「連勝街道驀進中!!」
文字数 5,251文字
~~~新堂助 ~~~
目覚めてまず感じたのは、埃とカビと、そして土の臭いだ。
締め切られた室内は薄暗いが、扉の隙間から微かな光が漏れてきているので、まったく見えないというわけではない。
見える範囲にあるのはつるはし、スコップ、一輪車。塩化カルシウムや各種混合肥料の袋などがうず高く積まれている。
記憶にあるかぎり、似たようなロケーションは校舎裏にあるプレハブの用具室ぐらいか。
「くそ……てめえら汚ねえぞ! 人の寝込みを襲いやがって! あげくこんなところに閉じ込めて!」
パイプ椅子に縄で体を縛られながらの俺の非難を、しかし奴らは──目出し帽をかぶった男たちは鼻で笑った。
「……汚い!? はああ!? 寝言は寝て言えよ!?」
「授業中にグースカいびきかきやがって! 運ぶの楽すぎて拍子抜けするほどだったわ! どんだけ熟睡してんだよ!」
「ホントは正々堂々リンチするつもりだったのに、なんかちょっと気まずかったじゃねえか! 逆にどうしてくれんだよ!」
「はーい少年、学校は何をするとこですかー!? お兄さんたちに聞かせてプリィィィーズ?」
「ぐぅ……!? た、たしかに居眠りしてたのは俺が悪いが! だけどてめえらの指摘は根本からおかしいだろ! 正々堂々リンチとか、学校は何するとこかとか、そもそも言えた義理じゃねえだろうが! 無抵抗の俺を監禁して拘束して……いったいどういう教育受けてんだよ!」
「あいにく、おまえと同じ学校の生徒ですー!」
「おまえも将来こんな風になるんだよ! 彩南の血を引いてんだよ!」
「このゲス! クズ! 誘拐犯!」
「……やだなあ、こんな将来」
先輩たちのアホぶりに、俺はため息をついた。
なぜ先輩とわかったのかって?
答えは簡単。奴らは学生服を着たままだったからだ。
学年を示す徽章や個人を特定する名札、外しもせずにつけたまま。
これじゃ目出し帽の意味がない。
妙子風に言うなら、脳味噌の代わりに八丁味噌でも詰まってんじゃないのかってとこだ。
「んーで? なんだよ3年の小里さん、井上さん。2年の武田さん、柿崎さん。1年もいるみたいだけど、上が運動部の部長やエースクラスなことを考えるとあれか? この前の意趣返しにつき合わされたってとこか?」
シロ争奪のバトルロイヤルで、俺はけっこうな数の運動部の連中を叩きのめしていた。
蹴ったり殴ったりぶん投げたり、恨みの数なんて数えきれない。
お礼参り? 仕返し? 復讐?
古風な連中だ。古風でアホな連中だ。
「んぐ……っ、なんで名前を……!?」
「せ、先輩! 名札名札!」
「……あああああっ!?」
「隠してももう遅いってーの。てめえらの名前は覚えたかんな? そして言っとくが、間違ってもこの俺が、やられっぱなしでいると思うなよ? てめえら運動部のふたつやみっつ、余裕で壊滅させることが出来るんだからな? 俺は」
「ううぅ……っ?」
「くそ……こいつっ、捕まっといて逆に脅すつもりか? なんてやつだ……」
「先輩……オレらもう……」
「バカ! ビビッてんじゃねえ!」
「だってこいつ……『嫁Tueee.net』で……」
「あれは全部シロちゃんのおかげだろうが!」
「いやぜってーおかしいですって。それでもあんな動き、人間にゃ出来ませんて」
「うるせー黙れ! てめえ、オレらに恥かかせる気か!」
下級生が騒ぎ始めるのを、上級生が怒鳴りつけた。
「両手を縛られてるやつにビビッて逃げたとか、それこそ二度と表を歩けんわ!」
「いいからやっちまえ! 殴って蹴って、生意気な口を聞けないようにしてやれ!」
「縛られてる……? ふうん……」
くつくつと、俺は笑った。
「さっきから疑問だったんだけどよ。おまえらこれで、縛れてる と思ってんの?」
「は? なに言ってんだこいつ」
