「新たな関係!!」

文字数 4,576文字

 ~~~新堂助(しんどうたすく)~~~


 
 クロスアリアの官舎は、簡素な2階建ての建物だった。
 食堂と大浴場、共同トイレが1階と2階にひとつずつ。セリさんの部屋である寮官室以外に個室が20ある。
 個室の広さは8畳。それぞれ二段ベッドがついており、勉強机と椅子のセットも2つずつある。
 なんだか寮みたいな作りだなと思ってたらやっぱりその通りで、廃校になった学生寮を安値で買い叩いたらしかった。

 外観含め、大使館としてはどうなんだって話はさておき、国の買い物としては正しいスタイルだなと、妙子は得心したようにうなずいていた。
 
 それにそもそも、大使館としての一般業務はほとんどないそうだった。
 一般業務ってのはこの場合ケルンピア在住のクロスアリア人に対するもので、ビザの発行とか生命財産の保護とかで、国民がこの地にいない現状、まったく発生しない業務だった。

 なぜいないのかというと、それはもちろん高額なゲート使用料のためだ。
 ボンビーなクロスアリアにおいては、富裕層ですらも多元世界に渡ることが出来ないのが現状なのだ。
 
 そんな状態でセリさんに出来る仕事はほとんどなく、そのせいか、官舎は隅々まで実に綺麗に掃除されていた。

「うん、そっちはこのあとはセリさんと一緒に統制局に行って街頭宣伝の許可をもらいに行くって? 俺? 俺はさあ、こっちの女性雑誌にインタビューが載るらしくって、これから雑誌社に直行。西区北側の……そうそう、ほとんど宇宙港の近くだからさ、今夜はこっちに泊まるよ。うんそう、ガリオン号。どうせ明日も朝からテレビ局だろ? そうだな。そん時は一緒だな。え? 寝坊するなよって? 誰にもの言ってんだ。おまえこそ俺なしで……ああ? セリさんが……ああ……うん……わかった。じゃあな……」

 パイロットスーツの超高速通信機能を切ると、俺はハアとため息をついた。

 あれから──ケルンピアに着いてからの俺たちは、実に多忙な日々をおくっていた。

 クロスアリアの代表としての外交業務やガリオン号のパイロットとしての広報宣伝業務で、みんながみんな、ケルンピア中を飛び回ってた。
 とくにセリさんが張り切っていて、「やっと仕事らしい仕事が出来ますぅっ!」と喜びに満ちあふれた表情で、あれやこれやと大車輪の活躍を見せていた。
 
 俺に関して言うと、意外なことにひとりでの仕事のほうが多かった。

 それはたぶん、俺の特殊なポジションのせいだ。
 女性ばかりの『嫁Tueee.net』において、男性の参加者というのは本当に希少らしく、そういった観点からの取材が多かった。
 嫁のいないところでなら本音が出るのではという思惑もあるのだろう。


 その日俺は何本かのインタビューや写真撮影を終えたあと、すでにとっぷりと日が暮れていたので官舎に帰るのを諦めた。
 同じく夕食をとり損ねたコクリコと合流してパブに寄った。
 宇宙港近くのパブなので、パイロットスーツ姿でもウキはしなかった。
 他星系他人種だらけなので、ネコ耳生やしたコクリコですらも普通のほうだった。
 カウンター席に並んで座ると、適当に腹に溜まりそうなものを注文した。 

「どうしたにゃ? 元気ないのにゃ」

 俺のくたびれた様子に、コクリコが小首をかしげた。

「そりゃ元気もなくなるさ。地下鉄を使いエアバスを使い、時に足を棒にして歩き回り、帰りは毎日午前様。次の日も当然のように休めず、夜が明けきらぬうちに起床して、過酷な労働の繰り返し。どこの社畜だよって話だよ。俺まだ14歳だぞ?」

 さすがに愚痴りたくもなる。

