「2段ベッドの上と下!!」

文字数 3,447文字

 ~~~新堂助(しんどうたすく)~~~



「ああ、ああ、うん。今日もガリオン号に泊まるよ。明日は朝から雑誌取材ね。わかってるって、忘れてねえよ。あいあい、身だしなみもきちんと整えてな。遅刻厳禁? だぁからわかってるっつの。迎えなんかいらねえよ。じゃあな、お休み」

 シロとの超光速通信を切ると、俺はガリオン号のハッチを開けた。

「タスク! お帰り!」
 満面の笑顔でジーンが出迎えてくれた。
「ご飯! ご飯は!? もうお腹ぺこぺこだよ!」
 俺の腕に飛びつくと、有無を言わさず弁当の入った紙袋を奪っていった。
 
「おいおいただいまぐらい言わせろよ……」

 あとを追ってミーティングルームに入ると、ジーンは中身をたしかめて歓声を上げていた。

「わあっ! 星雲軒のテンタクル弁当だ! ありがとう! これ、すっごく美味しいんだよね!」
「そうだよ。昨夜おまえがあんまりにもねだるもんだから、並んで買ってきたんだぜ?」
「ありがとう! ささ、タスク、早くこっちこっち! 座って! 座って!」

 朝食以降何も食べていなかったジーンは、とにかく早く食べたいと、ペシペシテーブルを叩いて俺を急かした。

「ったく、しかたねえなあ……はいはい、いただきますっと………………げ、なにこれ、めちゃウマい」

「だろー?」
 へへへと得意げな顔になるジーン。
 
 テンタクル弁当──ケルンピア近海でとれたタコの足にご飯を詰めて煮たのが3本入っているだけの、雑な弁当──は、見た目に反してものすごくうまい弁当だった。本気で世界3大くらいうまかった。

 一心不乱に平げると、ジーンは食休みもなく、俺に計画の進捗具合を聞いてきた。

 計画ってのは、もちろんジャンゴ行きのことだ。
 ジーンが望み、俺が約束した小旅行だが、なかなか上手いこと進んでいなかった。

 問題は、船の持ち主はあくまでペトラ・ガリンスゥであり、契約主体がシロだということだ。
 つまり俺は、ただのパイロットにすぎない。
 勝手に動かすのは契約違反。
 お願いしようにもみんな極度の過密スケジュールの中にあり、とてもじゃないがそんな自由な時間は確保出来そうになかった。

「えぇー? 『俺が絶対おまえを連れてってやる。(キリッ』って言ってたじゃないかー」
 ジーンはおねだりする子供みたいに俺の腕を掴んで左右に振った。
「あれはウソだったのー? ボク、けっこう感激してたのにー」

 最初は俺のことを警戒してたジーンだったけど、ちょっと話したらすぐに打ち解けた。
 冒険者志望という共通項がデカく、3日目にして俺たちは、無二の親友みたいになっていた。

「連れていくつもりではあるよ。だけどなかなかタイミングがさあ……」
「ちょっと行ってちょっと帰って来ればいいだけだろー?」
「それにしたっておまえ、管制の離発着許可とか色々手続きが……」
「じゃあとってよー」
「そこまで表立って行動すると、色々バレるじゃん。おまえのこととかさあ……」

 俺はまだ、ジーンとのことをみんなに告げていなかった。
 みんなはいまだに、俺がひとりでガリオン号に泊まっていると思っている。
 
「……あ、そっか。ボクのことは秘密なんだもんね……」
 今思い出したとでもいうように、ジーンはぺろりと舌を出した。

「忘れてたのかよおい……ったく。あのな、当たり前だけど、家出娘をガリオン号に(かくま)ってますなんて言えないんだからな。俺はともかく、うちには常識的なやつらもいるんだから」
「……ちなみに、見つかったらどうなるのかな?」
「問答無用で強制送還」
 俺は吊るし首だ。

「うむむ……それはやだなあ……」
 ジーンは腕組みしてうなった。
 でもすぐに「にへら……っ」と口元を緩めた。
「えっへっへー……でもさぁ、なんだかいいよねえー。こーゆうかくれんぼ生活。ボクとキミとで秘密を共有してる感じもさ、わくわくするよねっ」

「……ちょっと家出をエンジョイしすぎじゃないですかね。大統領のご令嬢さん」
「あーっ、嫌味な言い方っ」

 むむっと、ジーンは眉を吊り上げた。

