「多元世界を渡る船!!」
文字数 5,185文字
~~~新堂助 ~~~
地球とクロスアリア。
俺とシロの生まれた世界は、遥か遠くに離れてる。
距離の問題というよりは次元の問題。
これから先、科学技術が発達して、どれだけ高性能な宇宙船を造ることが出来るようになったとしても。
光よりも速い速度で何億光年の距離を飛翔出来るようになったとしても。
絶対にたどり着けないところに存在してる。
だけどゲートの出現が、奇跡を起こした。
地球をポータルとして数多の世界と世界を結び──本来なら出会うことがなかったはずの、俺とシロを引き合わせた。
ゲートなくして、俺たちは互いの世界を行き来でない。
それが常識。
絶対不変の法則。
だけどさすがだ。
世界は広い。
常識も法則も、ものともしない連中がいる。
次元渡り 。
ゲートに縛られず、地球を経由せず、自由に次元の壁を超え渡る存在。
そして今、コクリコはこう言った。
次元破砕船 。
次元渡りと次元破砕船。
ってことはつまり……。
「おお……おおお……っ!?」
俺は足を踏み出した。
衝撃のあまり、ちょっとよろけた。
30メートルはあるだろうデカい船が、空から降りてきた。
我が家の庭のすぐ上で、ふわりと停止した。
フィィィィーン。
金属の丸鋸 を回転させるような、特徴的なエンジン音が響いている。
船体尾部や主翼に付いた複数のバーニヤが下を向き、激しく炎を吐き出している。
生み出された激しい風が、芝生や植え込みをちぎらんばかりに揺らしている。
古い木造家屋である俺ん家 が、ギシギシ身をよじるように軋んでいる。
「……わぷっ!? す、すごい風じゃのうっ!」
風に負けないよう、シロが声を張り上げた。
俺の腰に腕を回してしがみついて、吹き飛ばされるのをかろうじて防いだ。
「……離れんなよ!?」
俺はシロの肩を抱き寄せながら、船を見上げた。
次元破砕船との初対面。
まさに感動の瞬間──のはずだったんだけど……。
「なんだろう……! このモヤモヤする感じ……!」
なんとも奇妙な形状の船だ。
先が細く、後ろにいくにつれて太い。全体的にずんぐり丸くて、カラーリングは赤地に白。
優雅に伸びる主翼や尾翼も相まって……。
「ぶっちゃけ……金魚にしか見えねえんだが!?」
種類でいうならリュウキンな。
「こらそこ! なんで不満そうに言うにゃ!? 美味しそうないい形にゃ!」
思ったほどいい反応が返ってこないことが心外だったみたいで、コクリコはにゃーにゃーわめいた。
そうか。やっぱりか。
しかも何? 美味しそう?
あれか、ネコ族だからか。
さすがだな、キャラ守ってんな。
「ってそうじゃねえよ! そういう問題じゃねえよ! どうして船のデザインに美味い不味いの感覚を持ち込んじゃったんだよ! 食い物屋の看板じゃねえんだぞ!?」
俺は全力で抗議した。
「いいじゃないかにゃ! ネコまっしぐらにゃ!」
「ネコはまっしぐらかもしれんけど、男の子としてはがっかりだよ! 金魚に乗って世界を渡るなんて、ファンシーすぎるんだよ! もっとかっこよく出来なかったのかよ!」
「むかーっ! 文句があるなら乗らなきゃいいにゃ! 船外ポッドでぶら下げて荷物みたいに運んでやるにゃ!」
「金魚のフンみたいに運ぶんじゃねえよ! たしかにそうすりゃファンシーさの欠片もなくなるけど、根本的な解決には至ってねえよ! もっとこうさあ! 銃座とかつけてさあ! 武骨な感じでさあ!」
俺たちが美的感覚のズレで言い争っている間にも、風は強く吹いていた。
やがて風圧に耐えきれず、屋根の瓦が一枚、剥がれて落ちた。
