「冒険の仲間!!」
文字数 3,159文字
~~~新堂助 ~~~
「くそー、離せ! この縄をほどけー!」
「ダメだ。だって縄ほどいたらまた同じことするだろおまえ?」
「しない! しないってば! 今度こそホントだよ!」
「……ホントに?」
「……」
「はいアウトー。目ぇ逸らしたからアウトですー」
「なんでだよー! くそー、ほどけほどけほどけー!」
ジタバタともがくジーンを縄で縛って床に転がして、ようやく人心地ついた。
「……ったく、なんでこいつはこんなに必死なんだ?」
ガドックのほうに目をやると、床に落ちていたジーンの本をパラパラめくっていた。
「『外惑星探検記』著者:ロキ・マグナス……」
「ロキ・マグナス?」
「伝説の冒険者だよ。幾多の航路や未知の惑星を発見した英雄だ。生きていれば80歳になるか90か」
「……生きていれば?」
ガドックはわずかに遠い目をした。
「……もう20年にもなるか。海賊と政府軍との戦いに巻き込まれた。彼の船は被弾し、炎を噴きながら小惑星帯 に消えた。故人だよ」
「故人じゃないよ!」
ジーンが顔を真っ赤にして反論した。
「ロキ爺 ぃは生きてるよ! だってボクはロキ爺ぃに会ったんだもん!」
「どこでだよ」
「東区の地図屋! 店主がロキ爺ぃだったんだ!」
「……聞いたことあるな。得体の知れねえ地図や古書に、ロキ由来の伝説をくっつけて売ってる胡散臭いジジイがいるって」
「胡散臭くないよ! だって本人だもん!」
「数年前に店を引き払って夜逃げしたって話だ。噂じゃ、相当な借金があったってな」
「それは……!」
ジーンは言葉に詰まった。
ちょっと涙ぐんでた。
「ふぅん……」
俺はジーンの傍に座り込んだ。
「……おまえ、もしかして知ってるんだな? ロキがどこへ行ったのか」
ジーンははっとしたような顔で俺を見た。
「だけど借金取りに追わせたくないから言いたくない。そういうことだな?」
「……」
「そしておまえはジャンゴに行こうとしてると。なるほどなるほど」
「……っ」
ジーンは悔し気に唇を噛んだ。
「待てボウヤ、こいつぁ途方もない与太話なんだ。地図屋のジジイ以外証人のひとりもいない戯れ言だ」
ガドックがうんざりといった声を出す。
「そもそもがだ、ジーン。おまえの言ってるのはただの逃避なんだよ、逃避」
逃避とはどういうことだろう。
「『嫁』になりたくないってごねてるって聞いたぜ?星穹舞踏会 にも出たくないって逃げ回ってるとか」
ガドックの説明によると、今ケルンピアでは、次期『嫁』の座を賭けてふたりの女の子が争っているらしい。
星穹舞踏会の日に古式に則 った決闘を行い、勝った方が『嫁』になるのだとか。
片方は、もちろんジーン。
現大統領であり『嫁』でもあるソニア・ソーンクロフトのひとり娘。
もう片方がキーラ・バルバロ。
有名な民間警備会社──辺境の惑星においてはギャングと同じ振る舞いをする──の社長の娘だ。
「ちなみにこいつな」
ガドックが携帯端末を操作して本人の画像を見せてくれた。
「おお……これはすごい……っ」
褐色の肌に薄紫色の髪。ちょっと目つきのキツい、野性的な美少女だ。
身体にフィットした革のツナギを着ているので、出るところの出て引っ込むところの引っ込んだ、蠱惑的なボディラインがよく見える。大きくはだけた胸元の谷間からは、魔性の色香が漂ってくる。
「え、ホントに同い年……?」
携帯端末の画像とジーンとを交互に見ていたら「うるさい! 変態っ!」と罵られた。
いや、ジーンはジーンで可愛いんだけどさ、キーラのそれとはベクトルが異なる可愛さなんだよね。
「ふたり合わせてケルンピアの双星。次代を担う娘っ子どもってわけだ」
「次代を担う、かあ……そいつはまた重いなあ……」
「なにせケルンピアのナンバー1、2のお嬢様同士だからな。どちらが勝っても自然と次期大統領になるだろうってみんな予想してる。つまりこれはただの『嫁』争いだけじゃなく、未来の権力闘争でもあるってわけだ」
「なるほどなあ……」
どこの世界も大変なんだなあと感じいっていると……。
「──ならない」
ジーンがぼそりとつぶやいた。
「ボクは『嫁』なんかにならないよ。そんなのキーラがなればいいんだ。あいつはそういうの好きなんだから、戦闘訓練なんてバリバリにしちゃってさ。ボクに勝つ気満点なんだから。ボクは……」
ぐっと、目に力をこめた。
「ボクは宇宙を股にかける冒険者になるんだ。見知らぬ土地を旅して、見知らぬ人々と交流を深めて、古代遺跡を発掘して、大自然の驚異を目にして……そんな、ロキ爺ぃみたいな冒険者になるんだ」
「……っ」
俺は思わず息を呑んだ。