「あれ……高橋、おまえ……きちんと縛ったよな?」
「え、ええ。だけどオレ……」
一年の高橋が、震え声を出した。
「怖くて……っ」
「おいおいマジかよ……」
「……え、実はこいつ、野放しだったりするの?」
「んん……? なんでおまえはさらっとオレを前に押し出すわけ?」
緊張と疑惑の輪が広がっていく。
「ほっほーん、なるほどねえー?」
俺は不敵に笑った。
「……俺はさ、昔から冒険者になることが夢だったんだ。だからあらゆる状況を想定してた。牢屋に入れられ水責め、足を縛られ逆さ吊り。腕を縄で縛られ監禁なんてのは、まあー甘い甘い」
誰かがごくりと唾を呑んだ。
「……実際さ、緊縛ってのはなかなか高度な技術なんだ。一般の人が想定してるよりも人間の関節ってのは柔軟で可動域が広い。傷つけないように血液の流れを阻害しないように、それでいて脱出できないように縛るのは、ちょっと素人には難しい。心根の優しい人間にはなおさら向いてない。なあ、高橋ぃ……」
はらりと、縄が床に落ちた。
縄抜け──完了。
「だからおまえにはちょっとだけ、優しくしてやるよ──」
パイプ椅子を引っ掴むと、右側にたむろっていた連中に向かって投げつけた。
同時に、左に向かって駆けた。
先頭は小里さん。ボクシング部のエース。
全中を制した神の左が有名な、腕の長いアウトボクサー。
……だけどさあ、知ってるか?
「足の方がリーチが長いんだよ!」
関節蹴り──踏み込んできた小里さんの前足の膝上を、踏むように蹴った。
勢いを殺され、小里さんの体は前につんのめった。
俺は蹴り足を引かず、そのまま膝を回してジャックナイフみたいに跳ね上げた。
縦蹴り──顎をスコンと斜め下に蹴り抜いた。
小里さんは糸の切れた操り人形みたいに、床に崩れ落ちた。
次、2年の柿崎さん。所属は剣道部。
だけど悲しいかな、武器である竹刀を持っていない。
手近にあった花壇用の木の杭を、慌てて拾い上げているが……。
「武器が無いと戦えないやつは悲しいねえ!」
──一気に踏み込んで、その手元を抑えた。
ギリギリと手首を捻り上げると、柿崎さんは「ぎいいいぃ……っ?」と口から泡を噴いて悲鳴を上げた。
少し持ち上げ、逆側へ返すように捻ると、あっさりと体は宙を舞い、柿崎さんは側面から床に落ちて悶絶した。
「てめえこら!」
側面からつっかけて来たのはレスリング部の3年、井上さんだ。
さっき俺が投げつけたパイプ椅子を思い切り振り上げた。プロレスラーみたいなすんげえ迫力。
振り下ろしを、横へ体を回すようにして躱した。
だが相手の耐久力を考えると、躱すだけでは終わらせられない。
「……思いっきりいかせてもらうぜ!」
ぎゅううっと床を踏みしめた。爪先で強くグリップした。
回転の勢いを殺さず、叩きつけるような後ろ回し蹴りを井上さんの横っ面にぶち当てた。
井上さんは派手に吹っ飛び、用具を置いてある棚を壊してずるずる滑り落ちた。
「こいつ……化け物かよ……!?」
キックボクシング部の2年、武田さんと正対した。
あだ名はキックの鬼。鉈でぶった斬るようなローキックが得意技。
ジャブを2発、ストレートを打つと見せかけ、ステップインしてのローキック──
「打たせねえよ!」
引っ掛け蹴り──インローを飛ばし、体重の乗った前足をグイと引っ掛けるように手前に引き寄せた。
バランスを崩した武田さんの顔面に、スナップを利かせた裏拳をぶち当てた。
武田さんは顔面をおさえてうずくまった。
小里、井上、柿崎、武田。
リーダー格らしい4人を一蹴すると、他の奴らは一斉に逃げ出した。
「ダメだ……勝てっこねえ!」
「やっぱりこいつは化け物だ!」
「お助けぇー!」
「……おっおー、いい天気だぁー」
清々しい気分で外へ出ると、眩しい光が瞳を射た。
