「自由の民の集う地にて!!」
文字数 4,694文字
~~~新堂助 ~~~
ケルンピアは、「自由の民」を意味する古い言葉だ。
優れた航行技術を持った海洋民族であるケルンピア人は、8つの海を制したことで得られた富を、東のロックラント大陸と西のアーデルファタム大陸とを結ぶグレダ運河の建設に注いだ。
何百年もの期間を経て完成を見た自由の航路は、さらに巨万の富を彼らにもたらした。やがて惑星そのものを支配する礎 となった。
時巡り宇宙航行の技術を得た彼らは、冒険の舞台を宇宙へと変えた。
発見、開拓、移住、交易。
開拓者精神の赴くままに、彼らは拡がり続けた。
そのたびに国は富み、さらに大きく栄えた。
現在の首都人口は1憶5千万人。
そのうち純粋なケルンピア人種は0.0001%にも満たないと言われている。
圧倒的な数の他星他人種の中で、その割合はあまりに少ない。
星が散らばるように拡散していったせいで、今やほとんど希少民族みたいになっている。
だけど、だからといって存在感が希薄かというと、全然そんなことはない。
彼らの遺した精神性と行動力が、しっかりとこの地に根付いている。
新しきを求め。
面白きを求め。
被害やデメリットはあまり考えない。
ただ突き進む彗星の如くあれ。
それがケルンピア魂。
だからこの都市を初めて訪れた旅行者には、こんな標語の書かれたパンフレットが手渡される。
「『何が起きても気にしてはいけません。たいがいの無理無茶不都合は、この街の仕様です』ってなんだよ。怖えよケルンピア……」
観光案内の書かれたパンフレットを裏返し表返ししている俺の背を、妙子が叩いた。
「ようはタスク菌に感染した連中がいっぱいいるってことだろ? ほらとっとと行きな。あとがつかえてるんだから。ハッチ開けて、そしたらタラップをさっさと降りるっ」
「おまえ聞き捨てならないことを言うね。誰が誰みたいだって?」
「あんただよあんた。勝手に突っ走って浮かれ騒いで、しかもこうして、他人を平気で巻き込む」
「おまえも巻き込まれた口だって?」
「そうだよ、こんなとこまで連れて来られて迷惑千万だ」
「へえー、そういうわりにゃ、楽しそうだがな」
「はあ?」
「鏡見て見ろよ。大好きな俺と一緒にいられて嬉しいって、可愛い顔に書いてあるぜ?」
「なっ……かっ……!? う、うるせえバカ! そんなこと書いてあるわけないだろ! とっとと行け!」
「はいはい、顔真っ赤にしちゃってツンデレ乙ー……痛だだだだ!? 蹴るな蹴るな! こら、人の尻をガシガシ蹴るんじゃありません! ブーツの踵のカタいとこを使わないの! めっ!」
「……旦那様、楽しそうでなによりだが、そろそろ本気であとがつかえてるんだ。いいかげんにそのいちゃいちゃをやめないと……本気で斬るぞ?」
「や、や、や、やめろ御子神! この体勢でそれはヤバい! さすがに避けれない! この首に当てた竹刀を今すぐ降ろせ! おまえの場合ホントに斬れちゃうから! 洒落になってないから! 降ろしてください! お願いですから! 今出ますから! すぐ出ますから! ほらほら、ガチャリっと──」
ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアー!
ハッチを開けた俺たちを出迎えたのは、凄まじい量の見物人だった。
宇宙港の発着場を取り囲む金網の向こうから、やんややんやの大喝采がわき起こっている。
普通のヒューマノイドタイプ、アンドロイド、首長族に小人族、妖精族、巨人族、三つ目の熊みたいな化け物や、タコ型宇宙人みたいなやつまでいる。
言語も様々。リンガード語だけじゃなく、各種族の各言語、なんとも名状しがたい言葉まで飛び交っている。
さらに移動式屋台や、食い物飲み物の売り子たちが客を呼ぶ声が入り混じり、それらを統制しようとする市の職員がメガホン片手に叫んでて、もう完全なカオス状態。
「うおおー! 乗組員が降りて来たぞー!」
「きゃー! 可愛い子がいっぱーい!」
「こっちよー! 手を振ってー! サインしてー!」
「ちょっとだけでいいから齧らせろー!」
「マキマキ茸の串焼き、ひと串300クラウン、いらんかねー!?」
「3つの子供でも呑めるサリア乳酒、200クラウンでどうだ! 他じゃここまで安くねえぞー!?」
「あーあー、こちらは市の統制局です! みだりに宇宙港施設周辺に集まらないように! 金網に掴まらないように! そこ、花火を上げない! 無許可の祝砲は禁錮3日ですよ! ……え、迷子になった? ゴドラ族の男の子のお母さーん!?」
彩南学園 の連中を思い出すような騒ぎだが、規模が違った。
あっちはせいぜい4千人。対してこっちは、ざっと見て1万2万……いや、もっとか?
