「彼方へのリフトオフ!!」

文字数 4,725文字

 ~~~新堂助(しんどうたすく)~~~


 
 ガリオン号には姿勢制御と短距離間移動用に、反重力推進システムが搭載されている。スピードはあまり出ないが、それだけで2キロ高度くらいまでは飛翔出来るという便利なものだ。
 この反重力推進システムを使い、地上に被害が出ないようある程度の高度まで飛翔してメインエンジンに点火。大気圏を抜け宇宙空間まで出たところで次元の壁に穴を開けるというのが、次元渡りのおおまかな行程になる。
 少々回りくどいが、次元破砕時に生じる衝撃波のことを考えればやむを得まい。
 発進したはいいが町が壊滅しました地球に被害が出ましたでは、お話にならない。


 ガリオン号に乗り込んだ俺たちは、カーゴルームに荷物を置くと、さっそくコックピットに集まった。

 コックピットには、前面のメインモニタとキャノピーに面して主操縦者席と副操縦者席が並んでいる。
 主操縦者席には俺が、コクリコは副操縦者席に座った。 
 マニュアルは熟読したしシミュレータも体験したけど、さすがにたった2週間では色々足りない。しばらくはコクリコにおんぶに抱っこになりそうだ。

 後ろには主レーダー士席と副レーダー士席がふたつ並んでいる。
 レーダー士の仕事は、機体の外の状況の把握だ。
 電波音波、風力重力、エーテル(タイド)など、各種観測計器の情報を拾うサブモニタと、球状の立体レーダー装置を通して物体や敵影を覚知することが主な役割だ。
 船の目ともいうべき重要な役割で、主はカヤさん、副は妙子がそれぞれ担当する。

 シロと御子神は、後方の機関士席だ。
 各種計器類の読み上げ、アラート発生の報告など、数字がわかればなんとかなるレベルのことを担当してもらう。
 他の乗組員の穴を埋めたり、緊急時には別箇所にある銃座に移動して銃手になることもあるそうだ。けっこう柔軟性を求められるポジションではあるのだが、このふたりの現状では……。
 まあ、いたしかたあるまい。

 ちなみにさっきからちょくちょく出てくるエーテルという単語だが、別にMP回復ポーションのことじゃない。
 地水火風の4元素に次ぐ第5元素の名称だ。
 宇宙を満たすもの。
 あらゆるものの媒質。
 かつて地球中の科学者たちがこぞってその存在を追い求め、けっきょく見つけられなかったもの。
 
 だけど多くの多元世界では、すでに発見されていた。
 超高効率かつクリーンなエネルギーとして、実用化されてまでいた。

 ガリオン号のエンジンにも、同様の技術が使われている。
 圧縮固化したエーテルをペレット状にしてチャンバーに保管。化学反応を起こし爆発させ、推進力に転化させるという仕組みだ。
 
 ペレット切れを起こした時に備え、強磁場でエーテルを吸着し、濾して不純物を取り除き、攪拌して液状にして使用するという緊急システムも備えているが、まあこれは余談だ。



「主砲に各種サブウェポン。チャフにフレアもある。ふっふっふ……ワクワクするなあおい!」

「よ、喜んでもらえて何よりにゃ……」

 わくてかの止まらない俺に、コクリコがちょっと引いてる。

「まあでも、よっぽどのことがないかぎり戦闘はないと思うのにゃ。ケルンピアの絶対座標は把握してるし、飛行許可もとってあるし……」

「知ってるかコクリコ? それってフラグっていうんだぜ?」

「……なんでこの人は、トラブルを期待してるのにゃ」 

「バカ言え! せっかくこんな船に乗るんだ! トラブルがなくてどうする! 新たな遺跡の発見! 未知の勢力との遭遇! 海賊とのドッグファイト! やらんでどうする! なくてどうする! うぉおおおお、自分で言っててワクワクしてきた! よっしゃ! どっからでもかかって来ーい!」

「にゃんだかなー……」 