「ちょー……!? おいコクリコ! もうちょっとこいつの高度を上げてくれよ! このままじゃ俺ん家が壊れちまうよ! わたしがいない間になにやってたのって、お袋に怒られちまう!」
「そんなのどうでもいいにゃ! みゃーは今、お怒りマックスにゃ! 不機嫌ぷんぷんにゃ! がっかりしたってゆーのを速やかに訂正するにゃ! 褒めるにゃ! 讃えるにゃ! じゃないと1ミリたりとも動かしてやらないにゃ!」
「わかったわかった、わーかったよ! 美味しそうないい形ですねー! かっこいいですねー! わあーいいなー! よだれが垂れそうー! 早く乗ってみたいなー!」
「わかればいいにゃ! もうもうもう! にゃ!」
なおもぷんぷんとしながら、コクリコは懐から平たい金属板のようなものを取り出した。
ボタンを押すようなしぐさをすると、船はスムーズな動作で上昇し、およそ50メートルもいったあたりでぴたりと停止した。
風はすぐに和らいだ。
我が家倒壊の危機は、なんとか免れた。
「おおー……。これが多元世界を渡る船かー……」
あらためて船を見上げた。
「とりあえず、やってることはすげえよな……」
デザインはともかくとして。
俺の「すげえ」に反応して、コクリコは途端に有頂天になった。
「ふっふーん! タスクにも、やっとこの船の素晴らしさがわかったようにゃ!?」
胸をそらしてどや顔をした。
「全長30.2メートル! 最大径12.8メートル! エーテルトロンエンジン15基搭載の大出力! 超超光速でのエナジーラムアタックによって破砕出来ない次元壁は存在しないにゃ! まさにこの世のどこへでも行ける船、その名もガリオン号試作機にゃ!」
わくわくするようなスペックと煽り文句に、俺の気持ちは一気に盛り上がった。
「エーテルトロン!? エナジーラムアタック!? なんだそれ、かっけえな! しかもこの世のどこへでも行ける船だって!? すげえ! すげえよガリオン号試作機! んで、これを俺にくれるってんだな!? うおお……すげえ! 最っ高の気分だ……って、あれ?」
一気に盛り下がった。
「……いま、試作機って言ったか?」
「……言ってないにゃ」
コクリコはついと目を逸らした。
「いやいやいや、言ったよな! いま完っ全に口走ったよな!? 試作機って!」
「……言ってないにゃ」
「なんで目を逸らすんだよ! 試作機ってことは実験中ってことじゃねえか! 何で何を実験する気だよ! 人を実験台にする気かよ!」
「……実験に犠牲はつきものにゃ。犠牲を踏み越えて、人類は進化していくものなのにゃ」
「いい風に言ってんじゃねえよ! 踏み越えられんのは俺じゃねえか!」
「ふすーふすー」
「口笛吹いて誤魔化そうとしてんじゃねえよ! ってかそもそも吹けてねえよ!」
「まあまあタスク」
妙子がつかつかと歩み寄ってきた。
「いいじゃないか。この船。存外悪くない」
「え、いいの!? 妙子!」
「うん」
「マジで!? だっておまえが一番文句言いそうなのに! いつもみたいにあーだこーだ重箱の隅つつくみたいに責め立てて、相手を泣かせそうなもんなのに!」
「……あんたのあたし像はだいたいわかった。あとでヤキ入れてやるからな」
「すいませんごめんなさい調子に乗っていらんこと言いました」
妙子は肩を竦めた。
「ま、いいさ。自分の役割はわかってるつもりだ。その上で言わせてもらうがな。少なくともこいつが、いきなり爆発するようなことだけはないはずだ。最低限の水準は満たしてるはず。なぜだって? 簡単だよ。──なあコクリコ、あんたらこれを商売 にするつもりなんだろ? いずれは量産して、大々的に売り捌くつもりだ。つまりあたしたちは、テスターであると同時に宣材でもあるってわけだ。当然、大事に扱ってくれるよな?」
