「ザ・バトル・ジュニア・ハイスクール!!」

文字数 5,052文字

 ~~~新堂助(しんどうたすく)~~~



 夜が明けきらぬうちに、妙子(たえこ)は布団を出た。
 学校の準備があるとかなんとか早口にまくし立てるようにしながら、まだ暗い中を自宅へと帰っていった。
 残された俺は、半分眠ったような状態で寝床から手を振った。
 妙子の寝乱れた髪やほんのり赤らんだ頬が、束の間脳裏を占拠した。


 目覚ましのスヌーズ音で二度寝から覚めると、ちょうどいい時間になっていた。
 太ももにしがみつくように寝ていたシロを振りほどくと、申し分け程度の朝食を作った。
 トースト、サラダ、ハムエッグ。シロは死んだような顔でそれらを頬張った。率直にお気に召さなかったようだ。
 まあたしかに、黄身が固まってたりサラダが変色してたり、およそデリケートな料理でないのは間違いない。
 味付けは塩と胡椒だけ、彩りはトマトを適当に乗っけただけ。
 姉貴ならもっと美味く味付けるだろうし、お袋ならさらに綺麗に盛り付けるだろう。 
 きっと、俺の料理下手は親父の遺伝なのだ。

 この場にいない家族に適当に罪をなすり付けると、俺は思い切り伸びをした。

「あ~あ。なあシロ。今日はこのあとどうする?」

「んむふぁ~……?」

 シロは今にも眠ってしまいそうな顔で首を傾げた。

「このあとだよ。俺は学校行っちゃうけど、おまえはどうする? 近所を散歩するか? 家の中を探検するか? テレビ見ててもいいけど、ずっとだと飽きるだろう」

「んむひぃ~……? んむふぁ~……?」

 レタスをもしゃもしゃと齧りながら、シロは解読不能の返事を繰り返した。

「だぁかぁらぁ、学校だよ。学校。俺はこれから学校行かなくちゃならないんだ。留守にするんだ。あ……学校がわかんないのか? えっと……寺子屋、スクール、アカデミー……あとなんだ? プリズン?」

 適当に学び()っぽい単語を並べていくうち、シロはパチリと目を覚ました。
 眠たげな目をかっと見開き、テーブルの上に身を乗り出した。

「学校!? 学校といったか!? それはこっちの修験院(しゅげんいん)のことか!?

 そうか、向こうでは学校を修験院というのか。

「おう。そうそう、たぶんそれ。みんなで一緒に勉強するところ」

「おおおおー! 学校! 学校か!」

 興奮して学校を連呼するシロ。

「おう。学校学校」

「わらわも行く!」

「え?」

「いいじゃろ!? 学校、わらわも行く! 行ってみたい!」

「ええーっと……それは……」

 たしか妙子が、シロを学校へだけは連れてくるなと言っていた気がする。
 理由までは覚えてないんだけど……なんかあんのかな。
 悩んでいると、シロが俺の袖をぐいぐい引いておねだりしてきた。

「なあ~! いいじゃろ!? タスク! なあ、学校! わらわも学校へ行ってみたいんじゃよ~!」

「学校なんてどこも同じだろ? そんなに行きたいもんかあ?」

「ば……」

 シロは思い切り息を吸い込んだ。

「ばっかもーん!」

 きーん、鼓膜が震えるほどの大声だ。

「そなたは何もわかっておらん! わらわの世界の修験院だってたくさんの子らが学んでおるが、姫巫女は通えんのじゃ! 本宮(ほんぐう)の学び(どころ)で巫女向けの教えを受けることしか出来なかったのじゃ! 生徒なぞ5人もおらんのじゃぞ!? 話しのネタも遊びも尽きるわ! それがこっちの学校では、ひと組40人もおるそうじゃないか!」

「うちは1学年40人の20クラスだな。3年まであるからざっくり2400人。高校も隣接してるから、そっちも含めりゃ5000近いか」

「ご……っ」

「5000人で一緒に授業受けるわけじゃないけどな。休み時間も放課後も賑やかなのには違いない。とくにうちの連中はノリのいいのが多いからさ。いつでもどこかしらで騒ぎがあって。このまえなんかさ……」

 そこまで説明して、シロの期待感がもはや取り返しのつかないところまで来ているのに気づいた。

