第10話

文字数 7,243文字

 画面に映し出されたのは真っ暗な空間だった。スポットライトが点灯して玉座と表現しても良い椅子を照らす、と再び画面は真っ暗になった。そしてまたスポットライトが当たると空だった玉座に黒いフードに黒いローブを纏った人物が座っている。

 「魔王軍の皆の者、久しぶりである………。」 
 変声機で捻じ曲げられた声で話しかけてきたその人物はゆっくりと顔を隠していたフードを外した。現れたのは獄中にいるはずの佐竹摩央本人だった。コンピュータグラフィックや合成映像ではなさそうだ、神座はじっと画面を見つめる。
 「あらかじめ撮っておいた、というわけか………。」
 水無瀬は呟くように言った。
 なるほど録画映像か、と神座は動揺を見抜かれぬように一人納得した。つまりこの撮影時点で佐竹は今後、どうなるかを予測していたことになる。それはそれで随分と用意周到なのだな、と感心もした。

 「あたしは今、敵対勢力によってその身を拘束されている状況にある。魔王軍の者たちの中にはあたしの身を案じている者も多いだろう。お前たちの優しさには感謝する。どうもありがとう。しかしどうか安心してほしい。あたしは元気だ。今もこうやって皆の前に顕現しているのが証拠。まあしかし不便なものでここではゲーム配信など皆を楽しませることが出来ないことは事実。だからあたしは今まで隠してきたあたしの超能力のことを皆に話そうと思う。驚かずに聞いて欲しい、あたしは他人に憑依する能力を持っている。いつからこの力がこの身に備わっていたのかはあたしにも謎だ。気が付いたのは中学生の頃、いつになく眠たかったある日の授業中のことだ。教師にバレないように居眠りをしていたあたしは不意に自分の躰が軽く感じた。天空に引っ張られているような感じといえばわかりやすいだろうか、金縛りなら経験していたあたしだったがこの感覚はそれとはまた違うことはすぐにわかった。閉じていた目を開くとあたしはあたしの躰を見下ろしていたんだ。直感ですぐにわかったよ、これは幽体離脱だとね。試しに自由に教室内を飛び回ってみたけれど誰もあたしの事に気づいていない。ただ問題が一つあって、幽体離脱中は飛び回ることが出来ても物体には触れられないんだ。すぐに興奮が冷めたね、躰から魂だけ抜け出せても 何も出来ないんじゃ意味もない。火災報知機のベルを鳴らすことだって出来やしない。それと同時に元に戻れるのか、という不安すら芽生えてきた。幽体離脱は死ぬ一歩手前の状態で長時間、躰から魂が抜けていると元に戻れなくなるという話は幽体離脱が出来ない皆でも聞いたことがあるだろう。だからあたしは自分の躰に戻ってみたわけだ。全ては杞憂だったよ、ゲーム機にソフトを挿入するかのように呆気なく戻ることが出来た。そこからだ、あたしはこの力が偶然に起きたものなのか家に戻ってからずっと一人で研究するようになった。その結果で一つ分かったことがある。この力は睡眠不足時に起きやすいということだった。もちろん全員が全員に当てはまるとは思わない、これはあたしの独学で導いた結論だし、睡眠不足で幽体離脱が出来るのなら世の中の漫画家の大半をあたしと同じ力を手にしていることになるからね。それに幽体離脱で何度か自由に外を飛び回っているけれど あたしと同じような人間を見たことがないから これはあたしだけに備わった唯一無二の能力なのだろう。そして次にあたしは他人にも乗り移れるのかどうかを試してみたくなった。人間の魂は一人につき一つですでに魂を所有している器である躰には入れないと思うのだろう? それが実験の結果、そうではない、ということは判明したんだ。すでに魂が入っている状態の躰にでも入ろうと思えば入ることが出来る。ただ意識がある状態、つまり起きている状態では意外にも難しいけれど 睡眠時であれば他人の躰に簡単に入り込めることは可能だった。躰の持ち主が眠っている状態ならあたしはその躰を自由自在に動かすことが出来るというわけ。つまり、あたしの本当の躰は拘束されていようが魂までは束縛することは出来ない、ということ。そしてあたしはこの力を使って世の中の役に立とうと考えた。他人に憑依するだけの力で何が出来るか、皆の中には疑問に思った者もいるだろう。あるんだ、この力を使って役に立つ方法。それは悪人退治。
 一応、あたしは魔王を名乗ってはいるけれど 今まで魔王らしいことは一つもしてこなかった。やってきた事といえば 流行りそうなコスメを紹介したり、大食いにチャレンジしたり、ゲーム実況をしてみたり、とまあまあ視聴回数を増やせそうなことばかりで唯一といえば クソ野郎を地獄に落としてやったことくらいが唯一の魔王らしいことだった。だからこそ今、自分が幽閉されている今だからこそ、この力を使って 世の中、自分の思い通りに好き勝手やっている悪人たちに鉄槌を下すことにしたわけ。でも、それはあたし一人だけでは途方もない作業になってしまう。誰に鉄槌を下すべきか、魔王軍の皆の力を借りたいって考えている。鉄槌なんてちょっと曖昧な言い方をしているし、ただ痛い目に遭わせるだけ、と思っている者もいると思うので誤解のないように言っておくと あたしの言う鉄槌とは殺すってこと。喧嘩などで若いチンピラが使うような【殺してやる】という生易しい表現ではなく、本当に殺すってことだから そこらへんは勘違いしないように。ただこの動画チャンネルだと物騒なことを考えているとアカウント停止を食らったりするので 改めてオンラインサロンを開設しようと考えている。有料の会員制になっているけれど本当に社会を良くするためにあたしの力を使いたい、という者は是非、参加してもらいたい。ただこのサロンにはルールがあって抹殺対象者の名前を上げる者も匿名は認めない。発言には必ず責任が付きまとうことを理解して欲しい。
 最後にこうやって長々とあたしはあたしの超能力について話したけれど やはり聞いている者の大半は信じていないだろう、と思う。穿った見方をする奴は オンラインサロンの会費目的で出来もしないことをさも出来るように見せかける詐欺と考える者もいるだろう。だからあたしの力が本当である、ということを証明するために あたしはこれから二人を殺す。一人目は 同じ動画クリエイタのミキアこと美樹本アトム、二人目は 読モの樹里。これは完全なる私怨だけれど証明するには最高の相手だと思う。一般人を殺してもニュースで魔王軍の者たちが目にする機会など無いし、ネームバリュがあった方がインパクトもあるからね。ということでミキア、樹里、恨みがあるから死んでね。あたしを慕う魔王軍の者たちが暮らしていきやすい世の中を作るための礎になれることを光栄に思って欲しい。二週間以内に二人には鉄槌を下す。二週間後にまた会おう。サンザデュ!」

