「アンブロッカブル!!」

文字数 4,663文字

 ~~~新堂助(しんどうたすく)~~~



「……ふん、今までのが本気じゃないだと?」

 御子神(みこがみ)の頬がひくりと引き攣った。こめかみにくっきりと青筋が浮いた。

「抜かしよる……」

 言葉をその場に置き去りにするようにして「ブウ……ンッ」と姿を消した。

「ジィェアアアアアアアア!」

 真後ろから来た。
 せっかく鳴神(なるかみ)を使って神速で回り込んだのにも関わらず、わかりやすい発声を伴っているあたりがいかにも御子神だ。

 ちょっと萌えながら、脇の下をくぐらせて電動ガンを声の方に向けた。

「その動きにはもう慣れたよ!」

 サバゲ部の連中曰く、ぎりぎり合法。
 プラスチック製のBB弾とは言え、この距離からの連射をバカには出来ない。

「ちっ……」

 果たして御子神は、残像を残して再び消えた。

 現れる。発声。電動ガン撃つ。消える。
 現れる。発声。電動ガン撃つ。消える。
 ギャグみたいなやり取りを繰り返すうち、弾倉が空になった。
 だけどその時には俺は、地面に落ちていた目当ての物を拾い上げていた。
 
 長さ約2メートル半。 
 ジュラルミン製、軽量高硬度の陸上部の投げ槍。

「……っ!?

 今しも俺に襲いかかる寸前だった御子神の動きが、ぴたりと止まった。

「そ……それはまさか……っ」

 明らかに表情が変わった。
 汗が一筋、頬を伝った。

「あっれー? どうしたー御子神選手ー。緊張してるみたいだけど、槍に何か苦い思い出でもあるのかなー?」

「だ……誰が……っ」

 声から動揺がにじみ出ている。
 必死に隠そうとしているが、まるで隠せていない。

 ……そうだよな。

 俺は心中でつぶやいた。

 おまえも覚えてるよな。忘れられるわけがないよな。

 お袋と(ゆずりは)さんの立ち合いは、素手対竹刀、木槍対木刀の計2回行われた。
 楪さんが一番苦労したのが木槍との戦いだった。

 無敵の母を追い詰めた武器――幼い御子神は、震えながらそれを見ていた。
 以来こいつは、槍を苦手とするようになった。

 御子神のトラウマスイッチを押すため、俺はことさらゆっくりと槍を扱った。
 頭上で旋回させる。掌中を滑らせる。
 さんざん弄んだ後、腰だめに構えた。
 足を肩幅より広く開いた。
 握りは柄の真ん中、少し根本寄り。
 穂先はやや上向き、相手の喉元へ向けるつもりで。
 中段、左半身の構え。

 対する御子神の構えは、変わらず八相(はっそう)
 まさにあの日の鏡写し。
 息子と娘って違いはあるけども。

「お袋は言ってた。どんな鋭い攻撃も、当たらなければ意味が無いんだって」

 刀に勝つには槍。その根拠はなんといってもリーチの差だ。
 御子神の竹刀は約120センチ。
 槍の長さは実にその2倍以上。
 位取(くらいど)りの有利は言うまでもない。

「我のみ当てる、それが武術の基本なんだって」

「……ふん。長物(ながもの)を手にすれば勝てると思ったか? 浅慮なやつめ」

 御子神は自らを鼓舞するように笑ったが、それはかなり引きつってた。

「ジィェアアアアアアア!」

 発声で恐れをかき消し、果敢に挑んで来た。

 攻防の中心は当然、槍だ。
 払い落とす。
 巻き上げるように潜り込む。
 抑え込みながら滑るように寄る。
 鳴神による高速移動で無理やり回り込む。
 御子神は手を尽くし、烈火の如く打ち掛かって来た。

「そのわりには攻めあぐねてるみたいじゃねえか!?

