Interlude:Welcome to My House.

文字数 3,114文字

 ~~~古城一郎(こじょういちろう)~~~



 東北の片田舎、奥羽山脈の内懐に抱かれたその山は、斜面に巨大な鬼が手をついたような跡があることから、手形山と呼ばれていた。
 だが、一連の(カラミティ)戦乱における日本最大の激戦区となったことにより、以後まったく違う名称で呼ばれることになった。
 手形山クレーター、あるいは単にクレーター。
 
 直径400メートルにも及ぶすり鉢状の大穴は、今や平和な新生日本のシンボルとされていた。
 立派な道路や、クレーターを見下ろすための観光施設まで整備されている。

 かつての戦場を見下ろしながら楽しげに語らい、双眼鏡を覗き込みながら串焼きを頬張る。
 それはなんとも悪趣味で、皮肉な光景だと、古城は思う。 

「まあ、人の生き死にを食い()ちにしてるオレらのいうこっちゃねえんだが……」

「ちょっと先輩! ぶつぶつ言ってないで、ちょっとは手伝ってくださいよー!」

「うるせえ! てめえの荷物の世話ぐらいてめえでしろ!」

「えぇー、先輩優しくなーい、優しくなーい!」

「2泊3日の取材旅行に、なんでてめえはそんなどでかいスーツケース持って来てんだ! 記者なら記者らしく、軽荷軽装を心掛けろ!」

「女の子には女の子なりの準備があるんですー!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ奈々を無視すると、古城はさっさと歩きだした。

 奥羽本線の中ほどにある石神(いしがみ)駅──クレーターの最寄り駅は、いかにも東北の片田舎らしい、ひなびた駅だった。
 小さな駅舎にホームがふたつ。土産物屋が2軒、観光案内所が1軒。食堂が2軒。書店兼雑貨屋が1軒。
 タクシープールにタクシーが2台。
 石神温泉郷の最寄り駅なので、それでも他と比べれば発展しているほうではあるものの、東京生まれ東京育ちの古城には、最果て感がぬぐえない。 

 少ない人口、限られた職種、毎日の通勤通学にさえ多大な時間を割かなければなならない環境。
 寂しいホームにぽつんとたたずむセーラー服姿の奈々を想像したが、失敗した。

「……おまえ、よくこんなところで暮らしてられたな」

「ええぇー!? なんすかもうー! 田舎だと思ってバカにしてー! いいところじゃないっすかー!」

「たまに来るにはいいところ、ではあるけどな」

 地団駄踏んで悔しがる奈々をからかっていると、やがて1台のロールスロイスが目の前に止まった。

「おまえ……うちの者が迎えに来るってこれ……」

「そうっすよ! うちの番頭の田上(たがみ)っす!」

 運転席から降りて来たのは、50がらみの恰幅のいい男性だった。
 黒々とした髪をオールバックにしている。目つき鋭く、頬に刀傷のようなものが走っている。
 旅館の屋号──たかなし──を染め抜いた藍染半纏(あいぞめはんてん)を着ていなければ、その筋の人にしか見えない。

「おかえりなさいお嬢。……こちらの方が、例の?」

「そうっすよ! 奈々の先輩の古城さんっす!」

 奈々の説明を聞いた田上は古城のほうをちらりと見ると、深々と頭を下げた。

「お初にお目にかかりやす。あっしの名は田上。たかなしの番頭を務めさせていただいておりやす。古城さんとおっしゃるそうですね。遠路はるばるこんな田舎までご足労いただきまして、誠にありがとうごぜえやす」

「あ、いや……」

「お嬢の世話も大変でしょう。まず今日のところは、ゆっくり汗を流していただいて。てえしたもんじゃございやせんが、地元の酒肴も用意させておりやすんで、呑んで食って、日ごろの憂さを晴らしておくんなせえ」

「あ、はい。よろしくお願いします……」 
 
 仁義をきるような田上の挨拶に鼻白んでいる間に、奈々はさっさと後部座席に乗り込んでいた。
 自分のスーツケースは路上に放置したまま。
 あとは全部田上がやるということなのだろう。ナチュラルな労使関係が成立している。

「お嬢だお嬢だとは思ってたけど、こいつほんとにお嬢だったんだなあ……」

 複雑な感慨に浸っている古城の耳元に、田上が口を寄せた。

「……おいてめえ」
「ひぇっ?」

 さきほどまでのへりくだった態度とは180度異なるドスの利いた口調に、古城は思わず背筋を震わせた。

「古城とかいったな。お嬢のお気に入りだからって調子に乗るんじゃねえぞ?」

「や、オレは別に……」

「……調子に乗るんじゃねえぞ?」

「あ、はい」



「先輩いま、田上となに話してたんすか?」
 
 やつれた表情で車に乗り込んだ古城に体をくっ付けるようにして、隣の席の奈々が声をかけてきた。

「なんでもないですお嬢」

「なんで敬語なんすか!? いったいなにを話してたんすか!?

