第17話

文字数 4,050文字

 翌日、樹里が帰国したとサンライズフロムウエストの鵜久森千秋から連絡を受けて神座と水無瀬は彼女が宿泊している大阪市内のホテルへと向かった。受付で鵜久森に到着を報告してもらうと十三階の部屋まで来て欲しいと言われて 二人はエレベータに乗り込む。
 「一応、警戒してホテルに宿泊させているんですかね?」
 神座は昇降パネルのオレンジ色の数字を眺めながら言った。 
 「多分な。」
 目的階に到着して十三階の通路を左方向へ進む。突き当りのガラス窓の向こうには商業ビルの観覧車が見えた。

 通路を挟んで向かい合うドアの右側、1325室が指定された部屋だった。ドア脇のチャイムを鳴らす。ゆっくりとドアが開いていくがU字ロックは解除されていない為に完全には開かない。
 「誰?」
 部屋の奥からヒステリックな声が聞こえた。
 「警察の人たち。」
 鵜久森は中の人物に返事をすると一旦、ドアを閉めてU字ロックを解除し、今度こそドアを開いて二人を招き入れた。
 「帰国後は東京の方で仕事だとお伺いしていましたが。」
 水無瀬は鵜久森に言う。
 「あれはバラシになりましたよ、おかげさまで。」
 鵜久森は不機嫌そうに答えた。
 「バラシ?」
 「仕事がなくなることです。」
 彼女は簡潔に答えて奥へと行く。カーテンを閉め切った薄暗い部屋、ベッドの上に背中を丸め、膝を抱えて座る真っ白い肌の女性がいた。睨みつけるような目つきで神座たちを見る。テレビで見るような派手さはないものの その女性が樹里だと神座にはすぐにわかった。

 「なんでうちがこんな目に遭わなきゃいけないの?」
 恨み言を吐くように彼女が言う。
 「うち、きちんと仕事してんじゃん。下げたくもない頭、ぺこぺこお辞儀してさ。脂ぎった親父どもとお酒とかも飲んで仕事貰ってんのに。魔王って何様よ、うち何もしていないじゃん。なんで邪魔されなきゃいけないの?」
 「質問の意味がわかりませんね。」
 水無瀬は突き放すように言った。
 確かに樹里は殺害予告を受けた。だからといって仕事がなくなる理由にはならないはずだ。
 「昨日、匿名で樹里に関する情報を流した人間がいたそうです。ネットでもその情報で持ち切り、真偽はともかく炎上騒ぎになっている状況です。」
 鵜久森は冷めた口調で言った。

 神座はスマホを取り出してネットを立ち上げ キーワード 樹里で検索する。ずらっと彼女に関する情報が一気に表示される。樹里、イジメ、自殺 という文字が強調するかのように目に飛び込んでくる。スマホ画面を水無瀬に見せた。彼は視線を縦に一度だけスクロールさせてから頷いた。
 譜久島歩がマスコミにリークしたのかもしれない、神座は思う。
 「なるほど状況はよくわかりました。」
 「事務所には今朝からクレームの電話が掛かってきています。ホームページも一時的に閲覧が不可能な状態でした。中には殺す、という脅迫めいたものもあったので そちらについては最寄りの警察に通報しました。」
 鵜久森の口調は淡々としたもので怯える樹里とは対照的なものだった。彼女の中ではすでに樹里の商品価値に見切りをつけているのかもしれない、とさえ思えた。

 「こちらにいる事を知っているのは何人くらいですか?」
 水無瀬が問う。
 「事務所の一部の人間だけです。一応、殺害予告もあったものですから信頼できる人間だけに留めています。ホテルに避難したことを知っていても どこかまでは全員知りません。」
 「佐竹摩央の動画がきっかけで貴女のことを快く思わない連中がマスコミにかつての行為をリークした結果が今の状況に繋がっているみたいですね。」
 ベッドの上の樹里に水無瀬は言った。
 「うち、恨まれることなんて何もしていないんですけど。」
 「戸崎明日香さん、ご存じですよね?」
 神座は尋ねた。
 「戸崎………?」
 樹里は眉根を寄せる。惚けているというよりは本当に記憶にすら残っていない、というような反応だった。
 「高校の時の同級生だった女性です。」
 「そいつが原因?」 
 「その方はすでに亡くなられています。高校生のころにイジメを受けていて自宅で首を吊って亡くなったんです。」
 「あ、たしかうちが高校生のころにいたな、そんな名前のやつ。」
 「彼女が自殺したのは貴女のいじめが原因なんですよ?」
 神座は強い口調で言った。
 「知らねぇよ、自殺するのはそいつが弱かっただけだろが。」
 「貴女ね………。」
 詰め寄ろうとしたところを背後から水無瀬に左肩を抑えられる。
 「神座、ちょっと落ち着こうか。飴ちゃん食うか?」
 「すみません………。」
 神座は思いきり息を吐いてから冷静さを取り戻した。
 「飴はけっこうです。」
 「なに、そいつ。うち被害者だよね? 警察って弱いもんにそんな態度とってもいいわけ?問題じゃない?」
 樹里は長い爪で神座を指差しながら挑発するように縦に動かした。
 「後輩が失礼しましたね。代わりに謝罪しますよ、申し訳ない。」
 頭だけを前に倒して水無瀬は謝る。
 「感じ悪いんですけど………。」
 樹里は大きな舌打ちをしてそっぽを向く。
 「感じ悪いついでに聞いておきたいのですけどね。」
 水無瀬は前置きをして言った
 「佐竹が貴女を狙う理由ってやはり週刊誌の記事が原因だと思いますか?」
 彼の質問に樹里は答えようとしなかった。
 「仕事が入ってこないタレントは死んだも同然です。これがその魔王の狙いだったんじゃないんですか?」
 鵜久森が割って入る。

