嵐の予感 Ⅹ

文字数 2,955文字

 ウェリックス軍の先鋒を撃退したガウェインは、エレインたちと合流した。相変わらず混血種(ハイブリッド)たちの歩みは遅く、陽が中天にかかってしまっていた。
 それでも急かす者はいない。流れに任せるように、混血種(ハイブリッド)たちの歩みに合わせていた。ただ、ラウドとジライだけは、後方に斥候を頻繫に放っていた。
 エレインが馬を降りて、長老のロゼフや民と話しながら進んでいた。同じ目線で言葉を交わす、というエレインなりの心情だった。
「エレイン、大丈夫?」
 ガウェインはエレインに馬を寄せた。ガウェインは教練で何セイブも駆けたことがあるが、エレインにそんな経験はない。気遣いを見せたガウェインに対して、エレインがにこりと笑った。
「ありがとう。ガウェイン。大丈夫だよ」
 エレインの笑顔がいつもと違う。ガウェインはそう感じていた。まるで何かを押し隠すような辛そうな微笑みが、ガウェインの心をちくちくと刺す。
「でも、エレイン。無理してるよ。見ていてわかる」
 ガウェインは、ずっと胸の奥で引っ掛かっていた思いを吐き出した。図星を衝かれたのか、エレインが少し俯いた。
「私、普段から皆に良くしてもらっているから、自分に出来ることがあるならやらなきゃって思っているんだ。それが、人の助けになるなら、なおさらそう思う。誰かの力になれるって、とても幸せなことだと思うの」
 エレインが混血種(ハイブリッド)たちの力になれて喜んでいる。それは事実だろう。だが、それとは別に、エレインが何か苦しんでいると、ガウェインは感じた。
「俺、エレインのために兵になった。俺を助けてくれたエレインに恩返ししたいって思った。それ、間違っているかな。俺、エレインの力になれているかな。エレインが辛そうなのわかる。でも、何も出来ないから、自分に腹が立つんだ」
「違う。ガウェインは私の力になってくれているよ。そうじゃなくて、そうじゃなくて…」
 エレインが今にも泣き出しそうな顔になる。いつの間にか、二人は隊列から大きく外れた
ところにいた。二人を見守るように、イグレーヌが付いている。
 一騎が後方から駆けてくる。ラウドの放った斥候だった。斥候がラウドに注進が届くと、召集の合図がかかった。
 ガウェインは馬首を巡らせる。ウェリックス軍の接近だということは、訊かなくてもわかる。
「ガウェイン」
 振り向くと、先ほどと同じ顔でガウェインを見つめるエレインがいた。
「全部、話すから。だから、無事に帰ってきてね」
 頷いたガウェインは、ラウドのもとへ馬を走らせた。すでにラウドのもとに兵が集結しつつあった。
「スペイ川まで三セイブ(一セイブ=一キロと三百メートル)。ウェリックス軍との距離、三セイブと一フィール(一フィール=九十センチ)ほど。状況的に見て、渡渉前か渡渉中に追いつかれる。それを防ぐには、ここで敵を迎撃するしかない。エレイン様とイグレーヌに一千の兵を預け、残り二千は俺と共に殿軍となる」
 喊声があがった。二千で七千の軍勢を迎え撃つ。その事実を知っても、士気は衰えていない。それどころか、気炎万丈のごとく、全員が闘志を燃やしていた。それは、指揮官であるラウドと無縁ではないだろう。
 ラウドは来た道を少し引き返した。再び軍を停止した場所は、拓けた地形であったが、左手に森林、右手に草木が茂る丘陵がある地帯だった。
「ウェリックス軍の先鋒を破ったとはいえ、ザクフォン兵の兵数はこちらの三倍はあるだろう。エレイン様と難民をお守りするには、なるべく少ない犠牲で勝つしかない。ガウェイン、お前は騎兵三百を率いて、森林地帯を迂回してくれ」
「はい」
 騎馬隊を任された。ガウェインの身に、これまでにない緊張感が走った。
