「始まりはシェバの店から!!」
文字数 5,142文字
~~~新堂助 ~~~
西区中央の大繁華街の裏路地にある「シェバの店」は、食堂とバーが一緒になったような、いわゆるバル的な店だ。
庶民的ないい店なんだけど、なじみ客が全員ケンカっぱやいのが玉にキズ。話が盛り上がりすぎた結果、殴り合いにまで発展することがよくあるんだ。
しかも誰も止めないの。
むしろみんなしてテキパキテーブルを片付けてさ、即席のリングを作って盛り上げるんだぜ? びっくりするだろ。
でもそれを上回るのが店側の対応でさ。
店員が表に出て客寄せを始めるの。黒板みたいなの持ち出して、何をするんだと思ったらトトカルチョ。
通りのあちこちからどんどん人が集まって来てさ、金銭や応援が嵐みたいに飛び交って、もう耳でも塞いでないと話が出来ないような状態になっちまう。
そんな喧騒の中、ホントにケルンピア人ってのはしょうがねえなあと思いながら、ガドックと差し向かいで呑んでた。
ガドック・ラッド。例のエアバスの運転手のおっちゃんだ。
種族は鷲頭人 、古めかしいパイロットスーツを着た、鷲頭の獣人と思ってくれればいい。
夜の街で偶然再会した俺たちはすっかり意気投合し、たびたびこうして夕食を共にする間柄になったんだ。
「そ……それで……そのあとはどうなったんだよ。おい……」
ガドックが震え声で聞いてきた。
「ガチャリってのは、ハッチが開いた音だろ? 状況からすると……」
「えーっと、うーん。そうなんだけど……どうすっかなー?」
答えをもったいぶる俺に、ガドックは血相を変えた。
「お……おいおいおい! おまえふざけんなよ!? そこまで話しておいて、続きはなしとか許さねえぞこら!」
「だーからさー、約束したじゃーん。ガドックが楽しめるような話を俺がしたらー、今夜の飲み食いはタダにしてくれるってー。俺ってお小遣い少ないからさー。これってけっこう死活問題なんだよねー。んでどうよ? タダになりそう? ならなそうだったらここでやめー」
俺が両手をクロスしてバッテンを作ると、ガドックは思いっきり舌打ちした。
「ちっ。ボウヤだボウヤだと思ってたが、冗談じゃねえ。なんて恐ろしいやつだ。この土壇場で交渉してくるとは……」
ガドックは戦慄したような声を出した。
「だが……くそっ、しかたねえか。さすがにその修羅場をどうくぐり抜けたかは、男として興味あるわ……」
「お、交渉成立?」
ガドックは悔しそうに瞑目した。
「……しかたねえ。どんどん食え」
「ひぃーやっはー! シェバさーん! ドラ豚の塩焼き特盛と、サリア乳酒ピッチャーでー!」
水色の髪の美人──シェバさんが、「はあーいっ」とカウンターの奥から手を振ってきた。
ケルンピアの衛星出身の彼女はこの店のオーナーだ。
フレンチカンカンみたいな格好をした能天気な口調のお姉さんで、歳は今年で30になるとかならないとか。
「すぅぐ持って行くから待ぁっててねー!」
チュバッチュバッと投げキッスをしてくるシェバさんのチャームポイントは、ずばり、大きな胸と子供っぽいしぐさだ。
胸をゆっさゆっさ揺らしながら目をぎゅーっとバッテンみたいに細くして微笑む姿には、年齢差なんてどうでもいいと思わせる何かがある。
シェバさんに両手を振り返した俺は、ウキウキした気分でガドックに向き直った。
「いやー、シェバさんは今夜も可愛いなー。ビューティホーっていうよりキュートだな。さすがガドックのオススメだけあるぜ。俺、ここの常連になってよかったわー」
「……ちぇ、調子に乗りやがって。馴染むの早すぎんだよおまえは」
「ひっひっひ。いいじゃんいいじゃん。褒めてるんだぜ? いい趣味してるってさ。ホント、連れてきてもらってよかったよ」
「あたぼうよ。ボウヤとは男としての年季が違わあ」
まんざらでもなさそうな顔で、ガドックは黒ビールのジョッキを傾けた。
「んーで? 続きだよ続き。さあどんとこい、ボウヤ」
「オッケーオッケー。ガチャリと開いたのはもちろんハッチの音だった。トントントーンと、そいつは軽快なステップでこちらに向かってきた」
「ご、ゴクリ……」
「その正体はぁー? ドドドドン、もちろんシロでしたー」
セルフでドラムロールをしながら正体を明かすと、ガドックは「うっひゃー」と目もとを手で覆った。
ちょいちょいリアクションデカいのは、どっちも酔っぱらっているからだ。
──そう、この前の一件で懲りればいいのに、俺はすっかり酒にはまっていた。
うん? 未成年なのにいいのかって?
