第15話

文字数 4,534文字

 「こちらが今、俺の交際している彼女、いーちゃんです。」
 彼氏である美樹本アトムが間に入って紹介すると宮國伊勢はソファから立ち上がってゆっくりと頭を下げた。警察の人間とこうやって面と向かい合うのは初めてなのか表情がどこかぎこちなく見える。
 美樹本は動画の撮影があると言って席を外した。
 「宮國伊勢です。」

 か細い声で宮國は自ら改めて名乗る。ニットとロングスカートという落ち着いた服装をしている割に 両手のネイルだけはやたらと派手で長く 目についた。
 「水無瀬です、こちらは神座。そちらの二人は紹介する必要はありませんね。」
 小野と岩崎を指差しながら水無瀬が言う。
 「はい、もうお互いに自己紹介は済ませています。」
 「今、捜査している事件の関係で宮國さん、貴女の名前が出てきたので少しお話を聞かせてもらいたく美樹本さんに無理矢理お願いしました。お時間を頂いて申し訳ありません。」
 水無瀬は着席するとまずは礼を述べた。
 「明日香さんのことですよね?」
 宮國が切り出す。
 「何をお聞きになりたいんですか?」
 「とりあえずは明日香さんと貴女とのご関係から聞かせてもらえますか?」
 「友達の姉です。」
 「お友達のお姉さん。」
 神座は聞いた情報をノートの空白に関係図を作っていく。
 「明日香さん、お名前は?」
 「戸崎明日香です。友達の名前は戸崎紗耶香、小学生からの同級生でした。お家にも何度も遊びに行っているうちに明日香さんとも仲良くなりました。」
 当時のことを思い出しているのか、宮國伊勢は視線をやや俯かせて昔話を語るように話した。
 「明日香さんは自殺だとお聞きしました。彼女が自ら命を絶つに至った理由、何かご存じですか?」
 水無瀬が尋ねる。

 「苛めです。クラスメイトの何人から被害を受けていたと聞きました。明日香さんの机からその時のことを記したノートが出てきたそうです。」
 「そこには加害者の名前も記されていた?」
 「はい。すでにご存じですよね?」
 「ええ。貴方の恋人と同じように一晩で注目度がぐっと上昇してきていますから。」
 水無瀬が美樹本に視線を向けると彼は複雑な表情を浮かべるだけだった。
 「戸崎明日香さんはどんなイジメを受けていたんですか?」
 「授業中、後ろからゴミを投げつけられたり、恐喝めいた文言でお金を奪われたり、万引きとかもさせられたらしいです。結局、店員に見つかって明日香さんだけが捕まり、自宅謹慎処分も受けたみたいです。」
 「誰にも相談出来なかったんでしょうか? 学校とかご両親に。」
 神座は聞く。

 「学校の教師に言ったところで何の解決にもなりませんよ。それに自分がイジメを受けているなんて親になんて絶対言えませんよ………。でも、明日香さんが言わなかったのは多分、それだけが理由じゃないと思いますけど………。」
 「妹さん、紗耶香さんに危害が加えられるのを恐れていたからですか?」
 水無瀬が言った。
 「はい。地元が同じですから 顔を合わせることは避けられないし、自分だけ我慢すれば紗耶香には手を出さないだろう、って考えたみたいです。でも、噂ですけど あの人たちは明日香さんだけじゃなく 紗耶香にも手を出そうと考えていたみたいです。援助交際をさせて儲けようとしていたようで それを知った明日香さんは自分が死ぬことによって防ごうとしたんじゃないか、って紗耶香は言っていました。」
 「酷い………。」
 神座は呟く。知らない間に奥歯を噛みしめているのに気付いた。その話が本当なのだとしたら 樹里が狙われるのは自業自得なのではないだろうか、とさえ思う。どうして自分がかつて人を一人、死に至らしめた人間を守らなければならないのだろう、虚しさに襲われる。

 「動画はみました。」
 宮國はぽつりと言った。
 「本当の事を言うとちょっと良い気味だ、って思っているんです。」
 宮國は力を抜いたように微笑む。
 「そんなことが出来るにしろ、出来ないにしろ、殺害予告なんて受けたら穏やかじゃいられませんから………。 今、あの時の明日香さんのようにあの人が怯えていると思うと ほんの少しだけ気が晴れるんです。」
 「それは普通のことだと思います。」
 神座は彼女の意見に寄り添うように言った。間違った人間がそれ相応の報いを受けるのは当然のことであり、そうでなければ人間社会なんてとうの昔に崩壊している。だからこそ自分たち警察は存在している。少しでも弱い人間を助けるために。

 「明日香さんの妹、紗耶香さんと連絡は今でも取っているのですか?」
 水無瀬の質問に対して宮國は首を横に振った。長い髪の毛が動きに合わせて揺れる。
 「紗耶香も一年前に事故で亡くなりました。」
 「亡くなっている………。」
 神座は素直に驚いた。
 「結婚をしてご主人の仕事の関係でオーストラリアに住んでいたのですけど そこで交通事故に巻き込まれたそうです。」
 「そうですか。」
 沈痛な面持ちで水無瀬が頷いた。
 「ご両親は? 二人のご両親はまだご存命では?」
 「わかりません。紗耶香の告別式で会ったきりですから。」
 宮國は答える。
 「佐竹摩央について聞いても良いですか?」
 水無瀬は質問を変えた。
 「ええ、はい。とは言ってもちょっと前に捕まった人っていうくらいしか知りませんけれど、それでもかまいませんか?」
 「知り合いではない?」
 「はい。」
 宮國は質問者である水無瀬の眼を真っすぐに見つめ返して言った。

