第33話

文字数 2,912文字

 真っ暗な空間の中、スポットライトがパイプ椅子を照らす。足音はなく衣擦れの音だけが聞こえてきてカメラの左下から長い黒髪の女がフレームインをしてきた。椅子の前でカメラの方へ顔を向けて無言のまま一点を見つめる。神妙な面持ちだった。ゆっくりと頭を下げてそのまま静止した十数秒静止。そして顔を上げる。またカメラに視線を送ったまま一点だけを見つめ、ゆっくりと息を吐いた。

 「魔王軍の皆よ、こんばんは。あるいはこんにちは。刑務所に収監されているはずのあたしが突然、皆の前に姿を現すことになって 魔王軍の皆の中にも驚いている者も少なからずいるはずだ。なかにはニセモノと疑う者や あらかじめ録画していた物を 頃合いを見て流しているだけだと疑ってかかる者もいるだろうが 正真正銘、今、リアルタイムで皆にこうやって話しかけている。その証拠に画面の右下にライブの文字が現れているのが分かるだろう? つまりそういうことだ。だが勘違いしないで欲しい。あたしがこうやって今、ライブ中継を出来ているのは あたしが刑務所を脱獄した、というわけではない。敵対する組織の恩赦によってこうやって皆に呼びかけることが出来ている。囚人が刑務所内の一室から動画をライブ配信出来るなんて史上初、前人未到である。あたしはこの機会を与えてくれた友人にまず感謝を述べたい。」
 画面の中の佐竹摩央が座ったまま もう一度頭を下げた。心を落ち着かせるように彼女は一度、息をゆっくりと大きく吸って 同じ量だけの息を吐く。

 「なぜあたしが今、こうして皆の前に顕現しているのか、という疑問に対して答えようと思う。それは魔王軍の皆に謝罪しなければいけないからだ。」
 佐竹が一旦そこで言葉を区切った。
 鼻を啜る音だけが聞こえた。
 眩しい天井を見上げて涙を堪えるような仕草も見せた。
「私こと佐竹摩央は前回配信をした動画内において 自分には超能力があると言いました。しかし それは真っ赤な嘘であり、世間の皆さまに混乱と恐怖を与えたことをここに謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでした。あたしはあの事件を起こすまで再生回数に悩み、面白い企画を考えることにも行き詰まるような底辺配信者でした。たまたま自分の犯した罪を動画で撮影し、それをきっかけに自分の名前が広まったことに気を良くして 視聴者の皆さまの記憶に佐竹摩央という名前がある内に 忘れられないようにという思いから ある人物の誘惑に逆らうことが出来ず ミキアこと美樹本アトムさんやタレントの樹里さんの名前を勝手につかって殺人予告動画を配信してしまいました。本当に浅はかで愚かなことをしたと後悔しています。」
佐竹は右手の人差し指で目に溜まる涙を拭った。

「こんな配信をして結局、自分の身可愛さから言い訳をしているのだろうと思う視聴者の方もいらっしゃるかもしれません。そこにはなんの反論もありません。事実、美樹本さんの命を狙うと言ったのはあたし自身ですし、それが原因で美樹本さんの命が失われたのも事実です。あたしにも罪はあります。悪いことをしたらそれ相応の報いを受けるのは当然の義務です。このまま黙ったままでいては あたしと同じような立場の人間を生むことも起こりえる話だし、美樹本さんのように理不尽に命を奪われる犠牲者も出てくると思い、真相をお話することであたしを利用した真の魔王を告発しようと思いました。」
佐竹は瞳を閉じて鼻から息を抜いた。

「あたしに本当の魔王になってみないか、と提案してきたのはあたしの顧問弁護士でもある鵠沼綾乃です。はじめて彼女に出会ったのはあたしが殺人ライブをする一か月ほど前でした。丁度、別の動画の件で訴訟問題になりそうになった時に連絡をくれたのがきっかけでした。その時から相談に乗ってもらうようになり、今後、どうすればもっと視聴回数を増やせるか、話題に上るか、など聞いてもらっていました。何もかも話せるような間柄になると あたしは以前より計画していた殺人計画の事を打ち明けました。もしかしたら大人な彼女に止めてもらいたかったのかもしれません。でも、鵠沼の回答はあたしの想像を超えてくるものでした。どうせなら殺人の瞬間をライブ配信しよう、という提案をしてきたのも彼女です。いずれ動画配信は頭打ちになる、今後は別のお金儲けを考えなくてはならない。そのためにはインパクト抜群の広告塔が必要になる。鵠沼はあたしにそう語ってくれました。それが今回の超能力騒ぎの真相です。実際に殺人を犯した魔王が 刑務所の中から殺人を予告し、実行する。そうすることで新しいビジネスが出来る、と彼女は話してくれました。当時、承認欲求の塊だったあたしはその誘いを断ることが出来ず、自ら乗り気で犯行予告動画と犯行後の動画を撮影しました。美樹本さんや樹里さんを選んだのは同業者で有名人である彼をターゲットにした方が話題性にもなるからと鵠沼に提案されたからです。あたしはまんまとその口車に載せられて彼らを狙うと宣言しました。しかし鵠沼はすでにその時点で美樹本さんと樹里さんに恨みを持つ人たちと接触をしていたのです。あたしは鵠沼の考えた殺人計画のただの一ピースでしかありませんでした。鵠沼たちの計画通り、美樹本さんが毒殺され、樹里さんも命を狙われました。幸いにも彼女が怪我をすることはありませんでした。本当ならそれも全部、あたしが憑依して あたしが殺したことになっていたわけです。もちろん有名になれるのならそれでも構わなかった。すでに一人はこの手で殺しているわけだし、超能力によって殺人を行ったと言っても抵抗はありませんでした。聞かされていた話では超能力の真実味が増せば増すほど警察は捜査に行き詰まる。超能力の存在の有無を調べなければならなくなり、のらりくらりとはぐらかすことで真相は有耶無耶となり、世間はあたしの存在というものをきっと忘れなくなるだろう、鵠沼はそんなことを言っていましたが どうやらその計画も頓挫してしまったようです。捜査官の一人に超能力がインチキであることを見抜かれてしまったようで 鵠沼はまるで医者が患部を切除するように あたしたちの事も切り捨てるようです。だから今回、捜査関係者の方のご厚意で事件の知られていなかった側面を知ってもらおうと動画で鵠沼弁護士を告発することにしたわけです。あたしも、美樹本さんを殺した人も、樹里さんを襲った人もきっと司法によって裁かれるでしょう。でも、あたしたちを唆した人間だけが 貴女だけ逃げてしまうのは許せない。許されるはずがないんです。鵠沼弁護士、罪を認めて自首をしてください。それでも もし自首されないのであれば 何かあった時用にあたしが内緒で録音していたデータが世間に晒されることになると思っていてください。貴女が犯罪に加担していたと証明出来る充分過ぎる証拠です。その在処を警察に話します。あたしからは以上です。この動画をご覧頂いた皆様、ならびに不安を与えた皆様に改めて謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでした。」
 スポットライトを浴びる佐竹が頭を深々と下げた後、画面は暗転して映像が切れた。
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