Interlude:She’s really.
文字数 2,612文字
~~~古城一郎 ~~~
雛 のしてくれた話は、途方もないものだった。
記者として対面してきたこれまでの修羅場の数々が、まるで子供だましのように思えた。
世間の常識も、定常化された理念も。
ことごとくが消し飛んだ。
別れたあとも、心臓の動悸が納まらなかった。
アルコールのせいだけでなく、足元がふらついた。
布団に入って落ち着きたかったが、部屋に戻れば奈々が待っている。
彼女とどうやって向き合っていくのか決めないうちに、顔を合わせるわけにはいかなかった。
といって、他に行き場所もなかった。
外灯もほとんどない田舎の夜は、真の暗闇に包まれている。
24時間営業の店なんてあるわけもない。
ふらふら歩いていると、フロントの奥から話し声がした。
中では、遅番の男性従業員が数名、車座になってカップ麺を啜っていた。
古城に気づくと、みんな驚いたような顔をした。
部屋に戻れない理由 ──奈々とそういった関係になる気はないので、一緒の部屋に寝るわけにはいかない──を告げて頼み込むと、快く空き部屋を使わせてくれた。
聞けば、奈々は男性従業員たちのアイドル的存在らしく、今回の古城との件を面白く思ってない者も多かったのだとか。
それはそれで複雑な気分だったが、他にやりようもなかった。
布団を敷いて寝転がり、ひとり天井を見上げた。
虫の音を聞きながら、ゆっくりと思索 に耽った。
いつの間にか、夜が明けていた。
「ああぁー! 見ぃつけたー!」
食堂に用意された朝食をとっているところに、浴衣姿の奈々が現れた。
「いったいどこ行ってたんすか!」
昨夜の不在を責められた。
「奈々はずっと待ってたんすよ!?」
がみがみと説教を受けながら、こっそりと他のテーブルの様子を窺った。
朝食の用意がされているのは自分たちのところだけ。
雛はもう食事を済ませたのか、それとももうチェックアウトしたのか、とにかくどこにもいなかった。
昨夜のことはすべて夢だったのではないかという疑念が、一瞬脳裏をよぎった。
過度の飲酒が見せたものであり、本当は……。
(……いや、逃げるな、オレ)
古城は自分自身に発破をかけた。
(どれもこれも、本当に起こったことだ。だからオレは、ここにいるんじゃねえか)
改めて奈々を見た。
多くのことを教えてくれた雛だが、奈々のことについてだけは教えてくれなかった。
奈々がどうして家業を継がず、都会に働きに出たのか。
そしてどうして、相手が古城でなければならなかったのか。
──こういうのはやっぱり、本人に聞かなきゃ、ね?
なんて言って笑ってた。
「……なあ、奈々?」
「なんすかもう! 言い訳なら聞き飽きましたよ! 男衆と酒盛りしてたなんて絶対嘘っす!」
「真剣に考えたいんだ。改めて」
「なにをっすか!」
「おまえとのこと。今後のオレとおまえの関係性について」
「へっ……?」
すとん、奈々は尻もちをつくように椅子に座った。
「か、か、考えるって……?」
「いろいろ考えたんだ。オレとおまえ、先輩後輩の間柄は、今回の件で粉々に破壊された。すべて振り出しに戻った」
「振り……出し……?」
「待て待て、そんな悲しそうな顔をすんな。そうじゃねえ。振り出しって、別に悪い意味で言ってるんじゃねえんだ」
涙ぐんだ奈々を、慌てて手で制した。
「普通に考えたらさ、今回のことは棚ボタなんだ。こんな立派な旅館の跡取り娘と結婚できる。分家とはいえ小鳥遊の一族だから、そういった意味でも食いっぱぐれはない。そんでまあ……おまえさんはその……なんだ。若いし? 見た目もまあ……うーん……かなりいいほうだし?」
「……っ」
「やめろモジモジすんな、オレが照れる」
「だ、だって先輩が……っ」
「まあうん……そうだな。悪かった。なんちゅうか、今のオレには余裕がねえんだ。球種を選ぶことができねえ。だからものすごくストレートに言うぞ?」
「は、はひっ」
奈々は緊張した面持ちで拳を握った。
朝食後、田上 の運転する戦車みたいにデカいSUVに乗り込んだ。
クレーターに向かう予定だった。
