Interlude:Everlast.

文字数 3,635文字

 ~~~古城一郎(こじょういちろう)~~~


 
「行くぞ皆の者! 残る敵は多元世界人が一体! 落ちぶれたとはいえ『嫁Tueee.net』出場者だ! 御大が出張って来てるとはいえ、決して油断するな!」

『応!』

 森の中を疾走する(ゆずりは)の後ろに、50名の男たちが続く。
 幼き頃から剣を学び呪法を練り、神魔誅滅のために自らを鍛え上げてきた男たち。
 御子神(みこがみ)のためならば、針の山に身を投げ出すことすら(いと)わない狂信者の群れが、ひた走る。

「こりゃ想像以上にとんでもねえな……」

 張り出した木の根に足をとられないよう気を付けながら、古城はどんどん遠ざかる男たちの背中を見送った。

「先輩先輩、喋ってる暇はないっすよ。置いてかれますよっ」 

「わかってるよ。わかってるけどよ……っ」

 奈々に発破をかけられ、古城は必死で足を速めた。

「だ、だけどこの人ら、足速すぎねえか? オレ、かなり全力出してんだけど……」

「先輩が遅すぎるんすよ。まあそもそも、50キロの背嚢(はいのう)背負って一昼夜走り切るような変態揃いっすから、比べるのも酷でしょうけどね」

「50キロ……? うへえ……」

「そんな人らでも敵わない存在がうじゃうじゃしてるってのが、この場合問題なんすけどね……」

「おいやめろ、これ以上オレを脅すんじゃねえ」

 奈々は古城に並走しながら、心地よさげに笑った。

「ふふふ、それだけ喋れるなら上等っすよ。正直もっと、ビビるかと思ってたっす」

「うるせえよ、こっちはこっちでけっこう必死なのっ。実際問題こうでもしてないと……」

 森を抜ける間、生きている者との遭遇は一切なかった。
 打ち捨てられた車両や死体の類は山ほどあったが、誰一人、息をしている者はいなかった。
 斬り合いや銃撃戦の末に死んだようなのが大半だったが、中には異様な死に方をした者もいた。
 手足をもがれたようなの、上からぺしゃんと踏みつぶされたようなの、正視に耐えないような惨たらしい死体も数多くあった。

 森林迷彩の装備に身を包んだどこぞの国の兵士たちのものがほとんどだったが、中にはそうでない者もいた。
 アンドロイドの兵士のような何者か、獣と人間の合いの子のような何者か。
 それらは古城にある回想を要求した。
 かつて見た光景。
 かつて嗅いだ、理不尽な死の臭い。
 
「……正気でいられるかっつうの」

 喉の奥にこみ上げてきたものを、無理やり堪えた。

「先輩先輩っ」

 そんな古城の心の内を察したのか、奈々はことさら明るく話しかけてきた。

「先輩偉いから、あとでいっぱいご褒美あげますからねっ」

「……へ、上から目線で言ってくれるぜ。じゃあお言葉に甘えてだな。回ってない寿司とフランス料理のフルコースと……」

「あわわわわっ……、ちょ、ダメですよ。奈々のお小遣い事情を考えてくれないとっ」

 ふたり、とりとめのない会話を繰り返した。
 繰り返しながら走った。
 走って、走って。
 やがて──

「先輩、前見てください! 森、抜けますよ!」



 森を抜けると、すぐにすり鉢状の巨大な穴があった。
 直径400メートルもある大穴の底で、二匹の巨大な化け物がにらみ合っていた。 

 一匹は全長20メートルほどもある巨大バラだった。根をシャクトリ虫のように動かし、ピンクホワイトの花弁の中央で牙をガチガチ噛み合わせ、盛んに相手を威嚇している。

「あの花、どっかで見たことあるような……」

花園世界(はなぞのせかい)フローレアのメリーさんっすね。いつぞや新堂さんとこのタスクさんが戦ってたやつっす。敗戦の後、『嫁』の座を降ろされたとか聞いてましたけど、こんなとこにいたんすねえ……」

「新堂って……ああ、ニュースになってたあの中坊か。でもさ、メリーはなんだってまだ地球(こんなとこ)にいんの? 負けたら負けたで、とっとと祖国に帰ればいいじゃねえか」

 奈々は肩を竦めた。

「向こうに戻ったらどんな目にあうかを考えたんでしょう。世の中、日本みたいにお優しい国ばかりじゃないんすよ。負けましたすいませんでしたでは済まされないような国もあるんすよ」

「……のこのこ帰って処罰されるよりは、居残って第二の人生をってか」

