「絶刀・神来!!」

文字数 4,363文字

 ~~~九骸流星(くがいりゅうせい)~~~



「ならばこちらも、最大の技で仕留めてやろう……」

 刀の切っ先を天頂に向けた。

「地より生ずる。荒ぶり叫ぶ……」

 返り血で朱に染まった顔でつぶやくは、神語(かみがた)りにも似た(まじな)いの言葉。この地の霊性神気にアクセスし、合力を得るための儀式。

()の姿は龍に似る。うねり(たか)ぶり吹きすさぶ……」
 
 直後、ヒヒイロカネの刀身が青白く輝いた。鶺鴒(せきれい)の尾のように激しく振動した。

「汝、万象心(ばんしょうこころ)せよ。我は風、無敵の刃。天辺水底(てんぺんすいてい)(ことごと)く斬り裂くものなり──」

 気迫が、殺気が、庭を嵐のように吹き荒れた。

絶刀(ぜっとう)──」

 前足の膝から力を抜いた。
 体の前傾を推進力に変え、滑るように前に出した。
 すかさず後ろ足を引きつけた。

 飛ぶのでもなく、蹴るのでもない。
 現代スポーツの理に反した、古伝の歩法。
 陰陽の足運び。

神来(かむらい)

 前足の着地の後、後ろ足の着地の前。
 陰陽切り替わる狭間の瞬間に、暗雲を割って陽光がこぼれ出るように、大上段から斬りつけた。
 何事かわめきながら向かって来たハイデンを、頭から股下まで斬り裂いた。

 そしてなおも、止まらなかった。

 切っ先から迸り出た霊光が、弧状のエネルギー(かい)となって地を駆けた。
 玉砂利や土砂を巻き上げながら庭を横断した。
 瓦塀を玩具のように破砕し、さらに向こう側へと突き抜けた。
 駐車場のアスファルトを砕き、木立へと分け入った。
 山土を抉り、頑丈に絡み合った木の根を断ち斬り大岩を断ち割り……百メートルも駆け抜けて、ようやく止まった。

 大音響、大破壊。
 まさに神の降臨したが如き猛威──。




『………………』

 しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。
 主の戦いを見守っていた側仕えたちも。

 薄暗い木立の奥から。
 遠く離れた山の上から。
 遥か衛星軌道上から。
 様々な場所から、冷徹な目で戦いの趨勢を窺っていた観察者たちですら、立ち直るのに時間を要した。
 
 それほどに圧倒的な一撃だった。
 

「ジーザス……っ」
「……おい、見たか? ありゃあ神か悪魔か……」
「代替わりしても、なお一刀(いっとう)は壮健か……」
「アルファリーダーより本部へ報告。ペトラ・ガリンスゥが討たれた。30名、全滅だ」
「蹂躙だ。手もなくひねられた」
「へ? 仕掛けないんで?」
「バカか。刀の錆になりたけりゃてめえひとりでいけよ」
「スコア報告。瞬間最大値……8700? ……おい、間違いじゃないのか? これ…」
「……戦力の再計算が必要だ。ただちに帰投する。オーバー?」

 木立の中に、複数の声がこだまする。
 いくつもの言語が、思惑が飛び交う。

 各国の特殊部隊、諜報機関、秘密結社。
 機械化歩兵、生体兵器、術者、能力者、魔法使い。
 地球上の唯一無二を目指す者たち。

 彼らは代替わりした一刀の能力を推し量るためにこの地に来た。
 (カラミティ)の戦乱の中、多くの有力な剣士を失ったかの家が、多元世界人相手にどこまで出来るのか。至近距離で観察しに来た。
 凋落の度合いによっては、乱に乗じて仕掛けるつもりすらあったのだが……。


「……来ぬか、腑抜け共」

 しばらく待ったが、動きはない。
 予想以上の一撃を見た彼らは、どうやら撤退を決めたようだ。
 今仕掛けるは得策でないと判断した。

「……さてもうらめしや。今日はこれにて店じまい、とはな……」

 刀の峰でトントンと肩を叩いた。
 木立の向こうに潜んでいた強力な術者たちが、手の届かないところに行ってしまったのが悔しい。
 こちらから仕掛けようにも、追い足がないのが口惜しい。

「……そもそもの鍛えが足りんのだ、小娘。体力が足りん。団十(だんじゅう)駒坂(こまさか)なら、もう少しは戦えたぞ? まあ、あんな汗臭い男どもと組む気にはなれんが……」

 ぶつぶつ、ぐちぐち……。

 その目はなおも好戦的な光を放っていたが、宿り木たる(ゆずりは)の体力がもう限界だ。
 もう、おろして(・ ・ ・ ・)いられない。
 眼光は徐々に弱まり、やがて九骸流星の意識は消えた。





 ~~~御子神楪~~~



 我に返ると同時、ズシリと全身に重みがかかった。
 漏れそうになったうめき声を、必死にこらえた。

「……あっ……んな体力バカたちと……っ。一緒にしてもらっちゃあ……困るんですよねっ」

 憎まれ口を叩きながら、ぎりっと奥歯を噛み締める。

 筋肉が痛む。
 内臓が悲鳴を上げる。

 水が飲みたい。
 呼吸が苦しい。

 この場で倒れてしまいたい。

(でも……ここが頑張り時……っ)

 出来るだけ平然とした風を装いながら、雄々しく地面を踏みしめた。
 不敵に口を歪め、遥か木立の向こうの存在にアピールした。

 代替わりしても、一刀は健在であるぞと。
 神がかり(・ ・ ・ ・)はなお、底が見えぬぞと。
 
(……今日のところは撤退したみたいね。でも、弱みを見せてはならない。侮られれば喰いつかれる。私たちは、私は強くなければならない……) 