「ジライ。お前さんは、手勢を率いて、丘陵に身を潜めてくれるか?」
「わかりました。お任せください」
 ラウドは行軍しながら斥候を放ち、さらに地形もしっかりと記憶していた。ウェリックス軍に捕捉された際の事態を想定し、あらかじめどこで迎撃するかを考え、そのための策も練っていた。
「よし、いくぞ!」
 喊声があがる。ジライが姿を消し、ガウェインは騎兵三百を率いて、森林地帯へと向かった。
 ガウェインとて、戦場は初めてではない。ラウドの策が迂回してからの後方強襲だということは、すぐに察しがついた。大事になってくるのは、襲撃する機である。絶好機を逸すれば、戦いの趨勢を決めることになり兼ねない。ある意味一番重要な役割といえた。
 ラウドは兵を小さく固めた。しかし、よく見るとそれぞれ小隊ごとに分かれている。歩兵千四百を四つに、騎兵三百を二つに分け、機動的に動けるようになっている。散らばっても、固まっても連携を発揮できる陣形であった。
「来たな」
 ラウドが小さく呟く。土煙の中には、馬蹄を響かせて駆ける騎兵が見える。揺らめくようなその姿は、まるで地獄の幽鬼のようでもあった。
 ラウドが合図をすると、前衛の魔法兵が呪文の詠唱をはじめる。魔法の杖(マジック・バトン)を胸元に構え、口から言霊を紡ぎ出す。周囲のマナがざわめき、風と地の元素が激しく鳴動する。
荒砂嵐波(ザンテ・ブラーゼン)
 原野の砂が舞い上がり、風が巻きこる。やがてそれは砂嵐となって、ウェリックス軍に向けて吹き荒ぶ。吹きつける大量の砂は、ザクフォン兵の眼や鼻、口に入り、呼吸困難をもたらす。それは馬も同じあり、直撃を被ったザクフォン兵が、ばたばたと倒れていく。
 一方、ウェリックス軍は魔法攻撃で反撃することなく、後続がそのまま進撃を続けた。もともとウェリックス軍は、魔法戦闘に長けていないという事情もあるのだ。
「この地形に眼をつけ、迎撃を想定していたか。さすがはベルゼブール十二神将の一角、絶戦竜騎(デュアル・ドラグナー)、ラウド・デリング・ベルトラム。武勇のみではないその戦術眼、神速陥陣(アイン・ファレン)、テュール・ヴィートス・アンドリューを彷彿とさせる」
 丘陵の上からラウドの采配を見ていたジライが、ぽつりと呟いた。手を掲げると、手勢の風魔の者が、丘陵下で進むウェリックス軍に矢と礫を放つ。進軍を阻まれたウェリックス軍から、悲鳴があがっている。
 騎兵三百を率いて、一度ラウドが突っ込む。前衛のザクフォン兵を三騎叩き落し、雄叫びをあげる。騎兵も同様に、ザクフォン兵の前衛をえぐるように、弧を描いて駆けていく。
 ラウドが自陣に戻ると、追撃を掛けようとウェリックス軍が進撃する。すると再び、風魔が丘陵上から攻撃をする。さらに歩兵が出て、矢の斉射を浴びせかける。ウェリックス軍はラウドの術中にはまっていた。
 丘陵に伏兵がいると気づいたウェリックス軍は、丘陵下を迂回するように移動した。それも、ラウドの計算のうちであった。
「騎兵、両翼を進め。パイク兵を前衛に、突撃せよ‼」
 喊声があがる。パイク兵が突撃を開始し、それを掩護するように騎兵が両翼を進む。得意の乱戦に持ち込めたと息巻くウェリックス軍が、激しい攻撃を繰り出してくる。
 前衛と後衛が入れ替わりながら攻撃するウェリックス軍の突撃。隊列の隙間から後衛が飛び出してくる攻撃は、前進しつつ、押し込みながらの攻撃を可能とする。徐々にトランヴァニア兵が押されていく。
 それすらも、ラウドの計算のうちだった。トランヴァニア兵がウェリックス軍の攻撃を耐え凌いでいると、ウェリックス軍の後方から、馬蹄の音が響いてきた。
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