「ほっほーう……」
コクリコは目を細めた。
「よくわかったにゃ。まさかいきなりバレるとは思わなかったにゃ」
「ふん、地球人バカにすんなってーの。弱者は弱者故に、頭を使って生きてんだよ」
「……妙子、どういうことだ?」
「しょうがない、説明してやるか」
妙子はニヒルに口元を歪めた。
8年前。
地球の各所にゲートが開き、無数の多元世界人が巷に溢れた。
虐殺、略奪。
混沌とした世界に秩序をもたらしたのが、多元世界代表者会議 だった。
彼らはいくつかの取り決めをした。
相互不可侵。
外交・貿易を行う中立緩衝地帯としての地球の認定。
そしてもうひとつ──ゲートの管理。
ゲートはアメジストを思わせる紫色をしている。波打つ水面のように揺らぎうねり、常に形を変えている。
面積としてはおおよそ2500平方メートルぐらいで一定だが、形状が四角形になったり楕円になったりと落ちつかない。
誤ってゲートを踏み外した者は、圧力差でぶっ飛ばされる。
地球か向こうの世界のどちらかに、いずこかに、すさまじい速度で弾き出される。
地面や岩盤への激突。遥か高高度からの墜落。
初期にはそういった事故が何件もあった。
何人もの人が亡くなった。
初期の話だ。
今はもうない。
ゲートを安定させる技術を持った彼らが台頭することで、事故はゼロとなった。
彼ら──開門世界アーキア・ヴェルトラと、門の一族。
「やつらはゲートの使用に莫大な税金をかけた。ゲートという命脈を握ることで、多元世界代表者会議においても強力な発言権を得た。『嫁Tueee.net』だって同じことさ。あれにだって、アーキア・ヴェルトラの技術がふんだんに使われてる。わかるか? あたしたちは知らず知らずのうちに、やつらに貢物を贈らされてるんだぜ?」
「そんな……じゃあ俺たちは、利用されてるってことなのか……?」
俺は愕然とした。
あれだけ華やかで煌びやかで、夢がいっぱい詰まってる『嫁Tueee.net』に、そんな裏があったなんて……。
妙子は嘆息した。
「……ま、しかたないさ。弱肉強食だ。あたしたちにはどうしようもないことだった。わかっていても太刀打ちできることじゃなかった。最初から詰んでる。いや、詰んでた 。そういうことだな? コクリコ」
過去形で話す妙子。
コクリコは、我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。
「そのとーりにゃ。みゃーはこの閉塞した状況を打破するために来たのにゃ。放浪世界ノーマの次元渡りの秘術と、ペトラ・ガリンスゥに攫われた各世界各種族のエリート技師ばかりが集まったタタラ工房の技術。ふたつの総力を結集したのがこの船にゃ。量産して、全世界に売り出して、アーキア・ヴェルトラの独占状態を打ち崩すにゃ」
「……っ」
ぶるっと、唇が震えた。
「どうにゃ? 感動したにゃ? 震えんばかりにゃ? とってもラブリーでスイートな金魚にゃ?」
煽るようなコクリコの目も口調も、まったく気にならない。
「うん……感動した」
噛みしめるようにつぶやいた。
胸に熱いものがこみ上げた。
そうだ。
もしその試みが成功したならば、俺たちはもう、ゲートに縛られる必要が無い。
自由に互いの世界を行き来し、貿易を、外交を、冒険 を行える。
かつて地球にもあったあの時代のように。
俺たちは拡散し、発見し、開拓していく。
未開の地? 謎の海域? 宇宙の深淵?