大丈夫大丈夫、ケルンピアの成人は15だから。俺の誕生日はあと半年後。ほら、よゆーよゆー。はっぴーらっぴーごきげんよーう。
「本当だったらその朝はさ、シロたちとはテレビ局で合流するはずだったんだ。なのに直接船の方に来ちまった。まさに驚天動地、予想外の大事件ってやつでさ」
「んでんでんで? そん時おまえらどうなってたんだよ。タイミング的にもキツイだろ? パイロットスーツ着る暇なんてないはずだろ?」
「ドドドドン、もちろんなかった。その時俺らは一糸まとわぬ裸だったのだー」
「ひぇええー。おっかねえー」
ガドックは大げさに身を震わせた。
「そりゃもう駄目だ、おしまいだぁ。女と女が鉢合わせて大乱闘の始まりだぁ。な、そうだろ? そうだよな?」
俺はちっちっと指を振った。
「ふっふっふ……ガドックさんよ、この俺を舐めてもらっちゃあ困るなあ……」
「な、なんだその不敵な笑いは? だ、だけどよう……その状態でいったいどうやって……」
「まあまあ落ち着いてよく聞けよ? この危機を脱するためにまず俺は、パイロットスーツその他もろもろを、ベッドの下に蹴り込んだんだ」
「ほほうベッドの下に……。や、しかし人は? 人はどうしたんだ? 肝心のおまえらはどこに隠れたんだ?」
俺はアメリカンなしぐさで肩を竦めた。
「わかってねえなーガドックはー。いいか? 俺らまで隠れたら船内全域を捜索されるだろうが。そうすると、いつシロが戻って来るかわからないスリルと戦いながら着替えなけりゃならなくなる。慎重派の俺としては、それだけは絶対に避けたいところだった。ベストはさ、ベッドに横なって毛布をかぶって体だけを隠して、『着替えるから外で待っててくれよ』ってシロを部屋の外に追い出すことなんだ」
「なるほどな……ん? だけどそいつは……」
「そうだ。コクリコが問題だ。俺だけならまだしも、コクリコまでもそんな状態 なのはおかしいもんな。寝たふりをしてても起こされるだろうし。しかも実は……」
俺ではテーブルの上で手を組み、打ち明け話をするように声をひそめた。
「そん時のコクリコは気が動転してて、カチコチの棒立ちになってたんだ……」
「や……やべえじゃねえか! どうすんだよ! そのままひとりで立たせておくわけにもいかねぇだろ!?」
「そうさ。ひとつの綻 びがこの世の終わりを引き起こしかねないぎりぎりの状況だった。俺は考えた。着衣はすべてベッドの下にある。他にコクリコがここにいた形跡はない……てことはだぜ?」
「ってことは……!?」
ガドックはぐぐうっと身を乗り出した。
「簡単さ。最初から俺しかいなかったことにしちまえばいいんだ」
「だ、だっておまえ……そんなのどうやって……はっ、ま、まさか……!?」
ガドックは目をかっ開 いた。
「……気づいたようだな。そのとおりだ。俺はコクリコを抱き抱えてベッドに飛び込んだ。毛布をかぶせて俺だけ頭を出して、さも俺ひとりしかいなかったかのように振る舞ったんだ」
「お、おまえ……天才か!?」
「待て待て待てって、驚くのはまだ早い。それだけじゃなんてことない普通の話だ。なあガドック、互いに全裸で密着状態。男だったら もっと役得を狙いたいとは思わねえか? もっと気持ちのいいことしたいと思わねえか?」
「だ……だんだんおまえの考えがわかってきたぜ……。だがいいのか? そいつは神をも恐れぬ所業だ……」
「はっ、いまさらビビってんじゃねえよ。それこそここまで聞いてきたあんたならわかってるはずだ。俺は神なんか恐れねえ。その瞬間その瞬間を全力で生きてんだ」
ガドックはごくりと唾を呑み込んだ。
「うむむ……末恐ろしい奴……」
「くっくっくっ、地球のDTを舐めんなよガドック。さ、それより続きだ。どうするどうする? ここで聞くのをやめちまうか? 本当は聞きたいんだろう? 俺たちふたりが一つ毛布の中、どんな格好になってたのかをよ」