「貴様が逃げてばかりだからだろうが!」

 腹立たしげに御子神は叫んだ。

「はっはっは。ウォーミングアップウォーミングアップ」 

 さんざん煽り立てたにも関わらず俺は、一切手を出さずに回避に専念していた。
 お袋に手ほどきを受けていたとはいえ、槍術を実戦で使うのは初めてのことだ。勘を取り戻すのにも時間がかかる。
 だからまずは防御に徹したのだ。
 肌に迫る竹刀を弾く。体ごと素早く退がる。円弧を描くように後退して攻め手をいなす。打ち合わず、徹底して打ち気をそらす──。
 ひとつところにとどまらない、流れに逆らわない、柔らかな流水の動きを心がけた。
 
「逃げるな! 卑怯者!」

 臑、膝、股間、小手、小手、拳頭、鳩尾、胴、脇下、鎖骨、鎖骨、首、頬、眉間、頭頂、頭頂、頭頂――。
 息もつかせぬ連続攻撃。
 だが俺は余裕をもって捌いた。受け流した。
 御子神の狙いは読みやすいのだ。
 興奮すればするほど単調になる。力ずくで強引に押してくる。
 攻めていることで自分が優勢だと錯覚する。なおさらドツボにはまる。
 ありがちな心理で、剣士としては致命的な欠陥だ。

 防戦を続けるうち、ようやく体が動きを思い出してきた。
 槍が手に馴染んだ。

「……さあて、そろそろ俺のターンだぜ?」

 激しい打ち込みの合間を縫って突きを返した。 
 最初はビュンと一発。

「うっ……!?

 三段突き五段突きと、徐々に激しさを増していく。

「ううう……っ!?

 俺が反撃に転じたことで、御子神の呼吸が乱れ始めた。
 攻撃し続けることで薄らいでいた槍への恐怖心が、再び鎌首をもたげてきたのだ。

「ほらほら、あんよが上手!」

 脛、膝頭、爪先――とくに捌きの甘い下段に狙いを絞った。

「う……むうう……っ!」

 苦しげに御子神がうめく。 

 誰だって、体の中心から遠い位置を狙われると防ぎにくいものだ。
 槍のような長物で狙われればなおさら。

 だらこそ、多くの古式剣術には対槍の技法がある。
 古来からの仮想敵という意味で、御子神家では稽古のために外部の槍術家を招いてさえいた。
 だけど御子神はその稽古にほとんど参加しなかった。何かと理由をつけて断った。回避した。

 怖かったから。
 恐怖の象徴から目をそらしたかったから。

 俺とおまえの違いがあるならそこだ。
 おまえは逃げて、俺は逃げなかった。
 俺はずっと(・ ・ ・)見ていた。 

「く……っ下ばかり攻めおって……!」

 御子神は明らかに苛立っていた。
 フットワークだけで下段を躱そうとするから、どうしても重心が浮く。
 足を地から離した、バタバタと踊るような動きにならざるを得ない。

「おのれ……! おのれ……!」

 ストレスを溜めた御子神の攻めに無理が生じる。
 強引な動きが多くなる。
 鳴神の使用回数が増え、それは目に見えて体力を削っていく。

「はあ……っ、はあ……っ! くそ……っ!」

 御子神はとうとう肩で息をし始めた。
 額から大量の汗が流れ、幾筋かが目に入った。
 だけど俺の攻撃を前に拭う余裕がなく、痛そうに目をすがめている。

 ――潮時だ。

「……死ぬなよ? 御子神」

 俺の言葉に、御子神はびくりと肩を震わせた。
 さっと顔を青ざめさせた。

三条流(さんじょうりゅう)槍術(そうじゅつ)連続形(れんぞくけい)虎嵐三法(こらんさんぽう)――」

 下段に二発、中段に一発。お袋の最も得意としたコンビネーションだ。
 同時に、最も楪さんを追い詰めた技でもある。

虎爪(こそう)!」

 胴突きを膝頭への斬りに変化させた。
 御子神は細かくステップを踏んでこれを躱した。

大旋風(だいせんぷう)!」

 切っ先を返し、両臑ごと払うような薙ぎに変えた。

「ちっ……!」

 足元への斬撃をうるさがった御子神は、後方へ大きく跳んだ。 

大彗星(だいすいせい)!」

 槍を旋回させ腰元でぴたり収めると、そのまま真っ直ぐ伸ばして胴を突いた。
 突き技の中で一番距離の伸びる片手突き。
 肩を入れ、柄を掌の内で滑らせてさらにミートポイントを伸ばした。

「……ぬううっ!?

