「世界を流離うネコ!!」
文字数 3,866文字
~~~新堂助 ~~~
「痛でででで……。ったく、ひでえ目に遭ったぜ……。まだ指先が痺れてるよ……」
「まったくにゃ、お客さんに対してお茶じゃなく電撃を出すなんて、ホントーにひどい話にゃ」
俺は改めてネコ耳少女と向き合い、ぶつくさ文句を言い合った。
もちろん、カヤさんには聞こえないくらいのギリギリのトーンで。
ネコ耳少女の名はコクリコ。
以前に楪 さんが言っていた、御子神家 と協力関係にある人物だ。
つい先ごろまで略奪世界ペトラ・ガリンスゥの惣領 であるハイデンの副官を務めていたのだが、ハイデン亡き後の混乱する政局を絶妙に立ち回り、外務長 という要職に納まった。
アイドルみたいに可愛い顔して、実は相当な切れ者というわけだ。
まあ……カヤさんに電撃を浴びせられてる姿は完全にギャグキャラにしか見えなかったけど……人は見かけによらないって言うしな。
で、夜中に突然俺ん家 を訪れたコクリコの用件だが……。
「──星穹舞踏会 に一緒に出ないかって?」
「ですにゃ。全多元世界の『嫁』が集う、年に1回の大イベント。豪華絢爛、華美を極めた至上の祭典にゃ」
「自由世界ケルンピアで行われるやつだよな? 『嫁』の他に随員5名まで参加する権利が与えられるってやつ」
「ですにゃ。余裕があるなら、みゃーも連れてって欲しいにゃっ」
ハイハイ、と勢いよく手を上げるコクリコ。
「え、コクリコも?」
今のところうちで確定してる参加メンバーは、俺、御子神、妙子、カヤさん。シロは『嫁』なので数に含まれない。
たしかにあとひとりはいける計算だけど、コクリコがまさかのエスコート希望とは……。
「なんでだよ。あんたはあんたでペトラ・ガリンスゥの枠で出ればいいじゃないか」
妙子がむっとした顔で口を挟んだ。
しっしって動作でコクリコさんを追っ払おうとする。
「それがそういうわけにもいかないにゃー。うちはライデンさんが入院中で、とても出られるような状態じゃないのにゃ。『嫁』なしでは参加出来ないイベントにゃのに、出られないのにゃ……」
コクリコはちらりと、意味ありげに俺を見る。
「え。ああそっか、俺が……」
3か月前のことを思い出した。
ペトラ・ガリンスゥの種族特有の硬い外皮を傷をつけられないと判断した俺は、投げ技で対処することにした。代表戦士であるライデンを、麺打ちみたいに何度も何度も地面に叩きつけた。
その結果、俺は勝利することが出来たんだけど、当のライデンは……。
「リハビリも上手くいってなくて、いまだにひとりでトイレにもいけない有り様にゃ」
ため息をつくコクリコ。
う、ううむ……それはちょっと罪悪感。
「別にこっちのせいってわけじゃないだろ? 尋常な試合の結果だ」
妙子が俺を庇うようにして言った。
「それに、怪我が問題だってんなら機械仕掛けの 小人 を雇えばいいじゃんか。あいつらならマッハで治せるんだろ?」
機械の小人たちは驚異的な医療技術を持っていて、どんな怪我でも──それこそ蒸発した首ですらも瞬く間に再生させることが可能だ。
「あいつら、ああ見えてぼったくりますからにゃー」
コクリコは、ぽりぽりと頬をかいた。
「特に今はハイデンさんの派閥を排除しようって動きが強くて、ウチとしてはちょっと、高額な治療費は出せないという事情もあるにゃ」
「派閥かあ……」
クーデターの影響ってわけなんだろうけど、自分たちの世界のために先陣きって戦ってくれてた選手の治療費すら出してくれないってのは、なんだか切ない話だ。
「舞踏会というものがどういうものか、武骨者の私にはよくわからんのだが……それはどうしても出なければならぬものなのか?」
いまいち合点がいかぬと、御子神が小首をかしげる。
たしかに。
毎年やってるイベントなら、わざわざ負けた相手に頭を下げに来なくても、来年参加すればいいだけの話だもんな。
「多元世界同士は横の繋がりが希薄ですからにゃー。みんなが一堂に会する、これが唯一絶好の機会なのにゃよ」
コクリコはため息をついた。
「まして、ペトラ・ガリンスゥは今、政治的にとても大事な時期を迎えてるにゃ。星穹舞踏会の場で顔を売る。名を売る。それは不可欠なことですにゃ」
