嵐の予感 Ⅶ

文字数 2,108文字

 風が砂塵を巻き上げる。空は鈍色の雲が多い尽くし、辺りはさながら夜のように暗くなった。
 原野を三千の兵が駆けていく。ガウェインはその先頭を駆けていた。エレインがトランヴァニア郡から出した兵である。中央にエレイン。その周りをイグレーヌと親衛隊が固めている。先頭を往くガウェインの後方を、ラウドが駆けていた。
 エレインは麻のローブを羽織り、フードを目深に被っていた。右手に持つ魔法の杖(マジック・バトン)も、普段あまり使わないものだ。
 ラウドやイグレーヌも、甲冑や乗馬をいつもと変えていたが、ラウドは愛用のジャガナートと、アイギスだけは装備していた。
 ファルディオからの連絡で、混血種(ハイブリッド)の難民が、ルウェーズ州国を目指して進発したという報告があった。ほとんど同時に、ザクフォン族の部隊も砦から出撃したとの報告が入っている。距離はまだあるが、捕捉される前に難民と合流するのが目的であった。
 エレイン自身が出撃することに、イグレーヌ、ブラギも反対の意を示したが、エレインは聞かなかった。最終的にはガウェインとラウドが助け舟を出す形で、エレインの出撃が決まったのだ。
 軍を指揮しているのはラウドである。かつては三万、五万という軍勢を動かしていたラウドからすれば、普段から鍛えている三千を率いるのは、手足を動かすのと同じようなものだった。
 ガウェインは大尖槍(グロース・ブレード・スピア)を構えた。行く手を遮るようにして、一騎がこちらに向かっている。その時、すぐ脇にラウドが付いた。
「待て、あれがたぶん、ベルナード公が言っていた忍びだろう」
 それでも、ラウドもジャガナートを横に構えている。警戒するにこしたことはない、ということだ。
 向かって来た一騎は、ガウェインたちから一トール(一トール=九十センチ)ほどの距離で停止した。騎乗の者もエレインと同じように、ローブをまとい、フードを被っていた。ガウェインとラウドを見比べると、一礼をした。
「ベルナード卿より、案内を仰せつかりました。風魔の者です。呼びかける際には、ジライ、とでもお呼びください」
「どうして俺たちがわかった?」
「どうしても何も、あなた方の動きは我ら風魔の眼ですべてわかっております。トランヴァニア郡からここまで、逐一報告が届いておりますから」
 ガウェインはラウドと顔を見合わせた。トランヴァニア郡からここまで、二人とも周囲に気を配ってきたが、おかしな気配はなかった。それでも、ガウェインたちの動きはこの風魔の者には筒抜けだったのだ。ファルディオが言っていた、本当に有能、という言葉を裏付けるものだった。
「まさかすべてお見通しとはな。さすがの腕前って訳か」
「恐れ入ります」
 ジライが先導しようとすると、ガウェイン、ラウドを押しのけるようにして、エレインが前に出てきた。その横にはイグレーヌがぴたりと付いている。
混血種(ハイブリッド)の難民はどこまで来ているのですか?」
 エレインが訊くと、ジライがガウェインとラウドの顔をちらりと見た。二人の様子から察するに、エレインが主とわかったのだろう。一礼すると、抑揚のない声で喋りはじめた。
「ここからおよそ、八セイブ(一セイブ=一キロと三千メートル)の距離まで来ていると、報告が入っております。難民の数は二千ほど。女、子供、老人も混じり、行進は遅いです。対してウェリックス軍の進撃は速く、予断を許さない状況です。我らも道中罠を仕掛けましたが、速度を緩めるほどの効果しかありません。遭遇した場合は、ぶつかり合いになるでしょう」
「で、追ってきている数は?」
 ラウドの眼が光った。さすがに歴戦の猛将である。戦場の空気を強すぎるほどに放ち始めていた。
「騎馬が三千、歩兵が四千。騎兵中心の編成で、歩兵はやや遅れております」
 ラウドが口もとでにやりと笑った。倍以上の兵数を耳にしても、臆することすらない。むしろ打ち破ってやろうという意思がありありと見てとれた。
 ジライが先導を始める。ラウドもガウェインと共に、先頭を進んで行く。
「ラウドさん、あれ、なんていう武器ですか?」
 ガウェインが指差したのは、ジライの持つ得物だった。右手には布でぐるぐる巻きにされたロッドのようなものを持ち、背中には剣を背負っているが、その剣は緩く曲がっていた。
「手にしているのはロッドかもしれねえが、なんだろうな。背中のはカタナってやつだな。遥か東の国から伝わったとされる、刀剣だ。ブロードソードやロングソードのように、叩き斬るんじゃなくて、斬り裂くことに重点を置いた剣だ」
「へえ~、さすがラウドさん。詳しい」
 その時ガウェインは、ラウドの表情に少し陰が差したのを見た。しかし、それはすぐに消えて、追究するには至らなかった。
「ジライ、お前さん、戦えるのかい?」
 ラウドが呼びかけると、ジライが手にしているロッドを少し掲げた。
「任務は多岐に渡りますので、戦闘経験については問題ありません」
「ならよし。交戦となったら頼むぜ」
 久しぶりの実戦に、ラウドが高揚していた。やはり戦場で生きてきた男である。主であるエレインが戦いを好まない性分だとしても、自らの性は否定できないようだ。
 ガウェインも得物の大尖槍(グロース・ブレード・スピア)を握り締め、まだ見ぬ敵を睨んだ。
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