 時代劇役者のように芝居がかったしぐさで刀を振るった。
 血を飛ばし、穢れを払った。
 鞘を垂直に立て、上からストンと、刃を納めた。

 庭の掃除(・ ・ ・ ・)へと駆け出していく側仕えたちとすれ違うように、屋敷に上がった。
 淀みない動作で板間へ入り、襖を閉めた。

 外界からの視線が、音が、完全に途絶えた──。


「はあ~……っ」

 ぐったりと座り込んだ。
 膝を崩し、両手を板張りの床についた。

「つ……疲れた……っ」 

 鼓動の抑制を止めると、一気に心臓が跳ね回り始めた。
 流れ落ちてきた汗が、返り血と混じり合いながら床に滴った。

「ちょっ……と……派手すぎるんじゃないですかね……っ?」

 恨めしい気持ちで九骸流星を見やるが、答えはない。

「庭の修繕にどれだけ費用がかかると思ってるんですか……っ」

 鬼神の如く暴れ回った彼女(・ ・)は、今は嘘みたいに押し黙っている。
 疲れて寝ているのか。あるいは知らんぷりを決め込んでいるのか。

(まあおかげさまで、と言えば言えるんですけどね……。あれだけ派手に暴れれば、しばらくは彼らも放っておいてくれるでしょう。威嚇という意味では十分……)

 感謝の念を、しかし口にはしなかった。
 増長されても困る、というのが正直なところだ。
 彼女とはこの先も、つかず離れずの関係を保っていかなければならない。

(この先も、この先も……)

 崩れるように横になった。
 ひんやりとした板張りに頬を当て、微かにため息をついた。 

「この先も……か」

 ポツリとつぶやいた。


 ──8年前。
 世界中のいたるところにゲートが現れた。
 その当時、多元世界代表者会議(ルーリングハウス)は未だ存在せず、つまり多元世界人を取り締まる法もまた、存在しなかった。

 当然の帰結として、侵略が行われた。

 大地が焼けた。
 海が血に染まった。
 異形異様の化け物によって、すべてが踏みにじられた。

 銃火器、化学兵器……戦略核。
 侵略者に対し、人間たちはなりふり構わず抗った。
 だけど勝てなかった。
 神出鬼没に現れ、破壊と略奪の限りを尽くす彼らには、戦略も戦術も科学技術の結晶も、一切通用しなかった。
 人類は、圧倒的な力の前に屈服した。 

 だから彼女ら(・ ・ ・)は立ち上がった。
 それまで存在を秘していた世界中の能力者が、つまりは向こう側に戻れなかった多元世界人の子孫たちが、地球存亡の危機に際し総力を上げた。
 警察も暴力組織も関係なく、民族も宗教も分け隔てなく、ついに種族の垣根すら超えて、彼女らは共闘を開始した。
 
 剣を振るった。魔法を唱えた。翼を拡げた。牙を剥いた。
 古式ゆかしい武器を持ち寄り戦った。
 巨人に天使、悪魔に妖精。
 伝説や神話の中で語り継がれてきた登場人物の出現。
 ヒーロー、ヒロインの実在。

 ──奇跡の現れ。

 それは人間たちを勇気づけた。
 奮い立った勢いのままに、押し返した。 

 停戦、そして和平条約の締結。
 永世中立惑星として平穏を勝ち取るまでに、実に100万人を超す被害者を出した。

 小此木団十(おこのぎだんじゅう)駒坂三郎太(こまさかさぶろうた)など、御子神譜代の有力な剣士たちも、そのほとんどが命を落とした。
 共に肩を並べて戦っていたタスクの母親は、激戦の中に姿を消した。

 だから楪にはもう、頼れる者がいないのだ。
 すべて自身が決めなくてはならない。自力で解決しなくてはならない。
 御子神家当代として、母親として。

「城戸ー、スマホー」

 襖の向うに控えているであろう老僕に声をかけた。
 まだ学校にいるであろう(ほたる)に連絡しなくてはならない。

 荒れた家の修繕。各所への手回し、交渉。血生臭い後片付け(・ ・ ・ ・)
 苛烈な現実を見せるには、あの娘はまだ若い。幼い。

「いつもなら小此木さんのとこに預けるところだけど……。そうね、今日からは新堂さんのところでもいいかしらね……。なにせ未来のお嫁さんなわけだし……」

 あれこれ考えているうちに楽しくなって、楪は笑みをこぼした。

 そして完全に、緊張の糸が切れた。

 ごろんと転がり、床に大の字になった。

「あぁー、疲れたぁー……。雅史(まさし)さーん、ゆずゆずは疲れたよぉー……」

 天上を見上げ、大きく息を吐いた。夭折した夫の名を呼んだ。

「早く楽隠居したいよぉー……」

 幼児返りしたように足をばたばたさせ、よしなしごとをつぶやいた。

 ずしん、と強い眠気が襲ってきた。
 精神的、肉体的な極度の疲労が、重力みたいに降りかかってきた。
 ぐるぐると天井が回り出した。

「ああぁ~……、眠いようぅ~……」

 眠りに落ちる一瞬前に、いろんなことを想像した。

 新堂家で世話になりなさいと言ったら、あの娘はどんな反応を返してくるだろう。
 照れて赤くなって狼狽して、どんなことを口走るだろう。 

 そして将来、どんな家庭を築くのだろう。


 ぼんやりとした、でもきっと温かい未来。
 その想像は楽しく愉快で、だから楪は、笑ったまま眠りに落ちた──。
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