 がん、と何かに打たれたような表情をする奈々。
 ただの世間話だよと言葉を濁しながら、古城は流れゆく車窓の風景を眺めた。



 戦国時代よりも昔から使われていた湯治場だったという「たかなし」は、立派な温泉旅館だった。
 歴史を感じさせる構え、造り。
 従業員のしぐさや格好にいたるまで、しっとりと落ち着いたものだった。

 年増の仲居さんに部屋へ案内される道すがら、古城は奈々に聞いた。

「なあ奈々……ここの人たちって、みんな武道でもやってんのか?」

「えぇー? なんでっすかー?」

「や、だってさ。さっきの田上さんもそうだけど……従業員の人たち全員、変な迫力があるというか……」

 仲居さんですら、まったく隙が無い。
 後ろから襲いかかっても即座に投げ飛ばされそうな雰囲気がある。

「えぇー? そんなことないと思うっすけどねー?」

「建物自体も変に堅牢でさ、深い掘割に石垣に高い塀に……見方によってはなんというか、豪族の屋敷みたいな……。防衛機構が整ってるみたいな……」

「うちは昔からこの辺一帯を取り仕切る豪族でしたからね。そういう名残りがあるんすかね?」

「なるほど……」

 奈々はいまいちぴんと来ないという表情だが、古城はその一言で納得いった。
 小鳥遊家といえばいまや世界に名だたる一大コンツェルンだが、元は東北の田舎豪族だった。
 敵対勢力としのぎを削りながら生き延びて来た古い家系には、そういった名残りがあるところが多い。  
 襲撃を警戒しての防衛機構、伝統しての武道の習熟。
 奈々がそれらを知らないのは……まあ奈々だからだろう。

「のちほど女将が挨拶に伺いますので、それまでどうぞ、ごゆるりと」

 ふたりを案内すると、年増の仲居は微妙な笑みを残して立ち去った。

「おおー、けっこう広い部屋だなー」

 通されたのは20畳ほどの和室だった。
 庭園に面したデッキテラスがあり、ヒノキ製の露天風呂がついている。

「この大きさをひとりで使うとは贅沢な話だなあ」

 しみじみつぶやいていると、奈々がきょとんとした表情で古城を見た。

「ひとり?」

「ん?」

「奈々もここ使うっすよ?」

「ん? ……え? おまえとふたりで……ひとつの部屋で……?」

 色々とあらぬ想像をしてしまった古城は、思わずごくりと唾を呑みこんだ。
 
「いや、それは色々まずいだろ……」

 倫理的な問題を指摘しようとした古城の耳に、部屋の戸が開く音が飛び込んできた。

「あらお帰りなさい、奈々ちゃん! まーまーまー! こちらが未来のお婿さんの古城さん? まーまーまーまー! 苦味走ったいーい男じゃないのー!」

 えらくハイテンションの女将が、古城を見るなり歓声を上げた……。
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