「夢見る未来は!!」

文字数 3,503文字

 ~~~小山妙子(こやまたえこ)~~~



「……そんなの、ずるいよな」

「何がだ」

 よくわからぬ、というように剣道女は聞き返してきた。

 目の前で、シロとタスクが寝ていた。
 シロが布団の中、タスクがその隣に横たわっていた。
 手を握ったまま、実に実に楽しそうに口元を緩めながら。

「わかんねえのか? カヤさんが、シロの素性をあたしらに語った後も、どうも粘る(・ ・)なと思ったら、こういうことだったんだよ。タスクとシロから他の女を遠ざけさせて、その間に仲良くさせる算段さ。そんなのずるいだろ」

「それのどこが問題なのだ? 円滑に合一化を進める。そのためには対話が必要だと言っていただろう」

 剣道女は心底不思議そうに首を傾げる。

「それに、新堂がこういう男だということは知っていたはずだ。見捨てぬ男だと、諦めぬ男だと。相手の素性がどうあれ、こうと決めたら梃子でも動かぬ。やるといったらどこまでもやる。力尽きるまで語り尽くす。疲れた体に鞭打って、共に寝落ちするまで」

「……ちぇ、ムカつくなあ」

 あたしは頭をがりがりかきむしった。
 剣道女をにらみつけた。

「知った風な口をききやがって。てめえがどれだけタスクのことを知ってるってんだよ。ずっとずっと、イジメてばかりいたくせに」

「それは……」

 剣道女は少しだけ言いよどんだ。
 だけどすぐに思い直すと、胸に手を当て、大きく息を吸い込んだ。

「でも、新堂は許してくれた」

 まっすぐに、言葉を紡ぎ出した。

「おまえのおかげで強くなれたとさえ言ってくれた。……新堂の選択なら、私は信じる」

 そしてふと、眉をひそめた。
 
「貴様にはないのか? そういう気付き(・ ・ ・)が。それこそ長い付き合いのくせに……」

「あるに決まってんだろ。ふざけんな」

 食い気味に、あたしは答えた。

 ──なあ、これからも俺について来てくれよ。今までみたいにさ。今までと同じにさ。だらしない俺を叱って、蹴飛ばして、見離さないでいてくれよ。

 あの時のタスクの台詞を思い出した。
 あたしを虜にした表情を思い浮かべた。

「だろうが」

 剣道女は腕組みして、鼻から息を吐いた。

「それにしても……シロか……。私たちの想いが共に宿っているとしたら、これは恐ろしい強敵だ。だがしかし」

 ──負ける気はせんがな。

「……どこから来るんだ? てめえのその自信はよう」 

「だって約束したから」

「ああ? 約束?」

「将来的に、私が駄々をこねれば、新堂は私を貰ってくれる。そう約束したのだ」

「なんだよそれ、ただの口約束だろ? 『大人になったら結婚しようね』なんて、子供カップルの定番のお約束じゃねえか。んでけっきょく、将来別々の相手と一緒になってるやつじゃねえか」

「そうだな、普通に考えれば。だけどあの新堂(・ ・ ・ ・)が、言ったんだぞ?」

「ち……っ」
 
 わかってるじゃねえか。
 そうだよ、新堂タスクは嘘をつかない。

「もう私は考えているのだ。将来の家族設計。どこに住もうとか、何人子供を産もうとか」

「だったら負けるもんかよ。そんなのあたしのほうが先輩だ。妄想回数なら誰にも負けねえよ。大学ノート5冊の束がもう埋まってるっての。それこそあらゆるパターンを想定してるっての。ベストは一男一女だな。ダメな弟の世話をかいがいしくする姉って構図が理想形だ」

「んー……うちも一男一女だな。片方に御子神を継がせて古式剣術を、片方は新堂家で古流武術を。代理戦争というものが見てみたくてなあ。ふっふっふ……」

「なんだこいつ……気持ち悪っ」

「ひ……人のことを言えた義理か!」

「ぷ……っ」

「く……っ」


 一瞬耐えたけど、すぐに噴き出した。
 どちらからともなく笑い合った。
 剣道女とあたし。
 犬猿の仲のはずなのに、タスクのことを話すときは、こんなにも楽しい。

 剣道女が、すっと手を差し出してきた。

「……なんだよ、この手は」

「敵の敵は味方というだろう。だから共同戦線だ。私と貴様、力を合わせて外敵と融和する」

「……駆逐するんじゃないのかよ」

 剣道女は、なぜか得意げに目を細めた。

「そういうのは新堂が嫌う」

「……まあな」