「やめてよね。ボクはもうジーン・ソーンクロフトじゃない。ただのジーンだ。大統領のご令嬢じゃない。ただの冒険者だ」
「まだ志願者の段階だけどな」
「だーかーらー、それはキミが船を飛ばしてくれないからじゃないかー」

 おっとやぶ蛇。

「……しかしまあ、ホントに楽しそうだよなおまえは」
「ボク? そりゃ楽しいよ。だって、生まれて初めて出来た友達と生まれて初めての冒険に出るんだもん。楽しくないわけないじゃないか。あれ? 友達だよね、友達でいいんだよね?」
「お、おう……」
「やったっ。へへっ、友達友達……っ」
 
 ジーンは嬉しそうに頬を染めながら、ぶんぶんと拳を振るった。

 そうなのだ。
 ジーンは女だてらに冒険者志望という特殊な嗜好を持っているせいで、いままで友達らしい友達が出来たことがなかった。
 だから友達という単語に恐ろしく敏感で、俺のことを宝物みたいに思っている。 

「他の人はさ、誰もボクの話について来てくんないんだよ。迫りくる12連星電波バーストの脅威とか、小惑星帯(アステロイドベルト)に住まう聖母の正体とか、放浪する隕石群(ワング・ワンダ)のルートにまつわる謎とか、何を話してもちょっと引いたような顔をするんだよ。愛想笑いで無理くり誤魔化してお茶を濁してさ、いつの間にか疎遠になってそれっきり。ねー、ひどい話だよねーっ」

「……」
 ま、そんなトンデモ話を延々とされたら興味ない人には辛いわな。
 とは言わない。不憫(ふびん)すぎて言えない。

「だからさ、タスクが初めてなんだ。初めてのボクの友達。なんでもちゃんと聞いてくれるし、ロキの本だって真面目に読んでくれるし」
「おまえの翻訳がないと無理だがな」
「それでもだよ。それでもボクは嬉しいんだ。ホントにキミに会えて良かったよ。ありがとう、タスクっ」

「……っ」
 太陽のように輝くジーンの笑顔が見てられなくて、俺は思わず顔をそむけた。

「ね、タスク」
 そむけた先に、ジーンがぴょんと跳ねるようにして回りこんできた。
「計画のことはとりあえず許すからさ、今夜は代わりにお話しよう? 昨夜はタスクが途中で寝ちゃったからさ。今夜はそれより遅くまで」

「えぇ……俺、明日早いんだけどな……」
「ダメダメ、約束だからね。昨夜も同じこと言ってたじゃん。明日早いから今日は勘弁って」
「うへえ……」

 ジーンは渋る俺を寝室へと誘った。
 といって、エッチなことをするわけではない。

 2段ベッドの下にジーンが、上に俺が寝そべり、「お話」をするのだ。
 いままで自分がした冒険の話、見た冒険映画や冒険漫画や冒険小説や冒険アニメの話を語り合う。
 何かのワンシーンみたいなそんな儀式が、小さい頃からのジーンの夢だったらしい。
 ここまで2日は俺の完敗だが……。

「ちなみに、おまえが先に寝たら、俺は容赦なくエッチなことするからな?」
「こ、こらっ。なに言ってんだよ。そんなのダメに決まってるだろ?」

 動揺して声を上擦らせるジーン。

「あ、でも。だったら今日は本気で起きててくれるってこと? ボクに勝つまで、朝まででも?」
「え、あれ? そういうことになるの?」
「そうだよっ。へへっ、決まりだね。朝まで一緒だ」
「えぇー……」

 ジーンの嬉しげな声を聞きながら、ふと俺は、もし自分に妹がいたらこんなだったんだろうかと考えた。  
 趣味が同じで、話も合う。
 ずっと船にいて、首を長くして俺の帰りを待っている。
 寂しがり屋の子犬みたいな妹。

 んー……、妹にエッチなことする兄はいないか?
 いや、漫画とかアニメだと普通にいるよな。
 うん、セーフセーフ。
 
「ふぁーあ……ま、ともかくさ、明日はガドックも来てくれるっていってたからさ、3人でもう一度、計画を練り直そうぜ?」
「うんわかった。さて、今日はどこから話そうか? そうそう、ボクがロキの本を携えてケルンピア外縁の……」
 
 ジーンが何か言っていたが、もう聞こえちゃいなかった。
 連日の仕事の疲れと満腹感と、ベッドのスプリングの心地よさが一度に襲いかかってきて……うん。
 睡魔には……勝てなかったよ……。

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