第28話
文字数 3,252文字
サンライズフロムウエストの鵜久森から呼び出しを受けて日付がもう少しで変わろうかという時間に神座とナナシは事務所を訪れた。事務所の受付には誰もおらずベルを鳴らすと扉が開いて鵜久森が現れた。敵意剥き出しの恨みの籠ったような視線に神座は恐縮しながら頭を下げる。応接室に通され早々、鵜久森の愚痴が飛び出した。
「謝罪会見をしろ、とあの子に提案されたそうですね?」
「したよ。」
ナナシは自分よりも遥かに年上の彼女に物怖じすることなく認めた。
「どういうつもりなのか説明願えたら有難いですね。」
「悪いことをしたら謝る、というのが一般的な解決方法に決まっているからでしょ。大人になるとそういう単純なこともわからなくなる?」
「さっきからずけずけと発言されていますけれど どちらさま?」
鵜久森は眼鏡のブリッジを指先で押し上げて睨みを利かした。
「まあまあ気にしたら負けだよ。」
「犯罪コンサルタントです。非公式で警察の捜査に協力していただいています。」
同じ説明を何人に繰り返せばいいのだろう、そんな事を考えながら神座は言った。
「今の法律じゃ超能力者による犯罪は取り締まれないからね………。」
「スペシャリストってことですか?」
「まあそんなところかな。FBIって名称くらい聞いたことあるでしょ?」
FBIと聞いて鵜久森は不思議と納得していた。
神座は呆れる。まるで詐欺師ではないか、と思った。ナナシは鵜久森にFBIという言葉を聞いたことがあるかと尋ねただけで自分がそこの人間である、もしくは だった、とは一言も言っていない。聞き覚えの有無を確認しただけなのだ。
「アメリカではそういう犯罪とかも頻繁にあるものですか?」
「蓋を開ければ偽者ばかりだけれどね………、珍しくはないよ。」
「しかし謝罪会見を開くのは危険ではないのですか?」
鵜久森が聞く。
彼女の言う危険というのは主語が誰のことを指しているのだろう、自分たちか、それとも樹里なのか、神座は考えた。
「謝罪会見を開くとどうなると思う?」
「謝罪の仕方によってはさらに火に油を注ぐケースがほとんどです。上手くいく方が稀でしょう。」
鵜久森は肩書にすっかりと騙されて物腰が丁寧になっていた。
「しかし世間が許そうが許すまいが謝罪することで一つの区切りにはなるよ。事務所が受けるダメージは軽減できる。謝ることで 今度は許す側に回った人間と まだ許さないと思う人間の対立構図が出来てあとはもう関係の無いところで場外乱闘が繰り広げられるだけ。そして誰かが別のスキャンダルを起こすことで もうそれは過去の事になるってわけ。日本人は旬が大好きだからね。お得でしょ?」
「まあ確かに。」
「それに契約解除をする大義名分も手に入れることが出来るもの。」
「え?」
鵜久森は目を見開いた。わかりやすく動揺が表情に現れてみて取れた。
「もはやあの子には商品価値はなく 何のお咎めもなければそれこそ謝罪会見をしたところで事務所への批判は止められない。世間は分かりやすく処分を求めるもの、勧善懲悪、日本人はドラマの影響なのか悪い奴がそれ相応の報いを受ける事を望んでいるからね。あの子の契約解除までの道筋は 鵜久森だって筋書きを立てているでしょ? 口では謝罪会見を提案したこちらを批難しているように見せながら 実のところホテルにずっと引き籠っているあの子をどうやって公の場に引きずり出そうか考えていたところ わたしたちの説得は千載一遇だったね。感謝してよね。」
「そういうお考えなんですか?」
神座は尋ねる。別に批難をするつもりはない。タレントと事務所の問題である。
「熱愛や不倫とは話が少し違いますからね………。」
鵜久森は漏らすように息を吐いた。