 佐竹摩央が指をぱちんと鳴らすと画面が暗転してそのまま再生が終了した。
 彼女が殺すと宣言したミキアと樹里ならば神座も知っていた。ミキアの動画は一つもまともに視聴したことはなかったけれど たびたびネットニュースなどでその言動が炎上するタイプの人物だ。樹里に関してはコンビニで並ぶような漫画雑誌の表紙に採用されるなどして最近、テレビメディアへの露出が増えてきている程度の知識しかない。動画の中で私怨だと佐竹は言っていたけれど 二人と佐竹に何か接点のようなものがあるのだろうか。
 「有名ですか?」
 水無瀬が鵠沼に尋ねる。
 「ミキアと樹里ですか?」
 鵠沼が質問の意味を理解した上で聞き返す。
 「水無瀬さんはご存じない?」
 「テレビやネットをろくに観ないので。さっぱり………。」
 水無瀬は首を振った。逆に何についてなら知っているのかを神座は一度、聞いてみたいと思った。多分、答えてはくれないのだろうけれど………。
 「二週間と言っていましたね。」
 「ええ。」
 「それはこの動画をネットにアップしてからと考えて良いのですね?」
 「撮影したのは彼女が罪を犯す前ですから そう考えてよいと思います。現にミキアや樹里は昨日も動画や写真をアップしていましたからね。」
 「なるほど。」
 水無瀬は頷く。
 「二人はこのことを知っているのですか?」
 神座は聞く。
 「いえ、動画はまだ公になっていないので二人が知るはずもありません。」
 「教えても構いませんか?」
 「今晩には公開されるので一足先に伝えても構わないですけれど………。きっと信じないでしょうね。」
 確かに鵠沼の言う通りだと神座は思った。あなたたちに殺害予告が出ています、と伝えることは簡単だ。しかし相手が刑務所に収監されていることまで伝えるとたちまち信ぴょう性は無くなり 信じてはもらえないだろう。