「旦那様! こんなところでなにをしているのだ! もう試合が始まるぞ!?」
遠くから、凄い勢いで御子神が走ってきた。
いつでも剣道着。凛としたたたずまいのポニテ美少女。
背にシロをおぶって走ってきた……にしては、まったく息を切らしてない。
当のシロが、「うきゅううう……っ」と目を回しているのとは対照的だ。
「タスク! 上だ!」
屋上から大きな声が降ってきた。
双眼鏡を片手にこちらを見下ろしているのは妙子だ。
「ぐだぐだしてんな!」
力ではなく、言葉と気合で闘うメガネっ娘。
圧倒的な声量が、校庭にこだました。
「いやあ……ちょっと準備運動をしててだな……」
「言い訳は聞かん! 結果で示せ!」
無理矢理シロを押し付けると、ドームに巻き込まれないよう、御子神は素早く身を退いた。
同時に、バスケットボール大の光の塊が落ちて来た。
目の前でピタリ制止した。
音叉を叩いたような音を立てて破裂した。
光は波のように広がった。細胞の隙間を縫うように貫いて拡散した。
痛みも熱もなかった。魂に触れられるような、不思議な感覚だけを感じた。
大きくドーム状に広がり、光の幕で半径4キロほどを覆うような形で固着した。
「しかしなんちゅうか……この光景にも慣れたもんだな。なあ、シロ?」
「ふうううう……っ?」
呼びかけると、シロはぱちぱちと目を瞬いた。
何度か頭を振って覚醒して、ようやく自分の置かれている状況を認識した。
「タスクうぅ……っ!? あれぇえ? なんで!? いつの間に!?」
俺の腕の中にいることに気が付いて、顔を真っ赤にした。
「おいおい暴れるなよ。試合はとっくに始まってるんだぜ?」
「ううううぅ……っ? いったいいつの間に……ぃぃぃぃぃいっ?」
動揺するシロの唇に、強引に唇を重ねた。
シロは暴れたが、すぐにおとなしくなった。
粘膜から注がれる快感に溺れた。
「タス……クぅぅ……っ」
熱い吐息を漏らしながら、俺の名を呼んだ。
白い髪の毛、白い肌、白い巫女服。全身真っ白だからシロ。
そこだけ琥珀色の瞳をとろんと潤ませ、彼女は俺を見た。
何かを求めるように、唇を開いた。
俺の背に手を回し、かきむしった。
彼女は祈祷世界クロスアリアの姫巫女であり、『嫁Tueee.net』の代表戦士であり、俺のパートナーであり、嫁でもある。
キスを伴う契約の儀式により、俺たちはひとつになる──
「きたきたきましたー! 合一化完了ー! 破廉恥極まりない契約の儀式により、シロ選手は今ここに、無敵の戦士と化したー! みなさんもご存知の通り、その勢いは留まるところを知りません! デビュー戦から重ねた星の数はすでに8つ! 今日もし無傷の9連勝を成し遂げれば! 『嫁Tueee.net』史上最多タイとなりますが、果たしてどうなりますかー!」
アナウンスのゼッカ大黒が、怒涛のようにまくし立てる。
「今宵今夜の対戦相手は、鋼鉄世界ブロストギーグの──」
合一化した俺たちに、耳をつんざくような声援が沸き起こった。
儀式のせいだけでなく、俺たちはいまやすっかり人気者になっていた。
シロのパワーとスピードに、俺の古流武術のテクニックや火裂東吾 の魔法をかけ合わせたスタイルが、マニアックな人気を生んでいた。
なにせ多元世界の連中ってのは、パワーだったらパワー、スピードだったらスピードで、とにかく固有能力一辺倒のごり押しみたいなのが多いからな。俺たちみたいなハイブリッドは珍しいんだと。
「さあーって、今日も行くぞシロ! 勝って美味い飯たらふく食うぞ!」
(なに……飯っ!? おうおうおう! そうじゃ飯じゃ! 美味い飯じゃ! このわた! カラスミ! くちこ!)
飯と聞いて、いきなりテンションがマックスになるシロ。
「珍味ばっかじゃねえか!」
(じゃあじゃあじゃあ! めふん! ホヤ! へしこ!)