「金を出すも出さないも、顔を売るも売らないも、やっぱり全部、そっちの事情じゃんか。こっちには一切関係のない話だ。おいタスク、無視だ無視。とっとと追い出して塩でも撒いとけ」
妙子はにべもない。
「ストップ、ストーップにゃ」
コクリコは、慌てた様子で両手を前に突き出した。
「なにもタダで連れてってくれってわけじゃないにゃ。これは双方に利のある話なのにゃ」
「利ぃいー……?」
妙子がうさんくさげに眉をひそめる。
「あんたらのとこは略奪世界 だろ? なんやかや、力ずくで解決しようとするお国柄だろ? そんな調子のいいこと言っといて、舞踏会に出るだけ出ておいて、最終的に知らんぷりを決め込むつもりなんじゃないのか?」
「あー……」
コクリコは、ぽりぽりと頬をかいた。
「みゃーの場合はちょっと、事情が複雑なのにゃ」
薄く笑った。
──コクリコは、ペトラ・ガリンスゥの出ではないそうだ。
放浪世界ノーマという名の、世界まるごとジプシーみたいなところの出身らしい。
彼女らは決してひとつところに定住せず、全財産を持ち歩いて移動していた。
多彩な芸や、珍しい多元世界の産物を商って生計をたてていた。
昔の話だ。
長い長い漂泊の旅の果てに、ノーマはペトラ・ガリンスゥに襲われた。
捕まり、奴隷にされた。
「奴隷……か」
俺はゴクリとつばを呑み込んだ。
その単語に、今の俺は敏感だ。
御子神や妙子の首に付いている隷属のチョーカーのことを、嫌でも連想してしまうから。
コクリコの首にチョーカーはないけれど、でもきっと、さぞや辛い境遇だったに違いない。
ぼろきれみたいのを着せられて。
鉄球付きの鎖を足につけられて。
地下施設での強制労働。
鉄格子越しに下卑た奴隷商人に品定めされたりなんてことも、あったかもしれない。
「根付かぬ身だからこそ、信用は命なのにゃ。ネコ族は決して裏切らない。契約を結んでおいて反故にするなんて、沽券に関わ──」
「わかった。その申し出、受けるよ」
俺はコクリコの手を両手でガシッと包み込んだ。
「……にゃ?」
コクリコは目をぱちくりさせて驚いた。
「俺に任せろ。必ずおまえを連れてってやるから」
「早っ。しかもなんで、ちょっと涙ぐんでるにゃ?」
「そうだよな。奴隷は自由になりたいもんだよな。自由世界の舞踏会に出るなんて、それこそ夢みたいな話だもんな」
「……何言ってるにゃ? この人」
「わかる。わかるぞーコクリコー。きっとおまえはいままで、さんざん辛い目にあってきたんだよな。いつか光当たるところに出られる日を夢見て、地下施設での強制労働に耐えてきたんだよな? 鉄格子越しに下卑た奴隷商人の嫌らしい視線に晒されてきたんだよな? くそー、泣けるぜー」
「地下施設? 鉄格子? 下卑た奴隷商人? なんの話にゃ?」
「いいから、もうわかったから。隠さなくてもいいから。そりゃあ声高に言うことでもねえんだろうけどさ、俺にはわかるから。わかってるから。だからコクリコ、すべて俺に任せろ。絶対おまえを、自由にしてやるからな」
「そこの人たちー。遠巻きに見てないで、この人ちょっとなんとかしてにゃー。なんだか本気で怖くなってきたにゃー」
勝手な俺の決断への、みんなの反応は──
「……ま、ハーレムマスターが言うんならそれでいいんじゃありませんか?」
カヤさんは呆れたように肩を竦め。
「わらわは構わんが……」
シロはカヤさんのことを気にしながらも承諾し。
「妻は夫に従うものだ」
御子神は迷いなくうなずいた。
「あーあ……ったく」
妙子はなおも不満そうだったが、俺の決意が固いのを知って諦めた。
「まぁたいつものあれかよ……。ま、そこがあんたのいいとこでもあるんだけどな……」
髪をぐしゃぐしゃにかき回しながら、なぜかちょっとだけ、赤面してた。
そしてすぐに、いつもの不敵な笑みを取り戻した。
「OK。あんたがそうしたいならそうすればいいさ。あとは任せな。あたしが支えてやる。きっちりがっちり、契約を交わしてやる」
コクリコに向き直り、半眼でにらみつけた。