「き……聞きたい……」
「あぁ!? 聞こえねえなあガドックさんよお! 言いたいことがあんなら男らしくもっと大きな声でどうぞおー!?」
「聞きたい、聞きたい、聞きたい! 頼むから聞かせてくれえ!」
「ようし、教えてやらあ!」
「よっしゃ! やったぜ!」
俺たちは音高く掌を打ち合わせた。
「さあいくぞ! 答えは!」
「こ、答えは!?」
「の前に……シェバさーん、双頭ダコのアヒージョも追加ねー!」
「っかー! こんのやろー!」
もはやもったいぶるだけでもいいリアクションをとってくれるガドック。
エアバスに乗ってる時にも思ったけど、やっぱり気のいいおっさんだ。
「はぁあーい! ご注文の品、お届けに上がりやしたぁー!」
注文をテーブルまで届けてくれたシェバさんは俺を見て、
「あいかーらず元気いいねータスクさん! ホント、外国人とは思えないよ! ケルンピア人みたい!」
ズビシィッと、勢いよくサムズアップしてくれた。
「おう、ありがとよシェバさん! 愛してるぜー!?」
俺の投げキッスを、シェバさんはパン食い競争みたいなジェスチャーでもぐもぐキャッチしてくれた。
うーん、面白可愛いぜ。
一回り以上年上だけど、こういう嫁もいいかもな-、なんて思ってしまう。
と──
ガタン。
近くのテーブルの客が、備え付けの調味料のビンを倒した。
「あらあらあら、大丈夫ぅー?」
ダスターを持って駆けつけたシェバさんに、客はぼそぼそと小声で謝っている。
ひとり客のようだが、酔っぱらってでもいるのだろうか。
動きが妙にぎこちない。
「……なぁんかあの客、変じゃないか?」
「はぁ? なぁに言ってんだおまえぇ?」
俺はガドックに顔を近づけ、小声で囁いた。
「ふたつ向こうのテーブルの客さ。ほら、フードを被ったひとり客。さっき調味料倒した」
「あぁー?」
頭から足元までを覆う灰色のローブを着た小柄な男……女?
目深にかぶったフードのせいで、性別も年齢もわからない。
だけど明らかに変だった。
トカゲアンドチップスと黒ビールを頼んではいるが、どちらも全然減ってない。
食べたふり呑んだふりをしながら、フードの下からこちらを窺っている。
目が合うと、慌ててそらす。
吹けてない口笛を吹くようなしぐさをする。
「あー……たしかにこっち見てるな……。あれじゃないか? おまえがやかましいから気に障ったとか」
「ガドックも人のことは言えねえだろうが。つーかそれを言ったらこの店の客全員アウトだよ」
「違えねえ……だがよ、だとしても、だからなんだってんだよ。ただでさえおまえは有名人なんだから、気にする奴のひとりやふたりは出てくるだろうよ。むしろあれぐらいで普通じゃねえのか? 話しかけてサインでもしてやったらどうだ?」
「いや……たぶんあれはそういうんじゃねえ……」
あの格好、あのしぐさ……なるほど。
ティンときた、俺にはティンときたね。
「そうかそうか、そんなに俺に会いたかったか。さもありなんさもありなん」
肩を揺すって笑っていると、ガドックはぎょっとしたように身を引いた。
「な、なんだボウヤ。気でも触れたか?」
「バカ言え。俺はいつでも正気だぜ?」
「今までの話の流れのどこからそんな自信がわいてくるんだ……逆に怖えよ……」
「まあまあ聞けよガドック。今から俺の嫁のひとりを紹介してやるからさ?」
「は? おまえいったいどこへ行く気だ? おいちょっと? 話の続きは? よお、おーい! ふたりはベッドでどうなったんだよー!?」
西区中央の大繁華街の裏路地にある「シェバの店」は、食堂とバーが一緒になったような、いわゆるバル的な店だ。
庶民的ないい店なんだけど、なじみ客が全員ケンカっぱやいのが玉にキズ。話が盛り上がりすぎた結果、殴り合いにまで発展することがよくあるんだ。
しかも誰も止めないの。
むしろみんなしてテキパキテーブルを片付けてさ、即席のリングを作って盛り上げるんだぜ? びっくりするだろ。