「そんなに変わってねえよ! おまえの将来が呑兵衛だってことが判明したぐらいだよ!」
俺のつっこみに、シロはニヒヒと笑った。
ああ、いいなあ……。
心底、俺は思った。
打てば響く。
ツウと言えばカア。
いつも通りのシロが身近にいることに、ほっこりする。
戦えば強い。
笑えば可愛い。
時々エロい。
気も合うし、話すと楽しい。
だけど俺たちの関係は、いいことばかりでもなくってさ……。
──第9戦終了──
勝者:祈祷世界クロスアリアのシロ
嫁ポイント+300P、+560P、-10P(指名試合)
総ポイント3850P→4700P
ランキング21507→19998
目覚めてまず感じたのは、埃とカビと、そして土の臭いだ。
締め切られた室内は薄暗いが、扉の隙間から微かな光が漏れてきているので、まったく見えないというわけではない。
見える範囲にあるのはつるはし、スコップ、一輪車。塩化カルシウムや各種混合肥料の袋などがうず高く積まれている。
記憶にあるかぎり、似たようなロケーションは校舎裏にあるプレハブの用具室ぐらいか。
「くそ……てめえら汚ねえぞ! 人の寝込みを襲いやがって! あげくこんなところに閉じ込めて!」
パイプ椅子に縄で体を縛られながらの俺の非難を、しかし奴らは──目出し帽をかぶった男たちは鼻で笑った。
「……汚い!? はああ!? 寝言は寝て言えよ!?」
「授業中にグースカいびきかきやがって! 運ぶの楽すぎて拍子抜けするほどだったわ! どんだけ熟睡してんだよ!」
「ホントは正々堂々リンチするつもりだったのに、なんかちょっと気まずかったじゃねえか! 逆にどうしてくれんだよ!」
「はーい少年、学校は何をするとこですかー!? お兄さんたちに聞かせてプリィィィーズ?」
「ぐぅ……!? た、たしかに居眠りしてたのは俺が悪いが! だけどてめえらの指摘は根本からおかしいだろ! 正々堂々リンチとか、学校は何するとこかとか、そもそも言えた義理じゃねえだろうが! 無抵抗の俺を監禁して拘束して……いったいどういう教育受けてんだよ!」
「あいにく、おまえと同じ学校の生徒ですー!」
「おまえも将来こんな風になるんだよ! 彩南の血を引いてんだよ!」
「このゲス! クズ! 誘拐犯!」
「……やだなあ、こんな将来」
先輩たちのアホぶりに、俺はため息をついた。
なぜ先輩とわかったのかって?
答えは簡単。奴らは学生服を着たままだったからだ。
学年を示す徽章や個人を特定する名札、外しもせずにつけたまま。
これじゃ目出し帽の意味がない。
妙子風に言うなら、脳味噌の代わりに八丁味噌でも詰まってんじゃないのかってとこだ。
「んーで? なんだよ3年の小里さん、井上さん。2年の武田さん、柿崎さん。1年もいるみたいだけど、上が運動部の部長やエースクラスなことを考えるとあれか? この前の意趣返しにつき合わされたってとこか?」
シロ争奪のバトルロイヤルで、俺はけっこうな数の運動部の連中を叩きのめしていた。
蹴ったり殴ったりぶん投げたり、恨みの数なんて数えきれない。
お礼参り? 仕返し? 復讐?
古風な連中だ。古風でアホな連中だ。
「んぐ……っ、なんで名前を……!?」
「せ、先輩! 名札名札!」
「……あああああっ!?」
「隠してももう遅いってーの。てめえらの名前は覚えたかんな? そして言っとくが、間違ってもこの俺が、やられっぱなしでいると思うなよ? てめえら運動部のふたつやみっつ、余裕で壊滅させることが出来るんだからな? 俺は」
「ううぅ……っ?」
「くそ……こいつっ、捕まっといて逆に脅すつもりか? なんてやつだ……」
「先輩……オレらもう……」
「バカ! ビビッてんじゃねえ!」
「だってこいつ……『嫁Tueee.net』で……」
「あれは全部シロちゃんのおかげだろうが!」
「いやぜってーおかしいですって。それでもあんな動き、人間にゃ出来ませんて」
「うるせー黙れ! てめえ、オレらに恥かかせる気か!」
下級生が騒ぎ始めるのを、上級生が怒鳴りつけた。
「両手を縛られてるやつにビビッて逃げたとか、それこそ二度と表を歩けんわ!」
「いいからやっちまえ! 殴って蹴って、生意気な口を聞けないようにしてやれ!」
「縛られてる……? ふうん……」
くつくつと、俺は笑った。
「さっきから疑問だったんだけどよ。おまえらこれで、
「は? なに言ってんだこいつ」
「あれ……高橋、おまえ……きちんと縛ったよな?」
「え、ええ。だけどオレ……」
一年の高橋が、震え声を出した。
「怖くて……っ」
「おいおいマジかよ……」
「……え、実はこいつ、野放しだったりするの?」
「んん……? なんでおまえはさらっとオレを前に押し出すわけ?」
緊張と疑惑の輪が広がっていく。
「ほっほーん、なるほどねえー?」
俺は不敵に笑った。
「……俺はさ、昔から冒険者になることが夢だったんだ。だからあらゆる状況を想定してた。牢屋に入れられ水責め、足を縛られ逆さ吊り。腕を縄で縛られ監禁なんてのは、まあー甘い甘い」
誰かがごくりと唾を呑んだ。
「……実際さ、緊縛ってのはなかなか高度な技術なんだ。一般の人が想定してるよりも人間の関節ってのは柔軟で可動域が広い。傷つけないように血液の流れを阻害しないように、それでいて脱出できないように縛るのは、ちょっと素人には難しい。心根の優しい人間にはなおさら向いてない。なあ、高橋ぃ……」
はらりと、縄が床に落ちた。
縄抜け──完了。
「だからおまえにはちょっとだけ、優しくしてやるよ──」
パイプ椅子を引っ掴むと、右側にたむろっていた連中に向かって投げつけた。
同時に、左に向かって駆けた。
先頭は小里さん。ボクシング部のエース。
全中を制した神の左が有名な、腕の長いアウトボクサー。
……だけどさあ、知ってるか?
