「空飛ぶタクシーと変化の兆し!!」
文字数 3,758文字
~~~新堂助 ~~~
ケルンピアの街は、グレダ運河を挟んで東西2区に別れている。
両区は可動式の運河橋20本で結ばれており、それらは交通の大動脈であると同時に東西の文化の交点でもある。
1億5千万人の織り成す巨大な商圏はその運河橋付近から生じており、交通渋滞も激しいものとなっている。夕飯時の今だと、そこを通過するだけで2時間以上はかかるだろうとのことだった。
俺たちのいる宇宙港は西区北側にあり、クロスアリアの官舎は東区南側、ちょうど対角線上に位置している。
まっすぐ行くか大迂回していくか、いずれにしても地上ルートはいばらの道だ。
ここで普通考えるのは、それ以外の交通機関だろう。
ケルンピアの鉄道は港と行き来する貨物専用のものしかない。
人が乗るのは地下鉄のみで、都市全土に路線網が張り巡らされている。時間効率を考えるなら当然こっちだ。
だけど残念、そいつは選べないんだ。
だって、考えてもみてほしい。
鳴り物入りで宇宙港に着陸した俺たちが、荷物を抱えていそいそと地下鉄の駅に向かう姿を。満員車両に押し込まれ、押し合いへし合いする様を。
な?
選べない選べない。無理無理。
ということでタクシーの出番なわけだが、セリさんが交通事情を鑑 み、特別なタクシーを手配してくれた。
反重力推進機関搭載。タイヤのついてない、8人乗りの空飛ぶタクシー──エアバスだ。
「おおおー! 映画で見たやつだ! ブレードスピナーだ! いや、あれにはタイヤついてたっけ!?」
「ふぉおおおー!? なんじゃこれ!? かぁぁぁーっこよいのぉおおおおおー!?」
シロとふたりで全力で盛り上がっていると、運転席の窓が開き、頬に傷持つ鷲頭人 ──二足歩行する鷲頭の獣人──のおっちゃんが顔を覗かせた。
「おう、とっと乗んなガキども。アホ面してるとてめえらだけ置いてくぞ」といかにも男くさいセリフを吐いた。
俺とシロは慌てて乗り込み……だから気がつかなかった。
セリさんが口元を押さえ、「ごめんなさい、シロ様……」と謎の懺悔を口にしていたことと。
車体下部を分厚く覆うゴムクッションや、いたるところについた傷の量に眉をひそめた妙子が、何事かおっちゃんと言い争っていたことに。
エアバスに乗り込んだ瞬間、ふたりの行動の意味がわかった。
わかった時には遅かった。
「地上人 どもはノロマでいけねえ。星間人 の心意気を見せてやるぜ」
おっちゃんは、渋みがかった台詞と同時に思い切りアクセルを踏み込んだ。
瞬間。
強烈なGが俺たちを襲った。
「うおぅっ!?」
後部座席に座っていた俺は思わず声を上げ、
「やっぱり こういうのかよっ……!?」
妙子が俺の肘に抱き付き、
「……っ!?」
御子神が唇を噛みながら俺の腿に手を置き、
「ぴゃああああああっ!?」
シロが正面から俺に抱き付いてきて悲鳴を上げた。
4人、ひと塊になってシートに押しつけられた。
前部座席の3人はまったく平気な様子で、思い思いに振る舞っている。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、シロ様ごめんなさいっ。エアバスの運転手は退役軍人とか元宇宙船乗りとかが多くてっ。どいつもこいつもこんな人ばっかりなんですっ。黙ってたわたしをお許しください……ああっ、でも泣いてる姿も可愛い……っ。ソー・キュートッ」
シートの背中越しにこちらを覗き込んでいるセリさん。
「おっちゃんなかなか美味しそうな毛並みしてるにゃ……。ちょっと齧 らせてくれないかにゃ……?」
コクリコはよだれを垂らしながら、おっちゃんの後頭部を眺めている。
「……ひと齧りでもしたら、あなたをネコの丸焼きにしますよ?」
カヤさんの掌で、バチバチと紫電が弾けている。
「うへえ……さすが多元世界人、すげえ対応力だなあ、それとも慣れてんのかな?」
などとつぶやきながら3人をあやすうちに、俺もいつの間にか慣れていた。
車窓の風景を楽しむ余裕が出てきた。
無数の電飾やレーザー光線に彩られたケルンピアの夜。
何百何千という数の超高層ビルの間をすり抜けるように、エアバスは空を飛んだ。
飛んでいるのはエアバスだけではなかった。自家用のもあったし、スポーツタイプのもあった。大型のエアバスに乗客がごっそり詰まっているのも見かけた。