そんな生易しいレベルじゃない。
次元すら超えて俺たちは、遥か彼方を駆け巡る──
──ドクン。
心臓が高鳴った。
「あ……やべ……っ」
身の内からこんこんと、妄想が湧き出てきた。
圧倒的な量のイメージの洪水が、脳内を荒れ狂った。
遠い世界の人々、景色。
見たことなんてないはずの様々な光景が、視覚と聴覚を塗りつぶしていく。
「タスク……?」
眩暈がした。
足元がふらついた。
体温が急速に冷えていく。
昔から、時々起こる現象だ。
興奮しすぎて、集中しすぎて、イメージがオーバーフローを起こす。
結果、自分の体が上手くコントロール出来なくなる。
「おいタスク……?」
シロが、心配そうに俺の顔をのぞき込んできた。
「旦那様……?」
御子神がこちらに駆けだそうとするのを、妙子が手で制した。
「待ってろ……すぐ……治まるから……」
かろうじて声を出した。
唇をぎゅっと噛んで、固く目を瞑って。
とにかくじっとしてた。
答えを返すまで、多少の時間が必要だった。
地球とクロスアリア。
俺とシロの生まれた世界は、遥か遠くに離れてる。
距離の問題というよりは次元の問題。
これから先、科学技術が発達して、どれだけ高性能な宇宙船を造ることが出来るようになったとしても。
光よりも速い速度で何億光年の距離を飛翔出来るようになったとしても。
絶対にたどり着けないところに存在してる。
だけどゲートの出現が、奇跡を起こした。
地球をポータルとして数多の世界と世界を結び──本来なら出会うことがなかったはずの、俺とシロを引き合わせた。
ゲートなくして、俺たちは互いの世界を行き来でない。
それが常識。
絶対不変の法則。
だけどさすがだ。
世界は広い。
常識も法則も、ものともしない連中がいる。
ゲートに縛られず、地球を経由せず、自由に次元の壁を超え渡る存在。
そして今、コクリコはこう言った。
次元渡りと次元破砕船。
ってことはつまり……。
「おお……おおお……っ!?」
俺は足を踏み出した。
衝撃のあまり、ちょっとよろけた。
30メートルはあるだろうデカい船が、空から降りてきた。
我が家の庭のすぐ上で、ふわりと停止した。
フィィィィーン。
金属の
船体尾部や主翼に付いた複数のバーニヤが下を向き、激しく炎を吐き出している。
生み出された激しい風が、芝生や植え込みをちぎらんばかりに揺らしている。
古い木造家屋である俺ん
「……わぷっ!? す、すごい風じゃのうっ!」
風に負けないよう、シロが声を張り上げた。
俺の腰に腕を回してしがみついて、吹き飛ばされるのをかろうじて防いだ。
「……離れんなよ!?」
俺はシロの肩を抱き寄せながら、船を見上げた。
次元破砕船との初対面。
まさに感動の瞬間──のはずだったんだけど……。
「なんだろう……! このモヤモヤする感じ……!」
なんとも奇妙な形状の船だ。
先が細く、後ろにいくにつれて太い。全体的にずんぐり丸くて、カラーリングは赤地に白。
優雅に伸びる主翼や尾翼も相まって……。
「ぶっちゃけ……金魚にしか見えねえんだが!?」
種類でいうならリュウキンな。
「こらそこ! なんで不満そうに言うにゃ!? 美味しそうないい形にゃ!」
思ったほどいい反応が返ってこないことが心外だったみたいで、コクリコはにゃーにゃーわめいた。
そうか。やっぱりか。
しかも何? 美味しそう?
あれか、ネコ族だからか。
さすがだな、キャラ守ってんな。
「ってそうじゃねえよ! そういう問題じゃねえよ! どうして船のデザインに美味い不味いの感覚を持ち込んじゃったんだよ! 食い物屋の看板じゃねえんだぞ!?」
俺は全力で抗議した。
「いいじゃないかにゃ! ネコまっしぐらにゃ!」
「ネコはまっしぐらかもしれんけど、男の子としてはがっかりだよ! 金魚に乗って世界を渡るなんて、ファンシーすぎるんだよ! もっとかっこよく出来なかったのかよ!」
「むかーっ! 文句があるなら乗らなきゃいいにゃ! 船外ポッドでぶら下げて荷物みたいに運んでやるにゃ!」