でもそれを上回るのが店側の対応でさ。
店員が表に出て客寄せを始めるの。黒板みたいなの持ち出して、何をするんだと思ったらトトカルチョ。
通りのあちこちからどんどん人が集まって来てさ、金銭や応援が嵐みたいに飛び交って、もう耳でも塞いでないと話が出来ないような状態になっちまう。
そんな喧騒の中、ホントにケルンピア人ってのはしょうがねえなあと思いながら、ガドックと差し向かいで呑んでた。
ガドック・ラッド。例のエアバスの運転手のおっちゃんだ。
種族は
夜の街で偶然再会した俺たちはすっかり意気投合し、たびたびこうして夕食を共にする間柄になったんだ。
「そ……それで……そのあとはどうなったんだよ。おい……」
ガドックが震え声で聞いてきた。
「ガチャリってのは、ハッチが開いた音だろ? 状況からすると……」
「えーっと、うーん。そうなんだけど……どうすっかなー?」
答えをもったいぶる俺に、ガドックは血相を変えた。
「お……おいおいおい! おまえふざけんなよ!? そこまで話しておいて、続きはなしとか許さねえぞこら!」
「だーからさー、約束したじゃーん。ガドックが楽しめるような話を俺がしたらー、今夜の飲み食いはタダにしてくれるってー。俺ってお小遣い少ないからさー。これってけっこう死活問題なんだよねー。んでどうよ? タダになりそう? ならなそうだったらここでやめー」
俺が両手をクロスしてバッテンを作ると、ガドックは思いっきり舌打ちした。
「ちっ。ボウヤだボウヤだと思ってたが、冗談じゃねえ。なんて恐ろしいやつだ。この土壇場で交渉してくるとは……」
ガドックは戦慄したような声を出した。
「だが……くそっ、しかたねえか。さすがにその修羅場をどうくぐり抜けたかは、男として興味あるわ……」
「お、交渉成立?」
ガドックは悔しそうに瞑目した。
「……しかたねえ。どんどん食え」
「ひぃーやっはー! シェバさーん! ドラ豚の塩焼き特盛と、サリア乳酒ピッチャーでー!」
水色の髪の美人──シェバさんが、「はあーいっ」とカウンターの奥から手を振ってきた。
ケルンピアの衛星出身の彼女はこの店のオーナーだ。
フレンチカンカンみたいな格好をした能天気な口調のお姉さんで、歳は今年で30になるとかならないとか。
「すぅぐ持って行くから待ぁっててねー!」
チュバッチュバッと投げキッスをしてくるシェバさんのチャームポイントは、ずばり、大きな胸と子供っぽいしぐさだ。
胸をゆっさゆっさ揺らしながら目をぎゅーっとバッテンみたいに細くして微笑む姿には、年齢差なんてどうでもいいと思わせる何かがある。
シェバさんに両手を振り返した俺は、ウキウキした気分でガドックに向き直った。
「いやー、シェバさんは今夜も可愛いなー。ビューティホーっていうよりキュートだな。さすがガドックのオススメだけあるぜ。俺、ここの常連になってよかったわー」
「……ちぇ、調子に乗りやがって。馴染むの早すぎんだよおまえは」
「ひっひっひ。いいじゃんいいじゃん。褒めてるんだぜ? いい趣味してるってさ。ホント、連れてきてもらってよかったよ」
「あたぼうよ。ボウヤとは男としての年季が違わあ」
まんざらでもなさそうな顔で、ガドックは黒ビールのジョッキを傾けた。
「んーで? 続きだよ続き。さあどんとこい、ボウヤ」
「オッケーオッケー。ガチャリと開いたのはもちろんハッチの音だった。トントントーンと、そいつは軽快なステップでこちらに向かってきた」
「ご、ゴクリ……」
「その正体はぁー? ドドドドン、もちろんシロでしたー」
セルフでドラムロールをしながら正体を明かすと、ガドックは「うっひゃー」と目もとを手で覆った。
ちょいちょいリアクションデカいのは、どっちも酔っぱらっているからだ。
──そう、この前の一件で懲りればいいのに、俺はすっかり酒にはまっていた。
うん? 未成年なのにいいのかって?