信号や道路標識も浮揚していた。法定速度と同時に法定高度もあり、それらは1枚の標識に上下二分割で記されていた。
道を分ける光の導線──色合いからグリーンラインと呼ばれる──も存在しており、空飛ぶ車はその上を走らなければならないはずなのだが、おっちゃんはそんなものどこ吹く風とばかりに好き勝手に走った。
「大丈夫かよおっちゃん!? 主に道交法的な意味で!」
「ああー!? 知るかんなもん! 星間人に地上人の法を押し付けるんじゃねえよ!」
「いやおかしいだろ! 地上にいるからにゃ地上人だろ! 法律守れよ!」
「あー!? てめえのリンガード語は聞き取りづらくていけねえな、何言ってるかさっぱりわかんねえや!」
「いまさっきまでバリバリ通じてたじゃねえか! ずりいぞおっちゃん!」
俺が反論すると、おっちゃんは機嫌良さそうに笑った。
「あーっはっは! 初めてにしちゃイキのいいボウヤだな! だがよ、こっからさらに荒れるぜ!? ションベンちびらねえよう金タマしっかり掴んでな!」
「はあ? だぁれがそんなこと……ってうぉおおおお!?」
宣言通り、運転はさらに荒くなった。
急カーブ急発進急浮上急下降、追い越し割り込みなんでもあり。
何度か車にぶつかったが、明らかに加害者であるにも関わらずおっちゃんは、「ちんたら走ってんじゃねえ! 殺すぞ!」と窓を開けて怒鳴り散らしていた。
「今ぶつかった! 今ぶつかった! またぶつかった! ぶつかったってばおっちゃん!」
「はん、腕も度胸もねえ奴が船に乗るなってんだ! 命があるだけ感謝しな!」
「ひっでえ! 警察の取り締まりとか怖くねえのかよ!」
「ポリ公が恐くて船乗りが出来るか!」
「ダメだ、やっぱり言葉が通じてねえ!」
「あーはっはっは!」
やがてエアバスは高度を下げ、官舎の前に止まった。
地下鉄ですら1時間半はかかろうってところを、驚異の50分切り。
その分乗員へのダメージは大きく、シロたちは完全にグロッキーになっていた。
「し、死ぬ……」
妙子の顔は真っ青で、
「小山、着いたぞ。しっかりしろ。おい、歩けるか?」
声をかける御子神の足も震えてる。
「地面が揺れりゅうううー……」
酔っ払いみたいにふらついているシロを、転ばないように抱きとめてやろうとしていたら……。
「おーいボウヤ」
おっちゃんが話しかけてきた。
振り向くと、エアバスはすでに回頭し、わずかに宙に浮いていた。
「用があったらまた呼びな。コールに反応ない時ゃシェバの店で呑んでるからそっちへ来な。ボウヤが興味あんなら、若い頃のオレの武勇伝を聞かせてやるからよ」
「へいへい、気が向いたらな」
適当に返した俺の返事が聞こえたかどうかはわからないが、エアバスは出発時と同じように炎の尾を引いて急発進し、あっという間に空の彼方に消え去った。
「……ったく、騒々しいおっちゃんだぜ」
呆れてため息をついていると、シロの体が視界をよぎった。
もはや千鳥足なんてレベルじゃない。ぐわんぐわんと、フィギュアスケートの選手みたいに回転している。
「おおっと、危ね……っ」
慌てて差し伸べた手は、しかしむなしく空を切った。
俺より先に、セリさんが回転するシロを捕まえていた。
「ふ……っ」
渾身のドヤ顔で、セリさんは俺を見た。
「ううぅ~、タスクぅ~……?」
いつものように俺が助けてくれたと思いこんでいるシロに、「セリですよっ。あなたの忠臣セリが助けたんですよっ」と、ここぞとばかりにアピールしていくセリさん。
「セリぃ~……?」
「そうです。これを機に、もうあんなノロマの役立たずのことは忘れてしまいましょう。これからは四六時中、このセリがお供いたしますから。万難を排し、シロ様をお助けいたしますから。何とぞ、何とぞこのセリをお側にっ」
意識朦朧としたシロに、洗脳するみたいに繰り返すセリさん。
「あの……セリさん?」
声をかけると、セリさんはシロを俺の視界から隠すように抱き変えた。
「にぃ~……」っと、あざ笑うかのような表情を浮かべながら、官舎の中に消えていった。
ズキン。
「あ……れ……?」
いつの間にかみんな、官舎の中に入っていた。
ひとり取り残された俺は、ふと生じた胸の痛みに戸惑った。
「なにこれ、なんだこれ……」
セリさんに対して嫉妬してる?