「足の方がリーチが長いんだよ!」
関節蹴り──踏み込んできた小里さんの前足の膝上を、踏むように蹴った。
勢いを殺され、小里さんの体は前につんのめった。
俺は蹴り足を引かず、そのまま膝を回してジャックナイフみたいに跳ね上げた。
縦蹴り──顎をスコンと斜め下に蹴り抜いた。
小里さんは糸の切れた操り人形みたいに、床に崩れ落ちた。
次、2年の柿崎さん。所属は剣道部。
だけど悲しいかな、武器である竹刀を持っていない。
手近にあった花壇用の木の杭を、慌てて拾い上げているが……。
「武器が無いと戦えないやつは悲しいねえ!」
──一気に踏み込んで、その手元を抑えた。
ギリギリと手首を捻り上げると、柿崎さんは「ぎいいいぃ……っ?」と口から泡を噴いて悲鳴を上げた。
少し持ち上げ、逆側へ返すように捻ると、あっさりと体は宙を舞い、柿崎さんは側面から床に落ちて悶絶した。
「てめえこら!」
側面からつっかけて来たのはレスリング部の3年、井上さんだ。
さっき俺が投げつけたパイプ椅子を思い切り振り上げた。プロレスラーみたいなすんげえ迫力。
振り下ろしを、横へ体を回すようにして躱した。
だが相手の耐久力を考えると、躱すだけでは終わらせられない。
「……思いっきりいかせてもらうぜ!」
ぎゅううっと床を踏みしめた。爪先で強くグリップした。
回転の勢いを殺さず、叩きつけるような後ろ回し蹴りを井上さんの横っ面にぶち当てた。
井上さんは派手に吹っ飛び、用具を置いてある棚を壊してずるずる滑り落ちた。
「こいつ……化け物かよ……!?」
キックボクシング部の2年、武田さんと正対した。
あだ名はキックの鬼。鉈でぶった斬るようなローキックが得意技。
ジャブを2発、ストレートを打つと見せかけ、ステップインしてのローキック──
「打たせねえよ!」
引っ掛け蹴り──インローを飛ばし、体重の乗った前足をグイと引っ掛けるように手前に引き寄せた。
バランスを崩した武田さんの顔面に、スナップを利かせた裏拳をぶち当てた。
武田さんは顔面をおさえてうずくまった。
小里、井上、柿崎、武田。
リーダー格らしい4人を一蹴すると、他の奴らは一斉に逃げ出した。
「ダメだ……勝てっこねえ!」
「やっぱりこいつは化け物だ!」
「お助けぇー!」
「……おっおー、いい天気だぁー」
清々しい気分で外へ出ると、眩しい光が瞳を射た。
「旦那様! こんなところでなにをしているのだ! もう試合が始まるぞ!?」
遠くから、凄い勢いで御子神が走ってきた。
いつでも剣道着。凛としたたたずまいのポニテ美少女。
背にシロをおぶって走ってきた……にしては、まったく息を切らしてない。
当のシロが、「うきゅううう……っ」と目を回しているのとは対照的だ。
「タスク! 上だ!」
屋上から大きな声が降ってきた。
双眼鏡を片手にこちらを見下ろしているのは妙子だ。
「ぐだぐだしてんな!」
力ではなく、言葉と気合で闘うメガネっ娘。
圧倒的な声量が、校庭にこだました。
「いやあ……ちょっと準備運動をしててだな……」
「言い訳は聞かん! 結果で示せ!」
無理矢理シロを押し付けると、ドームに巻き込まれないよう、御子神は素早く身を退いた。
同時に、バスケットボール大の光の塊が落ちて来た。
目の前でピタリ制止した。
音叉を叩いたような音を立てて破裂した。
光は波のように広がった。細胞の隙間を縫うように貫いて拡散した。