「『嫁』なんかになりたくない。大統領なんかになりたくない。そうしたらボクは自由じゃなくなる。自由世界の自由都市の自由の娘が、全然自由じゃなくなる。そんなのおかしいじゃないか」
……俺は初めて見た。
俺と同じ夢を語る人間を。
本気で冒険者になろうって人間を。
「だからボクは家出してきたんだ」
「……それで俺の船に?」
「うん。テレビで見たよ。キミの船ってどこにでも行けるんだろ? 次元の壁を食い破れるんだったら、きっといますぐロキ爺ぃに会いに行ける。……ロキ爺ぃはまだボクが子供の頃に、超光速航法で旅に出たんだ。数年かけてジャンゴに向かって……もう、帰らないって言ってた」
「……会ってどうする?」
「教えてもらうんだ。別れ際、ロキ爺ぃは言ってた。『もしおまえがわしに追い付けたら、そん時ゃ冒険者にとって最も大切なものを教えてやる』って」
「……」
縄をほどき、ジーンを立たせてやった。
俺から体を離そうとするジーンの手を無理やりとって握手した。
「ふぇ? な、なに!? ま、また何かするつもり!?」
俺への警戒心からか、びくりと体を震わせるジーン。
「協力するよ、その夢。俺が絶対おまえを連れてってやる。ロキのところへ」
「……ホントに?」
ジーンは目を丸くした。
「ホントさ、受け合うよ」
「……家出しちゃダメとか、言ったりしないの?」
おそるおそるというように、上目遣いで俺を見た。
俺はがりがりと頭をかいた。
「言わねえよ。うちはなんせ、両親が家出してるからさ。俺がむしろ探してるほうなんだ」
「逆にキミが? ふうん……でも、だったらなおさら……」
「……傍から見てそれがどんなに愚かなことでも、その人にとっては大事。そういうことってあるんだよ。そういう人を、俺はたくさん見てきたからさ」
「ふうん……?」
ジーンは怪しむように、すっと目を細めた。
「なんだか物わかりが良すぎて怖いなあ……なにか企んでるんじゃないだろうね?」
「あのなあ、おまえ俺をいったいなんだと思って……」
「痴漢変態」
「ただのド外道だな」
「ガドックまでも!?」
けっこうショックだったが、俺はなんとか立ち直った。
「ごほん。まあ聞けよジーン。俺の夢はさ……」
「ハーレムを拡大すること?」
「港ごとに女を作ることだろ?」
「ガドックさぁん!?」
完全に白い目のふたり。
俺はさんざん苦労しながらも、ようやくジーンに納得してもらった。
俺がジーンを手伝おうとする理由。
生まれた世界は違うけど、俺たちは同じ夢を持つ仲間なんだってことを──
「くそー、離せ! この縄をほどけー!」
「ダメだ。だって縄ほどいたらまた同じことするだろおまえ?」
「しない! しないってば! 今度こそホントだよ!」
「……ホントに?」
「……」
「はいアウトー。目ぇ逸らしたからアウトですー」
「なんでだよー! くそー、ほどけほどけほどけー!」
ジタバタともがくジーンを縄で縛って床に転がして、ようやく人心地ついた。
「……ったく、なんでこいつはこんなに必死なんだ?」
ガドックのほうに目をやると、床に落ちていたジーンの本をパラパラめくっていた。
「『外惑星探検記』著者:ロキ・マグナス……」
「ロキ・マグナス?」
「伝説の冒険者だよ。幾多の航路や未知の惑星を発見した英雄だ。生きていれば80歳になるか90か」
「……生きていれば?」
ガドックはわずかに遠い目をした。
「……もう20年にもなるか。海賊と政府軍との戦いに巻き込まれた。彼の船は被弾し、炎を噴きながら
「故人じゃないよ!」
ジーンが顔を真っ赤にして反論した。
「ロキ
「どこでだよ」
「東区の地図屋! 店主がロキ爺ぃだったんだ!」
「……聞いたことあるな。得体の知れねえ地図や古書に、ロキ由来の伝説をくっつけて売ってる胡散臭いジジイがいるって」
「胡散臭くないよ! だって本人だもん!」
「数年前に店を引き払って夜逃げしたって話だ。噂じゃ、相当な借金があったってな」
「それは……!」
ジーンは言葉に詰まった。
ちょっと涙ぐんでた。
「ふぅん……」
俺はジーンの傍に座り込んだ。
「……おまえ、もしかして知ってるんだな? ロキがどこへ行ったのか」
ジーンははっとしたような顔で俺を見た。
「だけど借金取りに追わせたくないから言いたくない。そういうことだな?」
「……」
「そしておまえはジャンゴに行こうとしてると。なるほどなるほど」
「……っ」
ジーンは悔し気に唇を噛んだ。
「待てボウヤ、こいつぁ途方もない与太話なんだ。地図屋のジジイ以外証人のひとりもいない戯れ言だ」
ガドックがうんざりといった声を出す。
「そもそもがだ、ジーン。おまえの言ってるのはただの逃避なんだよ、逃避」
逃避とはどういうことだろう。
「『嫁』になりたくないってごねてるって聞いたぜ?