 いつも仲良く元気よく、それがあいつのモットーだ。

「だからみんなで仲良くするのだ。己を知り、相手を知り、コミュニケーション万全のもと、戦いを円滑に進める。勝利する。新堂が喜ぶ。私に惚れ直す。正妻誕生」

「『以上、ふふん』みたいな顔すんのやめろよ。いったい途中で何があったんだよ。その筋立て」

「わからんのか、私がすべての指揮をとることでだなあ……」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるあたしたちの足元で、シロが微かに身じろぎした。

「……起こしたか?」

 硬直する剣道女。

「いや……まだだな……ちっ、こいつら……」

 寝返りをうったシロが、タスクの腹に顔を埋めるようにしている。
 タスクの手は、無意識にシロの頭を撫で回している。

 ほとんど恋人同士みたいなその姿に、腹が立った。

「……これはさすがに許せんな、小山」

 剣道女の殺気が膨れ上がる。

「だな、しょせん外様が、そこまでするのはまだ早い(・ ・ ・ ・)

 あたしたちはうなずき合い、タスクとシロを引き離した。



 布団をふたつ並べ、真ん中にタスクを寝せた。
 あたしが左、剣道女が右に寝た。
 シロは足元だ。

「順番は守らなければならない、秩序は保たれねばならない。そういうことだな」

 夜着に着替えた剣道女が、ひとりでうんうんうなずいている。

「ちなみにさ……あんた、どこまで考えてる?」

 パジャマに着替えたあたしは、タスクを起こさないよう小声で聞いた。

「どこまで?」 

「この後……何するか……とかさ」

「な……っ!?

 剣道女は絶句した。
 ぼふん、顔から湯気が出た。

「ななななな……ナニだと……!?

「いや待て! そこまでは言ってねえよ! それはあんたの考えすぎだ! あたしたちはまだ14だぞ!?

「ななななな……何を言ってるんだ小山! 私は決してそんな生々しいことは……!」

「目ぇ泳ぎすぎだろ! とっくに語るに落ちてんだっての! 黙れ! いいから黙れ! シャーラップ!」

 あたしたちの騒ぎで反応したのか、タスクの頬がぴくりと動いた。
 起きて……はいないようだ。

 セーフ、のしぐさをあたしがすると、剣道女はほっと胸を撫で下ろした。

「じゃあまあ……その……なんだ……14歳として……年齢相応の……せ……接吻とか……?」

「接吻て古風だな……。まあだけど……そのへんが落とし所かな……で、どこに?」 

「どこに?」

「きょとんとすんな! あるだろ! ほっぺとか、額とか……!」

「く……唇に!」

「目ぇキラキラさせんな! 鼻息荒くすんな! 14だって言ってんだろ!」

「じゃ……じゃあほっぺでいい……」

「涙目になるな! わぁかったよ! ほっぺだけど、何回でもしていいから!」 

「な……何回でも……っ?」

「そうだよ! こいつが起きるまで、気の済むまでしたらいい! あたしも……その、そうするから……っ」

 言ってるうちに恥ずかしくなってきて、あたしは唇を噛んだ。

 目の前にはタスクがいる。
 コブがふたつもついてるけど、あたしのタスクが寝てる。

「……っ」

 ごくりと唾を呑みこんだ。

 頬がとっても柔らかそうだ。
 緩んだ口元が、ちょっと可愛い。

 逆側にいる剣道女と、目が合った。

「ふ……」

 なんとなく笑ってしまった。
 ちょっと前まで、こんなことになるなんて考えもしなかった。
 タスクがシロの夫に選ばれて、『嫁Tueee.net』を戦って。
 もう終わりだと思ってた。
 あいつはもう手の届かないところへ行ってしまった。
 そう思った。
 
 でも、ここにいる。
 いまあたしの目の前にいる。
 あたしと剣道女とシロ。
 3人でシェアしてる。 
 
 目覚めたら、こいつはすごいリアクションをとるだろう。
 慌てふためき、顔を赤くするだろう。
 それがたまらなくおかしい。
 その姿はきっと、たまらなく愛しい。

 そんな、他愛もない未来を想像して──
 あたしは笑いながら目を閉じて──
 そっと、タスクの頬に口づけた──

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