「タイプと評価と!!」

文字数 4,380文字

 ~~~小山妙子(こやまたえこ)~~~



「……あのままでいいんですか? 止めなくて」

 缶ビール片手に、カヤさんが居間に戻ってきた。

「ちょっと覗いてきましたけど、けっこうのっぴきならない状態になってましたよ?」

 座布団の上に腰を降ろしながら、じゃっかん煽り口調で聞いてくる。

「ああ……あれね」

 あたしは天井を見上げて肩をすくめた。
 
 9連勝のお祝いのあと、タスクはシロを担いで寝室のある2階に上がっていった。
 御子神は竹刀を握ってあとを追い、そのままおとなしく護衛役を務めるかと思いきや……。

 ──いやあああああ! 助けて誰かああああああ!
 ──助けなんか呼んだって無駄だ! おとなしくしろ!

 タスクが絹を裂くような悲鳴を上げるのを、御子神が息を荒げながら押さえ込んでいる。
 男女逆転したようなふたりのドタバタ騒ぎが、居間(ここ)まで響いてくる。
 近所との距離は離れているので警察を呼ばれるような心配こそないが、倫理的な問題はあるかもしれない。
 いくら将来を誓い合った仲とはいえ、14歳同士だし。
 どう聞いてみても無理やりだしな……。

「……ま、盛りのついたネコみたいなもんだ。適度なとこでバケツで水でもかけといてくれ。そしたら目ぇ覚めるから」

 あたしはちゃぶ台の上に乗せたノートPCに向かい、作業を続けた。

「……あれ? 気にならないんですか?」

 さも意外という風に、カヤさんは目を丸くした。

「気にならないと言えばウソになる。……だけどまあ、ああいうのもタスクに必要なことではあるんだよ」

「……必要? あれが……ですか」

 カヤさんは首をかしげた。

「ほっとけばあいつはどこまでも溜め込んじゃうやつだからさ。どこかでガス抜きが必要なんだよ。バカなこと言って、ドタバタ騒いだりしてさ」

「あれじゃガス以外のものも……」

 おっと、って感じでカヤさんは口元に手を当てた。

「……あんたでも、下ネタなんて言うんだな」

「こう見えても年頃の女の子ですからっ。きゃっぴきゃっぴるーん♪」

「……あ、ああそう」

 裏ピースを決めるカヤさんから、あたしは目線を外した。
 カヤさんの傍らには、すでに10本以上の空き缶が並んでいる。
 ……この人なりに、溜まってるものはあるんだろう。
 多少の羽目外しには目を瞑っといてやるべきか。

「ま、タスクはそういうやつなんだ。辛い時こそ楽しいふりをする。泣きたい時ほど笑顔になる。はしゃぎまくる。そのくせ心の中はどん底に沈んでる。昔から、そういうとこはちっとも変わらないんだよ、あいつは」

「昔から……。それって、前に言ってた……?」

「そう、あいつのお母さん……トワコさんっていうんだけどさ。めちゃめちゃ美人で、喧嘩が強くて、怒るとおっかなくてさあ……」

 ──だけどあの人はいなくなった。
 旦那さんである(あらた)さんと一緒に、(カラミティ)の中、消息を絶った。
 今もなお、行方はわからない。

「あいつ自身は決してそんなこと言わない。おくびにも出さない。だけどあたしは知ってるんだ。あいつが多元世界を股にかける冒険者になろうとしてるのは、夢とか憧れって以上に、自分自身の手でお母さんを探し出すためなんだって」

「ふうん、さすがにお詳しいようで……」

 カヤさんは、なぜかにやにや笑っている。

「……ま、まあともかくさ」

 気恥ずかしくなって、あたしは液晶モニタに目を落とした。

「そういうのもあいつには必要なんだってことさ。重さで潰れちまわないように、適度に肩の荷を取り除いてやらないといけないんだ」

「……自分自身でそうしようとは思わないんですか?」

「あたしが? 勝てない分野で争うほどバカじゃねえよ。体張ってバカやんのは御子神に任せるさ」

「じゃあそれが……勝てる分野ってことなんです?」 

 カヤさんが酒臭い息を吐きながら液晶モニタを覗き込んできた。

「さっきから気になってたんですけど、これってなんなんです?」

「リストだよ。今日現在現時点での『嫁Tueee.net』登録者リスト。その数32565人。全員の氏名身長体重、特技に志向性質能力、その他あらゆる情報」

「ど……どうやってそんなことを……っ?」

 カヤさんは声を上ずらせた。

「『嫁Tueee.net』の公式データベースだけじゃそこまで載ってませんよね!?

