「いつかの未来で!!」

文字数 2,407文字

 ~~~新堂助(しんどうたすく)~~~




「……あなたって、将来とんでもない女ったらしになりそうよね」

 昔、お袋にしみじみと言われたことがある。

 クラスメイトや近所のお姉さんなど何人もの女の子たちが、俺の誕生日を祝いに家に来てくれた日のことだ。
 プレゼントに紛れ込ませたラブレターとか、秘密のメッセージカードとか、そういったものをひとつひとつ取り上げながら、お袋はしげしげと俺の顔を眺めた。
 潔癖症のお袋は、とりわけそういうことにはうるさい人だった。

 バカ言えと、俺は思ってた。
 俺をそのへんの男と一緒にすんなと。
 女の子ひとりひとりにきちんと向き合い、絶対に適当には扱わないと。 
 ふわふわ浮ついた気持ちではつき合わないと。 
 


 そんな風に、思ってたんだけど……。

「ごめんお袋。……俺にもどうしてこうなったのか、さっぱりわからねえ」

 目を覚ますと、布団に寝ていた。
 両サイドに女の子が寝ていた。

 右手を御子神蛍(みこがみほたる)に捕まっていた。
 肘から先が、現代の剣豪を気取る剣道少女の、中学生離れした豊かな胸にサンドイッチされていた。

 左手を小山妙子(こやまたえこ)に枕代わりにされていた。
 ツンデレメガネっ娘が、俺の肩口で可憐な少女みたいにスヤスヤ寝息を立てていた。

 ……事案だ。
 幼なじみふたりをハーレムみたいにはべらす事案だ。

 俺は表面上は平然を装いながらも、パニックに陥っていた。
 記憶を探ったが、理由も経緯もわからない。
 ただ事実として、両手に花とばかりにふたりと寝ていた。

 御子神は和風な夜着、妙子はモノトーンの素っ気ないパジャマ姿。
 幸いにも、服を着ていた。
 俺自身はパジャマを着てて──繰り返すが、ちゃんと着ていたので──最悪な事態は避けられた……はずだ。

「……おおっと、どこへ行くのだ、旦那様?」

 御子神がわずかに目を開け、とがめるような目線を向けてくる。
 逃げようとしたのを、させじと俺の上にのしかかってきた。ボリューミーな胸の膨らみが、むにぃっと押し付けられた。

「……あんた、あたしたちにここまでしておいて、まさかただで済まそうってんじゃないでしょうね? よもやそのまま逃げようってんじゃないでしょうね?」

 妙子が俺をにらみつけてくる。
 逃がさんとばかりに俺の肘を脇で挟み、両足で胴をホールドしてきた。

 御子神の縦四方(たてしほう)
 妙子の変形肘固め。

 痛いキツいという以上に、年頃の女の子の柔らかい肉が、いろんなとこに当たってるのが問題だった。
 いろんな意味で焦って逃げようとするのだが、押さえ込みと関節技を同時に受けていては、さすがに身動きがとれない。

「お……まえらっ、普段仲悪いくせに、なんでこんな時だけ息ぴったりなんだよ……っ」

 力の入れ具合、体重の乗せ具合、連携も完璧。
 足掻けば足掻くほどに罪悪感を締め上げる憎い仕掛け。

「な、なあ……。話し合おうじゃないか、ふたりとも」
 つとめて爽やかな笑顔を意識しながら提案した。
「俺さ。寝起きでちょっと状況がつかめてないんだよ。別に逃げるとかじゃなくてさ、落ち着いて整理してみたいんだ。ほんと、逃げるとかじゃないんだ。ないんです。ただちょっと距離を置いてさ。冷静に事実のみを分析してさ。そのためにはいったん離れる必要があってさ……」

 ぎろり。
 ぎろり。

「……はい、このままでいいと思います」

 やむをえまい。
 このままで状況を整理してみよう。

 要は筋道立った反論が出来ればいいのだ。
 多少強引でも、勢いで納得させられればいいのだ。

 まず、ここは俺の家の俺の部屋。
 2人分の布団で3人寝ていた。
 御子神も妙子も自前の寝着を着ていて、お泊まりする気満点。
 
 ……ま、まあそんなこともあるだろう。
 3人とも幼なじみだし、お泊まり会ぐらいするさ。
 御子神と妙子は犬猿の仲だけど、何がきっかけで仲直りするかなんて、人間わかったもんじゃない。

 ……次はえーと、ふたりの様子だ。
 もしなんらかの間違いがあったとしたら、ちょっとは見た目に出るんじゃないか? 
 つまり、何もなければ何もない。
 イエス、ザッツライト。

「えっと……」

 ほつれた髪。
 微かな汗の匂い。
 寝着の着崩れ。

「……っ」

 思春期ど真ん中の女の子の乱れた姿に、ドキリとさせられた。
 思わず赤くなった。

 いやそうじゃない。ドキリとしてる場合じゃない。
 赤面してる場合でもない。
 おっぱいとお尻から目を離せ。
 皮膚感覚から意識を遮断せよ。
 感じるな。考えろ。

「……あんたね、一応言っとくけど、いまさらどうあがいても無駄だからね?」

 妙子は諭すような口調で告げた。

「……どういうことだよ?」

「今やあたしたちはあんたの奴隷であり、所有物であり……」

 妙子のセリフを御子神が引き継いだ。

「嫁でもある。物理的にも、もう旦那様のモノになってしまった。かくなる上は、ふたり揃ってもらってもらうしかないのだ」
 
「……っ」

 全身の毛穴という毛穴から冷や汗が流れ出た。
 視界がぐにゃりと歪んだ。

 なぜだ……なぜ俺の人生は、目覚めた瞬間終わってるんだ。
 齢14にして幼なじみふたりを奴隷化とか、エロゲの設定だってそこまで鬼畜じゃねえよ……。 

 ──いや待て。焦るな焦るな……こういう時は記憶を一から組み立てるんだ。ひとつひとつ丁寧に思い出すんだ。いったい何があったのか……。

 俺は考えた。
 必死に考えた。
 なんで寝起きに、いきなり人生の岐路に立たされているのか。

 まずはそう、俺と彼女の出会いからだ。
 それはある、春の日から始まったんだ──。
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