「そうかそうか! いいのういいのう! 楽しそうじゃのう!」
 握り拳をぶんぶか振り回すシロに、「でもダメー」とはさすがに言えない気分になっちまった。

「……しゃあない。行くか、シロ」

「うん!」







「だぁから言っただろうが! シロを学校へだけは連れて来るなって!」

 ()の向こうから、妙子は俺を叱り飛ばしてきた。

こいつら(・ ・ ・ ・)のお祭り好きは常軌を逸してるんだから! シロなんか見たら黙ってるわけないだろ! 絶好の餌になるに決まってるだろ!」

「そうは言うけどさあ……。まさかここまでするとは……」

「知るか! 現にそうなってるだろ!? 言っとくけど、あたしの忠告を聞かないおまえが悪いんだからな! あとは勝手にしろ!」

 怒りが冷めやらない妙子は、俺に背を向けて観客席(・ ・ ・)へと移動した。 

 ──説明しよう。俺たちは閉じ込められていた。

 朝食を終え連れ立って登校した俺とシロは、校門をくぐった瞬間にラグビー部の荒くれ連中に捕まった。
 神輿を担ぐようにえっさほいさと運びこまれた先は、高い木柵(もくさく)に四方を囲まれた空間だった。
 プロレスの金網デスマッチの会場を拡大したもの。といったらわかりやすいだろうか。
 柵の外側にはパイプ椅子がずらりと並べられ、観客席を形成している。席と席の間を売り子がジュースやお菓子を携え練り歩いていたり、オッズの描かれたホワイトボードの前でギャンブル研が講釈を垂れていたり、リベラルにもほどがある光景だ。
 マジで教師止めに来いよ……あ、ダメだ。教師も観客席に混じってる。なんだこの学校……。

「な、なあタスク……? これが地球流の歓迎か……?」

 神聖な学び舎にあるまじき異様な雰囲気が怖くなったのか、シロは俺にぴったり寄り添ってくる。

「いやいや、地球上のどこを探しても、こんなおもてなしをする部族はいねえよ……」

 いるとするなら彩南学園職員生徒一同、という名の部族だけだ。

 ウウウウウウウウウ……
 生徒たちがうなり声を上げている。
 手を叩き、足を踏み鳴らし、口笛を吹いて囃し立てる。

 ピーガー、とハウリング。
 放送部の女子の声が、スピーカーから流れてきた。

「さぁぁぁぁぁて始まりました! 第1回『嫁』争奪バトルロイヤル! 実況は私、放送部の紅一点、宮ケ瀬兼子(みやがせかねこ)が行います!」

 ──宮ケ瀬ええええええ……!
 ──兼子ぉおおおおおお……!
 爆発的な声援が上がる。

「タイトルからもわかる通り、今回のメインは『嫁』争奪戦です! 祈祷世界クロスアリアより地上に降り立った天使、シロさんを巡り、多数の運動部や文化部から声が上がりました! 本当に旦那は新堂でいいのか! あんな冒険バカに任せておいてもいいものか! オレたちのほうがよっぽど上手く戦える! ついでに部活のマネージャーにもなってもらって、来年の新入生への訴求力もがっちりアップだ!」

 ──そうだ!
 ──シロちゃんを我が部に!
 ──女じゃ! 女っ気が欲しいんじゃー!
 ──共学のはずなのに、入学以来女子と話していないんじゃー!
 我欲に素直な連中が、拳を握って訴えている。

「そうでしょうそうでしょう、そのために私はこの場を設けたのです! ──みなさん! 欲しいものがあるならどうすればいい!?

 ──奪い取れー!
 ──ぶん殴ってかっさらえー!
 物騒な返答が観客席から上がる。
 拳が突き上げられる。
 それもひとりやふたりじゃない。何十人、何百人って数だ。

「そーのとおりです! 欲しいものがあったら奪えばいい! 力ずくでわがものとすればいい! 原始の本能に従え! 己の手でつかみ取れ! ──強引!? 常識!? 世間体!? 知ったことか! 力こそが正義! 強さのみが彩南学園の掟! 引いては、当バトルロイヤルのルールであります!」

 ──うおおおおおおおぉっ!
 ──よくぞ言ったあぁぁあ!
 ──やっちまえぇぇぇえー!