ガドックの説明によると、今ケルンピアでは、次期『嫁』の座を賭けてふたりの女の子が争っているらしい。
星穹舞踏会の日に古式に
片方は、もちろんジーン。
現大統領であり『嫁』でもあるソニア・ソーンクロフトのひとり娘。
もう片方がキーラ・バルバロ。
有名な民間警備会社──辺境の惑星においてはギャングと同じ振る舞いをする──の社長の娘だ。
「ちなみにこいつな」
ガドックが携帯端末を操作して本人の画像を見せてくれた。
「おお……これはすごい……っ」
褐色の肌に薄紫色の髪。ちょっと目つきのキツい、野性的な美少女だ。
身体にフィットした革のツナギを着ているので、出るところの出て引っ込むところの引っ込んだ、蠱惑的なボディラインがよく見える。大きくはだけた胸元の谷間からは、魔性の色香が漂ってくる。
「え、ホントに同い年……?」
携帯端末の画像とジーンとを交互に見ていたら「うるさい! 変態っ!」と罵られた。
いや、ジーンはジーンで可愛いんだけどさ、キーラのそれとはベクトルが異なる可愛さなんだよね。
「ふたり合わせてケルンピアの双星。次代を担う娘っ子どもってわけだ」
「次代を担う、かあ……そいつはまた重いなあ……」
「なにせケルンピアのナンバー1、2のお嬢様同士だからな。どちらが勝っても自然と次期大統領になるだろうってみんな予想してる。つまりこれはただの『嫁』争いだけじゃなく、未来の権力闘争でもあるってわけだ」
「なるほどなあ……」
どこの世界も大変なんだなあと感じいっていると……。
「──ならない」
ジーンがぼそりとつぶやいた。
「ボクは『嫁』なんかにならないよ。そんなのキーラがなればいいんだ。あいつはそういうの好きなんだから、戦闘訓練なんてバリバリにしちゃってさ。ボクに勝つ気満点なんだから。ボクは……」
ぐっと、目に力をこめた。
「ボクは宇宙を股にかける冒険者になるんだ。見知らぬ土地を旅して、見知らぬ人々と交流を深めて、古代遺跡を発掘して、大自然の驚異を目にして……そんな、ロキ爺ぃみたいな冒険者になるんだ」
「……っ」
俺は思わず息を呑んだ。
「『嫁』なんかになりたくない。大統領なんかになりたくない。そうしたらボクは自由じゃなくなる。自由世界の自由都市の自由の娘が、全然自由じゃなくなる。そんなのおかしいじゃないか」
……俺は初めて見た。
俺と同じ夢を語る人間を。
本気で冒険者になろうって人間を。
「だからボクは家出してきたんだ」
「……それで俺の船に?」
「うん。テレビで見たよ。キミの船ってどこにでも行けるんだろ? 次元の壁を食い破れるんだったら、きっといますぐロキ爺ぃに会いに行ける。……ロキ爺ぃはまだボクが子供の頃に、超光速航法で旅に出たんだ。数年かけてジャンゴに向かって……もう、帰らないって言ってた」
「……会ってどうする?」
「教えてもらうんだ。別れ際、ロキ爺ぃは言ってた。『もしおまえがわしに追い付けたら、そん時ゃ冒険者にとって最も大切なものを教えてやる』って」
「……」
縄をほどき、ジーンを立たせてやった。
俺から体を離そうとするジーンの手を無理やりとって握手した。
「ふぇ? な、なに!? ま、また何かするつもり!?」
俺への警戒心からか、びくりと体を震わせるジーン。
「協力するよ、その夢。俺が絶対おまえを連れてってやる。ロキのところへ」
「……ホントに?」
ジーンは目を丸くした。
「ホントさ、受け合うよ」
「……家出しちゃダメとか、言ったりしないの?」
おそるおそるというように、上目遣いで俺を見た。
俺はがりがりと頭をかいた。
「言わねえよ。うちはなんせ、両親が家出してるからさ。俺がむしろ探してるほうなんだ」
「逆にキミが? ふうん……でも、だったらなおさら……」
「……傍から見てそれがどんなに愚かなことでも、その人にとっては大事。そういうことってあるんだよ。そういう人を、俺はたくさん見てきたからさ」
「ふうん……?」
ジーンは怪しむように、すっと目を細めた。
「なんだか物わかりが良すぎて怖いなあ……なにか企んでるんじゃないだろうね?」
「あのなあ、おまえ俺をいったいなんだと思って……」
「痴漢変態」
「ただのド外道だな」
「ガドックまでも!?」
けっこうショックだったが、俺はなんとか立ち直った。
「ごほん。まあ聞けよジーン。俺の夢はさ……」
「ハーレムを拡大すること?」
「港ごとに女を作ることだろ?」
「ガドックさぁん!?」
完全に白い目のふたり。
俺はさんざん苦労しながらも、ようやくジーンに納得してもらった。
俺がジーンを手伝おうとする理由。
生まれた世界は違うけど、俺たちは同じ夢を持つ仲間なんだってことを──