「さ、コクリコとやら、とっとと話を進めようぜ? 肝心要の利 とやらについてだ。うちとしては星穹舞踏会への参加権利を与える。そっちはうちに、何をくれるっていうんだ?」
「にゃっふっふ……」
コクリコは武者震いのように肩を震わせた。
「よくぞ聞いてくれましたにゃあ」
俺たちを庭先へ誘った。
「それはこれ……!」
ニャババーン、と効果音みたいなのを口にしながら、夜空をまっすぐ指さした。
「次元破砕船 ・ガリオン号にゃ!」
「痛でででで……。ったく、ひでえ目に遭ったぜ……。まだ指先が痺れてるよ……」
「まったくにゃ、お客さんに対してお茶じゃなく電撃を出すなんて、ホントーにひどい話にゃ」
俺は改めてネコ耳少女と向き合い、ぶつくさ文句を言い合った。
もちろん、カヤさんには聞こえないくらいのギリギリのトーンで。
ネコ耳少女の名はコクリコ。
以前に
つい先ごろまで略奪世界ペトラ・ガリンスゥの
アイドルみたいに可愛い顔して、実は相当な切れ者というわけだ。
まあ……カヤさんに電撃を浴びせられてる姿は完全にギャグキャラにしか見えなかったけど……人は見かけによらないって言うしな。
で、夜中に突然俺ん
「──
「ですにゃ。全多元世界の『嫁』が集う、年に1回の大イベント。豪華絢爛、華美を極めた至上の祭典にゃ」
「自由世界ケルンピアで行われるやつだよな? 『嫁』の他に随員5名まで参加する権利が与えられるってやつ」
「ですにゃ。余裕があるなら、みゃーも連れてって欲しいにゃっ」
ハイハイ、と勢いよく手を上げるコクリコ。
「え、コクリコも?」
今のところうちで確定してる参加メンバーは、俺、御子神、妙子、カヤさん。シロは『嫁』なので数に含まれない。
たしかにあとひとりはいける計算だけど、コクリコがまさかのエスコート希望とは……。
「なんでだよ。あんたはあんたでペトラ・ガリンスゥの枠で出ればいいじゃないか」
妙子がむっとした顔で口を挟んだ。
しっしって動作でコクリコさんを追っ払おうとする。
「それがそういうわけにもいかないにゃー。うちはライデンさんが入院中で、とても出られるような状態じゃないのにゃ。『嫁』なしでは参加出来ないイベントにゃのに、出られないのにゃ……」
コクリコはちらりと、意味ありげに俺を見る。
「え。ああそっか、俺が……」
3か月前のことを思い出した。
ペトラ・ガリンスゥの種族特有の硬い外皮を傷をつけられないと判断した俺は、投げ技で対処することにした。代表戦士であるライデンを、麺打ちみたいに何度も何度も地面に叩きつけた。
その結果、俺は勝利することが出来たんだけど、当のライデンは……。
「リハビリも上手くいってなくて、いまだにひとりでトイレにもいけない有り様にゃ」
ため息をつくコクリコ。
う、ううむ……それはちょっと罪悪感。
「別にこっちのせいってわけじゃないだろ? 尋常な試合の結果だ」
妙子が俺を庇うようにして言った。
「それに、怪我が問題だってんなら
機械の小人たちは驚異的な医療技術を持っていて、どんな怪我でも──それこそ蒸発した首ですらも瞬く間に再生させることが可能だ。
「あいつら、ああ見えてぼったくりますからにゃー」
コクリコは、ぽりぽりと頬をかいた。
「特に今はハイデンさんの派閥を排除しようって動きが強くて、ウチとしてはちょっと、高額な治療費は出せないという事情もあるにゃ」
「派閥かあ……」
クーデターの影響ってわけなんだろうけど、自分たちの世界のために先陣きって戦ってくれてた選手の治療費すら出してくれないってのは、なんだか切ない話だ。
「舞踏会というものがどういうものか、武骨者の私にはよくわからんのだが……それはどうしても出なければならぬものなのか?」
いまいち合点がいかぬと、御子神が小首をかしげる。
たしかに。
毎年やってるイベントなら、わざわざ負けた相手に頭を下げに来なくても、来年参加すればいいだけの話だもんな。
「多元世界同士は横の繋がりが希薄ですからにゃー。みんなが一堂に会する、これが唯一絶好の機会なのにゃよ」
コクリコはため息をついた。
「まして、ペトラ・ガリンスゥは今、政治的にとても大事な時期を迎えてるにゃ。星穹舞踏会の場で顔を売る。名を売る。それは不可欠なことですにゃ」
