炎 Ⅲ

文字数 2,171文字

 ガウェインはトレロの城外で教練に励んでいた。
 教練をはじめて一月近くが経過しようとしている。ガウェインの努力もあり、兵の動きはなんとか様になってきた。それだけでなく、パランデュースもなんとか兵として見えるようになってきた。
 ピスコが募兵や傭兵集めに奔走しているために、ガウェインはピスコの副官と連携を取る訓練も行った。ガウェインの眼から見て、マグナス軍はとても精兵とはいえなかった。
 ガウェインはいつも通り、教練に出るために準備をしていた。兵舎の廊下を歩いていると、ピスコの副官が青ざめた顔でガウェインのもとへやって来た。
「シュタイナー殿、報告があった。ローエンドルフ軍がオックス城に集結している。その数五万という」
「五万…」
 ガウェインはこの一ヶ月、戦歴のある将兵にローエンドルフ軍のことを聞いて回っていた。ローエンドルフ軍は傭兵を使っていない。従う兵はすべてブリタニア州から徴兵した専業の軍兵であるという。マグナス軍は四万ほどで、その内の三万を迎撃に充てられる。しかしその中には、新兵や傭兵も含まれている。
「とにかく、我らも全軍集結だ。このトレロには指一本触れさせん。まずは州境でぶつかるであろう。そこでローエンドルフ軍を破れば、奴らは州内に撤退するしかない」
「わかりました。それで、ローエンドルフ軍の陣容は?」
「まだわからんのだ。オックス城を守備しているのは、モルオルト・ブフォン。おそらく彼奴めが先鋒でくると睨んでおる」
 ローエンドルフ軍が集結しているということは、どの部将がどのくらいの兵数を率いているのかわかるはずだ。それがまだ把握できていないということに、ガウェインは不安を抱いた。
 副官が慌ただしく、兵舎の廊下を駆けていく。やるしかない。そう思ったガウェインは、ため息をつきながらも、気を引き締めた。すぐに伝令を出し、自分の部隊に召集をかけた。
「どうしたの?」
 いつもと違う空気を察してか、パランデュースは横からガウェインの顔を覗き込んだ。甲冑を身に着けたパランデュースは、通常と同じように教練へ出るつもりだった。
「ローエンドルフ軍が動いた。戦いになるぞ」
 ガウェインはパランデュースの顔を睨んだ。パランデュースは一瞬怯えたが、すぐに表情を引き締めた。覚悟ができている、とガウェインは思った。
「いよいよだね。どうなるのかな」
 パランデュースにとっては初の実戦である。教練でもだいぶ動けるようになってきた。しかし、実戦と教練は遥かに違う。
「戦闘になったら、俺の側から離れるなよ。まともな勝負になるかどうか、それすらもわからないからな」
 パランデュースが頬を赤らめた。眼を丸くして、ガウェインをじっと見ている。
「なんだよ?」
「え、い、いや、なんでもないよ。僕も、頑張る」
「出来ないことをしようとしなくていいからな。教えたことをしっかりやればいい」
 パランデュースが頷いた。
 城内は伝令が行き交っていた。本営でも動きがあったのがわかる。フェリプ・マグナスの評は芳しくなかった。実戦はほとんど部下に任せ、内政では過剰な搾取を行う。すでにガウェインの意識は外に向いていた。
 フェリプ・マグナスは取るに足らない。一州を領したのも、運が良かっただけである、時勢を見る眼はあるが、実力が伴っていないことが最大の欠点であった。
 アーサー・ジール・ローエンドルフはどうなのか。ガウェインは考えはじめた。隣の州ということで、ブリタニア州を知る者もいた。近年ではブリタニア州に流れる人が多く、フェリプ・マグナスが州境の取り締まりを厳しくしていた。それだけではない。昨年の冬から春先にかけて、リオグランデ州に侵入したウェリックス軍を撃退したのも、ローエンドルフ軍だったのだ。
(この戦いでわかる。ローエンドルフ卿がどのような人物なのか。たぶん、わかるはずだ)
 馬に乗ったガウェインは、パランデュースを連れて城外へ向かった。一千の兵はすでに所定の場所に集まっていた。だいぶ早くなった、とガウェインは思った。初めのうちは決められた時間に集合することがなかった。それで遅れた兵を鞭で打ち据えたのである。
 ガウェインに与えられた百騎はなかなかの兵であり、この百騎を上手く使うことが、この部隊の運命を左右することになる。
 ピスコが兵を連れてやってきた。顔が赤い。昨夜遅くまで飲んでいた証拠である。この事態に平気で酒を呷る指揮官に、兵も戸惑いを顕わにしている。
 ベルマー・ボードワンが現れた。飾り立てた甲冑と軍旗を掲げ、親衛隊を連れている。マグナス軍でも名の知られた部将で、ローエンドルフ軍迎撃の任に当たる大将である。
「此度の指揮は、このベルマー・ボードワンに託された。ローエンドルフ軍、恐れるに足らず。このベルマー、若輩者に遅れをとるようなことはない。全軍、マグナス軍の強さを知らしめよ。必ずやマグナス卿に、勝利の報をお届けするのだ‼」
 仰々しい弁舌に返ってきた応答は、さざ波のような喊声だった。ピスコなどは大きなげっぷをして、額を押さえている。
 ガウェインは右手でガングティーンを握り締め、左手でカレトヴェルフの鞘を撫でた。
(必ず、生き残ってやる)
 消せない志がある。それを絶やさないために、なんとしても生きて帰る必要がある。
 ガウェインの眼に、炎が灯された。
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