「流石にイメージが悪い。イジメを行った上にイジメていた相手を自殺にまで追い込んでいるわけですから もはや事務所としては救いようがありません。手術だってその為にあるわけですからね。病巣を放置したままにしておけば体全体が救いようのない事になるんです。うちがあの子と一緒に倒れるという選択はありませんよ。」
彼女は言った。
「それでも弊社として所属していた間に出たスキャンダルですからアフターケアは行うつもりです。もちろんそれは彼女の為だけではなく 所属するタレントを守るためですけれどね。あくまでもビジネスです。」
「ところで謝罪会見の方法なのだけれど。こちらから提案を少ししても良い? 一応、本人に会見をさせる気になった成功報酬という形で聞いてもらいたいのだけれど。」
ナナシが上目遣いで鵜久森を見た。
「ご期待に添えるかどうかは別として話だけは聞きますよ。」
鵜久森は足を組む。
「うまくいけば事務所の評価だけは爆上がり間違いないプランですけど。」
ナナシが言う。
「それは是非、拝聴してみたいですね。」
「会見場にはメディアの他に所属タレントも出来る限り参加させるの。別に一緒に謝罪しろとは言わない。ただその場にいるだけで良い。なんなら会見場の壁にそって立たせるだけで良い。どうしてかわかる?」
「見せしめ、というわけかしら?」
「酷い考え方だね、でも嫌いじゃないけれど………。 本当の狙いは広告だよ。謝罪会見といえばメディアがこぞって押しかけてくる。そこにいるだけで顔を売れる子もいるんじゃない?転んでもただでは起きない方が効率は良い。」
「わかりました。その方向で手配します。」
鵜久森が乗り気だった。
「もう一つ調べて欲しいことがあるんだけれど頼んでも構わない?」
ナナシはついでのように鵜久森に言った。
「なんでしょう?」
「所属しているタレントでミキアと昔、交際していた人がいるはずなんだ。それが誰か調べておいて欲しい。タレント事務所ってそういうのチェックしたりするんでしょ?」
ナナシに言われて鵜久森が苦い顔をする。
「基本的にはタレントの意思を尊重しておりますから。交友関係のチェックはしないんですよ。」
鵜久森はやんわりと否定した。
「まあここは大手と違って聞いたこともないような人の集まりだもんね。いちいちチェックしたりしないか。」
「言い過ぎです。」
神座はナナシの耳元で窘めるように言った。
「でもさ、どこにだって例外はあるでしょ? 売れていないタレントが名を売るために誰もが知る有名人と付き合っていたとしたら色々な使い道あるものね? そういうときは事務所もバックアップするんじゃない? いわゆる売名行為に。」
ナナシが悪意ある言葉を悪びれもせずに言うと鵜久森は深い溜息をついた。天井を見上げてそのまま首を振る。
「そりゃ綺麗ごとだけじゃやっていけない世界ですからね。高いところ目指そうとしていてそこに踏み台があれば誰だって使いますよ。」
「その口ぶりだと知っているんだね?」
ナナシはにこりとほほ笑んだ。
「タイミング………、ずっと伺ってはいたんですけどね。ミキアがあんなことになってしまった今では切りようによっては大ダメージを受けますからね。」
「誰?」
ナナシは聞く。
「所属タレントの譜久島歩ですよ。」
鵜久森が答える。
「彼女がミキアと?」
神座は思わず声を上げる。
譜久島………、神座の脳裏に口許に特徴的なホクロが二つある彼女の顔が浮かんだ。樹里を蹴落とそうとマスコミに彼女の過去のイジメを暴露しようとしていたあの女性がミキアとかつて交際していた相手。
「今、彼女はどこに?」
神座は尋ねる。
「それが ここ数日、譜久島とは連絡がつかなくなっているんですよ………、たぶんまた別の男と一緒なのでしょうけれど………、困ったものです。ああいう意識が低い子は。知り合いのコネで預かってくれって頼まれたんですけれどね………。本人にあまりやる気があるのか、ないのかはっきりしないんですよ。」
