炎 Ⅰ

文字数 2,069文字

 風を受けながら疾駆する。
 ルウェーズ州国を発ったガウェインは、ドムノニア州に入った。いくつかの城郭(まち)を経由しながら、州都トレロに辿り着いた。エレインが渡してくれた当面の資金。それは金貨がぎっしり入った小袋が六つだった。中身を確認して、思わずひっくり返りそうになった。ガウェインが住んでいたディジョン郡なら、半年は何もせずに暮らせる額である。おかげで宿に泊まるのにも、食べるにも困らなかった。
 陽が中天に差し掛かった頃、ガウェインは、トレロに到着した。州都だけあって、規模が大きい。馬に乗ったまま城郭(まち)に入ることが出来た。
 ガウェインは、厩付きの宿屋を探した。まずは今日、寝泊まりする場所を確保することである。
 トレロまでの道中、マグナス軍が兵を集めているという話を聞いた。傭兵も雇っているが、腕のある傭兵はすべてビフレスト州やミネイロン州、王国西部で戦っている。そのため、前歴や出自を問わず、広く兵を募っているらしい。
「おいおい! ただで逃げられると思うなよ‼」
 威勢のいい声が通りに響いた。宿屋探しに夢中になっていたガウェインは、はっとして前を見た。大通りの真ん中で、五人の男が一人を取り囲んでいる。通りを歩いていた人も、難を避けようと、遠巻きに通り過ぎていた。
「ですから、謝ったじゃないですか」
「謝っただぁ? いいか、おい。謝罪ってのはな。相手が許してはじめて終わるんだよ。俺はてめぇを許しちゃいねえ」
「そ、そんなぁ」
 気弱そうな少年が因縁をつけられている。どう見てもそういう構図だった。相手がいかにも自分より格下であること。そして数の利を生かし、男たちは強気になっている。
 ため息をついたガウェインは、馬を下りて手綱を引いた。見て見ぬふりをしようと思えばできるが、それができそうにない自分を恨んだ。
「金だ。金を出せよ。それで許してやろうじゃねえか」
「お、お金は…。今日、泊まるためのものなんです。明日、募兵所に行くから…」
「募兵所ぉ⁉」
 五人の男たちが声をあげて笑った。腹を抱えて、げらげらと少年を嘲笑う。
「俺たちも募兵に応じるんだが、まさか目的が一緒とはな。やめとけ、やめとけ。お前みたいなひょろひょろのガキになにができる。金は俺たちが有効に使ってやる。募兵の前祝いの酒代にな。だから、おら! 金をよこせ‼」
 頭目らしき大男が、少年の手を掴もうとする。ひ弱な少年が一歩後ずさる。
「やめろ」
 ガウェインは大男の手を掴んだ。同時に、頭目の大男を睨みつける。一瞬、固まった頭目だったが、ガウェインの顔を見て怒りを表にする。
「なんだ、てめえは。余計な真似しやがって。てめえもガキじゃねえか。それでこいつを助けたつもりか。俺を止めようなんざ、百年はええ。俺はな、元傭兵なんだぞ!」
「それがどうしたっていうんだ?」
 ガウェインは闘気を発した。頭目の大男が硬直する。その瞬間、取るに足らない小物だとわかった。
 頭目が掴まれた腕を引き離そうとする。ガウェインは力いっぱい頭目の腕を締めあげた。次第に頭目の表情が苦悶に変わり、悲鳴をあげる。
「お、お前らっ! 見てないで、こいつをやっちまえ…っ⁉」
 ガウェインの拳が頭目の腹に打ち込まれた。声にならない声と、呻き声をあげた頭目が、ゆっくりと地面に倒れた。
 頭目を一撃で沈めたガウェインは、取り巻きの四人を見回して凄んだ。
「次は、どいつだ?」
 悲鳴をあげた取り巻きの一人が逃げ出すと、つられて二人、三人、四人と逃げ出す。仰向けに倒れて気を失っている頭目は、一人取り残された。
「やれやれ、置いて逃げるなよ」
 肩をすくめたガウェインは、ガングティーンと手綱を手に取り、少年と向き合った。
 ガウェインは、少年の顔をまじまじと見る。丸い鶸色の瞳に、丸みを帯びた輪郭、ブロンドの短髪。髪の短さから男だと断定していたが、中性的な容姿はどちらかと言えば女性に見える顔立ちだった。ならず者たちに絡まれた理由も、この容貌が原因かもしれないと、ガウェインは思った。
「怪我はない?」
「は、はい…。すみません。ありがとうございました」
 少年は礼儀正しく、腰を曲げて頭を下げた。その仕草が、なんとなく弟のルウェインに重なった。
「俺はガウェイン・シュタイナー。俺も募兵に応じるためにきたんだ。君は?」
 募兵に応じるというよりは、フェリプ・マグナスがどのような人物なのか見極めるためだった。しかし、間違ってはいない。
「僕は、パランデュース・キーファー。ドムノニア州のウルム郡スノーイ村から出てきたんだ」
「そっか。まあ、何かの縁だし、同じ宿に泊まろう。俺もドムノニア州の田舎出身なんだ」
 ガウェインの言動に安心したのか、パランデュースがようやく笑みを見せた。
「でも、僕とそんなに変わらないのに、とても強いんだね」
 パランデュースが眼を輝かせる。それがおかしくて、ガウェインは吹き出してしまった。
「そんな、大したことじゃないよ」
 手綱を引いて、大通りを歩きはじめる。パランデュースが後をついてくる様が、何故かガウェインの心を落ち着かせた。
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