大丈夫大丈夫、ケルンピアの成人は15だから。俺の誕生日はあと半年後。ほら、よゆーよゆー。はっぴーらっぴーごきげんよーう。
「本当だったらその朝はさ、シロたちとはテレビ局で合流するはずだったんだ。なのに直接船の方に来ちまった。まさに驚天動地、予想外の大事件ってやつでさ」
「んでんでんで? そん時おまえらどうなってたんだよ。タイミング的にもキツイだろ? パイロットスーツ着る暇なんてないはずだろ?」
「ドドドドン、もちろんなかった。その時俺らは一糸まとわぬ裸だったのだー」
「ひぇええー。おっかねえー」
ガドックは大げさに身を震わせた。
「そりゃもう駄目だ、おしまいだぁ。女と女が鉢合わせて大乱闘の始まりだぁ。な、そうだろ? そうだよな?」
俺はちっちっと指を振った。
「ふっふっふ……ガドックさんよ、この俺を舐めてもらっちゃあ困るなあ……」
「な、なんだその不敵な笑いは? だ、だけどよう……その状態でいったいどうやって……」
「まあまあ落ち着いてよく聞けよ? この危機を脱するためにまず俺は、パイロットスーツその他もろもろを、ベッドの下に蹴り込んだんだ」
「ほほうベッドの下に……。や、しかし人は? 人はどうしたんだ? 肝心のおまえらはどこに隠れたんだ?」
俺はアメリカンなしぐさで肩を竦めた。
「わかってねえなーガドックはー。いいか? 俺らまで隠れたら船内全域を捜索されるだろうが。そうすると、いつシロが戻って来るかわからないスリルと戦いながら着替えなけりゃならなくなる。慎重派の俺としては、それだけは絶対に避けたいところだった。ベストはさ、ベッドに横なって毛布をかぶって体だけを隠して、『着替えるから外で待っててくれよ』ってシロを部屋の外に追い出すことなんだ」
「なるほどな……ん? だけどそいつは……」
「そうだ。コクリコが問題だ。俺だけならまだしも、コクリコまでも
俺ではテーブルの上で手を組み、打ち明け話をするように声をひそめた。
「そん時のコクリコは気が動転してて、カチコチの棒立ちになってたんだ……」
「や……やべえじゃねえか! どうすんだよ! そのままひとりで立たせておくわけにもいかねぇだろ!?」
「そうさ。ひとつの
「ってことは……!?」
ガドックはぐぐうっと身を乗り出した。
「簡単さ。最初から俺しかいなかったことにしちまえばいいんだ」
「だ、だっておまえ……そんなのどうやって……はっ、ま、まさか……!?」
ガドックは目をかっ
「……気づいたようだな。そのとおりだ。俺はコクリコを抱き抱えてベッドに飛び込んだ。毛布をかぶせて俺だけ頭を出して、さも俺ひとりしかいなかったかのように振る舞ったんだ」
「お、おまえ……天才か!?」
「待て待て待てって、驚くのはまだ早い。それだけじゃなんてことない普通の話だ。なあガドック、互いに全裸で密着状態。
「だ……だんだんおまえの考えがわかってきたぜ……。だがいいのか? そいつは神をも恐れぬ所業だ……」
「はっ、いまさらビビってんじゃねえよ。それこそここまで聞いてきたあんたならわかってるはずだ。俺は神なんか恐れねえ。その瞬間その瞬間を全力で生きてんだ」
ガドックはごくりと唾を呑み込んだ。
「うむむ……末恐ろしい奴……」
「くっくっくっ、地球のDTを舐めんなよガドック。さ、それより続きだ。どうするどうする? ここで聞くのをやめちまうか? 本当は聞きたいんだろう? 俺たちふたりが一つ毛布の中、どんな格好になってたのかをよ」