鵜久森は愚痴をこぼした。
「その知り合いってさ、もしかして………。」
ナナシが口にした名前に神座は絶句した。
「謝罪会見をしろ、とあの子に提案されたそうですね?」
「したよ。」
ナナシは自分よりも遥かに年上の彼女に物怖じすることなく認めた。
「どういうつもりなのか説明願えたら有難いですね。」
「悪いことをしたら謝る、というのが一般的な解決方法に決まっているからでしょ。大人になるとそういう単純なこともわからなくなる?」
「さっきからずけずけと発言されていますけれど どちらさま?」
鵜久森は眼鏡のブリッジを指先で押し上げて睨みを利かした。
「まあまあ気にしたら負けだよ。」
「犯罪コンサルタントです。非公式で警察の捜査に協力していただいています。」
同じ説明を何人に繰り返せばいいのだろう、そんな事を考えながら神座は言った。
「今の法律じゃ超能力者による犯罪は取り締まれないからね………。」
「スペシャリストってことですか?」
「まあそんなところかな。FBIって名称くらい聞いたことあるでしょ?」
FBIと聞いて鵜久森は不思議と納得していた。
神座は呆れる。まるで詐欺師ではないか、と思った。ナナシは鵜久森にFBIという言葉を聞いたことがあるかと尋ねただけで自分がそこの人間である、もしくは だった、とは一言も言っていない。聞き覚えの有無を確認しただけなのだ。
「アメリカではそういう犯罪とかも頻繁にあるものですか?」
「蓋を開ければ偽者ばかりだけれどね………、珍しくはないよ。」
「しかし謝罪会見を開くのは危険ではないのですか?」
鵜久森が聞く。
彼女の言う危険というのは主語が誰のことを指しているのだろう、自分たちか、それとも樹里なのか、神座は考えた。
「謝罪会見を開くとどうなると思う?」
「謝罪の仕方によってはさらに火に油を注ぐケースがほとんどです。上手くいく方が稀でしょう。」
鵜久森は肩書にすっかりと騙されて物腰が丁寧になっていた。
「しかし世間が許そうが許すまいが謝罪することで一つの区切りにはなるよ。事務所が受けるダメージは軽減できる。謝ることで 今度は許す側に回った人間と まだ許さないと思う人間の対立構図が出来てあとはもう関係の無いところで場外乱闘が繰り広げられるだけ。そして誰かが別のスキャンダルを起こすことで もうそれは過去の事になるってわけ。日本人は旬が大好きだからね。お得でしょ?」
「まあ確かに。」
「それに契約解除をする大義名分も手に入れることが出来るもの。」
「え?」
鵜久森は目を見開いた。わかりやすく動揺が表情に現れてみて取れた。
「もはやあの子には商品価値はなく 何のお咎めもなければそれこそ謝罪会見をしたところで事務所への批判は止められない。世間は分かりやすく処分を求めるもの、勧善懲悪、日本人はドラマの影響なのか悪い奴がそれ相応の報いを受ける事を望んでいるからね。あの子の契約解除までの道筋は 鵜久森だって筋書きを立てているでしょ? 口では謝罪会見を提案したこちらを批難しているように見せながら 実のところホテルにずっと引き籠っているあの子をどうやって公の場に引きずり出そうか考えていたところ わたしたちの説得は千載一遇だったね。感謝してよね。」
「そういうお考えなんですか?」
神座は尋ねる。別に批難をするつもりはない。タレントと事務所の問題である。
「熱愛や不倫とは話が少し違いますからね………。」
鵜久森は漏らすように息を吐いた。
「流石にイメージが悪い。イジメを行った上にイジメていた相手を自殺にまで追い込んでいるわけですから もはや事務所としては救いようがありません。手術だってその為にあるわけですからね。病巣を放置したままにしておけば体全体が救いようのない事になるんです。うちがあの子と一緒に倒れるという選択はありませんよ。」
彼女は言った。
