炎 Ⅵ

文字数 2,438文字

 後続の六十騎がパイク兵に突っ込み、反転する。すべてガウェインが教練で教えた通りだった。
「よし、退け!」
 パイク兵を削ったガウェインは、六十騎を引き連れて退却する。だが、そこを逃すほど、ガラハッドも甘くない。すぐに騎兵三百を差し向けた。
「今だ、放てー!」
 ガウェインが率いる六十騎が退くと、パランデュースの合図と共に、一千の兵がクロスボウの矢を斉射した。予期せぬ反撃を受けたローゼンベルク隊三百騎が、ばたばたと倒れていく。矢を免れた二百騎が棹立ちになる。そこを控えていた四十騎が、側面から強襲する。その間に、一千の歩兵が退却する。ある程度引き返したガウェインは、四十騎と一千の兵の退路守るため、再び街道筋に兵を布いた。
 ガラハッドの顔が変わった。隣にいた親衛兵が身震いするほどの鬼気迫るその闘志は、ガウェインに向けられていた。
「あの小僧、ただの指揮官ではないな。あれは、かつてのベルゼブール軍が用いていた退却戦法のはず」
 するとガラハッドの後方から、高らかな笑い声が聞こえた。ローエンドルフ軍五英大将のひとりにして、ドムノニア州進攻の副将を務めるモルオルト・ブフォンだった。総勢二万の主力を率いているが、この時は五千の兵しか連れていなかった。
「なかなか骨のある若者よな。だが、あの若者が腰に帯びている剣。見覚えがあるな」
 ブフォンがきらりと眼を光らせる。
「ブフォン殿、兵は?」
「兵はエルガーとランヴェルに任せてある。若手を育てねばならんでな。間違ったところだけ指摘してやればよいのだ。わしが前へ出る。ガラハッド、お主は一千を率いて丘陵を迂回せよ。気取られぬようにな」
 心気を統一するように、ガウェインは大きく息を吐いた。部隊を三つに分け、一隊が攻撃しつつ、一隊が迎撃待機、残る一隊が退却する。これはラウドから教わった、ベルゼブール軍の戦法だった。
「パランデュース、急いで丘陵まで駆けろ。あそこは道幅が狭い。歩兵を二段に分けて構えれば、クロスボウで敵を一網打尽にできる。俺が時間を稼ぐ」
 頷いたパランデュースが、歩兵を率いて丘陵に駆ける。左右を丘陵に挟まれた街道は、少数で倍する兵を迎え撃つ絶好の地形である。逃げながら敵を攻撃する場所を探す。これもラウドを見ていて学んだことだった。
 ガウェインが騎兵と共に突撃をしようとすると、単騎で前に出てくる者がいた。モルオルト・ブフォンである。パイプをふかしながら悠々と馬を進めている。
「わしはローエンドルフ軍の部将、モルオルト・ブフォンだ。貴殿の戦いぶり見事なり。だがすでに勝敗は決した。大人しく投降せよ。案ずることはない。我らは無意味な虐殺はしない」
 ガウェインはガングティーンを握り直すと、六十騎を率いて突撃を開始した。すぐにブフォンの兵一千騎が前へ出た。
 ぶつかると同時に、一騎を叩き落す。しかし、ブフォンの騎兵は散開して散り散りになる。目標を失ったガウェインの突撃は空振りに終わり、正面からパイク兵の攻撃を受けた。同時に集合したブフォンの騎兵が五百単位に分かれ、側面から突っ込んでくる。
「しまった!」
 なんとか後方に控えていた四十騎の掩護で離脱したが、十五騎は失っていた。舌打ちをしたガウェインは、騎兵を丘陵まで走らせた。
「ふむ。気概は認めるが、情況が見えておらぬな。これも若いということか。だが、残念だったな。丘陵へ逃げ込んだ時点で勝負はついた」
 ブフォンは追撃を掛けなかった。ガウェインはそれを訝しんだが、丘陵地帯で待機していたパランデュースら一千と合流すると、トレロを目指して駆けた。
 突如、別の街道から馬蹄が響いた。白百合と剣の軍旗を掲げた部隊、それはローエンドルフ軍五英大将のひとり、ルナイール・ベルトリッチの部隊であった。
「別働隊、まずい」
 ガウェインは一千を先に駆けさせると、六十騎をルナイールの部隊にぶつけた。今度はまた別の方角から蹄音が聴こえてくる。丘陵を迂回したガラハッドが、一千騎を率いてガウェイン目掛けて突撃してくる。
「くそう!」
 馬腹を蹴ったガウェインは、ガラハッドと打ち合う。ガウェインのガングティーンと、ガラハッドのフラガラッハが、まともに触れて火花が散る。
「諦めの悪い小僧だ」
 馬上でガウェインとガラハッドが武器を交える。互いにアーテルフォルスを放出した凄まじい攻撃に、周りの兵も息を呑んでいる。
 到着したブフォンは、ルナイールと共にガウェインの隙を窺った。両者とも、いつでも打ち掛かれる状態である。
 ガウェインがガングティーンを振りおろそうとした時、ガラハッドのフラガラッハがガウェインの一撃を弾く。即座に、ブフォンとルナイールが馬を寄せた。ブフォンの大ショーテル・ハルパー、ルナイールのシミターが、ガラハッドのフラガラッハが、ガウェインの首もとに突き付けられた。
「よく戦ったな。ガラハッド相手にここまで渡り合える者がいるとは思わなんだ。だがここまでだ。捕縛せよ。この者を連行する」
 馬から引きずり降ろされたガウェインは、武器を取り上げられて縄が掛けられた。パランデュースや他の兵も捕まったようだった。
 縄に繋がれながら、ガウェインの脳裏にはエレインの顔が浮かんでいた。
(ようやく一歩を踏み出したのに、俺はここで終わりなのか)
 うつむくガウェインの肩に、手が触れる。馬上から手を伸ばしてきたガラハッドだった。
「胸を張れ。仮にも一隊の指揮官だろう。お前はよく戦った」
 ガウェインとガラハッドの眼が合う。ガラハッドが強く頷いた。
 深呼吸をしたガウェインは、顔をあげた。大鷲が羽根を広げて空を飛ぶ。
 気持ちが晴れやかになるほど、澄み渡った空だった。
 トラントの平原でマグナス軍主力を打ち破ったローエンドルフ軍は、州都トレロに進撃。トレロでは内応者が城門を開け、城はあっけなく陥落した。
 サーガ二十四年、春。アーサー・ジール・ローエンドルフはドムノニア州を支配下に置き、二州太守となった。


《第二部 完》
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み