「いっやー! しょうがないっすよお嬢! 男にはこういう時、色々あるもんですからねえー! 変に緊張して出来なくなっちゃったりとか、急に里心ついて帰りたくなっちゃったりとかねえー!」
田上はすこぶるご機嫌だ。
昨夜、古城と奈々が別々に就寝したことを知ったためだ。
「なあ古城ちゃん? しょうがねえよなー?」
友達みたいにちゃん付けで話しかけてくる。
「そ、そうですねえ……はは……」
上手い返答が出来ず、古城はただただ言葉を濁し、愛想笑いを浮かべた。
奈々はと見ると、古城から顔を背けるようにして、車窓の風景を眺めていた。
「……カ」
何事かつぶやいている。
「……先輩のバカ」
耳を澄ますと、ぶつぶつ言ってるのは古城への恨み言だ。
「あんな真剣な顔で言うから……本気で期待したのに……」
朝食の席で古城が彼女に求めたのは、「素のままでいろ」ということだった。
いつも明るく元気のよい後輩──の小鳥遊奈々ではなく。
飾らない本当の小鳥遊奈々でいてくれと頼んだ。
そうやって、ごく自然な形で彼女のことを知れればいい。そう思ったのだ。
だけどそれは、色っぽい告白を期待していた奈々にとってはまさしく肩透かしをくらったようなものだった。
当然、不機嫌になった。
「まあまあ、そう怒るなって」
「がるるるるっ」
なだめようとすると犬のように威嚇してくる。
だからといって放っておくと、それはそれで怒り出す。
じゃあどうすりゃいんだよという話だが、古城はそれでいいのだと達観していた。
寂しがり屋で怒りっぽい、犬属性の女の子。
それこそがおそらくは、奈々という女の子の本質だ。
今後彼女とつき合っていく上で、絶対に慣れなければならない性質だ。
(……こりゃけっこう、苦労させられそうだな)
なんて考えて、奈々と築く未来を想像している自分に驚いて、古城は少し赤面した。
記者として対面してきたこれまでの修羅場の数々が、まるで子供だましのように思えた。
世間の常識も、定常化された理念も。
ことごとくが消し飛んだ。
別れたあとも、心臓の動悸が納まらなかった。
アルコールのせいだけでなく、足元がふらついた。
布団に入って落ち着きたかったが、部屋に戻れば奈々が待っている。
彼女とどうやって向き合っていくのか決めないうちに、顔を合わせるわけにはいかなかった。
といって、他に行き場所もなかった。
外灯もほとんどない田舎の夜は、真の暗闇に包まれている。
24時間営業の店なんてあるわけもない。
ふらふら歩いていると、フロントの奥から話し声がした。
中では、遅番の男性従業員が数名、車座になってカップ麺を啜っていた。
古城に気づくと、みんな驚いたような顔をした。
部屋に戻れない
聞けば、奈々は男性従業員たちのアイドル的存在らしく、今回の古城との件を面白く思ってない者も多かったのだとか。
それはそれで複雑な気分だったが、他にやりようもなかった。
布団を敷いて寝転がり、ひとり天井を見上げた。
虫の音を聞きながら、ゆっくりと
いつの間にか、夜が明けていた。
「ああぁー! 見ぃつけたー!」
食堂に用意された朝食をとっているところに、浴衣姿の奈々が現れた。
「いったいどこ行ってたんすか!」
昨夜の不在を責められた。
「奈々はずっと待ってたんすよ!?」
がみがみと説教を受けながら、こっそりと他のテーブルの様子を窺った。
朝食の用意がされているのは自分たちのところだけ。
雛はもう食事を済ませたのか、それとももうチェックアウトしたのか、とにかくどこにもいなかった。
昨夜のことはすべて夢だったのではないかという疑念が、一瞬脳裏をよぎった。
過度の飲酒が見せたものであり、本当は……。
(……いや、逃げるな、オレ)
古城は自分自身に発破をかけた。
(どれもこれも、本当に起こったことだ。だからオレは、ここにいるんじゃねえか)
改めて奈々を見た。
多くのことを教えてくれた雛だが、奈々のことについてだけは教えてくれなかった。
奈々がどうして家業を継がず、都会に働きに出たのか。
そしてどうして、相手が古城でなければならなかったのか。
──こういうのはやっぱり、本人に聞かなきゃ、ね?