 「二人を殺す理由は何か聞いていますか?」
 「恨みがあるとは聞いていますが具体的にはまったく………。」
 鵠沼は首を振った。
 「どちらを先に狙うつもりですかね?」
 「さあ、それも私は佐竹本人ではないので………。」
 「先生は佐竹のビジネスパートナであるはずなのに何も聞かされていないのですか?」
 水無瀬は呆れたように言った。明らかに芝居掛かっていると神座は思った。普段の彼からは想像も出来ない攻撃的な言葉だ。きっと鵠沼を挑発して何かしらの情報を引き出そうとしているのだと神座は思う。

 「デモンストレーションには口を出さないことにしています。佐竹には佐竹の考えがあってこの動画を撮影したはずですから。少なくとも彼女のセルフプロデュース力は本物です。素人の私が口を出すのはおこがましい、と思っています。」
 「その結果、人が死ぬことになってもですか?」
 「神座さんはもう信じているのですね?」
 神座は答えなかった。自分でも佐竹が本物か偽物かわからないでいたからだ。ただ本物であった場合、彼女を今の法律で裁くことは出来るのだろうか? そんな疑問ばかりに捕らわれていることは事実だった。
 「別の動画は無いのですか?」
 水無瀬が聞く。
 「ありますよ。」
 鵠沼はあっさりとその存在を明らかにした。
 「そちらも見せてください。」
 水無瀬はパソコンを指差す。
 「何の義務があってですか? 警察は事が起きてからでないと動きませんよね? 殺害予告は行われる。しかし、実際にまだ誰も死んでもいないのに。そんなことを要求出来るのかしら? ちょっと疑問です。」
 鵠沼は微笑んだ。
 「令状が必要なら持ってこさせますよ。」
 「嘘です、ちょっと意地悪を言ってみたかっただけです。捜査には当然、全面的に協力させてもらいますよ。警察が動いてくれれば魔王の力が本物であることを皆が信じてくれる。」
 鵠沼はそう言うとマウスを操作して別の動画ファイルを開いた。
 「どうぞご覧になっていてください。何かお飲み物を用意しましょう。」
 「お構いなく。」
 水無瀬は彼女の方を見ないでマウスを操作して動画を再生する。
 「私が飲みたいのです。」
 鵠沼は息を漏らすように笑うと一旦、会議室を出て行った。
 「佐竹側なのに随分と余裕ですね………。」
 神座は二人きりになった会議室で呟くように言う。
 「事前に情報が漏れていたとしても防ぎようがない、と思っているんだろう。なにせ超能力様を相手にするのだからな。」
 「本気で鵠沼弁護士は信じているのでしょうか?」
 「佐竹が本物でも偽物でも彼女にとってはどちらでも良いんだろう。本物ならビジネスとして金を生むだろうし、偽物でも短期的にぐっと纏まった金を稼げる、という考えなんだよ。」
 「ちゃっかりしていますね………。」
 神座は彼女が出て行ったドアを見ながら言った。
 「愚直に働くのが馬鹿のように思えるよな。」
 水無瀬は呟くように言いながらマウスを操作して動画を再生させた。

 真っ暗な画面が映し出される。まるで時間が停止しているかのような映像だった。神座は本当に再生ボタンが押されたのか心配になってちらりと確認した。シークバーの上を小さな丸が少しずつ進んでいるのが見えた。再生はされているようだ。
 スポットライトが点いて また空の玉座だけが映し出される。そして再び暗転、またスポットライトを浴びて今度は最初から姿を晒した佐竹摩央が現れた。
 「魔王軍の皆よ、こんばんは、あるいはこんにちは。早速だが前回の動画であたしは二人の人間を自分の超能力を使って始末すると宣言した。覚えている者も多いだろうし、まだの者は今すぐに確認をするように。さてあれから一週間という時間が過ぎた。前回の動画を観た者の中にはあたしの能力について半信半疑であった者も多いはずだ………。さて率直に今のお前の感想を聞かせてくれ……………。
 美樹本アトムは血反吐を吐いて苦しみぬいた末に死んだ。しかも大勢の目の前で自ら煽った毒のせいで。実に愚かしい最後だった。もちろん毒を飲んだのはあいつの意志ではなく あたしが奴の躰を乗っ取ったからだけれどね。本来、動画配信者ならばそのシーンですら撮影しておくべきなのに 奴はそれを怠った。実に情けないと思わないか? 動画配信者ならば自分の最後も記録してアップするべきなのだ。結局、奴はそれだけの人間だった、ということだ。さて宣言通り、ミキアを始末した。次は樹里、あいつの番だ。そろそろあたしの復活動画も世間を賑わせてきて あいつの耳にも自分が本当に命を狙われている、という事を実感しているのではないだろうか。いつ自分の躰が乗っ取られて命を奪われるか、という恐怖におびえながら残り少ない日々を過ごせばいい。対策など無駄だ、警察に頼ることも出来ない、ただただ震えて自分がしてきたことを後悔して死ねばいい。それではまた樹里を始末したのちに皆とは会おう。チャンネル登録とグッドボタンを忘れずにしてくれればあたしは喜ぶぞ。ではサンザデュ。」