とにかくとんでもない規模の群衆だ。
これに対する俺たちメンバーの反応は様々だ。
「マジかよ……。ホントにタスクの国だ……タスクがいっぱいいる……」
妙子は自らを抱きしめてぞっとしたようにつぶやき、
「祝砲? 常時から銃器を持ち歩いているというのか? ……ふん、面白い。鉛弾の一刀両断、試してみるか」
御子神はなんや知らんが銃器に対抗心を燃やしてて、
「魚の焼けるいい匂い……はっ? あれは……その名も高きマカク魚のヒレ巻!?」
コクリコはよだれを垂らしながら手指をわきわきさせている。
「おうおうおう、皆の衆! 出迎えご苦労なのじゃー!」
シロは俺の肩に跳び乗るようにして跨ると、声援に応えるアイドルみたいに手を振った。
歓声がひと際高まった。
「へっへー。大スターになったみたいで気持ちいいなー、シロ?」
俺はシロが落ちないように足を保持してやりながら、タンタンと軽快にタラップを降りた。
「うむ! うむうむ! うむうむうむ!」
シロはいかにもご満悦、といったような表情で、俺の頭をペシペシ叩いている。
「……いつ来てもまあ、なんとも騒がしい連中ですこと」
一番最後に降りたカヤさんは、肩を竦めて苦笑している。
「のうのうカヤ! 今宵の宿は? 宿はどこに泊まるんじゃ? もちろん高級ホテルをとってあるんじゃろう? 美味い料理と最高のおもてなしの洪水が待っておるんじゃろう? この調子だと、道中はパレードじゃのう! オープンカーに乗ってのう! 手の振りすぎで筋を痛めんように注意せんといかんのう! こまったのうー!」
俺の肩の上で盛り上がり続けるシロにカヤさんは、
「宿泊先は官舎。食事は一般的な官給食です。乗り物は民間のタクシーですが、こっちのタクシーは運転が荒いようですから、手の振り過ぎというよりはシートベルトの絞め忘れに注意したほうがいいでしょうね」
にべもなく答えた。
ちなみにクロスアリアの官舎は大使館も兼ねたものらしい。
ゲート使用料や宿泊費など様々な要素を鑑 みて、現地に格安物件を借りるのがもっとも効率的と判断した結果なのだとか。
「ええぇー! なんでじゃ! 官・官じゃ面白味も何もないではないか! タクシーもせめて高級なのを用意してもらわんと!」
「財政状況逼迫の折、納得していただけませんかね」
「いやじゃいやじゃいやじゃ! 贅沢するんじゃ! わらわは頑張っておるもん! 『嫁Tueee.net』でも連戦連勝、こうして広告塔にもなっておるもん! ちょっとやそっとの贅沢ぐらい……!」
「……勘違いしておられるようですがね、これはお願いではないのですよ。ねえ、駄犬 ?」
「ごめんなのじゃっ!?」
カヤさんの手元でバヂリと何かがスパークすると、シロは慌てたように口を閉じた。
「しかしカヤさん。特別贅沢がしたいってわけじゃないけどさ。俺らってそんなにお金ないの? シロの言う通り、けっこう稼いでるつもりなんだけど……」
カヤさんの逆鱗に触れないように、俺はおそるおそる訊ねた。
歓迎ムードで調子に乗ったってわけじゃないけど、この気分のまま普通に移動して、普段通りの質素な暮らしをするってのは、なんだかちょっとがっかりな気がする。
「嫁ポイントの蓄積が4700。1ポイントが10億だから4兆7000億円。たしかにとんでもない額だ。一生どころか何十回生まれ変わったって、楽して遊んで暮らしていける額だ」
答えたのは妙子だった。
「だがそのうち、あたしたちが私的に利用できる金は一銭もない。『嫁Tueee.net』に充当する以外の目的では使われず、いずれすべて、クロスアリアの国庫に入る金だ。宿泊費、交通費、食費、服飾費、光熱費etcは別個にクロスアリアから支給されている。つまりいくら稼ごうが、あたしたちの暮らしにはなんの影響もない。贅沢三昧なんて夢のまた夢だ」
「ちなみに、今あるポイントをすべて換金してもなお、我が国の国庫は火の車です」
「クロスアリアって……」
カヤさんの悲しいVサインに引く俺。
「だ、だけど俺の取り分は? 今まで手ぇつけてなかったけど、俺個人の金ならさあ」
せめてこっちにいる間だけは裕福な暮らしをしたいと思って訊ねる俺を、妙子はじろりとにらみつけた。
「あんたのファイトマネー、連勝ボーナスと各種手当。ペトラ・ガリンスゥから支払われる給金。これらはすべて、あたしが管理する」
「な……なんでそんなことを……なんの権限があって……!」
「あんたとは長いつき合いだからな。あたしはあんたの金の使い方を知ってる。その上で言おう。『お年玉が2月までもたないような奴』に、与える金などない」
「ちっ、こいつ……なんて正論を吐きやがる……!」
