第12話

文字数 2,574文字

 「春日井道雄には離婚歴があり、元妻との間には娘が一人います。離婚の原因はよくある金銭面のことのようで春日井はギャンブルなどで多額の借金を抱えていたみたいですね。バーの経営が上手くいかないこともあって より一層、ギャンブルにのめり込んでいった、と妻は話していました。」
 小野が立ち上がって言った。
 「鴨川水面の留学の話も裏がとれました。来月の十三日に約一年間渡米するようです。春日井の死亡推定時刻にアリバイもきちんとあることから 彼女はこの件に関してシロである可能性は高いと私は個人的に思いました。」
 高身長の宮岡が言った。
 「ただ現場に施錠出来るのは鍵を持っていた鴨川だけだろう?」
 土江刑事が横やりを入れる。
 「その件だが春日井は自殺という可能性も出てきた。」
 是枝が検死報告書に視線を落として言う。
 「ナイフの挿入角度から誰かに刺されたものではなく、自分で刺したものだろう、というのが先生の見方だ。」
 「借金を苦に自殺ですか………。」
 頭を掻きながら土江が呟くように言う。
 「私もその可能性は高いと思う。」
 是枝が報告書を持ち上げてひらひらと振った。

 事件現場である店の鍵を所持していた鴨川水面のアリバイがはっきりとした今、春日井道雄が自死であるならば鍵の掛けた人物が彼本人だと説明がつく。しかし、本当にそうなのだろうか、神座は佐竹が残したと主張する犯行証明書の事がずっと引っ掛かっていた。しかしそれを口にしてもいいものだろうか、彼女は躊躇う。きっと白い目で見られて 鼻で笑われるのがオチだろう。土江からは厳しい言葉も飛んでくるかもしれない。
 「佐竹のサインの入った直筆の犯行証明書はどう処理します?」
 水無瀬が会議室の最後列から足を組んで座ったまま言った。
 「おいおい。お前まで神座と同じことを言い出すのか?」
 土江が嘲笑を浮かべながら言った。
 「佐竹本人が 自分がやった、というのならば一応、その僅かな可能性も考慮するべきだと思いますけどね。実際、あの犯行証明書のサインは本人の物で間違いなかったのでしょう?」
 「筆跡鑑定の結果、本物で間違いないそうだ。」
 是枝は苦虫を噛み潰した顔で答えた。

 「書いた本人が現在、服役中という完全なアリバイがある中でどうやってそれを現場に残せるのか、という点は考慮すべきことだと俺は思います。」
 「じゃあ他人に憑依して殺人を犯した、っていうあの女の言うことを信じるってのか?」
 土江が振り向いたまま水無瀬に噛みつく。
 「佐竹は新たに同業者であった美樹本アトムと読者モデル兼タレントの樹里を殺すと宣言しています。今晩零時にアップされる動画で確認を取りました。」
 神座は言った。
 「動画? 佐竹摩央が、か?」
 是枝の顔が険しくなる。
 「撮影自体は逮捕される前に撮影されたもののようですが 動画の管理は顧問弁護士の鵠沼綾乃が行っています。」
 「鵠沼ってあの鵠沼か………。」
 不快感を隠そうともせずに是枝は椅子に座ったまま一度、回転をして真後ろを向いたタイミングで くそっ、と短く吐露した。
 「鵠沼主導で動画サロンを開設するそうです。」
 「佐竹摩央の動画サロン、誰が観るんだよ、そんなもの。」
 土江が悪態をつく。
 「そこで殺して欲しい人間を募集するそうです。」
 神座は答えた。
 捜査班のメンバがざわつく。
 「美樹本アトムと樹里の二人はそのサロンの会員集めのコマーシャルで殺害されてしまうみたいですよ。」
 水無瀬は他人事のように言う。
 「佐竹がその二人を殺す動機は?」
 「樹里の方はまだ本人とも話せていないのでわかりませんし、美樹本アトムからは話を聞きましたが 本人が言うには動画のコラボを無視したのが原因だろうと。」
 「子供の喧嘩か? 大人がすることじゃないな。」
 是枝は呆れたように言う。
 「精神年齢が低いんでしょうね。」
 水無瀬が言う。
 「犯行後に流す予定の動画も鵠沼弁護士から見せてもらいました。一週間以内に美樹本を殺害するつもりのようです。」
 「おいおいおいおい、殺害するって佐竹本人はムショの中だろう? 本当に超能力で殺すっていうのか?」
 土江が神座を指差した。

 「どういう方法なのかはわかりません。ただ服役する前に動画を撮っているほど用意周到な人物です。何か仕込んでいる可能性も考えられます。」
 「なんだ? 何を仕込んでいるっていうんだ?」
 「時限爆弾的なものですかね?」
 小野が口を挟んだ。
 「動画を撮影したのって三ヵ月も前だろう? 時限式の爆弾のタイマーって悠長なものじゃないだろう?」
 宮岡が言った。
 「美樹本本人は佐竹の動画がアップされ次第、一週間の生配信をぶっ続けで行うみたいですよ。命を狙われているという事実ですら美樹本にとっては格好の配信ネタになるみたいです。我々もそれを観続ければ佐竹の手口が分かるのでは?」
 水無瀬が言う。
 「殺害予告を受けた人間が殺されるのを待ち続けろっていうのか?」
 是枝が困惑した様子で言った。
 「被害届が出れば警護を兼ねて美樹本宅で張り込むことも出来ますけれどね。生憎、彼からは被害届は出されそうもない。指をくわえて何か動きがあるのを待つしかないのでは? 詐欺師の挑発に乗って動いたら面子がつぶれる、と上は嫌がるでしょうし。かといってみすみす目の前で殺害されでもしたら責任問題には発展するでしょうね。」
 水無瀬が淡々と言った。

 是枝の顔が苦渋に満ちていた。佐竹を無視すれば警察は何をしている、と非難され、動けば警察は何をしている、と嘲笑される。動画がアップされればどちらに転んでも 警察は矢面に立たざるを得なくなる。
 「どうするのが最善だ?」
 是枝が水無瀬に聞く。
 「少数で美樹本の警護に当たる、というのが一番の方法でしょうね。少なくとも世間に対する面子は保てる。」
 「お前たちに任せていいんだな?」
 是枝は眼鏡のブリッジを押すようにして位置を修正した。
 「あと二人、バックアップをお願いします。」 
 水無瀬は指を二本立てて是枝に見せた。
 「わかった、小野と岩崎をそちらに回す。」
 指名された二人がお互いに顏を見合わせた。
 「動くからには結果を残せ。相手がどんな手を使ってくるかわからないが美樹本アトムの命は絶対に守れ。」
 是枝の発破に水無瀬は小さく頷いた。
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