「ま、それだけみんな、タスクさんに興味があるってことなのにゃ」

 コクリコは黒褐色の蜂蜜酒をちびちび舐めるように呑むと、尻尾が3つある魚のフライに美味そうに齧りついた。 
 むしゃむしゃ一気に食べきると、気に入ったのか、追加で4尾注文した。

「クロスアリアの『夫婦』は特殊なのにゃ。女性至上主義の『嫁Tueee.net』の中でも希少な男性参加者……まあ、パートナーとは言うけどにゃ、実際には男性上位男性主権の組み合わせで……」

「──女性を食い物にし、辱め、思うがままに扱う。破廉恥極まりない行為を強制し、『夫』として君臨する、だろ? 知ってるよ。そういったような主旨のことをさ、今日もさんざん言われたんだ。甘ったるい言葉で飾って誤魔化してはいたけどさ、たぶんあれって、そういうことだ」

 俺は3才の子供でも呑めるというサリア乳酒──ドロドロしたカルピスみたいな飲み物──をひと口呑んだ。
 もったり甘くて、クセになりそうな味だった。わずかにアルコールが入っているようだが、微アルコールの甘酒みたいなもんだろう。  

「マスコミってのはどこの世界でも変わらねえなと思ったよ。……いや、地球にいた時よりひどいかな?」

「こういうのは、遠く離れた国のほうがひどいこと書くものにゃ。どれだけセンセーショナルに書いても気づかれにくいし、耳に蓋もしやすいのにゃ」

 ネコ耳をぱたっと伏せておどけるコクリコ。

「……こういうの、やっぱ断れないんだよな……」

「断れば断ったで、もっとひどいことを書かれるだろうにゃ」

「……詰んでるなあ、マジで」

 コクリコの皿から魚のフライをもらおうと思ったら手を叩かれた。
 
「お姉さん、俺にも同じのちょーだい」

 緑色の肌をした禿頭のお姉さんが、「あーい」とやる気のない返事を返して寄こした。

「最近、ハーレム事情はどうなのにゃ?」

「あのね……もうちょっと言葉を選んでくれませんかね」

 横目でじろりとにらみつけるが、コクリコは気にしたそぶりもなく、蜂蜜酒と魚のフライの追加を注文した。 

「いまさら歯に衣着せてもしょうがないようなことにゃ」

「そうだけどさあ……」

 サリア乳酒を呑み干すと、追加を注文した。
 うん、クセになった。
 値段も安いし微アルコールだし、これならぐいぐいいっても大丈夫だろう。
 なんせ3才児でもいけるんだから、余裕余裕。

「アイドリング中……ってとこかな」

「おっと、微妙なフレーズなのにゃ」

 コクリコが興味深げに目を細めた。

「喰いつくなっつーの。ったく。面白いことなんかなにもないよ。ただなんにもしてないだけ。誰とも一緒に寝てもいないし、キスとかハグとか、そういったことも一切なし」

「セックスレス的なあれかにゃ?」

「はいそこ、口を慎む。俺たちまだ子供だから。かなーり際どい関係だけど、まだまだ子供だから」

「まあそのへんの解釈は任せるけどにゃ」

 にやにやするコクリコ。

地球(あっち)にいた時はさ、みんなで一緒に雑魚寝してたんだよ。俺とシロ、御子神と妙子で。妙な気分になることは……まあけっこうあったけど……。具体的にそういった行為に至るわけでも……まったくないわけでもないんだけど……」

 4人が仲良くなるための、かなり背徳的でエロティックな儀式。
 だけどこっちに来てから、そういったことは一切なくなった。
 官舎の個室の固定式の二段ベッドでは難しいといった事情もあるが、それ以上に……。

「シロがひとりで寝るって言い出した。御子神と妙子もそれに(なら)った、それだけだよ」

「ふんふん」

 コクリコはなるほどと大きくうなずいた。

「倦怠期にゃ。若夫婦によくあるやつにゃ」