 「例えば明日香さん、もしくは紗耶香さんとはどうだったでしょうか?」
 「わかりません。私と紗耶香は高校卒業まで一緒だったけれど 紗耶香の周りにはいなかったと思います。大学は別のところだからそこまではわかりませんけれど。」
 「紗耶香さんはどちらの大学に?」
 「K女子大学です。」
 佐竹は大学まで進学していなかったはずだ、神座は経歴を思い出していた。大学で二人が出会っていたとは思えない。だとするのならアルバイト先が同じだったのだろうか、しかしそうだとすると浅い付き合いで 友人の亡くなった姉の復讐として樹里を狙うとは考えにくかった。戸崎姉妹とは関係のない線で佐竹摩央と樹里は繋がっているのだろうか、神座は思う。

 「樹里さんについてもう少し聞かせてください。貴女自身に面識はありましたか?」
 「地元が一緒なので存在は知っていました。評判はあまり良くなかったので近づかないようにはしていましたけれど。」
 「素行に問題があったから?」
 「まあそういう事です。本人も喫煙や深夜徘徊で何度か補導されたことがある、と聞いています。その他にも週刊誌の記者が知ったら喜びそうな事も………。あくまでも噂ですし、本人はそのことだけはテレビでも話さないから真偽は定かではないですけど。」
 「良い印象はあまりお持ちではなかった?」
 水無瀬は聞く。

 「今の話でどこに好印象を持ちますか? 私、テレビ業界ってちょっと歪んでいると思うんですよね………。自分の行ってきた迷惑行為をさも面白おかしく話す人がいるでしょう?しかも若気の至り、とか やんちゃ、とか一言で片づけてしまって その感覚が信じられない。その人たちがしてきたことで被害を被っている人がいる、っていうのに。絶対に変だと思います。明日香さんなんか何の落ち度もなかったのに ただあの人の暇つぶしみたいに弄ばれて 自殺までしているのに………。」
 宮國はあふれ出る感情を隠そうとしなかった。
 「殺してやりたいほど憎い?」
 水無瀬は聞く。
 「そうですね。」
 そう答えた宮國の顔は一瞬、恐ろしいほど冷たいものだった。

 「でも、そんな風に思っているのは私だけじゃないと思いますよ。」
 「タレントとしては致命的ですね………。」
 「ええ、ネットの掲示板とかは常に大荒れですね。でも不思議とテレビからは消えない。多分、事務所が売り込むために誰かに大金を積んでいるんでしょうね。もしくは………。」
 宮國は思わせぶりにそこで言葉を切った。
 「もしくは色。」
 水無瀬は言う。
 「そういうのってあるんでしょう? いわゆる枕営業。あの人ならやっていても不思議じゃありませんから。」
 「業界に詳しくはないからわかりませんね。」
 水無瀬は首を竦めた。
 「あの人がテレビに出るたびに どうしてこんな人がテレビに出て普通に笑っていられるのだろう、って思います。」
 宮國は気怠そうに息を吐いた。
 「あと警察にも私、不信感ありますから。」
 「戸崎明日香さんの事件をまともに調べようともしなかったからですか?」
 水無瀬は言う。

 「そうです。あの時、明日香さんが自殺をして亡くなっているのに まともに捜査もしないで 動画配信者がたかだか殺害予告をしただけで まだ事件にもなっていないのに捜査をする、その判断基準ってなんですか? 有名人と一般市民の違いですか? それを聞きたい、ということもあって今日、ここに来ました。」
 宮國は責め立てるように言った。
 当時のことは正直に言えばわからない。自殺の因果関係にいじめがあった事は事実だろうが きっと当時の捜査関係者は事件性の有無で早々に捜査を打ち切ったのだろう。それが遺族や関係者にどれくらいの悲しみを与えたのか、想像は難くなかった。今、何を言っても言い訳にしか聞こえずに神座は卑怯だと思いながらも黙ることしか出来なかった。

 「命の価値が平等なのかどうかは僕にはわかりません。」
 水無瀬が言う。
 「やっぱり………。結局、弱い者は生きていても 死んだ後も虐げられるんですね………。」
 蔑んだ顔で彼女は水無瀬を睨んだ。頬に一筋、また一筋と涙が伝う。
 「ただ罪を犯した人間には平等に罰を与えようとは思ってはいます。」
 「だったらあの人にも罰を与えてください。それが明日香さんたちの望みだと思います。」
 「今回、殺害予告の名前があがったことでマスコミはこぞって佐竹が彼女を殺そうとする理由を探るでしょう。そうなれば彼女の過去の悪事も暴かれることになる。刑事罰については難しいかもしれませんが 社会的制裁を受けることは必然でしょうね。それすら生温いというのなら あとは好きにしてください。ただ貴女が一線を越えた時、私はどんな理由があるにせよ、貴女の手に手錠を掛けます。それだけは忘れないでください。」
 水無瀬はとつとつと言った。
 「社会的制裁とか、それらしい事を言っているけれど 結局、警察は何もしない、と遠回しに言っているだけですよね………。」
 宮國は心底、軽蔑したように言う。

 「魔王のような人が現れてきてくれて本当に良かったって心から思います。」
 美樹本アトムが席を外していてよかったな、と神座は思った。樹里を憎む宮國の気持ちはわかる。彼女は心の底から社会の無力さを知ってしまったのだ。だからこそ本当かどうかわからないアンチヒーローを信用しようとしているのだろう。しかし、そのアンチヒーローは宮國の今の恋人ですら手に掛けようとしている。魔王を信奉するということは逆に言えば美樹本アトムですら死んでも構わないと言っているようなものだ。
 「今の発言は聞かなかったことにしておきます。」
 水無瀬は両肩を竦めた。
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