「金を出すも出さないも、顔を売るも売らないも、やっぱり全部、そっちの事情じゃんか。こっちには一切関係のない話だ。おいタスク、無視だ無視。とっとと追い出して塩でも撒いとけ」
妙子はにべもない。
「ストップ、ストーップにゃ」
コクリコは、慌てた様子で両手を前に突き出した。
「なにもタダで連れてってくれってわけじゃないにゃ。これは双方に利のある話なのにゃ」
「利ぃいー……?」
妙子がうさんくさげに眉をひそめる。
「あんたらのとこは
「あー……」
コクリコは、ぽりぽりと頬をかいた。
「みゃーの場合はちょっと、事情が複雑なのにゃ」
薄く笑った。
──コクリコは、ペトラ・ガリンスゥの出ではないそうだ。
放浪世界ノーマという名の、世界まるごとジプシーみたいなところの出身らしい。
彼女らは決してひとつところに定住せず、全財産を持ち歩いて移動していた。
多彩な芸や、珍しい多元世界の産物を商って生計をたてていた。
昔の話だ。
長い長い漂泊の旅の果てに、ノーマはペトラ・ガリンスゥに襲われた。
捕まり、奴隷にされた。
「奴隷……か」
俺はゴクリとつばを呑み込んだ。
その単語に、今の俺は敏感だ。
御子神や妙子の首に付いている隷属のチョーカーのことを、嫌でも連想してしまうから。
コクリコの首にチョーカーはないけれど、でもきっと、さぞや辛い境遇だったに違いない。
ぼろきれみたいのを着せられて。
鉄球付きの鎖を足につけられて。
地下施設での強制労働。
鉄格子越しに下卑た奴隷商人に品定めされたりなんてことも、あったかもしれない。
「根付かぬ身だからこそ、信用は命なのにゃ。ネコ族は決して裏切らない。契約を結んでおいて反故にするなんて、沽券に関わ──」
「わかった。その申し出、受けるよ」
俺はコクリコの手を両手でガシッと包み込んだ。
「……にゃ?」
コクリコは目をぱちくりさせて驚いた。
「俺に任せろ。必ずおまえを連れてってやるから」
「早っ。しかもなんで、ちょっと涙ぐんでるにゃ?」
「そうだよな。奴隷は自由になりたいもんだよな。自由世界の舞踏会に出るなんて、それこそ夢みたいな話だもんな」
「……何言ってるにゃ? この人」
「わかる。わかるぞーコクリコー。きっとおまえはいままで、さんざん辛い目にあってきたんだよな。いつか光当たるところに出られる日を夢見て、地下施設での強制労働に耐えてきたんだよな? 鉄格子越しに下卑た奴隷商人の嫌らしい視線に晒されてきたんだよな? くそー、泣けるぜー」
「地下施設? 鉄格子? 下卑た奴隷商人? なんの話にゃ?」
「いいから、もうわかったから。隠さなくてもいいから。そりゃあ声高に言うことでもねえんだろうけどさ、俺にはわかるから。わかってるから。だからコクリコ、すべて俺に任せろ。絶対おまえを、自由にしてやるからな」
「そこの人たちー。遠巻きに見てないで、この人ちょっとなんとかしてにゃー。なんだか本気で怖くなってきたにゃー」
勝手な俺の決断への、みんなの反応は──
「……ま、ハーレムマスターが言うんならそれでいいんじゃありませんか?」
カヤさんは呆れたように肩を竦め。
「わらわは構わんが……」
シロはカヤさんのことを気にしながらも承諾し。
「妻は夫に従うものだ」
御子神は迷いなくうなずいた。
「あーあ……ったく」
妙子はなおも不満そうだったが、俺の決意が固いのを知って諦めた。
「まぁたいつものあれかよ……。ま、そこがあんたのいいとこでもあるんだけどな……」
髪をぐしゃぐしゃにかき回しながら、なぜかちょっとだけ、赤面してた。
そしてすぐに、いつもの不敵な笑みを取り戻した。
「OK。あんたがそうしたいならそうすればいいさ。あとは任せな。あたしが支えてやる。きっちりがっちり、契約を交わしてやる」
コクリコに向き直り、半眼でにらみつけた。
「さ、コクリコとやら、とっとと話を進めようぜ? 肝心要の
「にゃっふっふ……」
コクリコは武者震いのように肩を震わせた。
「よくぞ聞いてくれましたにゃあ」
俺たちを庭先へ誘った。
「それはこれ……!」
ニャババーン、と効果音みたいなのを口にしながら、夜空をまっすぐ指さした。
「