シロをとられたみたいで?
まさか、そんなことはないと思うんだけど……。
ケルンピアの街は、グレダ運河を挟んで東西2区に別れている。
両区は可動式の運河橋20本で結ばれており、それらは交通の大動脈であると同時に東西の文化の交点でもある。
1億5千万人の織り成す巨大な商圏はその運河橋付近から生じており、交通渋滞も激しいものとなっている。夕飯時の今だと、そこを通過するだけで2時間以上はかかるだろうとのことだった。
俺たちのいる宇宙港は西区北側にあり、クロスアリアの官舎は東区南側、ちょうど対角線上に位置している。
まっすぐ行くか大迂回していくか、いずれにしても地上ルートはいばらの道だ。
ここで普通考えるのは、それ以外の交通機関だろう。
ケルンピアの鉄道は港と行き来する貨物専用のものしかない。
人が乗るのは地下鉄のみで、都市全土に路線網が張り巡らされている。時間効率を考えるなら当然こっちだ。
だけど残念、そいつは選べないんだ。
だって、考えてもみてほしい。
鳴り物入りで宇宙港に着陸した俺たちが、荷物を抱えていそいそと地下鉄の駅に向かう姿を。満員車両に押し込まれ、押し合いへし合いする様を。
な?
選べない選べない。無理無理。
ということでタクシーの出番なわけだが、セリさんが交通事情を
反重力推進機関搭載。タイヤのついてない、8人乗りの空飛ぶタクシー──エアバスだ。
「おおおー! 映画で見たやつだ! ブレードスピナーだ! いや、あれにはタイヤついてたっけ!?」
「ふぉおおおー!? なんじゃこれ!? かぁぁぁーっこよいのぉおおおおおー!?」
シロとふたりで全力で盛り上がっていると、運転席の窓が開き、頬に傷持つ
「おう、とっと乗んなガキども。アホ面してるとてめえらだけ置いてくぞ」といかにも男くさいセリフを吐いた。
俺とシロは慌てて乗り込み……だから気がつかなかった。
セリさんが口元を押さえ、「ごめんなさい、シロ様……」と謎の懺悔を口にしていたことと。
車体下部を分厚く覆うゴムクッションや、いたるところについた傷の量に眉をひそめた妙子が、何事かおっちゃんと言い争っていたことに。
エアバスに乗り込んだ瞬間、ふたりの行動の意味がわかった。
わかった時には遅かった。
「
おっちゃんは、渋みがかった台詞と同時に思い切りアクセルを踏み込んだ。
瞬間。
強烈なGが俺たちを襲った。
「うおぅっ!?」
後部座席に座っていた俺は思わず声を上げ、
「
妙子が俺の肘に抱き付き、
「……っ!?」
御子神が唇を噛みながら俺の腿に手を置き、
「ぴゃああああああっ!?」
シロが正面から俺に抱き付いてきて悲鳴を上げた。
4人、ひと塊になってシートに押しつけられた。
前部座席の3人はまったく平気な様子で、思い思いに振る舞っている。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、シロ様ごめんなさいっ。エアバスの運転手は退役軍人とか元宇宙船乗りとかが多くてっ。どいつもこいつもこんな人ばっかりなんですっ。黙ってたわたしをお許しください……ああっ、でも泣いてる姿も可愛い……っ。ソー・キュートッ」
シートの背中越しにこちらを覗き込んでいるセリさん。
「おっちゃんなかなか美味しそうな毛並みしてるにゃ……。ちょっと
コクリコはよだれを垂らしながら、おっちゃんの後頭部を眺めている。
「……ひと齧りでもしたら、あなたをネコの丸焼きにしますよ?」
カヤさんの掌で、バチバチと紫電が弾けている。
「うへえ……さすが多元世界人、すげえ対応力だなあ、それとも慣れてんのかな?」
などとつぶやきながら3人をあやすうちに、俺もいつの間にか慣れていた。
車窓の風景を楽しむ余裕が出てきた。
無数の電飾やレーザー光線に彩られたケルンピアの夜。
何百何千という数の超高層ビルの間をすり抜けるように、エアバスは空を飛んだ。
飛んでいるのはエアバスだけではなかった。自家用のもあったし、スポーツタイプのもあった。大型のエアバスに乗客がごっそり詰まっているのも見かけた。
信号や道路標識も浮揚していた。法定速度と同時に法定高度もあり、それらは1枚の標識に上下二分割で記されていた。
