Interlude:Tinder Box.

文字数 3,344文字

  ~~~古城一郎(こじょういちろう)~~~



 雲ひとつない快晴の下、SUVは真新しい県道を南へと走った。
 いくつかの丘を越え、山を越えた。
 やがて舗装された道を外れ、古城たちは細い山道の入り口で降りた。
 整備された観光施設側からではなく、裏側の未整備地帯からクレーターへと向かう予定だった。

 古城がリュックサックを背負い、デジタルハンディカムの動作チェックなどをしていると、肩からデジカメだけをかけた奈々が、ドシンと体当たりするように腕組みしてきた。

「……ちょ、おい、奈々?」

「さ、行くっすよ先輩。準備なんかもういいっすから」

「だっておまえ、仮にも山だぞ山。最悪の事態を想定して色々準備しておかないと、万が一なんてことになったら……」

「万が一なんてありえないっすよ。このへんの山は奈々にとっちゃ庭みたいなもんすから」

「そうは言うけどよ……つうかおまえ、そんなにグイグイされると、胸が……」

 古城の言葉に反発するように、奈々はさらに力をこめて体を押しつけてきた。
 大きすぎず小さすぎず、絶妙な柔軟性をもったふたつの膨らみが、たわみつぶれる。

「当ててんすよ! もう! わかんないんすか! もう! 先輩の鈍ちん!」

「まあ鈍いことは認めるんだが……」

「先輩が言ったんですからねっ! 『素のままでいろ』って! はい、これが奈々の素ですからっ! どうっすか!? 興奮するっすか!? 辛抱たまらんすか!?

「いやあ……ここまで堂々とこられるとさすがにちょっと……」

「むっきー! じゃあどうすればいいんすかー!」

 奈々に引きずられるようにして歩き出す古城。

「……おーい、古城ちゃん?」

 古城のすぐ後ろを、山歩き用の白木の杖を携えた田上(たがみ)がついて来る。

「それ以上お嬢にくっつくと、首と胴が泣き別れになりやすぜ?」

 甘えるような猫なで声で、しかしたしかに脅してくる。

「……この状況で、オレにいったいどうしろと?」

「男だったらそんなもん、根性でなんとかしやがったらいいんじゃないかねえ?」

「奈々は絶対、この手を離さないっす!」

「とか言ってるんだが……」

「どこへ行くのも一緒っす! お手洗いまでお供するっす!」

「いやあ、そういう特殊な感じのはちょっと……」

「お嬢~」
 


 ぎゃあぎゃあ騒ぎながら森の中を歩く3人。
 その足が、同時に止まった。

「……なんだ、これ?」

 古城は驚いて辺りを見渡した。

 辺りの雰囲気がいきなり変わった。
 真昼間のはずなのに、日が暮れたかのように暗くなった。
 気温が急激に下がった。吐く息まで白くなった。
 まるで空間を制御する(あやかし)の腹の内にでも入り込んだようだった。あるいは『嫁Tueee.net』で使用される『ドーム』の中か。
  
「ちっ……こいつは……」

 田上が舌打ちしながら先頭へ進み出た。

「邪魔くせえ結界なんぞ張りやがって! てめえらいったいどこの(もん)だ?」

 白木の杖を捻じって引くと、仕込みの造りになっていた。
 中に隠されていたのは真剣。
  
「おいてめえら! 聞こえねえのか! 耳ついてねえのか! ああ!? 人の縄張り(シマ)でなにやってやがるって言ってんだ!」

 再度の田上の呼びかけに、複数の声が返ってきた。

 ──……田上か。ちっ、平和ボケした小鳥遊のうらなりどもが。こんな真昼間からこんなところへなんの用だ。 
 ──こっちは取り込み中なんだ! 用がないならすっこんでろ!
 ──()()ね!
 ──去ね!
 ──去ね!
 ──去ね!