「ちぇ、言ってくれるぜ、人の気も知らねえで……」

「まあまあまあ、そう言うにゃ。お姉さんのアドバイスをよく聞くにゃ」

 コクリコは、とろんとした目で俺を見た。
 あ、こいつ酔っぱらってる。

「おい酔っぱらいネコ、水飲め水」

「まあまあ聞くのにゃ。おそらくは、立場を思い出したってところだろうにゃ」

「あぁ、立場ぁ?」

「姫巫女としての立場。国の代表としての立場。わかるかにゃ。官舎の中はクロスアリアなのにゃ」

「……わかんねえな。どういうことだよ」

「セリ・ジェンナはクロスアリアの人にゃ。カヤ・メルヒと同じではあるけれど、微妙に違う立場の存在にゃ」

「……ふぅん?」

「シロの信奉者であることはたしかにゃ。だけどシロだけでもなかったはずにゃ。あの官舎は少なくとも1年以上前から大使館だった。セリ・ジェンナは1年以上前からここにいた。シロの先代のことも見ていた。その破滅をも(・ ・ ・ ・)また見ていた──」

「シロの……先代……?」

 ……そうだ、クロスアリアは負け続きだった。
 優秀な姉巫女たちの代わりがシロで、シロが俺と出会い、共に戦って、そこでようやく連敗は止まった。
 じゃあ、負けっぱなしだった姉巫女たちは、その後(・ ・ ・)どうなった(・ ・ ・ ・ ・)のだろう。
 たしかに俺は、そのへんのことを何もしらない。

「先代の『夫婦』の関係。あるいはもっと前の『夫婦』の関係。それを考えるなら、今までと同じようにいちゃいちゃは出来ない、そういうことなんじゃないのかにゃ?」

「なるほど……」

 わかるような気はする。
 カヤさんとシロは同じ村の出身で、仕事上の関係というよりは同胞意識が強い。
 一方、セリさんとは姫巫女になってからの関係で、だからシロとしては気を使う。仲の善し悪しはさておいてだ。

「……そういや、最近あいつらとも疎遠だな」

 御子神や妙子も、おそらくはコクリコと同じことに気づいて、俺から距離を置いているのだろう。

「難しいな……どうすりゃいいんだろう」

 髪をグシャグシャ掻きむしっていると、軽く肩をぶつけられた。
 え、と思って振り向くと、至近距離にコクリコの、アイドルみたいに可愛い顔があった。

「え」

 いつの間にかコクリコは、パイロットスーツをもろ肌脱ぎにしていた。
 黒いチューブトップをつけただけの上半身の赤銅色が、目に飛び込んできた。
 アルコールと香水と汗が、絶妙にブレンドされたような匂いがした。

「え?」

 いつの間にか、太ももに手を置かれていた。
 熱い吐息が頬にかかった。

「こういう時はにゃあ……」

 耳元で囁かれた。

「何も考えず、状況に流されるといいにゃ」

「な、何も考えず?」

 胸がドキドキする。 
 顔が……熱い。

「あれ、あれ、おかしいな。俺、なんか変だ……」
 
 コクリコに見つめられるとどぎまぎする。
 触られたところが燃えるようだ。

「なんで俺、こんな急に……?」

 カウンターの上に、たくさんの空のグラスが並んでいる。
 コクリコのほうもたいがいだが、問題は俺のほう。
 3才児でも大丈夫なサリア乳酒。
 それが5……10……15……。   

「俺、もしかしたら酒が……」

「にゃるほどお酒か……じゃあ、しょうが(・ ・ ・ ・)ない(・ ・)にゃあ……」
  
 俺のセリフを途中で遮るように、コクリコが唇を重ねてきた。
 酔いのせいもあってか、俺はそれを避けられず……。
 電流迸るような気持ちのよさに、ついつい身を委ねてしまった──
  
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