 ヒートアップは止まらない。

「現在、柵の中には各運動部文化部の代表者の方々が1名ずつ入っておられます! 賞品(・ ・)であるシロちゃん! ついでに新堂なんちゃらさんもいます! 難しいことは言いません! 最終的に立っていた者が勝者です!」


「……ったく、どいつもこいつも勝手なことばかり抜かしやがって。もはやつっこむ気にもならねえわ」

 木柵の内側にいる数十人のバトル参加者たち──バットを持った野球部、まわしを締めた相撲部、ラケットを持ったテニス部などなどを見渡しながら、俺は大きくため息をついた。

「だけどおまえら、大事なことを忘れてねえか?」

 みんなの注目が集まったのを確認した上で、にやりと笑って問いかける。

「──おまえらの中にひとりでも、俺に勝てたことあるやつがいるのか?」 

『…………………っ!?

 場が沸騰した。
 歯ぎしり。
 舌打ち。
 怒声──

 ──うおおおおおおおおおおお!
 ──新堂を殺せえええええええ!
 ──絶対に無事で帰すなあああ!

「おーおー、イキのいいこった」

 頭を抱える妙子を遠目に見ながら、俺は肩を揺すって笑った。

「な、なあタスク……?」

 シロが不安そうに俺の腰に抱き付いてくる。

「なんだか急に、皆の顔が怖くなったような……」

「はっはっは。そりゃそうだ。俺が思い切り煽ってやったからな」

「煽った!? なんでじゃ!?

 がん、とハンマーで頭を殴られたみたいに、シロがよろめいた。

「ただでさえ危険な感じなのに、今にも爆発しそうな感じなのに、なんでそこに油を注ぐんじゃ!?

「なんでってそりゃあおまえ……」

「──面白いから、だろう?」

 俺の台詞を誰かが引き継いだ。
 ふり向いた先にはポニーテールの美少女ひとり。
 剣道着に素足。純和風の凜とした顔立ち。モデルばりの高身長、ボンキュッボンの胸、腹、尻。肩に(かつ)いだ竹刀も勇ましい、女子剣道部の剣姫(けんき)こと御子神蛍(みこがみほたる)。俺の終生のライバルだ。

「……ほほう御子神。よくわかったな。俺の考えてることが」

「1084勝1084敗。一切の引き分け無し。貴様とは長いつき合いだ。それぐらいのことがわからないと思うか」

 御子神は鼻を鳴らした。

「つまらない日常なら面白くすればいい。物足りないなら足りるようにすればいい。徹頭徹尾どこまでも、貴様らしい考えだ」

 竹刀の先端をまっすぐ下ろし、ぴたりと俺の喉元に向ける。

「ま、どうでもいいことだがな。私は貴様と戦えればそれでいい。あとの連中はすべておまけ。塵芥(ちりあくた)にすぎん」

「……知ってる? おまえのそれ、ダメ押しって言うんだぜ?」
 
 ──うぬぬぬ……言わせておけば生意気な女め……!
 ──剣姫と新堂だー!
 ──強いところから最初に叩けー!
 観客席からの声に従い、みんなの狙いが俺たちふたりに向けられた。

 シロを木柵の上に逃がすと、俺はぽきぽきと拳を鳴らした。

「……ところでな、新堂」

 背中合わせの格好になった御子神が、みなに聞こえないように声をひそめた。

「今日はひとつ、賭けをしないか?」

「……珍しいな。おまえがそんなこと言うの」

 生粋の戦闘民族の御子神が、勝敗の結果で賭けをしようとは……。

「うむ……」

 一瞬躊躇してから、御子神は言った。

「……生涯一度きりだ」


「そこまで言われちゃ断れねえけどさ……」

 戦闘をネタにした余興にしちゃあ、ずいぶんと重い口調だ。

「で、内容は? 何を賭ける?」

「……敗者は勝者の願いを、なんでもひとつだけ聞かなければならない」

「なんでも?」

「……そうだ。それがどんなにいやなことでも、絶対に受け入れなければならない。絶対に守らなければならない。永遠に、いつまでも……」

 ぶつぶつと呪文のように繰り返す御子神の様子は、はっきりいつもと違ってた。
 だけど問いただすには時間がなかった。
 すぐに戦いのゴングは打ち鳴らされ、バトルロイヤルが始まった──。
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