 一本目に比べると二本目は時間的に短いものだった。
 「美樹本を先に狙う、しかも方法は毒殺ということが分かっただけでも収穫ですね。」
 神座は言う。ただ動画配信者は事務所と契約をしている者もいるがそうでない者のほうが大半だ。美樹本アトムと連絡を取る場合はどうすればよいのだろうか、と考えていた。
 「本当のことを言っているのならな。」
 水無瀬は浮かれずに言った。
 「嘘かもしれないってことですか?」
 「別パターンの動画が存在する可能性だってあるだろう? 先に読モを殺した時バージョン。それに毒殺じゃない場合だってある。予め撮影しておけるなら幾つかのパターンを想定しているってことも考えられる。」
 「樹里を殺した後の動画もあるかもしれない?」
 「十中八九あると考えていいよ。流石に他人に憑依出来ると豪語されている魔王様でも刑務所の中じゃ動画撮影はどうやっても出来ないし、目立ちたがり屋で集客を目的とするのなら絶対にそれはある。それを認めるか、そして閲覧させてもらえるかは向こう次第だけれど。」
 水無瀬はもう一度、動画を再生させてそれを自身のスマホで録画し始めた。
 会議室のドアが開いて鵠沼がトレイに飲み物を入れて戻ってくる。
 「警察の方にしては感心できませんね。動画の盗撮、違法アップロードは罪に問われることくらいご存じでしょう?」
 鵠沼は言うが本気で止めようとしている感じには見えなかった。

 「正直に言えばデータを頂けましたか?」
 水無瀬は構わずスマホで撮影をし続ける。
 「頂くも何も時がくれば公開するものですよ?」
 「過激な内容はアカウント停止されて動画は非公開になりますからね。」
 「じゃあやっぱりサロン限定にした方が良いかしら? 佐竹の希望で こちらは宣伝を兼ねているから話題になりやすい媒体の方が良いとのことでしたので。」
 「そうだ。他にも動画ありますよね?」
 水無瀬は断定するように言った。
 「いえ、あるのはその一本だけです。あとは事後に撮影するというのが佐竹の主張です。」
 「刑務所で?」
 「彼女は他人に憑依出来るのですよ? 撮影時に他の躰を乗っ取って撮影すればよいだけです。それにその方が力を信じてもらえ易いでしょう?」
 「スポークスマンを雇うってことですか?」
 水無瀬は悪びれずに言う。台本と少しの演技力があれば誰でも佐竹のふりをして撮影することが出来る、と言いたいのだ、神座は鵠沼の表情を伺いながら思った。
 「私、仕事をしていて一番楽しい瞬間があるんです。」
 「どういう時ですか、ってお聞きした方が良いですか?」
 「ええ、ぜひ。」
 鵠沼はにこりと笑う。

 水無瀬は肩を竦めた。そして発言の続きを彼女に促すべく手のひらを上に向けて軽く前方へ突き出す。
 「水無瀬さんみたいな誰も何も信じない、信じるのは自分だけというような頑固な人が手のひらを返してきた瞬間です。猫撫で声で先生ありがとう、信じていたよ、とかプライドの欠片もなく きっと尻尾があったらぶんぶんと左右に振っているのだろうな、って思うと軽蔑とともにスカッとするんですよ、って性格悪すぎですよね………。あとここだけの話にしておいてください。一応、客商売でもあるので。」
 「動画の件、今は先生を信じておきます。」
 水無瀬は淡々と言った。
 「名前の出た二人には公開前に狙われている、と話すことになると思いますが構いませんよね?」
 「ええ、どうぞ。」
 鵠沼は余裕の笑みを見せて言った。
 「私も興味があります。人間の力を超越した存在である魔王に対して警察がどのように美樹本アトムと樹里の二人を守るのか、興行にしたらすごく盛り上がりそう。」
 「悪趣味の域を超えています。」
 神座は窘めるように言った。
 「自覚しています。」
 鵠沼は手のひらを神座に向けると指をひらひらと動かした。
 「また近いうちにお目にかかりましょう。その時は佐竹も一緒に。」
 返事をしないで神座はお辞儀だけをして鵠沼事務所を出た。
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