 「まあ確かに彼女のタレントとしての命は風前の灯だと思いますよ。ここからどうあがいても回復する見込みはないと思います。もちろん素人考えで 何がきっかけで急浮上するかわかりませんけれどね。ただこれは枝葉に過ぎないと私は思っています。今、あなた達が陥っている状況は佐竹の事が無くてもいずれ表面化した問題だと思います。」
 水無瀬は言った。
 「佐竹摩央と知り合いですか?」
 彼はもう一度、樹里に尋ねた。聞こえない、と言い訳が出来ないくらいのはっきりとした大きな声だった。
 猫のように丸くなっていた樹里が鋭い目つきで睨んでいた。
 「………らない。」
 「聞こえません。貴女に関わることですよ、日常生活ではテレビ番組のようにピンマイクで音は拾ってくれませんよ?」
 「知らない、会ったことも見たこともない。」
 樹里は投げやりに答えた
 「年齢も違えば 育ってきた場所も違う。全くの赤の他人である二人なのに 佐竹摩央はどこで樹里さんのことを知ったのでしょうね。」
 「彼女がモデルを務める雑誌とか?」
 鵜久森が答える。
 「雑誌のグラビアを見たところで素行の悪さまでは見抜けないでしょう?」
 「一応、我々は被害者なんです。その挑発めいた発言は止めていただけないですか?」
 鵜久森が釘を刺した。

 「すみません、昔から一言余計だと怒られてばかりなんです。正直な人間でして。」
 口調は反省しているものの 態度からは全くそれが伝わってこなかった。
 「誰かが佐竹に情報を流した、と考えるのが自然ですね。」
 「誰かというのは?」
 「もちろん樹里さんのことを快く思っていない側の人物です。」
 「自殺をした子の身内?」
 鵜久森が言った。
 「絶対にそうに決まってるじゃん。そいつら逮捕してよ、犯罪者じゃん。」
 「絶対に、というのは何を証拠に言っているんですか?」
 水無瀬は鋭い目つきを樹里に向けた。
 「貴女が彼らに恨まれているから?」
 「違う、うちはイジメなんかしていない。」
 「だったら彼らから恨まれる筋合いなんてないでしょう?」 
 意地の悪い笑みを浮かべながら水無瀬は言った。
 「勘違い………、そう逆恨みかもしれないじゃん。」
 「難しい言葉を知っているんですね。」
 「馬鹿にしてる?」
 樹里の質問に対して水無瀬は肯定とも否定ともどっちつかずの笑みを浮かべるだけだった。

 「殺害予告は確かに出ていますが 佐竹が言う殺人は他人に憑依をして殺害するという今の法律では対処のしようのない方法です。もちろん私はそんな方法を信じてはいませんが それを否定するだけの材料を持ち合わせてもいない。警戒は充分に必要だと思ってください。貴女と同じく殺害予告をされた美樹本アトムは毒を使って殺害するであろうことは判明しているから手の打ちようもありますが 貴女に関してはまだ何の情報もありません。佐竹が一体、どんな手を使ってくるのか解からない状況です。それにくわえてこの騒ぎです、便乗して嫌がらせをするように 何かしらの危害をくわえようと企んでいる人間も出てくる可能性もあるでしょう。しばらくはこちらに身を隠すのが適当だと思いますよ。」
 「警察って役立たずなのね。」
 「もちろんご希望とあれば正式に捜査本部を立ち上げて大々的に捜査をすることになりますが その時は貴女の隠したい過去も白日の下に晒された上、今後、華々しい世界で活躍することはまず不可能になるでしょうね。」
 水無瀬は負けずに言った。
 不謹慎とは思いつつも神座の溜飲は下がる。
 樹里は睨むだけで何もそれ以上は何も言わない。

 「こちらにも人員を割いて警護には当たりたいとは考えています。」
 水無瀬は鵜久森に言った。
 「ただ現時点では殺害予告は出ているだけで あくまでも警戒なので一人、ないし二人くらいしか充てることは出来ないと思います。」
 「その点でしたらお気遣い無用です。」
 鵜久森は言う。
 「私の知り合いに警備会社をしている人がいるので そちらの方にお願いしています。もちろん警察のように超能力に対しての手段は持ち合わせてはいないでしょうけれど マスコミ対策や、正義感気取りの暴漢に対しては対抗できると思います。」
 「わかりました。」
 水無瀬は頷く。
 「ただ居場所を変えるときは連絡をください。」
 「今のところ、一週間はこちらに滞在するつもりではあります。そのころになればほとぼりも冷めるでしょうから。」
 鵜久森の楽観的な発言を神座は懐疑的に聞いていた。
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