。

 ハイデンは訝しんだ。

「む……? なぜ手下を退がらせた?」

 たしかにひとりひとりはお話にもならない戦力だが、盾ぐらいにはなるはずだが……。

「あなたたち如き、私ひとりで充分だからですよ」 

 楪はあっさりと答えた。
 手のひらをちょいちょいと動かし、手招いてきた。

 ごちゃごちゃ言わずかかって来い、と。

「……っ」

 ハイデンは一瞬目を丸くし──

「……面白い、どこまでも気の強い女だ」

 肩を揺すって笑い出した。

 笑いが納まると、顎をしゃくって部下に指示を出した。

「やれ。全員でかかれ。──だが殺すなよ? 此奴には、我らが子を成す重要な役割があるのだからな」

 
 おう。
 戦士たちは一斉に襲い掛かっていく。
 重装備をカチャリともいわせず、しなやかな動作で飛びかかっていく。

 ──ひとり目が勢いよく仕掛けた。
 右のオーバーハンド。
 肩口へ思い切り叩きつけようとしたが、すれ違うように斜めに躱され、カウンターで肘を斬り落とされた。

 ──ふたり目。
 手元を削ぎ取るようなフック。
 わずかに後退して躱された。
 流れた胴を、真横から斬り裂かれた。

 ──3人目。
 アッパーカット気味の軌道。
 狙いは肩口。
 ちょうど楪は刀を振り下ろしているところで、躱せるはずはないと思われた。
 しかし、当たる直前──。
 地面すれすれにあった切っ先がくるり翻転(ほんてん)して跳ね上がって、3人目の肘を切断した。

 瞬く間に3人やられた。
 ふたりが肘を飛ばされ、ひとりが死んだ。

「な……!」
「なんだこいつ……!?

 戦士たちの間に動揺が広がる。
 楪がゆっくり一歩を踏みしだくと、ざざっと慌てて距離をとった。



『………………っ』

 畏れから、誰も言葉を発しない。
 荒い呼吸音と、苦痛に耐える呻きだけが、辺りに響き渡った。


 ……たん。

 誰かが静寂を破った。

 ……たん。
 ……たたん。

 他ならぬ、それは楪の声だった。
 背を丸め顔をうつむけ、何ごとかをつぶやいている。
 その場で軽く足踏みしながら、拍子(ひょうし)をつけてつぶやいている。

 ……たん。
 ……たんたんたたん。

 一心不乱につぶやき足踏むその動作は、神楽舞(かぐらまい)に似ていた。
 神に捧げるための音曲。
 歌に舞い。
 拍子に囃子(はやし)
 (つるぎ)を持ちて巫女が舞い、その身に神をおろす──神がかる(・ ・ ・ ・)

「ヒ……ッ」

 楪の口元が歪んだ。

「イヒヒヒヒ……ッ」

 ニヤア……っと、笑みの形に広がった。

 呼吸が荒い。
 熱に浮かされたように顔が赤い。
 明らかに様子がおかしい──。

惣領(そうりょう)!」
「こいつ……一体……!?

 口々に疑問を投げかけられるが、ハイデンにも答えは返せなかった。
 彼もまた、混乱のさ中にあったのだ。
 
 



 御子神家は、戦うことを生業としてきた一族だ。
 人ばかりではない。悪魔外道や妖怪の類をも相手にしてきた。

 当然、尋常の法では戦えぬ。
 人の身を超えるため、あらゆる手を尽くす必要があった。

 かつてヴァイキングがベニテングダケを喰らい、無敵の戦士と化したように。
 かつて十字軍の騎士が神に祈り、あるいは悪魔を奉じて無敵の騎士と化したように。
 現代戦の兵士がアンフェタミンを投与し、無敵の兵士と化すように。
 
 御子神家は、呪具呪式に答えを求めた。
 楪は、妖刀へとその身を捧げたのだ。

 彼女に今や、理性はない。
 痛みも恐れも感じない。
 残るはただ、眼前の相手を斬り捨てるという本能のみ。
 九骸流星(くがいりゅうせい)という名の魔物へと、変貌を遂げていた──
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