 反重力推進システム起動。
 船は見えない糸で吊り上げられるように、ゆるゆると上昇を開始した。
 200メートル、300、400……。

「おおー、タスクの家があんなに小さく! 見ろ見ろ、タスク!」

「おう、こいつは爽快だな! あばよみんな! あばよ学校! あばよ義務教育ー!」

「言っとくけど、向こう行っても夏休みの宿題はやるからな? 遊び呆けてなんかいられねえぞ?」

「えー、いいじゃんもう、日本的なそういうものはさー。もっと多元世界基準でいこうぜ?」

「だぁめ、絶対きちんと卒業させてやるからな」

 そうこう言ってるうちに、船は想定高度である500メートルに達した。
 
「御子神! シロ! 各計器系の読み上げ!」

「風速、西から東へ5.5m/s! 上空10キロ高度で20.0m/s! 重力9.760 m/s2! リフトオフに影響なし! ……たぶん」

「で、電波音波、電装系油圧系、ともに異常なし……なしでいいんじゃよな? えっと……それからそれから……大気中のエーテル量がぁ……」

 シロと御子神が次々に数値を報告してくる。
 機械や数字にとことん弱いやつらなので、ちょいちょい怪しいところはあるが……。

「……どうやら平気っぽいにゃ」

 カヤさんと目くばせしたコクリコは、脱力したように肩を竦めた。

「OK! 行くぞ! リフトオフだ!」

「……なあ、タスク。あたし思い出したんだけど」

 発進操作をする俺に、妙子が話しかけてきた。

「タバサさんへの連絡は、きちんと出来てるのか? あの人スマホも何も持ってないし居場所もころころ変わるからしょうがないけど、せめて置き手紙くらいはさ」

「あったりまえだろ。きちんと書置きしてきたよ」

「きちんとぉ? あんたのことだから、どうせ適当な殴り書きなんだろ?」

「えー? ちゃんと書いたぜ? ちょっとケルンピアまで行ってきます。お土産、期待しててくれよなって」

「やっぱりか……」

 妙子ははあとため息をついた。

「そんなもんだと思ったよ」

「ええー? なんで? ダメなの? 行き先も書いたし、お土産のことも書いたぜ?」

「それしきで足りてると思えるのが逆にすげえよ……」

「のうのう、タスク」

 自分の仕事を終えたシロが、いかにもすっきりしたという顔で割り込んできた。

「そう言えば今まで一度も会っておらんが、タスクの姉上とはいったいどのようなお人なのじゃ? やっぱりタスクに似て、はた迷惑でやかましい感じか?」

「ようし、おまえの中の俺のイメージについては、あとでちょっと話があるからな」

 殴る真似をすると、シロは「ひひっ」といたずらっ子の笑みを浮かべて首を竦めた。

「まあいいけどさ。ちぇ。ああー、えっと……うちの姉貴はなんつーか、自由な人だよ」

「……自由?」

「得体の知れないって言ったほうがいいかな。全然表情変わんないから何考えてるかわかんねえし、そもそもほとんど家にいねえし」

「……家にいない?」

「最後に会ったのは1年前だったかなあ。いやホント、年単位で帰って来ない時すらある人なんだ。んでそのつど、行き先違うの。極圏とか砂漠地帯とか地下の大空洞だとか、さすがに冗談だとは思うんだけどな。へへっ、いつぞやは、別の天体に行ってきたなんて言ってたな。真顔で冗談言う人なんだよ、困っちまうよな」

「……本当に人間なのですか? その方は」

 カヤさんは疑わし気に眉をひそめる。

「そもそもが、ITとして様々な勢力から付け狙われてきたあなたの姉上(・ ・)なのでしょう? わたしにはどうも、嫌な予感しかしないのですが……」

「なんだよカヤさん藪から棒に。人の姉貴を化け物みたいに」