 御子神は予想以上の射程の長さに戸惑いながらも、足指の腹で地面を押すようにして後ろへ跳んだ。ぎりぎり、穂先の届かない距離まで逃げおおせた。

「躱……したぞ……っ!」

 明らかにほっとした表情になった御子神。

 たしかに、お袋の連続形はここまでだった。
 ──だからここからは、俺の技だ。
 突き終わる直前、手首のスナップを利かせて槍を投げた(・ ・ ・)

「な……っ!?

 槍術において、投げというのは邪法だ。型としては存在するが、あくまで完全な奇襲や不意打ち用だ。
 だってそれは、武器を失うということだから。
 槍使いの魂を投げるのと同義だから。 
 持つ武器こそ異なるが、剣士であるからこそ御子神はそれを予期していなかった。
 
「──がっ……!」

 ぎりぃっ、と御子神は歯を食い縛った。
 顔が真っ赤になる。二の腕がぴくぴく震える。
 さんざんに崩れた姿勢から、遮二無二竹刀を振りかぶった。

奥伝(おくでん)……雷斬(らいき)り!」

 切っ先三寸が紫電を帯びた。
 全力で振り下ろした。
 バチバチと雷弧を描き、真正面から槍に激突した。

 ──ギヂィィィイン!
 瞬時に波のようにヒビが広がり、剛性に富んだジュラルミン製の槍が粉々に砕け散った。
 ──バシャリッ!
 竹刀自身が衝撃に耐えきれず、縦にささら(・ ・ ・)に割れた。

「あっ……!?」 

 御子神の双眸が驚きに見開かれた。

 チャンスだ。
 疑いようのない大きな隙だ。

「――!?

 どきりとした。御子神と目が合った。
 もはや使い物にならない竹刀を握ったまま、しかしその目はまったく諦めていなかった。
 美麗な唇が、何事かをつぶやく。

「秘剣、神太刀(かむたち)――」

「――!?

 チリチリと、目に見えぬ何かが肌を刺した。
 総毛立った。心臓がどくんと音を立てた。

 何かが来る。
 鳴神や雷斬りと同じレベルの何かが俺を撃つ。

 もう避けられる距離じゃなかった。
 俺はたぶん、御子神の間合いの内にいる。

 考える間もなく、体が勝手に動いていた。
 前足の膝から力を抜いた。
 重力に伴い、体が前傾する。
 落下力で生み出した勢いを逃がさず、足の裏全体で押すように前に出た。
 体がぐんと急加速した。勢いのまま、ロケットのように跳び出した。

 拳の形は正拳(せいけん)ではなく縦拳(たてけん)
 軌道は水月(すいげつ)の位置から打点に向かってまっすぐ。
 決して力まず、捻じりを加えない。
 体を上下に揺らさず、気合いは漏らさず己の内に向ける。

 古伝(こでん)に曰く。
 膝を(かし)げ、(たい)を沈めよ。
 坂落ちるが如く大極(たいきょく)を踏みしめ、(かしら)は常に天を差す。
 さすれば()(ぞう)(とら)うこと(あた)わず。
 故に其の(けん)、受けること(あた)わず。

 ――其の名は、陰星(かげぼし)
 
 ッゴオオオオォンッ!

 空間が爆砕したかのような音が、背後から聞こえた。
 すさまじい衝撃波が背を打った。

 それは御子神の技が外れた音だ。
 目測がずれた音だ。
 陰星の起こりの小ささを、出の速さを見誤ったのだ。

「……っ!?

 御子神の目が、驚愕に見開かれる。
 もはや遮るものは何もなかった。
 縦拳が御子神の竹刀を弾き、腕を弾き、体の一番柔らかい所に吸い込まれた。
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