「金魚のフンみたいに運ぶんじゃねえよ! たしかにそうすりゃファンシーさの欠片もなくなるけど、根本的な解決には至ってねえよ! もっとこうさあ! 銃座とかつけてさあ! 武骨な感じでさあ!」
俺たちが美的感覚のズレで言い争っている間にも、風は強く吹いていた。
やがて風圧に耐えきれず、屋根の瓦が一枚、剥がれて落ちた。
「ちょー……!? おいコクリコ! もうちょっとこいつの高度を上げてくれよ! このままじゃ俺ん家が壊れちまうよ! わたしがいない間になにやってたのって、お袋に怒られちまう!」
「そんなのどうでもいいにゃ! みゃーは今、お怒りマックスにゃ! 不機嫌ぷんぷんにゃ! がっかりしたってゆーのを速やかに訂正するにゃ! 褒めるにゃ! 讃えるにゃ! じゃないと1ミリたりとも動かしてやらないにゃ!」
「わかったわかった、わーかったよ! 美味しそうないい形ですねー! かっこいいですねー! わあーいいなー! よだれが垂れそうー! 早く乗ってみたいなー!」
「わかればいいにゃ! もうもうもう! にゃ!」
なおもぷんぷんとしながら、コクリコは懐から平たい金属板のようなものを取り出した。
ボタンを押すようなしぐさをすると、船はスムーズな動作で上昇し、およそ50メートルもいったあたりでぴたりと停止した。
風はすぐに和らいだ。
我が家倒壊の危機は、なんとか免れた。
「おおー……。これが多元世界を渡る船かー……」
あらためて船を見上げた。
「とりあえず、やってることはすげえよな……」
デザインはともかくとして。
俺の「すげえ」に反応して、コクリコは途端に有頂天になった。
「ふっふーん! タスクにも、やっとこの船の素晴らしさがわかったようにゃ!?」
胸をそらしてどや顔をした。
「全長30.2メートル! 最大径12.8メートル! エーテルトロンエンジン15基搭載の大出力! 超超光速でのエナジーラムアタックによって破砕出来ない次元壁は存在しないにゃ! まさにこの世のどこへでも行ける船、その名もガリオン号試作機にゃ!」
わくわくするようなスペックと煽り文句に、俺の気持ちは一気に盛り上がった。
「エーテルトロン!? エナジーラムアタック!? なんだそれ、かっけえな! しかもこの世のどこへでも行ける船だって!? すげえ! すげえよガリオン号試作機! んで、これを俺にくれるってんだな!? うおお……すげえ! 最っ高の気分だ……って、あれ?」
一気に盛り下がった。
「……いま、試作機って言ったか?」
「……言ってないにゃ」
コクリコはついと目を逸らした。
「いやいやいや、言ったよな! いま完っ全に口走ったよな!? 試作機って!」
「……言ってないにゃ」
「なんで目を逸らすんだよ! 試作機ってことは実験中ってことじゃねえか! 何で何を実験する気だよ! 人を実験台にする気かよ!」
「……実験に犠牲はつきものにゃ。犠牲を踏み越えて、人類は進化していくものなのにゃ」
「いい風に言ってんじゃねえよ! 踏み越えられんのは俺じゃねえか!」
「ふすーふすー」
「口笛吹いて誤魔化そうとしてんじゃねえよ! ってかそもそも吹けてねえよ!」
「まあまあタスク」
妙子がつかつかと歩み寄ってきた。
「いいじゃないか。この船。存外悪くない」
「え、いいの!? 妙子!」
「うん」
「マジで!? だっておまえが一番文句言いそうなのに! いつもみたいにあーだこーだ重箱の隅つつくみたいに責め立てて、相手を泣かせそうなもんなのに!」
「……あんたのあたし像はだいたいわかった。あとでヤキ入れてやるからな」
「すいませんごめんなさい調子に乗っていらんこと言いました」
妙子は肩を竦めた。
「ま、いいさ。自分の役割はわかってるつもりだ。その上で言わせてもらうがな。少なくともこいつが、いきなり爆発するようなことだけはないはずだ。最低限の水準は満たしてるはず。なぜだって? 簡単だよ。──なあコクリコ、あんたらこれを
「ほっほーう……」
コクリコは目を細めた。
「よくわかったにゃ。まさかいきなりバレるとは思わなかったにゃ」
「ふん、地球人バカにすんなってーの。弱者は弱者故に、頭を使って生きてんだよ」
「……妙子、どういうことだ?」