「タスクって……」
妙子の言葉に戦慄する俺と、俺に戦慄するシロ。
「それになあ、権限ならあるんだよ。あたしはご主人様の 奴隷だから。ご主人様が路頭に迷うようなことになると、非常に困るわけなんだよ」
自らの首元の黒いチョーカーを指し示し、妙子は煽るように繰り返す。
「それともなんだ? ご主人様はあたしに命令するおつもりで? 奴隷がご主人の指図に逆らうなって」
「うう……」
「構わんよ? なにせ奴隷だから。ご主人様の命令ならなんでも聞くさ。共に赤貧の苦しみにも耐えてみせるさ。たとえ……」
「わかったわかった、わーかったよー!」
妙子の自虐責めに耐えかねた俺は、両手を上げて降伏した。
「豪遊はなしなのかー……」
俺の頭に掴まってしょぼんとしているシロが、なんだか可哀想に見えた。
「ま、まあさ、シロ。俺が妙子に交渉して臨時のお小遣い貰えるように頼むから、それでふたりで遊びに行こうぜ? な、それでいいだろ?」
なんとかご機嫌をとろうとするが、
「タスクが? 交渉ぉ? 妙子にぃ?」
シロは少し考えるようなそぶりをしたあと、重いため息をついた。
「おいこら! なんだその態度は! 俺の交渉能力のどこにそんながっかり要素があるのか言ってみろ!」
「いやーだって、タスクって基本アホじゃろ?」
「おまえにだけは言われたくはないわー!」
あーだこーだと騒ぐ俺たちを呆れたように見ていた御子神が、一転、鋭い声を出した。
「……誰か、来る」
身を低くして竹刀を構えた。
ケルンピアは、「自由の民」を意味する古い言葉だ。
優れた航行技術を持った海洋民族であるケルンピア人は、8つの海を制したことで得られた富を、東のロックラント大陸と西のアーデルファタム大陸とを結ぶグレダ運河の建設に注いだ。
何百年もの期間を経て完成を見た自由の航路は、さらに巨万の富を彼らにもたらした。やがて惑星そのものを支配する
時巡り宇宙航行の技術を得た彼らは、冒険の舞台を宇宙へと変えた。
発見、開拓、移住、交易。
開拓者精神の赴くままに、彼らは拡がり続けた。
そのたびに国は富み、さらに大きく栄えた。
現在の首都人口は1憶5千万人。
そのうち純粋なケルンピア人種は0.0001%にも満たないと言われている。
圧倒的な数の他星他人種の中で、その割合はあまりに少ない。
星が散らばるように拡散していったせいで、今やほとんど希少民族みたいになっている。
だけど、だからといって存在感が希薄かというと、全然そんなことはない。
彼らの遺した精神性と行動力が、しっかりとこの地に根付いている。
新しきを求め。
面白きを求め。
被害やデメリットはあまり考えない。
ただ突き進む彗星の如くあれ。
それがケルンピア魂。
だからこの都市を初めて訪れた旅行者には、こんな標語の書かれたパンフレットが手渡される。
「『何が起きても気にしてはいけません。たいがいの無理無茶不都合は、この街の仕様です』ってなんだよ。怖えよケルンピア……」
観光案内の書かれたパンフレットを裏返し表返ししている俺の背を、妙子が叩いた。
「ようはタスク菌に感染した連中がいっぱいいるってことだろ? ほらとっとと行きな。あとがつかえてるんだから。ハッチ開けて、そしたらタラップをさっさと降りるっ」
「おまえ聞き捨てならないことを言うね。誰が誰みたいだって?」
「あんただよあんた。勝手に突っ走って浮かれ騒いで、しかもこうして、他人を平気で巻き込む」
「おまえも巻き込まれた口だって?」
「そうだよ、こんなとこまで連れて来られて迷惑千万だ」
「へえー、そういうわりにゃ、楽しそうだがな」
「はあ?」
「鏡見て見ろよ。大好きな俺と一緒にいられて嬉しいって、可愛い顔に書いてあるぜ?」
「なっ……かっ……!? う、うるせえバカ! そんなこと書いてあるわけないだろ! とっとと行け!」
「はいはい、顔真っ赤にしちゃってツンデレ乙ー……痛だだだだ!? 蹴るな蹴るな! こら、人の尻をガシガシ蹴るんじゃありません! ブーツの踵のカタいとこを使わないの! めっ!」
「……旦那様、楽しそうでなによりだが、そろそろ本気であとがつかえてるんだ。いいかげんにそのいちゃいちゃをやめないと……本気で斬るぞ?」
「や、や、や、やめろ御子神! この体勢でそれはヤバい! さすがに避けれない! この首に当てた竹刀を今すぐ降ろせ! おまえの場合ホントに斬れちゃうから! 洒落になってないから! 降ろしてください! お願いですから! 今出ますから! すぐ出ますから! ほらほら、ガチャリっと──」
ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアー!