なんて言って笑ってた。
「……なあ、奈々?」
「なんすかもう! 言い訳なら聞き飽きましたよ! 男衆と酒盛りしてたなんて絶対嘘っす!」
「真剣に考えたいんだ。改めて」
「なにをっすか!」
「おまえとのこと。今後のオレとおまえの関係性について」
「へっ……?」
すとん、奈々は尻もちをつくように椅子に座った。
「か、か、考えるって……?」
「いろいろ考えたんだ。オレとおまえ、先輩後輩の間柄は、今回の件で粉々に破壊された。すべて振り出しに戻った」
「振り……出し……?」
「待て待て、そんな悲しそうな顔をすんな。そうじゃねえ。振り出しって、別に悪い意味で言ってるんじゃねえんだ」
涙ぐんだ奈々を、慌てて手で制した。
「普通に考えたらさ、今回のことは棚ボタなんだ。こんな立派な旅館の跡取り娘と結婚できる。分家とはいえ小鳥遊の一族だから、そういった意味でも食いっぱぐれはない。そんでまあ……おまえさんはその……なんだ。若いし? 見た目もまあ……うーん……かなりいいほうだし?」
「……っ」
「やめろモジモジすんな、オレが照れる」
「だ、だって先輩が……っ」
「まあうん……そうだな。悪かった。なんちゅうか、今のオレには余裕がねえんだ。球種を選ぶことができねえ。だからものすごくストレートに言うぞ?」
「は、はひっ」
奈々は緊張した面持ちで拳を握った。
朝食後、
クレーターに向かう予定だった。
「いっやー! しょうがないっすよお嬢! 男にはこういう時、色々あるもんですからねえー! 変に緊張して出来なくなっちゃったりとか、急に里心ついて帰りたくなっちゃったりとかねえー!」
田上はすこぶるご機嫌だ。
昨夜、古城と奈々が別々に就寝したことを知ったためだ。
「なあ古城ちゃん? しょうがねえよなー?」
友達みたいにちゃん付けで話しかけてくる。
「そ、そうですねえ……はは……」
上手い返答が出来ず、古城はただただ言葉を濁し、愛想笑いを浮かべた。
奈々はと見ると、古城から顔を背けるようにして、車窓の風景を眺めていた。
「……カ」
何事かつぶやいている。
「……先輩のバカ」
耳を澄ますと、ぶつぶつ言ってるのは古城への恨み言だ。
「あんな真剣な顔で言うから……本気で期待したのに……」
朝食の席で古城が彼女に求めたのは、「素のままでいろ」ということだった。
いつも明るく元気のよい後輩──の小鳥遊奈々ではなく。
飾らない本当の小鳥遊奈々でいてくれと頼んだ。
そうやって、ごく自然な形で彼女のことを知れればいい。そう思ったのだ。
だけどそれは、色っぽい告白を期待していた奈々にとってはまさしく肩透かしをくらったようなものだった。
当然、不機嫌になった。
「まあまあ、そう怒るなって」
「がるるるるっ」
なだめようとすると犬のように威嚇してくる。
だからといって放っておくと、それはそれで怒り出す。
じゃあどうすりゃいんだよという話だが、古城はそれでいいのだと達観していた。
寂しがり屋で怒りっぽい、犬属性の女の子。
それこそがおそらくは、奈々という女の子の本質だ。
今後彼女とつき合っていく上で、絶対に慣れなければならない性質だ。
(……こりゃけっこう、苦労させられそうだな)
なんて考えて、奈々と築く未来を想像している自分に驚いて、古城は少し赤面した。