「そうだよカヤさん。たしかに人間とは思えない……それこそ天使か女神かってくらいに美しい人ではあったけど、あの人はたしかにタスクの肉親だった。でなきゃあんなにこいつを溺愛できるもんか」

 同調する俺と妙子に、カヤさんはしかし、うろんげな目を向けてきた。

「ちなみにその方の出生日は? 年齢は? 略歴は? すべてとどこおりなく、答えられますか?」

「あたり前だろ。ったく……いいか、聞いてろよ? 出生日は……あれ? 年齢は……あれれ? 略歴は……彩南高校卒で……世界を股にかける仕事をしてて……どんな仕事かっていうと……ううーん?」

 頭を抱え込んだ俺の代わりに、妙子が答えようとした。
 そして失敗した。
 あれほど頭のいい妙子が、俺の身の回りのことなんでも覚えてる妙子が、姉貴のことになるとまるで頼りにならない。

「……なるほど。姉弟なのに、ほとんど何もご存知ないと」

 それ見なさい、とでもいうかのようなカヤさんの視線に、俺は慌てた。

「待てよ。ちょっと待てって、カヤさん。そんなわけねえだろ。たしかに変な人ではあるけどさ。姉貴は姉貴だよ。俺の姉貴。銀髪銀目で、とても日本人にゃ見えないけど……うう?」

「そうだよ。不肖の弟には過ぎた、いいお姉さんだよ。変なところがあるとすれば、年がら年中セーラー服を着てて……赤いマフラーと合わせてトレードマークみたいになってて……あたしたちが小さい時からずっと同じ格好で……ううう?」

 俺と妙子は頭を抱えた。
 言葉を重ねれば重ねるほど、姉貴という存在の異様さが浮き彫りになっていく。


 瞬間、ガリオン号のバーニヤが火を噴いた。
 衝撃が船体を揺らした。
 エーテルトロンエンジンが力強く唸りを上げ、船体をぐんと加速させた。
 猛スピードで雲を抜け、大気圏をも飛び越えた。
 何かが燃える音、船が風を切る音、そして静寂──

 そう、俺たちは瞬く間に、宇宙空間に飛び出していた。

「なんだかわからにゃいけど、動揺してる暇じゃないのにゃ! さあ、タスク! 操縦桿の下のスイッチを押すにゃ!」

「え? あ、おう……」

 考えるよりも先に、指が動いた。
 プラスチックの覆いを跳ね上げ、指で赤いボタンを押した。

 ──シャアアアアアアア!

 何かの唸り声のような音が轟いた。
 金魚に似せた船の前面に、一対の光の牙のようなものが出現した。
 ピラニアを思わせる獰猛な牙が、上下に大きく開き──

「エーテルの牙で次元の壁を噛み砕く、それがエナジーラム・アタックにゃ!」

 ──ガチリと噛み合わさった。

 ピシッピシピシッ……。

 空間にヒビが入った。
 言葉通りなら、それは次元の壁が割れる音だ。
 地表にあるゲートと同じように、多元世界へと通じる穴を穿つ音だ。

 パキィィィイイン!

 拮抗はすぐに崩れた。
 次元の壁は音高く、クリスタルみたいに粉々に砕けた。

「衝撃、来るにゃ! みんな、対ショック姿勢にゃ!」

 コクリコの指示に従い、俺は背を丸めて頭を下げた。 
 体全体で抑え込むように、操縦桿を握りしめた。

 ゴウッ!

 紫色の次元断面。
 そこから爆発的な勢いで風が吹いてきた。
 世界と世界が繋がったことで生じた圧力差が衝撃波となり、船体をガタガタと激しく揺すった。
 
「……ひっ?」

 シロが小さく悲鳴を上げたが、あいにくと助けにいく余裕はない。

「……そうか、旦那様は知らなかったのか……」

 衝撃の中、御子神がぽつりと、独り言のようにつぶやくのが聞こえた。

「え、御子神……?」

 御子神がどんな表情をしているのか、ここからではよく見えない。
 つぶやきの真意を確かめる暇もなかった。

 とにかく次の瞬間。
 俺たちはケルンピアへと次元を渡っていた──
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