「それでも弊社として所属していた間に出たスキャンダルですからアフターケアは行うつもりです。もちろんそれは彼女の為だけではなく 所属するタレントを守るためですけれどね。あくまでもビジネスです。」
「ところで謝罪会見の方法なのだけれど。こちらから提案を少ししても良い? 一応、本人に会見をさせる気になった成功報酬という形で聞いてもらいたいのだけれど。」
ナナシが上目遣いで鵜久森を見た。
「ご期待に添えるかどうかは別として話だけは聞きますよ。」
鵜久森は足を組む。
「うまくいけば事務所の評価だけは爆上がり間違いないプランですけど。」
ナナシが言う。
「それは是非、拝聴してみたいですね。」
「会見場にはメディアの他に所属タレントも出来る限り参加させるの。別に一緒に謝罪しろとは言わない。ただその場にいるだけで良い。なんなら会見場の壁にそって立たせるだけで良い。どうしてかわかる?」
「見せしめ、というわけかしら?」
「酷い考え方だね、でも嫌いじゃないけれど………。 本当の狙いは広告だよ。謝罪会見といえばメディアがこぞって押しかけてくる。そこにいるだけで顔を売れる子もいるんじゃない?転んでもただでは起きない方が効率は良い。」
「わかりました。その方向で手配します。」
鵜久森が乗り気だった。
「もう一つ調べて欲しいことがあるんだけれど頼んでも構わない?」
ナナシはついでのように鵜久森に言った。
「なんでしょう?」
「所属しているタレントでミキアと昔、交際していた人がいるはずなんだ。それが誰か調べておいて欲しい。タレント事務所ってそういうのチェックしたりするんでしょ?」
ナナシに言われて鵜久森が苦い顔をする。
「基本的にはタレントの意思を尊重しておりますから。交友関係のチェックはしないんですよ。」
鵜久森はやんわりと否定した。
「まあここは大手と違って聞いたこともないような人の集まりだもんね。いちいちチェックしたりしないか。」
「言い過ぎです。」
神座はナナシの耳元で窘めるように言った。
「でもさ、どこにだって例外はあるでしょ? 売れていないタレントが名を売るために誰もが知る有名人と付き合っていたとしたら色々な使い道あるものね? そういうときは事務所もバックアップするんじゃない? いわゆる売名行為に。」
ナナシが悪意ある言葉を悪びれもせずに言うと鵜久森は深い溜息をついた。天井を見上げてそのまま首を振る。
「そりゃ綺麗ごとだけじゃやっていけない世界ですからね。高いところ目指そうとしていてそこに踏み台があれば誰だって使いますよ。」
「その口ぶりだと知っているんだね?」
ナナシはにこりとほほ笑んだ。
「タイミング………、ずっと伺ってはいたんですけどね。ミキアがあんなことになってしまった今では切りようによっては大ダメージを受けますからね。」
「誰?」
ナナシは聞く。
「所属タレントの譜久島歩ですよ。」
鵜久森が答える。
「彼女がミキアと?」
神座は思わず声を上げる。
譜久島………、神座の脳裏に口許に特徴的なホクロが二つある彼女の顔が浮かんだ。樹里を蹴落とそうとマスコミに彼女の過去のイジメを暴露しようとしていたあの女性がミキアとかつて交際していた相手。
「今、彼女はどこに?」
神座は尋ねる。
「それが ここ数日、譜久島とは連絡がつかなくなっているんですよ………、たぶんまた別の男と一緒なのでしょうけれど………、困ったものです。ああいう意識が低い子は。知り合いのコネで預かってくれって頼まれたんですけれどね………。本人にあまりやる気があるのか、ないのかはっきりしないんですよ。」
鵜久森は愚痴をこぼした。
「その知り合いってさ、もしかして………。」
ナナシが口にした名前に神座は絶句した。
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