「き……聞きたい……」
「あぁ!? 聞こえねえなあガドックさんよお! 言いたいことがあんなら男らしくもっと大きな声でどうぞおー!?」
「聞きたい、聞きたい、聞きたい! 頼むから聞かせてくれえ!」
「ようし、教えてやらあ!」
「よっしゃ! やったぜ!」
俺たちは音高く掌を打ち合わせた。
「さあいくぞ! 答えは!」
「こ、答えは!?」
「の前に……シェバさーん、双頭ダコのアヒージョも追加ねー!」
「っかー! こんのやろー!」
もはやもったいぶるだけでもいいリアクションをとってくれるガドック。
エアバスに乗ってる時にも思ったけど、やっぱり気のいいおっさんだ。
「はぁあーい! ご注文の品、お届けに上がりやしたぁー!」
注文をテーブルまで届けてくれたシェバさんは俺を見て、
「あいかーらず元気いいねータスクさん! ホント、外国人とは思えないよ! ケルンピア人みたい!」
ズビシィッと、勢いよくサムズアップしてくれた。
「おう、ありがとよシェバさん! 愛してるぜー!?」
俺の投げキッスを、シェバさんはパン食い競争みたいなジェスチャーでもぐもぐキャッチしてくれた。
うーん、面白可愛いぜ。
一回り以上年上だけど、こういう嫁もいいかもな-、なんて思ってしまう。
と──
ガタン。
近くのテーブルの客が、備え付けの調味料のビンを倒した。
「あらあらあら、大丈夫ぅー?」
ダスターを持って駆けつけたシェバさんに、客はぼそぼそと小声で謝っている。
ひとり客のようだが、酔っぱらってでもいるのだろうか。
動きが妙にぎこちない。
「……なぁんかあの客、変じゃないか?」
「はぁ? なぁに言ってんだおまえぇ?」
俺はガドックに顔を近づけ、小声で囁いた。
「ふたつ向こうのテーブルの客さ。ほら、フードを被ったひとり客。さっき調味料倒した」
「あぁー?」
頭から足元までを覆う灰色のローブを着た小柄な男……女?
目深にかぶったフードのせいで、性別も年齢もわからない。
だけど明らかに変だった。
トカゲアンドチップスと黒ビールを頼んではいるが、どちらも全然減ってない。
食べたふり呑んだふりをしながら、フードの下からこちらを窺っている。
目が合うと、慌ててそらす。
吹けてない口笛を吹くようなしぐさをする。
「あー……たしかにこっち見てるな……。あれじゃないか? おまえがやかましいから気に障ったとか」
「ガドックも人のことは言えねえだろうが。つーかそれを言ったらこの店の客全員アウトだよ」
「違えねえ……だがよ、だとしても、だからなんだってんだよ。ただでさえおまえは有名人なんだから、気にする奴のひとりやふたりは出てくるだろうよ。むしろあれぐらいで普通じゃねえのか? 話しかけてサインでもしてやったらどうだ?」
「いや……たぶんあれはそういうんじゃねえ……」
あの格好、あのしぐさ……なるほど。
ティンときた、俺にはティンときたね。
「そうかそうか、そんなに俺に会いたかったか。さもありなんさもありなん」
肩を揺すって笑っていると、ガドックはぎょっとしたように身を引いた。
「な、なんだボウヤ。気でも触れたか?」
「バカ言え。俺はいつでも正気だぜ?」
「今までの話の流れのどこからそんな自信がわいてくるんだ……逆に怖えよ……」
「まあまあ聞けよガドック。今から俺の嫁のひとりを紹介してやるからさ?」
「は? おまえいったいどこへ行く気だ? おいちょっと? 話の続きは? よお、おーい! ふたりはベッドでどうなったんだよー!?」