痛みも熱もなかった。魂に触れられるような、不思議な感覚だけを感じた。
大きくドーム状に広がり、光の幕で半径4キロほどを覆うような形で固着した。
「しかしなんちゅうか……この光景にも慣れたもんだな。なあ、シロ?」
「ふうううう……っ?」
呼びかけると、シロはぱちぱちと目を瞬いた。
何度か頭を振って覚醒して、ようやく自分の置かれている状況を認識した。
「タスクうぅ……っ!? あれぇえ? なんで!? いつの間に!?」
俺の腕の中にいることに気が付いて、顔を真っ赤にした。
「おいおい暴れるなよ。試合はとっくに始まってるんだぜ?」
「ううううぅ……っ? いったいいつの間に……ぃぃぃぃぃいっ?」
動揺するシロの唇に、強引に唇を重ねた。
シロは暴れたが、すぐにおとなしくなった。
粘膜から注がれる快感に溺れた。
「タス……クぅぅ……っ」
熱い吐息を漏らしながら、俺の名を呼んだ。
白い髪の毛、白い肌、白い巫女服。全身真っ白だからシロ。
そこだけ琥珀色の瞳をとろんと潤ませ、彼女は俺を見た。
何かを求めるように、唇を開いた。
俺の背に手を回し、かきむしった。
彼女は祈祷世界クロスアリアの姫巫女であり、『嫁Tueee.net』の代表戦士であり、俺のパートナーであり、嫁でもある。
キスを伴う契約の儀式により、俺たちはひとつになる──
「きたきたきましたー! 合一化完了ー! 破廉恥極まりない契約の儀式により、シロ選手は今ここに、無敵の戦士と化したー! みなさんもご存知の通り、その勢いは留まるところを知りません! デビュー戦から重ねた星の数はすでに8つ! 今日もし無傷の9連勝を成し遂げれば! 『嫁Tueee.net』史上最多タイとなりますが、果たしてどうなりますかー!」
アナウンスのゼッカ大黒が、怒涛のようにまくし立てる。
「今宵今夜の対戦相手は、鋼鉄世界ブロストギーグの──」
合一化した俺たちに、耳をつんざくような声援が沸き起こった。
儀式のせいだけでなく、俺たちはいまやすっかり人気者になっていた。
シロのパワーとスピードに、俺の古流武術のテクニックや
なにせ多元世界の連中ってのは、パワーだったらパワー、スピードだったらスピードで、とにかく固有能力一辺倒のごり押しみたいなのが多いからな。俺たちみたいなハイブリッドは珍しいんだと。
「さあーって、今日も行くぞシロ! 勝って美味い飯たらふく食うぞ!」
(なに……飯っ!? おうおうおう! そうじゃ飯じゃ! 美味い飯じゃ! このわた! カラスミ! くちこ!)
飯と聞いて、いきなりテンションがマックスになるシロ。
「珍味ばっかじゃねえか!」
(じゃあじゃあじゃあ! めふん! ホヤ! へしこ!)
「そんなに変わってねえよ! おまえの将来が呑兵衛だってことが判明したぐらいだよ!」
俺のつっこみに、シロはニヒヒと笑った。
ああ、いいなあ……。
心底、俺は思った。
打てば響く。
ツウと言えばカア。
いつも通りのシロが身近にいることに、ほっこりする。
戦えば強い。
笑えば可愛い。
時々エロい。
気も合うし、話すと楽しい。
だけど俺たちの関係は、いいことばかりでもなくってさ……。
──第9戦終了──
勝者:祈祷世界クロスアリアのシロ
嫁ポイント+300P、+560P、-10P(指名試合)
総ポイント3850P→4700P
ランキング21507→19998