嵐の予感 Ⅲ

文字数 1,735文字

 エレイン一行がエリューズに到着すると、ブラギとラウドが出迎えた。魔物の襲撃を聞いた二人は顔色を変えたが、エレインが無事であることを確認し、安堵していた。
「私はエレイン様を守ることに頭がいってしまって、親衛隊ともども上手く指揮を執れなかったわ。ガウェイン君が突撃してくれて、なんとかなったの」
 全員の眼がガウェインに向けられた。まさかイグレーヌが自分のことを話すと思っていなかったガウェインは、咄嗟に直立してしまっていた。
 行き倒れの少年が、主人の危地を救ったことに、ブラギもラウドも驚いたようだった。二、三度頷いたブラギが、ガウェインの前へと進み出た。
「ガウェイン・シュタイナー殿、でしたな。こうして直接顔を合わせるのは初めてかもしれません。私はエレイン様のもとで政務執り行っております、ブラギ・モーゼ・エーゲルトと申します。この度はエレイン様の御身と、同行する者たちの命をお救いいただき、感謝致します」
 ブラギが深々と頭を下げた。それを見て、デルーニ兵の間でざわめきが起こる。それだけで、ブラギがガウェインに最大の敬意を表していることが伝わってくる。
「なにか、お礼を差し上げたいと思いますが、いかがですかな?」
 ブラギの眼がすっと細くなった。増長していれば、ここで本音を引き出せる。ブラギはそう考えたようだが、ガウェインから返ってきたのは意外な言葉だった。
「いえ、そんな、助けられたのはもともと俺のほうです。俺のことよりも、命を落とした兵の方々を、丁重に弔ってあげてください。ご家族の方がいれば、その方たちにもちゃんとしてもらえれば、俺はそれだけで充分です」
 また、ざわめきが起こる。少し間を置いて、ブラギが苦笑した。この無垢な少年を試そうとした心を振り返り、自分こそが浅ましいと思ったのだ。
「さようでございますか。もちろん、兵の弔いはしっかりとやりますぞ。無論、遺族にもそれなりの手当を出します。ガウェイン殿がそれだけでよいと仰るのならば、これ以上は申しますまい」
 エレインが満足そうに何度も頷いていた。すぐ隣でガウェインとブラギのやりとりを見守るその様子は、まるで父親に恋人を紹介しに来た少女のようであった。
 ブラギの後ろから、今度はラウドが進み出た。威圧するような巨躯を前にして、ガウェインは思わず息を吞んだ。
「ラウドよ。礼を失するでないぞ」
 ラウドは生粋の軍人である。先のフォルセナ戦争では、前線で人間族と戦った。それを心配したブラギだったが、ラウドはガウェインに右手を差し出した。
「エレイン様の御身を守り、兵への弔意を表してくれたことを感謝したい」
 頷いたガウェインは、差し出されたラウドの右手を見た。傷だらけで節榑立った手が歴戦を感じさせる。
 握手を交わしたガウェインとラウド。だが、ラウドがいつまでも手を離さないことに、ガウェインは困惑した。
 ラウドの視線がじっとガウェインに注がれる。威嚇している、というよりは、まるで何かを感じ取っているようだった。
「ラウド」
 異変を察知したエレインが、ラウドの手元に触れた。主から咎められたラウドが、ようやくガウェインの手を離した。
「いや、これは失敬。特に何もない。気にしないでくれよ」
 少しむくれているエレインを尻目に、ラウドが大きく笑いながら去っていった。
「ラウドったら。ガウェイン、気にしないでね」
 エレインがガウェインを見る。しかし、ガウェインは、去っていくラウドの背をずっと眼で追っていた。
「ガウェイン?」
 エレインが首を傾げる。はっとしたガウェインは、ようやくいつもの顔になった。
「いや、すごい大きかった。びっくりしたよ」
 エレインが安心したように小さく息を吐いた。
「ラウドはね、とても強いの。兵たちに厳しいところもあるけれど、でも慕われてて、私もとても頼りにしているんだ」
「うん。わかるよ」
 その場を締めるように、ブラギが手を叩いた。
「さあ、散会だ。エレイン様もお疲れでございましょう。夕食の支度が整っております。館のほうへ。ガウェイン殿もご一緒にどうぞ」
 すでに陽が傾いている。兵たちは兵舎へ。エレインたちはエリューズの居館へと足を運んだ。
 ガウェインはラウドと交わした右手を、ぎゅっと握りしめた。
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