嵐の予感 Ⅸ

文字数 2,406文字

 二千の混血種(ハイブリッド)の行進は、ガウェインの想像よりも遥かに遅いものだった。女性、子供、老人が混じる中では仕方がないとはいえ、教練で普段から駆けることに慣れているガウェインには、耐え難い速度である。
 それは兵たちも同じようで、徐々に苛立ちを募らせる者が出てきた。そんな兵たちを鎮めるように、ラウドが声を掛けて回っている。
「いいか。ガウェイン。指揮官の心情っていうのは、兵にも伝わるもんだ。兵は自分の指揮官を心の拠り所にする。普段からどんなに教練を積んでいても、指揮官が怯えていたり、不安を表に出すようじゃ、兵は戦場で本来の力を発揮することが出来ない。どんな時でも悠然と構えていろ。それが指揮官たるものの心構えだ」
 ラウドがガウェインの横に馬をつけて言った。
「指揮官の心構え、ですか」
「そうだ。一軍の将だろうが、全軍の大将だろうが、それは同じだ。わずかな心の揺らぎすらも、気取られないようにするんだ」
「わかりました」
 ガウェインは気持ちを引き締めた。エレインも民に辛抱強く声を掛けながら進んでいる。自分が折れては駄目だと言い聞かせた。
 ガウェインも気を持ち直し、民や兵に声を掛けていく。しばらく進むと、ラウドのもとにジライが駆けてきた。
「ウェリックス軍の先鋒が近づいております。距離はおよそ三セイブ(一セイブ=一キロと三百メートル)。先鋒の数はおよそ千五百。軽騎兵です」
「関門までは?」
「残り九セイブというところです」
「関門の前に、スペイ川を渡渉する必要があります。それを踏まえると、一度迎撃したほうがいいと思います」
 ラウドの隣で報告を聞いていたガウェインは、思い切って自分の意見を言ってみた。すると、笑みを見せたラウドが、ガウェインの頭に手を乗せた。
「いずれ本隊も追い付いてくる。その前に、出鼻を挫いておくか。ここは最初の印象が肝心だ。ガウェイン、お前も来い」
「はい」
 全身が熱くなるのを、ガウェインは感じていた。戦場にいた時の記憶がまざまざと蘇える。復讐に駆られていた自分。だが、今度は違う。今度は大切なもののために戦うのだ。
「イグレーヌ!」
 ラウドがイグレーヌを呼ぶ。名を呼ばれたイグレーヌが振り返る。眼が合った二人は、お互いに強く頷いた。それだけで、意思は通じる。
「俺とガウェインが、一千でウェリックス軍の先鋒を迎え撃つ。残りはイグレーヌが指揮して、スペイ川に急がせる。ジライ、お前さんはウチの主と、混血種(ハイブリッド)たちを頼むぜ」
「わかりました。お任せください。ご武運をお祈り申し上げます」
「おう、ありがとよ」
 ラウドがジャガナートを肩に担ぐ。ガウェインも大尖槍(グロース・ブレード・スピア)を脇に構えた。
 最初にラウドが駆け、ガウェインがそれに続く。騎兵三百、歩兵七千が後から駆けてくる。
 リオグランデ州は曇の日が多く、晴れる日は滅多にない。水害も多く、作物の育ちにくい土壌だ。この日も、晴れ間はわずかしかなかった。
 拓けた原野で、ラウドが部隊を止め、斥候を出した。高低差も遮蔽物もない、まともにぶつかり合うに適した場所である。
 しばらくすると斥候が戻り、風魔の伝えた通りの陣容であることが判明する。やがて原野の向こうに土煙が上がり、馬蹄も聴こえてきた。
「俺が騎兵を率いてぶつかる。ガウェイン、お前は歩兵を率いて敵を掃討するんだ。敵は騎馬だが、それほど手強くはないはずだ」
「いきなりぶつかるんですか。魔法攻撃はどうします?」
 現在の戦闘では、魔法戦闘から乱戦に持ち込むのが定石である。ガウェインの言っていることは間違っていない。しかし、ラウドがにやりと笑い、ジャガナートを脇に構えた。
「いらねえよ」
 ラウドの体から陽炎が立ち昇ったかと思うと、その時には駆け出していた。すぐに三百騎が後方に続く。
 雄叫び。それが原野に響き渡った。ウェリックス軍の先鋒が見えてくる。ラウドが速度を落とすことなく、ウェリックス軍の先鋒とまともにぶつかった。
 ガウェイン体がざわめき、肌が粟立つ。ラウドがぶつかった瞬間、ザクフォン兵が三人ほど、宙に舞い上がった。ジャガナートの一振りで、ザクフォン兵が次々と馬上から姿を消えていく。
(こんな、こんなことができるのは、シャールヴィ・ギリングだけだと思っていた。何者なんだ。ラウド・デリング・ベルトラムという人は…!)
「ガウェイン殿」
 後方にいたデルーニ兵のひと言で、ガウェインは我に返った。大尖槍(グロース・ブレード・スピア)を掲げると、自分もラウドと同じように、雄叫びを上げた。
 駆ける。原野を疾駆する。肌に当たる風が、何故か心地良いと、ガウェインは感じた。最初に顔が見えた一騎、その一騎を、ガウェインは馬上から突き落とした。
「いけぇ‼」
 ガウェインの号令と同時に、歩兵が打ち掛かる。ザクフォン兵はすでに、ラウドの規格外の突進によって骨身を抜かれたような状態だった。パイクによって馬上から払い落されていく。落ちたところを、別の歩兵のパイクが捉える。
 敵中から抜け出したラウドと三百騎が、ウェリックス軍の先鋒の反対側に抜けた。再び、ラウドが雄叫びをあげる。突撃の合図だと察したガウェインは、一旦歩兵を下がらせた。
 ラウドが駆ける。同時に、ガウェインも歩兵に突撃を命じた。挟み撃ちを受けたザクフォン兵は、なす術なく打ち破られていく。やがて退却の合図がなり、ウェリックス軍は後方の本隊のもとへと潰走していった。
「ふん、歯応えのない奴らだな。肩慣らしにもならねえよ」
 ジャガナートを担いだラウドが、声あげて笑った。そんなラウドを、ガウェインはじっと見つめていた。
「どうした、ガウェイン?」
 首を横に振ったガウェインは、ラウドに対して一礼した。
「見事なお手並みです。感服致しました」
 また、ラウドが笑い声をあげる。
「よせよ、気持ち悪い。こんなの、勝ったうちにも入らないぜ」
 ラウドが撤収の合図を出す。ガウェインと無傷の一千が、エレインたちに追いつくために駆けだした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み