ハッチを開けた俺たちを出迎えたのは、凄まじい量の見物人だった。
宇宙港の発着場を取り囲む金網の向こうから、やんややんやの大喝采がわき起こっている。
普通のヒューマノイドタイプ、アンドロイド、首長族に小人族、妖精族、巨人族、三つ目の熊みたいな化け物や、タコ型宇宙人みたいなやつまでいる。
言語も様々。リンガード語だけじゃなく、各種族の各言語、なんとも名状しがたい言葉まで飛び交っている。
さらに移動式屋台や、食い物飲み物の売り子たちが客を呼ぶ声が入り混じり、それらを統制しようとする市の職員がメガホン片手に叫んでて、もう完全なカオス状態。
「うおおー! 乗組員が降りて来たぞー!」
「きゃー! 可愛い子がいっぱーい!」
「こっちよー! 手を振ってー! サインしてー!」
「ちょっとだけでいいから齧らせろー!」
「マキマキ茸の串焼き、ひと串300クラウン、いらんかねー!?」
「3つの子供でも呑めるサリア乳酒、200クラウンでどうだ! 他じゃここまで安くねえぞー!?」
「あーあー、こちらは市の統制局です! みだりに宇宙港施設周辺に集まらないように! 金網に掴まらないように! そこ、花火を上げない! 無許可の祝砲は禁錮3日ですよ! ……え、迷子になった? ゴドラ族の男の子のお母さーん!?」
あっちはせいぜい4千人。対してこっちは、ざっと見て1万2万……いや、もっとか?
とにかくとんでもない規模の群衆だ。
これに対する俺たちメンバーの反応は様々だ。
「マジかよ……。ホントにタスクの国だ……タスクがいっぱいいる……」
妙子は自らを抱きしめてぞっとしたようにつぶやき、
「祝砲? 常時から銃器を持ち歩いているというのか? ……ふん、面白い。鉛弾の一刀両断、試してみるか」
御子神はなんや知らんが銃器に対抗心を燃やしてて、
「魚の焼けるいい匂い……はっ? あれは……その名も高きマカク魚のヒレ巻!?」
コクリコはよだれを垂らしながら手指をわきわきさせている。
「おうおうおう、皆の衆! 出迎えご苦労なのじゃー!」
シロは俺の肩に跳び乗るようにして跨ると、声援に応えるアイドルみたいに手を振った。
歓声がひと際高まった。
「へっへー。大スターになったみたいで気持ちいいなー、シロ?」
俺はシロが落ちないように足を保持してやりながら、タンタンと軽快にタラップを降りた。
「うむ! うむうむ! うむうむうむ!」
シロはいかにもご満悦、といったような表情で、俺の頭をペシペシ叩いている。
「……いつ来てもまあ、なんとも騒がしい連中ですこと」
一番最後に降りたカヤさんは、肩を竦めて苦笑している。
「のうのうカヤ! 今宵の宿は? 宿はどこに泊まるんじゃ? もちろん高級ホテルをとってあるんじゃろう? 美味い料理と最高のおもてなしの洪水が待っておるんじゃろう? この調子だと、道中はパレードじゃのう! オープンカーに乗ってのう! 手の振りすぎで筋を痛めんように注意せんといかんのう! こまったのうー!」
俺の肩の上で盛り上がり続けるシロにカヤさんは、
「宿泊先は官舎。食事は一般的な官給食です。乗り物は民間のタクシーですが、こっちのタクシーは運転が荒いようですから、手の振り過ぎというよりはシートベルトの絞め忘れに注意したほうがいいでしょうね」
にべもなく答えた。
ちなみにクロスアリアの官舎は大使館も兼ねたものらしい。
ゲート使用料や宿泊費など様々な要素を
「ええぇー! なんでじゃ! 官・官じゃ面白味も何もないではないか! タクシーもせめて高級なのを用意してもらわんと!」
「財政状況逼迫の折、納得していただけませんかね」