「その声走りの術は御子神(みこがみ)だな!? 人ん()の庭先で上等くれやがって!」

 顔を真っ赤にして怒り出した田上は、片手の人差し指と中指を揃えて九字を切り出した。

「そっちがその気なら、こっちにだって考えがあらあ! てめぇらの結界を粉々に断ち割って、その醜い(つら)をお天道様(てんとさま)の下に晒してやる!」

 ビュン。

 何かが風を切る音をした──と思った次の瞬間、奈々が瞬間移動でもしたかのように古城の前に立っていた。
 古城に背を向け、森の奥をにらみつけている。
 よく見ると、右手の人差し指と中指の間に、苦無(くない)のようなものが挟まれていて……その先端は、まっすぐに古城の顔面を向いていた。

「くぉらああああ! 人の旦那に何してやがるんすかあああ!」

 奈々は一歩前に出ると、鼓膜をビリビリと震わすような大声で叫んだ。

「この人は奈々の旦那様になる人なんすよ! 今夜一気に……本当は昨日のうちに済ませちまうつもりだったんすけど……と・も・か・く! 貴重で大事な人なんすよ! それをわかってやってんすか!?

 下手に出てるのか高圧的なのかわからないような口調で、勢いよくまくし立てた。

「まさか小鳥遊奈々を知らないとは言わないでしょうねえ!? 今後の態度次第では、あんたら全員、二本の足で帰れないようにしてやりますよ!? さあわかったら、とっとと出てくる! はい、一、二、三──!」

 カウントが終わる寸前。
 森の奥からどやどやと、数人の男たちが現れた。
 皆、草鞋と白装束に身を包んでいる。
 鉢金(はちがね)、手甲に脚絆で身を固め、手に手に刀や薙刀などの得物を携えている。どれもこれも、べったりと血に濡れている。

「……ふん、相変わらず騒々しい小娘よ。同じ女とはいえ、当代とは比べ物にならぬな」

 リーダー格と覚しき、六十歳ほどの男が歩み出た。
 短髪の総白髪、頬には刀傷。
 背は低いが、肉体は鋼のように鍛え上げられている。
 眼光鋭く、見る者を突き刺すような雰囲気がある。

「それでよく、小鳥遊の御庭番衆筆頭など務めていられるものよ」

「……城戸(きど)さんっすか。ふん、ご隠居様が年がいもなくこんなところまで出張ってきて、なんの用すか? 言っておきますが、たとえご老人相手でも容赦はしないっすから。奈々の仇名(あだな)の由来をその身で味わいたくなければ、さっさときりきり白状するっす」

「仇名……」

 城戸は一瞬、考えこむように首をひねった。

「あれか。ひとりバルカン半島とか、全自動喧嘩売り機とかいうあれか」

「違いますよ! もっとかっこいいのあったでしょうが! 風神とか、ブレードウインドとか!」

 城戸の後ろに控える男たちは互いに顔を見合わせ、

「聞いたことないなあ、おまえある?」

「ないない。っつーか、そのふたつがかっこいいと思ってる時点で……」

「ブレードウインドてwww」

 ひそひそと囁き合った。

「むきーっ! 小声で言っても聞こえてるっすからねー!」

 奈々は地団駄踏んで悔しがった。

「先輩の目の前で恥をかかせて……! よくもよくもよくも!」

 眼光鋭く、男たちをにらみつけた。

「泣いて謝っても許さないっす! 生まれてきたことを後悔させてやるっす!」

 苦無を捨てると、スーツの袖口から左右に一本ずつ、手品師のように短刀を取り出した。
 腰を落として身構えた。

「……ほう、この人数相手にやる気か? 足手まとい(・ ・ ・ ・ ・)付きで?」

 城戸は不敵に笑った。

「先輩には指一本触れさせないっす! 小鳥遊家御庭番衆筆頭の力、舐めないでほしいっすね!」

 奈々は負けじと叫んだ。

 バチバチと、ふたりの間に見えない火花が散った。
 男たちが周囲を囲むように動き、田上は古城の後方に回った。
 まさに一触即発の状態──

 先に均衡を破ったのは城戸だった。

「ふん……小鳥遊との積もり積もった恨みしがらみ。宿業因縁(しゅくごういんねん)。今日こそ決着をつけてやる、と言いたいところだが……」

 忌々しげにかぶりを振った。

「はあ? なんすか、いまさら臆病風に吹かれたんすか?」

「黙れ小娘。こっちにはこっちで事情があるのだ」

「はあ? 事情?」

「詳しくはあとだ。とにかく黙ってついて来い」

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み