第30話

文字数 2,838文字

 面会室に現れた時、佐竹摩央の表情が少し変わるのが神座にはわかった。相変わらず端正な顔立ちをしている。視線が自分の隣にいるナナシに向けられたままなのはナナシの正体を推し量っているからだろう。
 アクリルガラス越しに向かい合うように彼女は着席した。
 「はじめまして。」
 ナナシが誰よりも先に口を開いた。
 一瞬、魔王は驚いたような顔をみせてから すぐに平静を取り戻して言った。
 「はじめまして。」
 深い溜息が真横から聞こえて神座はナナシを見た。不機嫌さを隠すことなく彼女は舌打ちをした。

 「小麦ちゃん、こちらは誰? 刑事には見えないんだけれど どう見ても高校生くらいだよね?」
 「ファンです。」
 ナナシが出まかせの言葉を言う。
 「ファン? あたしの?」
 佐竹の表情から一瞬だけ警戒心が消えた。
 「はい。まさか憧れの人が超能力まで使えるなんて大感激で。お姉ちゃんに無理にお願いして連れてきてもらったんです。」
 「小麦ちゃんの妹?」
 佐竹は神座とナナシの顔を見比べる。誰でもわかる間違い探しだ。騙しきれるとは思えない。佐竹も納得はしていない様子だった。
 「とはいってもママは別なんですけどね。複雑な家庭なんです。」
 ナナシがダメ押しのように言った。
 「浮気性のパパを反面教師にしたのかお姉ちゃん、めちゃくちゃ真面目でしょう? 仕事も仕事だから未だに彼氏とかもいないし。妹としては心配なんですよぉ。」
 「わかる。小麦ちゃん、優等生タイプだもんね。絶対、担任にチクりとか入れていたタイプ。静かにしてください、とか言ってる奴いたもん。」
 佐竹は笑いながら言った。
 勝手に愛人とその子どもがいる設定をつけられた自分の父親を不憫に思いながらも神座は愛想笑いを浮かべていた。

 「真面目な小麦ちゃんが仕事と称して自分の妹を連れてくるなんて割とぶっ飛んでいるよね、そういう事も出来るんだ?」
 よほど可笑しかったのか佐竹は目じりに涙を浮かべていた。
 「観ましたよ、ミキアの配信。本当だったんですね。」
 アクリルガラスに顏を近づけてナナシは囁くように言う。
 「観るまでは信じられなかったけれど最高でした。人って毒を飲んだらああいう風に死んじゃうんですね。勉強になります。」
 「でしょう?」
 佐竹は満足げに何度も頷いた。
 「あれってどうやったんですか?」
 「憑依能力のこと?」
 「ああ、そういうのも興味ありますけど ミキアに毒を飲ませた方法です。」
 ナナシの質問に対して佐竹が神座を一瞥した。
 「それはね………。」
 ゆっくりと口元に笑みを称える。
 「それは?」
 「おしえなーい。」
 佐竹は口許で両方の人差し指を使ってバツ印を作った。
 「教えてくださいよぉ。気になって夜も眠れないですからぁ。」
 ナナシはわざとらしく躰を何度も捻って言った。
 「企業秘密だもん。それに小麦ちゃんが傍にいるでしょう? 聞かれちゃったら困るから。」
 「そうですよねぇ、聞かれちゃったら困りますもんねぇ。」
 ナナシは表情こそ笑っていたが 左から右へと舌先で上唇をなぞった。まるで獲物を前に舌なめずりをする肉食獣のように神座には見えてぞっとした。
 「ところでところでぇ質問なんですけどぉ。魔王って憑依能力以外にも何か超能力を隠し持っていたりしますかぁ?」
 「それはどうだろう?」
 魔王は意味ありげに小首を傾げた。
 「カードゲームをするときに自分の手札を晒す馬鹿はいないからね。そこはあえてシークレットとさせてもらおうかな。」
 「じゃあ他の質問をしますぅ。誰にでも簡単に憑依出来るんですか?」
 「もちろん。あ、でもここで自分に入ってくれなんていう試すようなお願いは聞きたくないね。あたし、そういうタイプの人間一番嫌いなの。NOとはっきり言えるタイプの人間だし、そういうときは全く無関係な人間に憑依して殺すことにしているから。」

 「それって保険ですか?」
 「はい?」
 「あ、ごめんなさい。つい本音がポロっと出ちゃいました。」
 ナナシは口を押える。
 「本当か嘘か確証がない状況下で特にお姉ちゃんのような真面目な人はそれ以上、何も言えなくなりますもんね。」
 「下手な挑発。」
 「いえいえ挑発なんかじゃありませんよぅ。わたし、自分以外の他人が生きようが死のうがどうでも良いですもん。興味があるのは超能力だけ。なんなら父親を殺してもらっても良いくらいですから。」
 「どうしても試したいってわけね?」
 「はい。映像ではなくて実際に目の当たりにしないと信用しない性格なんです。動画って編集できますもんね。テレビなんて嘘ばかりだし、そのうち動画配信者だって視聴回数欲しさにやらせに走る人も出てきますよね。」
 「あたしは違う。あたしは本物の魔王。」
 佐竹は右手でアクリルガラスに触れる。
 「手を離しなさい。」
 刑務所職員の女性が奥から注意を促した。
それでも魔王は掌を当てたままだった。
 職員が近づいてくる。

「こんな脆弱な壁で魔王を飼っていられると思っているお前たちは本当に愚か者だな。いいか、あたしはいつでもどんな時でも誰でも殺すことが出来る。肉体なんてただの容れ物だ。お前たちは自分が自由だと錯覚しているがあたしに言わせればそんなものまやかしだよ。いいか本当の自由というのはお前たちを閉じ込めているその容器からですら いつでも抜け出せるのが自由なんだ。そしてそれが出来るのが唯一、あたしだけ。あたしだけが自由なんだ。」
「手を離せと言っている。」
 職員が彼女の右腕を掴んで無理矢理、ガラスから手を離させた。そのまま腕を捻る形で背中へと回す。痛みから逃れようと佐竹は上半身を倒した。
「受刑者を過度に挑発するのはやめてください。」
 職員が佐竹を制圧しながら言い放った。
「怒られた。」
 ナナシが驚いたように言った。
「まあそうなりますよ………。」
 神座は呆れるように言った。このままでは今後、佐竹摩央への面会は禁止になるのかもしれないな、という予感すらあった。
「殺せ、やってみせろ、っていうのなら望み通りやってやる。残るターゲットを派手に殺してやるさ。」
 組み伏せられながら魔王は自由の効く左手の指で神座たちを指差しながら言った。 
「まだ疑ってかかっているアタシの能力を目の当たりにして絶望に打ちひしがれると良い。そしてその後にあんたの大事な人間の命も奪ってやるよ。楽しみにしているんだな。」
 唸るように言いながら佐竹はそのまま強制退場になった。
 ガラス越しに女性職員が睨むようにこちらを向いていた。
「しばらく面会は禁止です。」
 感情を込めずに通告するように彼女はそう言うと面会室から退室する。
「助かったね。」
 ナナシは呟くように言った。
「助かっていませんよ、反省文ものの失態です………。」
アクリルガラスの向こう側のドアを茫然と見つめながら神座は答えた。超能力を疑ってかかると彼女は興奮して当たり散らすのは分かっていたことだ。それなのに同じ轍を踏んでしまったのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み