「あの再生能力(リジェネーター)はけっこう話題になってましたからねえ。某国の軍隊か、はたまた研究機関とタッグを組みでもしたんだんでしょう」

「処罰対象か実験材料か……どっちにしろ、救えねえ話だな」

 メリーさんの花弁がしゅるりしゅるりとほどけるようにめくれ、花芯にあたる部分がむき出しになった。
 そこには女の子が立っていた。サイズは普通の人間サイズ。
 年齢は10代前半といったところだろうか。腰まで届くピンクホワイトの長髪が風になびいている。加工された葉っぱがスレンダーボディにぴったり巻き付いて、衣服の代わりを果たしている。腰の辺りはミニのフレアスカート風で、白い太ももがちらちら見え隠れしている。

「貴様! さっきからなぜわたしの邪魔をする!」

 メリーさんは腹立たし気に、相手に向かって呼びかけた。

「体の回復にエーテルを利用しようとしただけなのに、なぜ妨害をするのだ! 挙句、わたしによくしてくれた優しい人たちにまで手をかけて!」

 相手は黒虎だった。
 メリーさんよりは小さいが、それでも全長15メートル強はあるだろうか。
 ヴェルヴェットのようになめらかな毛並み、サーベルタイガーのように突き出た牙。
 双眸は銀色で、凪いだ湖面のような静けさを(たた)えている。

「あれは……?」

 古城は目を凝らした。 
 黒虎の上空、ひと際高いところに、そこだけ重力がないかのように誰かが浮かんでいる。

 デジタルハンディカムのズーム機能を使うと、細かい服装まで判別できた。

 13、4歳ぐらいの少女だ。
 背は小さく身も薄い。
 肌は雪のように白く、肢体は生硬さを感じさせる。
 アンティークなセーラー服はサイズが合っていないのだろう、赤いマフラーや長い銀髪と共に、盛んに風を(はら)んでいる。
 双眸は黒虎と同じ銀色だ。
 
 一人と一匹、まるで神話世界の生き物のような神秘的な美しさを(たた)えている。

「見つけた……やっと……! ホントに何も変わってない!」
 
 思わずクレーターの縁から身を躍らせようとした古城を、奈々が慌てて止めた。

「ちょ、ちょっと古城さん? そんなに前に出たら危ないっすよ! 穴に落ちますよ!?

「離せ奈々! 慎重に降りるから大丈夫だって! ホントだ! 絶対ケガしないから!」

「無茶っすよ! 斜度40度はありますよ!? 先輩みたいな運動音痴には……!」

「だけど……っ! このままむざむざ……!」

「降りて何をどうするってんですか! あんなの同士の戦いに巻き込まれたら死にますよ!?」 
 
 揉み合うふたりの傍では、楪がてきぱきと事態の処理に努めている。

「3人一組で散開、周辺警戒に当たりなさい! 敵残党に遭遇したら組同士で合流! 相互に連絡を取り合いながら、数に物を言わせて始末なさい! 言うまでもないけど、情けなんてかけないように! これもわかってるでしょうけど、絶対にこの中へは降りないように! ()になりたくなければね!」

 城戸にあとの指揮を託すと、楪は古城たちのところへやって来た。

「古城さんとおっしゃいましたか。本当に色々とお詳しいようですね。あの方のことまでご存知で?」

「そりゃ知ってますよ。オレの命があるのはあの人おかげなんで」

「あらまあ、昔からの熱心なファンってわけですね。さすがは『正義の味方』ってとこかしら」

「……正義の味方?」

 奈々が眉根を寄せる。

「あなたはあなたで勉強なさい。これぐらい常識ですよ?」

 ダメな生徒に悩む教師のように、楪はため息をついた。

影食み(かげはみ)血人形(ブラディドール)、黙示録の獣。神代の頃から生き続ける驚異の生命体にして、地球上の最大戦力。あの方を(たた)える無数の言葉の中で、古城さんたち一般人にとってもっとも馴染み深いのがたぶん、この呼び方(・ ・ ・ ・ ・)でしょう。それがつまりは──」

 ──正義の味方。

「……ええ。どこから出た噂なのかはわかりません。だけど当時はけっこう話題になってた。(カラミティ)のさ中、もしピンチに陥ったら彼女の名を呼べって、ある種の守り神みたいに扱われてた。最初はオレだって信じちゃいなかった。だけどあの時、多元世界人に追い詰められてどうしようもなくなったオレは、藁をも掴むつもりで彼女の名を呼んだんです」

 ──タバサ・マリア・キットラーと。


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