「しょうがない、説明してやるか」
妙子はニヒルに口元を歪めた。
8年前。
地球の各所にゲートが開き、無数の多元世界人が巷に溢れた。
虐殺、略奪。
混沌とした世界に秩序をもたらしたのが、
彼らはいくつかの取り決めをした。
相互不可侵。
外交・貿易を行う中立緩衝地帯としての地球の認定。
そしてもうひとつ──ゲートの管理。
ゲートはアメジストを思わせる紫色をしている。波打つ水面のように揺らぎうねり、常に形を変えている。
面積としてはおおよそ2500平方メートルぐらいで一定だが、形状が四角形になったり楕円になったりと落ちつかない。
誤ってゲートを踏み外した者は、圧力差でぶっ飛ばされる。
地球か向こうの世界のどちらかに、いずこかに、すさまじい速度で弾き出される。
地面や岩盤への激突。遥か高高度からの墜落。
初期にはそういった事故が何件もあった。
何人もの人が亡くなった。
初期の話だ。
今はもうない。
ゲートを安定させる技術を持った彼らが台頭することで、事故はゼロとなった。
彼ら──開門世界アーキア・ヴェルトラと、門の一族。
「やつらはゲートの使用に莫大な税金をかけた。ゲートという命脈を握ることで、多元世界代表者会議においても強力な発言権を得た。『嫁Tueee.net』だって同じことさ。あれにだって、アーキア・ヴェルトラの技術がふんだんに使われてる。わかるか? あたしたちは知らず知らずのうちに、やつらに貢物を贈らされてるんだぜ?」
「そんな……じゃあ俺たちは、利用されてるってことなのか……?」
俺は愕然とした。
あれだけ華やかで煌びやかで、夢がいっぱい詰まってる『嫁Tueee.net』に、そんな裏があったなんて……。
妙子は嘆息した。
「……ま、しかたないさ。弱肉強食だ。あたしたちにはどうしようもないことだった。わかっていても太刀打ちできることじゃなかった。最初から詰んでる。いや、
過去形で話す妙子。
コクリコは、我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。
「そのとーりにゃ。みゃーはこの閉塞した状況を打破するために来たのにゃ。放浪世界ノーマの次元渡りの秘術と、ペトラ・ガリンスゥに攫われた各世界各種族のエリート技師ばかりが集まったタタラ工房の技術。ふたつの総力を結集したのがこの船にゃ。量産して、全世界に売り出して、アーキア・ヴェルトラの独占状態を打ち崩すにゃ」
「……っ」
ぶるっと、唇が震えた。
「どうにゃ? 感動したにゃ? 震えんばかりにゃ? とってもラブリーでスイートな金魚にゃ?」
煽るようなコクリコの目も口調も、まったく気にならない。
「うん……感動した」
噛みしめるようにつぶやいた。
胸に熱いものがこみ上げた。
そうだ。
もしその試みが成功したならば、俺たちはもう、ゲートに縛られる必要が無い。
自由に互いの世界を行き来し、貿易を、外交を、
かつて地球にもあったあの時代のように。
俺たちは拡散し、発見し、開拓していく。
未開の地? 謎の海域? 宇宙の深淵?
そんな生易しいレベルじゃない。
次元すら超えて俺たちは、遥か彼方を駆け巡る──
──ドクン。
心臓が高鳴った。
「あ……やべ……っ」
身の内からこんこんと、妄想が湧き出てきた。
圧倒的な量のイメージの洪水が、脳内を荒れ狂った。
遠い世界の人々、景色。
見たことなんてないはずの様々な光景が、視覚と聴覚を塗りつぶしていく。
「タスク……?」
眩暈がした。
足元がふらついた。
体温が急速に冷えていく。
昔から、時々起こる現象だ。
興奮しすぎて、集中しすぎて、イメージがオーバーフローを起こす。
結果、自分の体が上手くコントロール出来なくなる。
「おいタスク……?」
シロが、心配そうに俺の顔をのぞき込んできた。
「旦那様……?」
御子神がこちらに駆けだそうとするのを、妙子が手で制した。
「待ってろ……すぐ……治まるから……」
かろうじて声を出した。
唇をぎゅっと噛んで、固く目を瞑って。
とにかくじっとしてた。
答えを返すまで、多少の時間が必要だった。