「あれはまあ……ちょっとざっくりしすぎだからな。名前と世界観ぐらいしか載ってないんだもん」

 あたしは肩を竦めた。

「そもそもがさ、多元世界人てのは全体的に大雑把すぎるんだよな。自分たちの代表戦士によっぽど自信があるのか、相手のことも考えずに適当なマッチングしてばかり。初心者は弱い、ランキング上位は強い。それぐらいしか物差しがないみたいだ。あたしに言わせりゃバカそのもの」

 マウスを操作し、地球人のマニア達が上げたネットの情報をいくつか画面に表示させた。

「たしかに地球人は弱い。いまだに公式の嫁が出てないし、試合も利権も、指を咥えて眺めることしか出来ない。だからというか、憧れは多元世界人の何倍も強くてさ。こうしてさまざまな情報を集めてるんだ。集めてまとめて、リストを作ってる。誰に命令されたわけじゃなく。勝手に、驚くほどの熱心さで」

「じゃあこのリストは……地球人が集めた情報?」

「そのままってわけじゃないぜ? ネット情報は玉石混交だ。虚実入り乱れた中から本物を選り分けるには、それなりのテクニックと根気がいる」

 あたしが作ったリストの一番のポイントは、タイプ分けと評価付けだ。
 サイズ、移動タイプ、戦闘スタイル、接近戦の得意不得意、遠距離攻撃の有無、特殊攻撃の有無、各種耐性。大きく7タイプに分けた。
 さらに各種耐性を5つに分けた。熱変化、相手の攻撃タイプへの防御力等の項目だ。
 それらすべてをランク付けて評価した。

 ちなみにシロの場合は。
 バトルスコア:200(シロ単独の場合)
        2100(タスクと合一後)
        2500(妙子合一後)
        2700(御子神合一後)
 サイズ:E。ヒューマノイドタイプ。
 移動タイプ:地上。速度B。
 戦闘スタイル:マトの小ささを利用した超接近戦を得意とする。各種耐性の低さから、攻撃を受け止めることはしない。回避や受け流し中心。
 接近戦:A(古流武術による打撃、投げ、関節技。光帯剣(こうたいけん)による斬突)。相手がヒューマノイドタイプならS。
 遠距離攻撃:○(御子神合一後)。射程約10メートル。
 特殊攻撃:魔法によるもの。威力A。呪文詠唱に時間がかかる。
 耐熱:D
 耐冷:D
 耐打:D
 耐斬:D
 耐突:D


「防御……弱いですね……」

 カヤさんは驚いたように息を漏らした。

「な? こうして見るとわかりやすいだろ? あとはそうだな……例として……」

 3戦目にやったライデンの場合。
 バトルスコア8000。
 サイズ:C。ヒューマノイドタイプ。
 移動タイプ:地上。速度A。
 戦闘スタイル:圧倒的な速さを利した接近戦を得意とするが、技術は(つたな)い。防御は回避中心。耐物には無頓着だが、熱変化を伴う攻撃には敏感に反応する。
 接近戦:B(かぎ爪による斬突。蹴り)。
 遠距離攻撃:×
 特殊攻撃:×
 耐熱:C
 耐冷:C
 耐打:B
 耐斬:B
 耐突:B

「けっこう苦戦した試合だったけど、実は悪い組み合わせじゃなかったんだ。変な特殊攻撃もなかったし、タスクのテクニックで接近戦を制することが出来るかどうかがキーだった。それが最初からわかっていれば、もっと楽に進められた試合だったはずだ」

「ここまで載ってたんですか? その……ネットの情報には」

「当然、あたしが見た情報も加わえてある。主に試合の動画の視聴だな。ちなみにこれ以降の6戦に関しては、今までの試合を全て見たうえで評価付けして、マッチングさせてもらった」

「ああ、だから指名試合ばかりだったんですね?」

「そういうこと。指名するには嫁ポイントを10消費する。日本円に換算したら1ポイント約1億円だから、実に10億円。決して小さな額じゃない……というか、あたしたち庶民にとっちゃ、目を剥くような金額さ。だけど勝ち負けによるポイントの出入りを考えれば、それをするだけの価値はあると踏んだんだ」

「たしかに……」

 カヤさんはほうと感心したようなため息を漏らした。

「このリスト、もう完成してるんですか?」

「まさか。さすがにあたしも超人じゃない。だけどまあ……そんなに先のことにするつもりはないよ」

 あたしは肩を揉みながら天井を見上げた。
 ふたりのドタバタはひとまず納まったようで、耳を澄ましても何も聞こえない。

「メリル・エルクみたいに。そう言えば、タスクだったらわかるだろうさ」

 とあるラノベの主人公・火裂東吾(ひざきとうご)。万能無敵の勇者の隣に最後までいたのが、メリル・エルクだった。彼女はごくフツーの人間で、ごくフツーに火裂東吾に恋をした。他のハーレムヒロインズと比較して、彼女はまったく目立たない存在だった。
 ただひとつの特性──努力を除いては。

「圧倒的な武力や身体能力がない。体もちんまり、面相も人並み。魔力呪力の類だってありゃしない。そんな彼女が最後まで火裂東吾の傍にいられたのは、ただ努力故にだった。彼女はすべてを知っていた。冒険に必要な知識と知恵。火裂東吾の前に立ち塞がりそうなすべての障害を乗り越える方法を、ただ不断の努力によって手に入れた。なあカヤさん。これは過信じゃねえぞ? 条件が同じだったら、あたしはメリル・エルクにだって勝てるんだ。イコール、御子神にもシロにも、だ。最後に笑うのはこのあたしってわけで……」

「──と言いつつ、どこへ行くつもりなんです? 妙子さん」

「……うっ」

 ノートPCを小脇に抱えて部屋を出ようとしたところを、カヤさんに見とがめられた。

「タスクに計画報告をしに行くだけだが何か……」

「あーらそうですかー」
 
 カヤさんはにやにや笑って手を振った。

「じゃあしょうがないですねー。さ、お早めにどうぞ。ふたりの騒ぎが聞こえなくなったの、気になりますもんねー。まさかとは思っても、たしかめたくなるのが人情ってもんですよねー」

「う……うるさいっ。誰もそんなこと言ってないだろっ。ただあたしは、自分の役割を忠実に果たしてるだけなんだよっ」

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