道を分ける光の導線──色合いからグリーンラインと呼ばれる──も存在しており、空飛ぶ車はその上を走らなければならないはずなのだが、おっちゃんはそんなものどこ吹く風とばかりに好き勝手に走った。
「大丈夫かよおっちゃん!? 主に道交法的な意味で!」
「ああー!? 知るかんなもん! 星間人に地上人の法を押し付けるんじゃねえよ!」
「いやおかしいだろ! 地上にいるからにゃ地上人だろ! 法律守れよ!」
「あー!? てめえのリンガード語は聞き取りづらくていけねえな、何言ってるかさっぱりわかんねえや!」
「いまさっきまでバリバリ通じてたじゃねえか! ずりいぞおっちゃん!」
俺が反論すると、おっちゃんは機嫌良さそうに笑った。
「あーっはっは! 初めてにしちゃイキのいいボウヤだな! だがよ、こっからさらに荒れるぜ!? ションベンちびらねえよう金タマしっかり掴んでな!」
「はあ? だぁれがそんなこと……ってうぉおおおお!?」
宣言通り、運転はさらに荒くなった。
急カーブ急発進急浮上急下降、追い越し割り込みなんでもあり。
何度か車にぶつかったが、明らかに加害者であるにも関わらずおっちゃんは、「ちんたら走ってんじゃねえ! 殺すぞ!」と窓を開けて怒鳴り散らしていた。
「今ぶつかった! 今ぶつかった! またぶつかった! ぶつかったってばおっちゃん!」
「はん、腕も度胸もねえ奴が船に乗るなってんだ! 命があるだけ感謝しな!」
「ひっでえ! 警察の取り締まりとか怖くねえのかよ!」
「ポリ公が恐くて船乗りが出来るか!」
「ダメだ、やっぱり言葉が通じてねえ!」
「あーはっはっは!」
やがてエアバスは高度を下げ、官舎の前に止まった。
地下鉄ですら1時間半はかかろうってところを、驚異の50分切り。
その分乗員へのダメージは大きく、シロたちは完全にグロッキーになっていた。
「し、死ぬ……」
妙子の顔は真っ青で、
「小山、着いたぞ。しっかりしろ。おい、歩けるか?」
声をかける御子神の足も震えてる。
「地面が揺れりゅうううー……」
酔っ払いみたいにふらついているシロを、転ばないように抱きとめてやろうとしていたら……。
「おーいボウヤ」
おっちゃんが話しかけてきた。
振り向くと、エアバスはすでに回頭し、わずかに宙に浮いていた。
「用があったらまた呼びな。コールに反応ない時ゃシェバの店で呑んでるからそっちへ来な。ボウヤが興味あんなら、若い頃のオレの武勇伝を聞かせてやるからよ」
「へいへい、気が向いたらな」
適当に返した俺の返事が聞こえたかどうかはわからないが、エアバスは出発時と同じように炎の尾を引いて急発進し、あっという間に空の彼方に消え去った。
「……ったく、騒々しいおっちゃんだぜ」
呆れてため息をついていると、シロの体が視界をよぎった。
もはや千鳥足なんてレベルじゃない。ぐわんぐわんと、フィギュアスケートの選手みたいに回転している。
「おおっと、危ね……っ」
慌てて差し伸べた手は、しかしむなしく空を切った。
俺より先に、セリさんが回転するシロを捕まえていた。
「ふ……っ」
渾身のドヤ顔で、セリさんは俺を見た。
「ううぅ~、タスクぅ~……?」
いつものように俺が助けてくれたと思いこんでいるシロに、「セリですよっ。あなたの忠臣セリが助けたんですよっ」と、ここぞとばかりにアピールしていくセリさん。
「セリぃ~……?」
「そうです。これを機に、もうあんなノロマの役立たずのことは忘れてしまいましょう。これからは四六時中、このセリがお供いたしますから。万難を排し、シロ様をお助けいたしますから。何とぞ、何とぞこのセリをお側にっ」
意識朦朧としたシロに、洗脳するみたいに繰り返すセリさん。
「あの……セリさん?」
声をかけると、セリさんはシロを俺の視界から隠すように抱き変えた。
「にぃ~……」っと、あざ笑うかのような表情を浮かべながら、官舎の中に消えていった。
ズキン。
「あ……れ……?」
いつの間にかみんな、官舎の中に入っていた。
ひとり取り残された俺は、ふと生じた胸の痛みに戸惑った。
「なにこれ、なんだこれ……」
セリさんに対して嫉妬してる?
シロをとられたみたいで?
まさか、そんなことはないと思うんだけど……。