「いやじゃいやじゃいやじゃ! 贅沢するんじゃ! わらわは頑張っておるもん! 『嫁Tueee.net』でも連戦連勝、こうして広告塔にもなっておるもん! ちょっとやそっとの贅沢ぐらい……!」
「……勘違いしておられるようですがね、これはお願いではないのですよ。ねえ、
「ごめんなのじゃっ!?」
カヤさんの手元でバヂリと何かがスパークすると、シロは慌てたように口を閉じた。
「しかしカヤさん。特別贅沢がしたいってわけじゃないけどさ。俺らってそんなにお金ないの? シロの言う通り、けっこう稼いでるつもりなんだけど……」
カヤさんの逆鱗に触れないように、俺はおそるおそる訊ねた。
歓迎ムードで調子に乗ったってわけじゃないけど、この気分のまま普通に移動して、普段通りの質素な暮らしをするってのは、なんだかちょっとがっかりな気がする。
「嫁ポイントの蓄積が4700。1ポイントが10億だから4兆7000億円。たしかにとんでもない額だ。一生どころか何十回生まれ変わったって、楽して遊んで暮らしていける額だ」
答えたのは妙子だった。
「だがそのうち、あたしたちが私的に利用できる金は一銭もない。『嫁Tueee.net』に充当する以外の目的では使われず、いずれすべて、クロスアリアの国庫に入る金だ。宿泊費、交通費、食費、服飾費、光熱費etcは別個にクロスアリアから支給されている。つまりいくら稼ごうが、あたしたちの暮らしにはなんの影響もない。贅沢三昧なんて夢のまた夢だ」
「ちなみに、今あるポイントをすべて換金してもなお、我が国の国庫は火の車です」
「クロスアリアって……」
カヤさんの悲しいVサインに引く俺。
「だ、だけど俺の取り分は? 今まで手ぇつけてなかったけど、俺個人の金ならさあ」
せめてこっちにいる間だけは裕福な暮らしをしたいと思って訊ねる俺を、妙子はじろりとにらみつけた。
「あんたのファイトマネー、連勝ボーナスと各種手当。ペトラ・ガリンスゥから支払われる給金。これらはすべて、あたしが管理する」
「な……なんでそんなことを……なんの権限があって……!」
「あんたとは長いつき合いだからな。あたしはあんたの金の使い方を知ってる。その上で言おう。『お年玉が2月までもたないような奴』に、与える金などない」
「ちっ、こいつ……なんて正論を吐きやがる……!」
「タスクって……」
妙子の言葉に戦慄する俺と、俺に戦慄するシロ。
「それになあ、権限ならあるんだよ。あたしは
自らの首元の黒いチョーカーを指し示し、妙子は煽るように繰り返す。
「それともなんだ? ご主人様はあたしに命令するおつもりで? 奴隷がご主人の指図に逆らうなって」
「うう……」
「構わんよ? なにせ奴隷だから。ご主人様の命令ならなんでも聞くさ。共に赤貧の苦しみにも耐えてみせるさ。たとえ……」
「わかったわかった、わーかったよー!」
妙子の自虐責めに耐えかねた俺は、両手を上げて降伏した。
「豪遊はなしなのかー……」
俺の頭に掴まってしょぼんとしているシロが、なんだか可哀想に見えた。
「ま、まあさ、シロ。俺が妙子に交渉して臨時のお小遣い貰えるように頼むから、それでふたりで遊びに行こうぜ? な、それでいいだろ?」
なんとかご機嫌をとろうとするが、
「タスクが? 交渉ぉ? 妙子にぃ?」
シロは少し考えるようなそぶりをしたあと、重いため息をついた。
「おいこら! なんだその態度は! 俺の交渉能力のどこにそんながっかり要素があるのか言ってみろ!」
「いやーだって、タスクって基本アホじゃろ?」
「おまえにだけは言われたくはないわー!」
あーだこーだと騒ぐ俺たちを呆れたように見ていた御子神が、一転、鋭い声を出した。
「……誰か、来る」
身を低くして竹刀を構えた。