炎 Ⅴ

文字数 1,703文字

 喊声と悲鳴が入り混じる中、ベルマーの怒号が響く。陣形を組もうにも、兵は命惜しさに逃げることを優先し、戦闘にならない。歯噛みをしたベルマーは、自分の部隊のみを集合させた。
「小癪な真似を。ローエンドルフの犬が。その首叩き落してくれるわ‼」
 腕に覚えがあるのか、ベルマーは得物の槍をガラハッドに向けた。ガラハッドは表情ひとつ変えず突き進む。
 ベルマーの部隊七千、ガラハッドの部隊一万、騎兵が二千である。まともにぶつかっても差し支えないと判断したのだろう。ベルマーは部隊を小さく固めた。
 ベルマーとガラハッドの距離が、六トール(一トール=九十センチ)に迫った時だった。ガラハッドがフラガラッハを掲げると、先頭を駆けていた騎馬隊が二手に分かれた。ベルマーが眼を丸くし、一千ずつに分かれた騎馬隊を見比べる。左手のガラハッド率いる一千騎を迎撃しようとしたようだが、正面からパイク兵が突っ込んでこようとしている。
 ベルマーは兵を広げた。両翼に騎馬隊を抑えさせ、自ら主力のパイク兵を撃滅しようと考えたのだ。しかし、その判断がわずかに遅かった。小さく弧を描いたガラハッドの騎馬隊は、両翼からベルマーの部隊に突っ込んだ。
 ひとたまりもなかった。教練を積み、実戦を経た精鋭と、大した戦いをくぐり抜けていない兵では、地力が違う。紙のように破られていくマグナス兵を、ローゼンベルク隊が容赦なく攻撃していく。
 騎馬隊が両翼から突っ込んだ後、正面からパイク兵が突っ込んだ。退却の合図を出す暇もなかったのだろう。ベルマーは背を向けて乱戦から抜け出そうとした。
 ガラハッドがヴァーミリオンの腹を蹴る。黒煙のような鼻息を上げたヴァーミリオンの眼が光る。遮るベルマーの親衛兵を、ヴァーミリオンが蹴散らしていく。ガラハッド。フラガラッハを両手で持ち、思い切り振り切った。悲鳴と鮮血が、同時に宙を舞い散る。
「ベルマー・ボードワン、討ち取ったぞ」
 ガウェインは自分の兵と共に、臨時に徴発された民兵を逃がしていた。ピスコがいざという時に、囮に使おうとしていた兵である。それほど訓練を受けていないため、動きが遅い。すでに総大将であるベルマーが討たれている。ガウェインは一千の兵を集めた。
「私は味方を逃がすために、ローエンドルフ軍を食い止める。死ぬつもりはない。だが、死ぬ覚悟をしなければ、あの猛将は止められないだろう。命が惜しいものはすぐに逃げろ。皆、家族もいるだろう。咎めはしないし、恨みもしない」
 ガウェインは全員の顔を見回した。パランデュースを含め、誰ひとり逃げる者がいなかった。わずかに自分の胸の中が熱くなるのを、ガウェインは感じた。
「よいのだな?」
 改めてガウェインが意思を確認する。思いは同じ。兵が一堂に頷いた。
「私はいろんな将のもとを渡り歩いてきました。ですがシュタイナー殿のような、兵を大事にしてくれる指揮官は初めてです。教練は確かにどこの部隊よりも厳しい。しかし、それも我々のことを思ってのことなのだとわかっておりました。貴方のために命を賭けることに、後悔などあろうはずがありません」
 一人の兵が声をあげると、二人、三人と、声をあげる。それはやがて気炎となり、うねりをあげる。
「あ、あのね。僕も、ガウェインと会えてよかったよ。だから、最期まで一緒に戦いたいんだ」
 パランデュースがガウェインを見上げる。ふと優しい気持ちになり、ガウェインは笑みを返した。
「よし、隊列を組め。ローエンドルフ軍を迎え撃つ!」
 ガウェインは街道筋に兵を布いた。数は一千。騎兵が百騎。ベルマーの部隊を掃討しているガラハッドに兵を向ける。
 腹の底から雄叫びをあげたガウェインは、ガングティーンを脇に構えて突撃する。その後ろに六十騎が続く。素早い動きで、パイク兵がガウェインを迎え撃った。
「ガングティーンよ、俺に力を!」
 ガウェインの意思に応えるように、ガングティーンに埋め込まれた輝皇石が青く光る。ガウェインがガングティーンを一振りする。すると、ローゼンベルク隊のパイク兵が三人ほど弾き飛んだ。ガウェインの武勇に続けとばかりに、後続の六十騎が果敢に突撃していった。

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